11 / 22
11、偽婚約者との一日【セオドア視点】
しおりを挟むパーティの数日前。
セオドアはナスカ伯爵家を訪れていた。
彼は不快感を表に出さないよう、常に冷静に笑顔で接した。
「公爵さま! お会いしたかったですわ。少し離れていただけで、気が狂いそうなくらいあなたのことを想っていましたのよ」
偽物令嬢マギーが必死の形相で迫ってくる。
セオドアは一歩引いて、苦笑しながら返す。
「そうですか。僕もお会いしたかったです」
「そうでしょう。あたしたち、もうすぐ正式に婚姻相手としてお披露目されるのね。嬉しいですわ。ああ、早くあなたと暮らしたいわ。片時も離れたくないのですわよ」
「落ち着いてください、令嬢。結婚すれば毎日一緒にいられます。ご準備もおありでしょうから、そう焦らずとも」
「公爵さまはこのフローラと一日も早く一緒になりたいというお気持ちではございませんの?」
「いいえ、そういうことでは……」
「フローラは早く公爵さまと一緒になりたいの。婚約披露どころか、すぐにでも結婚式をしたいくらいですわ」
セオドアは乾いた笑いをするばかりで、言葉に詰まった。
困惑しながらも胸中では目の前の偽物にはらわたが煮えくり返るほど苛立っていたのだ。
しかし、ここは冷静に対応する。
「令嬢、僕は伯爵と打ち合わせがありますから、少し部屋でお待ちしていてください」
「ええ? そんな! フローラ、早く公爵さまとふたりきりになりたいのに! ねえ、お父さまぁ!」
伯爵も複雑な表情をしている。
「フローラ、彼と話があるんだ。そのあとでなら、存分にふたりの時間が持てるぞ。さあ、あちらで話を」
伯爵に促されて、セオドアはマギーの顔を見ることもなく立ち去った。
そして2時間が経過した頃。
セオドアはようやく解放され、外の風に当たろうと伯爵家の庭へ出るところだった。
ダイニングルームのそばを通りかかったときのこと。
室内から大きな声が響いてきて、セオドアは思わず足を止めた。
マギーが誰かを罵っている声だと思い、うんざりした気分になった。
「気に入らないわ! 公爵さまは普通の客とは違うのよ。このフローラの夫となる方よ。こんなテーブルで公爵さまと晩餐なんて出来ないわ。あんたたち、どこまで無能なのよ!」
令嬢の前で頭を下げる使用人たちは全員、頭からワインをかぶって濡れている。
そして、テーブルクロスが不自然に引っ張られた状態で、皿やグラスがすべて床に飛散していた。
「昨夜、から……私たち、苦労して……」
使用人のひとりが嘆くと、マギーは彼女の髪を引っつかんだ。
「苦労? 当たり前じゃない。あんたたちは平民よ。この伯爵家で働けるだけいいと思いなさいよ。まさか、悠長に寝ていたんじゃないでしょうね? このフローラをバカにするのもいい加減にしなさいよ!」
「も、申しわけござ……」
「さっさと新しい部屋にテーブルを用意して。もっと豪華にするのよ。今夜の晩餐までに間に合わなかったらお前たち全員給料なしで首よ」
「そ、そんな……!」
セオドアはいてもたってもいられなくなり、静かに入室した。
すると、驚いたマギーが慌てふためきながら笑顔を返した。
「公爵さま、このようなところに……お見苦しいものをお見せしましたわ。使用人がせっかくのテーブルを台無しにしてしまって……」
一部始終を見たわけではないので、何も言えない。
だが、ひとつだけ言えることがある。
「令嬢、あなたは以前、失敗した使用人に優しく声をかけられていましたね。あのときのあなたを見て、僕はとても感心したのですが?」
セオドアはちらりと疑いの目をマギーに向ける。
すると、マギーは慌てて使用人から離れ、ドレスを整え、髪をかきあげた。
「あのときは、わたくし自身に起こったことですので構いませんでしたが、今回はお客さまが晩餐をする部屋での失敗ですから。少し叱ることも主人として当然のことでしょう?」
マギーは気持ち悪い笑みを浮かべながらセオドアの様子をうかがう。
セオドアは深いため息をついた。
「令嬢、使用人は奴隷ではありませんよ。僕たちと同じ人間です。彼らにも人権がある。叱るにしてもこのような振る舞いはいかがなものかと?」
セオドアは頭からワインまみれになった使用人たちと、床に散らばった食器類を眺めて言った。
「あなたたち、すぐに片付けて新しい部屋に晩餐の準備をするのよ」
マギーの言葉に使用人たちは狼狽える。
「し、しかしお嬢様。人手が足りません」
「何ですって? 甘えるんじゃないわよ」
マギーが怒りのあまり手を上げようとする。
だが、彼女はセオドアが見ていると思い、歯を食いしばって耐えているようだった。
そのときだ。
入室してきた使用人が、声を張り上げたのは。
「私がすべて片付けます。先輩方は晩餐のご準備を」
セオドアは驚き、目を見開いてその人物を見据えた。
フローラ……!
なぜ、ここに!?
168
あなたにおすすめの小説
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。
カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。
国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。
さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。
なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと?
フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。
「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
冷淡姫の恋心
玉響なつめ
恋愛
冷淡姫、そうあだ名される貴族令嬢のイリアネと、平民の生まれだがその実力から貴族家の養子になったアリオスは縁あって婚約した。
そんな二人にアリオスと同じように才能を見込まれて貴族家の養子になったというマリアンナの存在が加わり、一見仲良く過ごす彼らだが次第に貴族たちの慣習や矜持に翻弄される。
我慢すれば済む、それは本当に?
貴族らしくある、そればかりに目を向けていない?
不器用な二人と、そんな二人を振り回す周囲の人々が織りなすなんでもない日常。
※カクヨム・小説家になろう・Talesにも載せています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる