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4、10年ぶりの再会
しおりを挟むフローラは裏庭でひとり泣いた。
ちょうど花が咲く季節で、庭は華やかだった。
風も気持ちよく、暖かい陽光はフローラの冷えた心を溶かしてくれる。
「あのときも、こんな暖かい日だったわ」
*
10年前。
公爵家の人々が訪れた日、フローラは狭い部屋に閉じ込められ、しばらくそこで大人しくしておくよう父に言われた。
しかし、水を与えてもらうことができず、喉が渇いたフローラはこっそり抜け出してキッチンへ向かった。
忙しく動きまわる使用人たちの目を盗んで、水を飲み、お菓子をこっそり持ち出して、裏庭に出ていった。
木の上に登り、がっしりした枝に腰をかけて、フローラはポケットに入れていたお菓子を食べた。
そのとき、眼下から声をかけられたのだ。
「君、どうやってこの木を登ったの?」
セオドアとの出会いだった。
フローラは慌てて降りようとしたが、セオドアも気に登りたいと言ったので、彼が登ってくるのを手伝った。
セオドアは木登りが苦手なようだったが、フローラが手を貸すとすんなり登ってきた。
そして、彼はフローラのとなりに腰を下ろしたのだった。
「いい眺めだね。ここで何してたの?」
「お菓子を食べていたの。あなたも食べる?」
「いいの? ありがとう」
セオドアの無邪気な笑顔にフローラの胸が高鳴った。
お菓子を食べながら、お互いに自己紹介をした。
フローラはこの家のひとり娘であること、セオドアは公爵家の長男であること。
そして、ふたりはお互いの趣味や好きなものについて語った。
フローラは大好きな書物について話すと、セオドアも興味を持った。
「うちには大きな書庫があるんだ。今度うちへ遊びにおいでよ」
「ほんと? 嬉しいわ」
「君はどんな本が好きなの?」
「何でも好きよ。何でも読むもの。だけど、一番心に残っている本があるわ。そこに書いてある言葉がとても印象的なの」
「どんな言葉?」
「それはね……」
*
昔の記憶を辿っていたとき、ふいにガサッと音がして、フローラは振り向いた。
その視線の先には大人びたセオドアの姿あった。
幼い頃の面影を残したまま、背丈はすらりと高く伸び、可愛らしい表情は凛々しくなっている。
セオドア……。
そう名前を呼ぼうとしたが、声が出なかった。
彼の名前さえも、口にすることができないのだろうか。
フローラはぺこりとお辞儀をして、この場から立ち去ろうとした。
しかし、いきなりセオドアに腕をつかまれた。
「大丈夫ですか? あなた、泣いている」
「えっ……」
振り返った瞬間、セオドアの顔がすぐそばにあった。
フローラは耐えきれず、涙をぼろぼろと流した。
「すみません……お見苦しいものを、お見せして……」
「いいえ、大丈夫です。どうぞ、これで涙を拭いて」
セオドアはハンカチを差し出した。
公爵家の家門が刺繍された立派なものだ。
「そのような、高価なものを汚してしまうわけにはいきません」
「いいんですよ。使ってください」
セオドアは半ば強引にハンカチをフローラに渡した。
フローラは呆気にとられてセオドアを見つめる。
彼は優しく微笑んでいる。
「あまり、自分を責めないで。せっかくの綺麗な瞳が腫れてしまいます」
そう言って、セオドアは立ち去ってしまった。
フローラはその場に立ち尽くしたまま、再び静かに涙を流した。
ハンカチを握りしめ、歯を食いしばりながら、必死に彼の名を口にしようとする。
「セ……っ!」
セオドア……。
あなたは約束を覚えてくれていた。
それなのに、私はあなたに名乗り出ることができない。
ああ、セオドア。
こんなに名前を呼びたいのに。
フローラと呼びかけてほしいのに。
叶わない。
あなたとの未来はもう、永遠に叶わないんだわ。
「ううぅ……」
フローラは地面に座り込んで、ひとり声を殺して泣いた。
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