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星の力
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ザファルが机に向かって集中し始めて一週間後、ラフナディールから一キロほど離れたところに大勢の人間が集まっていた。
大急ぎで作られた祭壇の上に立っているザファルに視線が集まり、一週間前から出ていた知らせは本当かと半信半疑を窺わせる表情を見ながら片手を上げる。
「このような時間に集まってくれたこと、感謝する。これより、皆の願いを叶えよう」
言葉は短いが、ラフナディールの民にとってはいつものこと。
それよりも気になっているのはザファルの後ろにある大量の星の模型のような物。あの中には、ここに集まった者たちの名前ともう一人の名前が書かれている。
「注目してくれ」
ザファルが国民に背を向け、夜空を見上げると皆もつられて夜空を見上げた。
「ルーッ!」
アストリッドの合図でルィムが大きな声を上げながら下から上へと両手を上げた瞬間、地面に置かれていた星が一斉に空へと打ち上げられていく。
輝きを放ち、本当に星のようになったそれらは夜空であちこちへと流れ星のように走っていった。
ラフナディールは信心深い民が多く、精霊の姿が見えない者たちにとっては異常現象でしかないだろう現状でも、疑うことなく続々と祈り始めた。
砂の上で膝をつき、胸の前で両手を組みながら祈る姿はアストリッドにはとても神秘的に見える。エルヴァングにはなかった光景だ。
人々が祈りを始めて五分経った頃、夜空が眩しいほどに光を集め、今度はその光がゆっくりと落ちてくる。
彼らはその光一つ一つに名前が書いてあるかのように手を伸ばしながらそれに向かって歩き始めた。
「ああっ……なんてこと……!」
「信じられない……!」
「夢じゃないと言ってくれ!」
夜空に放った星が求めていた者の手に触れるとパァッと一際強く光を放ち、姿を変えた。
目の前に現れたその姿に人々は涙する。膝を折り、嗚咽を上げながら神に感謝の言葉を捧げ、言葉にならない喜びを必死に伝える。
響き渡る泣き声。謝罪。感謝──アストリッドは目を閉じながらその言葉の数々に耳を傾けていた。
「アストリッド」
耳が、心が反応する。
目を開け、目の前で浮遊する美しい光を纏った星から聞こえる声に堪えきれず涙が流れる。
アストリッドも書いていた。自分の名前と、会いたい者の名前を。それは死者へと届き、彼らが同じように名前を書くことで成立する逢瀬。
震える手でそれに触れると柔らかな光とともに姿を変えた。
「フィルング……!」
「久しぶり……といってもまだ半年か。いや、もう半年、だね。君とこんなに離れたことはなかったな」
零れ溢れる涙を拭うことも忘れ、痩せこけたひどい顔色ではなく健康そうな、出会ったばかりの頃の彼の姿に手を伸ばす。
フィルングも同じように手を伸ばすが、触れられなかった。あの装置で再生されるのと同じで、すり抜けてしまう。
その手を抱きしめるように胸元で抱えながらアストリッドは膝を折った。柔らかな砂の上に膝をつき、周りと同じように嗚咽を上げる。
「アストリッド、顔をよく見せてくれないかい? その愛しい泣き顔をさ」
時間は有限で、会えるのはたったの一時間。泣きじゃくって時間を無駄にしている暇はない。
顔を上げ、笑おうとするのに顔はくしゃりと歪んでしまう。
「泣いていても美人だなぁ、君は」
「フィルング……会いたかった……」
「うん。私もだよ。ずっと君に会いたかった。謝りたかったし、もっと愛を伝えたかった」
拭っても拭っても零れていく涙を拭いながらアストリッドは震えた息を吐く。
深呼吸を繰り返し、なんとか呼吸を整えようとするが、喉が締まって上手く出てこない。
「やあ、ザファル! 相変わらず顔は隠してるのか! もったいないぞ!」
「見せて騒がれるのは好きじゃない」
「はっはっはっ! 言うようになったな! まあ、気持ちはわかる。私もこの顔で苦労したからな」
「彼女はそうは言っていなかった」
