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2、偽りの令嬢
しおりを挟むアストリウス公爵が正式に婚姻の申し込みに訪れた日。
フローラは使用人として出迎えることになった。
「ようこそ、いらっしゃいました。アストリウス卿」
「お待ちしておりましたわ」
父と後妻がセオドアとその両親、そして公爵家の侍従たちを出迎える。
マギーは頬を赤らめながら、じっとセオドアを見つめている。
そんな中、フローラは遠くからセオドアの姿を見ていた。
黒髪に緋色の瞳は幼少期に会ったときそのままの姿だ。
すらりと身長が伸びて、男らしい体格になっている。
フローラは懐かしさのあまり涙が出そうになった。
しかし、セオドアの視線の先にはマギ―の姿があった。
「公爵さま、フローラです。このたびは私との結婚をお申し出くださり、とても嬉しく思います」
マギーは両手で軽やかにドレスの裾を持ち、丁寧に挨拶をした。
フローラは憤りの感情を必死に抑え込む。
フローラとマギーはどちらも父親似であり、金髪碧眼である。
10年も会っていなければ、フローラとマギーの入れ替わりに気づくことは難しいだろう。
それでも、フローラは胸中で必死に訴える。
フローラは私よ!
お願い、セオドアさま。
気づいて!!!
「お久しぶりですね、ナスカ令嬢。10年前に一度お会いしましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「えっ……」
マギーは一瞬、ぎょっとした顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「も、もちろんですわ!」
「そうか、よかった。もうお忘れになっているかと思いました」
セオドアは安堵したように微笑んだ。
そうだ。
10年前はまだマギーはこの家にはいない。
あのとき、この家の令嬢はフローラだったのだ。
フローラはセオドアを遠目で見つめて悲しくなった。
覚えているわ。
あなたと将来、結婚すると約束したあの場所のことも!
そんな声が、彼に届くことはない。
彼らが談笑をする貴賓室に、フローラが入れてもらえることはなかった。
お茶を出す仕事は他の使用人たちが行い、フローラはキッチンで食事の準備をしていた。
貴賓室に入った使用人たちが戻ってきて、きゃっきゃっと嬉しそうに公爵家の話で盛り上がるのを、フローラはそばで聞いていた。
「公爵さまは本当に素敵ね。あの方に嫁ぐお嬢さまがうらやましいわ!」
「本当よね。夢みたいだわ。あたしも、あんな殿方に見初められたいわ」
「どうやら公爵さまは昔、お嬢さまとお会いしたことがあるらしいのよ」
「まあ、そうなの? いつの頃かしらね」
「10年前だと言っていたわ」
「残念。その頃の使用人はもういないわね。おふたりの幼少期の話が聞きたかったわ」
フローラは黙々と銀食器を磨く。
あの頃の使用人たちでさえ、セオドアとフローラがふたりで会っていたことを知らない。
なぜなら、公爵家の訪問の日、フローラは父によって狭い部屋に閉じ込められていたからだ。
しかし、フローラはこっそり抜け出して裏庭で遊んでいた。
たまたま庭を散歩していたセオドアと、フローラはそのときに初めて会った。
フローラが6歳、セオドアが9歳のときだった。
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