「妻はシャイだと言っただろう」
「イヴァも」
「クソッ。イヴァを出されては返す言葉もない。そういえば、イヴァはどうした?」
「家だ。会いたくないと言っていた」
「あの子らしい言葉だ」
これがフィルングだとザファルは実感する。たった一時間の、もう二度と会えないかもしれないチャンスをイヴァは断った。
会いたい気持ちはあったのだろうが、会えば泣いてしまい、泣けばフィルングが慰めることがわかっている。それは、アストリッドとの時間を奪うことになると考え、行かないと決めた。
イヴァをよく知るフィルングはそのことを瞬時に理解した。
「さあ、話をしよう。なんでもない、くだらない話を」
生きていた頃のように。
そう言っているように聞こえたザファルはその場に腰を下ろした。
「皇帝陛下が床に座るなら私たちも座らなければならないな」
胡座をかいて砂の上に座り、アストリッドに横に来るよう促す。素直に横に来て座るアストリッドの肩を抱くも実感はない。それでもフィルングは満足げな笑みを浮かべる。
「この半年間、どうしていたんだ?」
「悠々自適に暮らしていたさ。天国はいいぞ。統率する神がいて、死者をまとめる天使がいて、規則さえ破らなければ自由そのもの。苦しむ者も悲しむ者もいない、まさに理想郷だ」
「私がいなくても?」
ようやく声を出すことができたアストリッドの言葉にフィルングがにんまりとした笑みへと形を変える。
「君がいなくても意外と元気、だよ」
悪戯めいたその懐かしい表情にアストリッドは驚いた。
「いつから見てたの?」
自分が言おうと思っていた言葉を知っているかのように使ったその顔は間違いなく確信的で、驚きのあまり涙が止まった。
「ずっと君の傍にいたからね」
「悠々自適に天国にいたんでしょう?」
「天国にも門限があってね、自由時間の間は君の傍にいたんだ。で、閉め出されないように門限までに帰る」
彷徨っているわけではないことに安堵するが、どこか寂しくなる。
「門限なんてなかった人には辛いんじゃない?」
「そんなことはないさ。縛られる環境も悪くないよ。初めてだからね」
「初めてが大好きなあなたらしい言葉ね」
「君の初めてをもらったときも嬉しかったなぁ。天にも昇る思いだったよ」
「ちょっと! やめて!」
慌てて口を塞ごうとしたがすり抜けて砂の上に倒れたアストリッドをフィルングがおかしそうに笑う。手だけはいつものように差し出すが、アストリッドは拗ねたように唇を尖らせて自分の力で起き上がった。
それにさえフィルングは愉快そうに笑う。
明るい笑顔。アストリッドもフィルングも、エルヴァングの民も愛した太陽のような笑顔。
「……生まれ変わることはないの?」
「すまないが、年上すぎるのは範囲外だ」
信じられない言葉を吐いたフィルングに大きく口を開けるアストリッドの目に映るのはあからさまな演技を見せる顔。それでも腹が立つ。
「生まれ変わって会いに行くとか、探し出すとか言えないの!?」
「言えないさ。だって、私は王として生まれ変わることはないだろうから一人で探さなければならないだろう? もし仮にこれからすぐ生まれ変わったとしても、その頃には君は二十八歳なわけで……その歳の差はさすがに親が認めないだろうね」
砂をかけるもすり抜けていくためフィルングは何も気にせず笑顔のまま堂々と発言する。
あれだけ甘い男だったのが嘘のように拒否されていることに眉を寄せ、それでも砂を投げつけた。
「あっそ。じゃあ天国で悠々自適に暮らして」
「来世でも一緒だと約束したじゃないか」
「あなたは来世は虫かもしれないでしょ。虫とは結婚できない」
「もしくは可愛い猫ちゃんか」
「猫と人間は子供を作れないじゃない」
「私が猫なら君も猫として生まれるさ。そうすれば子供を作れる。しかも子だくさんだ」
「誰がそんなに育てるの?」
「君かな」
「あなたは?」
「ちゃんと見守るさ」
「お断り」
離れている時間などなかったかのように会話をする二人をザファルはジッと見つめていた。
切なくはあるが、実際に二人が気取ることなく話している姿が見れて嬉しい気持ちのほうが勝っている。
たった一時間。されど一時間。とてつもなく貴重な時間を、二人は余すことなく使い果たそうとしているのだ。
一瞬だって逸らさない、見つめ合う絡み合った視線が、その瞳が物語っていた。
大急ぎで作られた祭壇の上に立っているザファルに視線が集まり、一週間前から出ていた知らせは本当かと半信半疑を窺わせる表情を見ながら片手を上げる。
「このような時間に集まってくれたこと、感謝する。これより、皆の願いを叶えよう」
言葉は短いが、ラフナディールの民にとってはいつものこと。
それよりも気になっているのはザファルの後ろにある大量の星の模型のような物。あの中には、ここに集まった者たちの名前ともう一人の名前が書かれている。
「注目してくれ」
ザファルが国民に背を向け、夜空を見上げると皆もつられて夜空を見上げた。
「ルーッ!」
アストリッドの合図でルィムが大きな声を上げながら下から上へと両手を上げた瞬間、地面に置かれていた星が一斉に空へと打ち上げられていく。
輝きを放ち、本当に星のようになったそれらは夜空であちこちへと流れ星のように走っていった。
ラフナディールは信心深い民が多く、精霊の姿が見えない者たちにとっては異常現象でしかないだろう現状でも、疑うことなく続々と祈り始めた。
砂の上で膝をつき、胸の前で両手を組みながら祈る姿はアストリッドにはとても神秘的に見える。エルヴァングにはなかった光景だ。
人々が祈りを始めて五分経った頃、夜空が眩しいほどに光を集め、今度はその光がゆっくりと落ちてくる。
彼らはその光一つ一つに名前が書いてあるかのように手を伸ばしながらそれに向かって歩き始めた。
「ああっ……なんてこと……!」
「信じられない……!」
「夢じゃないと言ってくれ!」
夜空に放った星が求めていた者の手に触れるとパァッと一際強く光を放ち、姿を変えた。
目の前に現れたその姿に人々は涙する。膝を折り、嗚咽を上げながら神に感謝の言葉を捧げ、言葉にならない喜びを必死に伝える。
響き渡る泣き声。謝罪。感謝──アストリッドは目を閉じながらその言葉の数々に耳を傾けていた。
「アストリッド」
耳が、心が反応する。
目を開け、目の前で浮遊する美しい光を纏った星から聞こえる声に堪えきれず涙が流れる。
アストリッドも書いていた。自分の名前と、会いたい者の名前を。それは死者へと届き、彼らが同じように名前を書くことで成立する逢瀬。
震える手でそれに触れると柔らかな光とともに姿を変えた。
「フィルング……!」
「久しぶり……といってもまだ半年か。いや、もう半年、だね。君とこんなに離れたことはなかったな」
零れ溢れる涙を拭うことも忘れ、痩せこけたひどい顔色ではなく健康そうな、出会ったばかりの頃の彼の姿に手を伸ばす。
フィルングも同じように手を伸ばすが、触れられなかった。あの装置で再生されるのと同じで、すり抜けてしまう。
その手を抱きしめるように胸元で抱えながらアストリッドは膝を折った。柔らかな砂の上に膝をつき、周りと同じように嗚咽を上げる。
「アストリッド、顔をよく見せてくれないかい? その愛しい泣き顔をさ」
時間は有限で、会えるのはたったの一時間。泣きじゃくって時間を無駄にしている暇はない。
顔を上げ、笑おうとするのに顔はくしゃりと歪んでしまう。
「泣いていても美人だなぁ、君は」
「フィルング……会いたかった……」
「うん。私もだよ。ずっと君に会いたかった。謝りたかったし、もっと愛を伝えたかった」
拭っても拭っても零れていく涙を拭いながらアストリッドは震えた息を吐く。
深呼吸を繰り返し、なんとか呼吸を整えようとするが、喉が締まって上手く出てこない。
「やあ、ザファル! 相変わらず顔は隠してるのか! もったいないぞ!」
「見せて騒がれるのは好きじゃない」
「はっはっはっ! 言うようになったな! まあ、気持ちはわかる。私もこの顔で苦労したからな」
「彼女はそうは言っていなかった」
「妻はシャイだと言っただろう」
「イヴァも」
「クソッ。イヴァを出されては返す言葉もない。そういえば、イヴァはどうした?」
「家だ。会いたくないと言っていた」
「あの子らしい言葉だ」
これがフィルングだとザファルは実感する。たった一時間の、もう二度と会えないかもしれないチャンスをイヴァは断った。
会いたい気持ちはあったのだろうが、会えば泣いてしまい、泣けばフィルングが慰めることがわかっている。それは、アストリッドとの時間を奪うことになると考え、行かないと決めた。
イヴァをよく知るフィルングはそのことを瞬時に理解した。
「さあ、話をしよう。なんでもない、くだらない話を」
生きていた頃のように。
そう言っているように聞こえたザファルはその場に腰を下ろした。
「皇帝陛下が床に座るなら私たちも座らなければならないな」
胡座をかいて砂の上に座り、アストリッドに横に来るよう促す。素直に横に来て座るアストリッドの肩を抱くも実感はない。それでもフィルングは満足げな笑みを浮かべる。
「この半年間、どうしていたんだ?」
「悠々自適に暮らしていたさ。天国はいいぞ。統率する神がいて、死者をまとめる天使がいて、規則さえ破らなければ自由そのもの。苦しむ者も悲しむ者もいない、まさに理想郷だ」
「私がいなくても?」
ようやく声を出すことができたアストリッドの言葉にフィルングがにんまりとした笑みへと形を変える。
「君がいなくても意外と元気、だよ」
悪戯めいたその懐かしい表情にアストリッドは驚いた。
「いつから見てたの?」
自分が言おうと思っていた言葉を知っているかのように使ったその顔は間違いなく確信的で、驚きのあまり涙が止まった。
「ずっと君の傍にいたからね」
「悠々自適に天国にいたんでしょう?」
「天国にも門限があってね、自由時間の間は君の傍にいたんだ。で、閉め出されないように門限までに帰る」
彷徨っているわけではないことに安堵するが、どこか寂しくなる。
「門限なんてなかった人には辛いんじゃない?」
「そんなことはないさ。縛られる環境も悪くないよ。初めてだからね」
「初めてが大好きなあなたらしい言葉ね」
「君の初めてをもらったときも嬉しかったなぁ。天にも昇る思いだったよ」
「ちょっと! やめて!」
慌てて口を塞ごうとしたがすり抜けて砂の上に倒れたアストリッドをフィルングがおかしそうに笑う。手だけはいつものように差し出すが、アストリッドは拗ねたように唇を尖らせて自分の力で起き上がった。
それにさえフィルングは愉快そうに笑う。
明るい笑顔。アストリッドもフィルングも、エルヴァングの民も愛した太陽のような笑顔。
「……生まれ変わることはないの?」
「すまないが、年上すぎるのは範囲外だ」
信じられない言葉を吐いたフィルングに大きく口を開けるアストリッドの目に映るのはあからさまな演技を見せる顔。それでも腹が立つ。
「生まれ変わって会いに行くとか、探し出すとか言えないの!?」
「言えないさ。だって、私は王として生まれ変わることはないだろうから一人で探さなければならないだろう? もし仮にこれからすぐ生まれ変わったとしても、その頃には君は二十八歳なわけで……その歳の差はさすがに親が認めないだろうね」
砂をかけるもすり抜けていくためフィルングは何も気にせず笑顔のまま堂々と発言する。
あれだけ甘い男だったのが嘘のように拒否されていることに眉を寄せ、それでも砂を投げつけた。
「あっそ。じゃあ天国で悠々自適に暮らして」
「来世でも一緒だと約束したじゃないか」
「あなたは来世は虫かもしれないでしょ。虫とは結婚できない」
「もしくは可愛い猫ちゃんか」
「猫と人間は子供を作れないじゃない」
「私が猫なら君も猫として生まれるさ。そうすれば子供を作れる。しかも子だくさんだ」
「誰がそんなに育てるの?」
「君かな」
「あなたは?」
「ちゃんと見守るさ」
「お断り」
離れている時間などなかったかのように会話をする二人をザファルはジッと見つめていた。
切なくはあるが、実際に二人が気取ることなく話している姿が見れて嬉しい気持ちのほうが勝っている。
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