公爵さま、私が本物です!

水川サキ

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11、偽婚約者との一日【セオドア視点】

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 パーティの数日前。
 セオドアはナスカ伯爵家を訪れていた。
 彼は不快感を表に出さないよう、常に冷静に笑顔で接した。


「公爵さま! お会いしたかったですわ。少し離れていただけで、気が狂いそうなくらいあなたのことを想っていましたのよ」

 偽物令嬢マギーが必死の形相で迫ってくる。
 セオドアは一歩引いて、苦笑しながら返す。


「そうですか。僕もお会いしたかったです」
「そうでしょう。あたしたち、もうすぐ正式に婚姻相手としてお披露目されるのね。嬉しいですわ。ああ、早くあなたと暮らしたいわ。片時も離れたくないのですわよ」
「落ち着いてください、令嬢。結婚すれば毎日一緒にいられます。ご準備もおありでしょうから、そう焦らずとも」
「公爵さまはこのフローラと一日も早く一緒になりたいというお気持ちではございませんの?」
「いいえ、そういうことでは……」
「フローラは早く公爵さまと一緒になりたいの。婚約披露どころか、すぐにでも結婚式をしたいくらいですわ」

 セオドアは乾いた笑いをするばかりで、言葉に詰まった。
 困惑しながらも胸中では目の前の偽物にはらわたが煮えくり返るほど苛立っていたのだ。
 しかし、ここは冷静に対応する。


「令嬢、僕は伯爵と打ち合わせがありますから、少し部屋でお待ちしていてください」
「ええ? そんな! フローラ、早く公爵さまとふたりきりになりたいのに! ねえ、お父さまぁ!」

 伯爵も複雑な表情をしている。


「フローラ、彼と話があるんだ。そのあとでなら、存分にふたりの時間が持てるぞ。さあ、あちらで話を」

 伯爵に促されて、セオドアはマギーの顔を見ることもなく立ち去った。


 そして2時間が経過した頃。
 セオドアはようやく解放され、外の風に当たろうと伯爵家の庭へ出るところだった。

 ダイニングルームのそばを通りかかったときのこと。
 室内から大きな声が響いてきて、セオドアは思わず足を止めた。
 マギーが誰かを罵っている声だと思い、うんざりした気分になった。


「気に入らないわ! 公爵さまは普通の客とは違うのよ。このフローラの夫となる方よ。こんなテーブルで公爵さまと晩餐なんて出来ないわ。あんたたち、どこまで無能なのよ!」

 令嬢の前で頭を下げる使用人たちは全員、頭からワインをかぶって濡れている。
 そして、テーブルクロスが不自然に引っ張られた状態で、皿やグラスがすべて床に飛散していた。


「昨夜、から……私たち、苦労して……」

 使用人のひとりが嘆くと、マギーは彼女の髪を引っつかんだ。


「苦労? 当たり前じゃない。あんたたちは平民よ。この伯爵家で働けるだけいいと思いなさいよ。まさか、悠長に寝ていたんじゃないでしょうね? このフローラをバカにするのもいい加減にしなさいよ!」
「も、申しわけござ……」
「さっさと新しい部屋にテーブルを用意して。もっと豪華にするのよ。今夜の晩餐までに間に合わなかったらお前たち全員給料なしで首よ」
「そ、そんな……!」

 セオドアはいてもたってもいられなくなり、静かに入室した。
 すると、驚いたマギーが慌てふためきながら笑顔を返した。


「公爵さま、このようなところに……お見苦しいものをお見せしましたわ。使用人がせっかくのテーブルを台無しにしてしまって……」

 一部始終を見たわけではないので、何も言えない。
 だが、ひとつだけ言えることがある。


 「令嬢、あなたは以前、失敗した使用人に優しく声をかけられていましたね。あのときのあなたを見て、僕はとても感心したのですが?」

 セオドアはちらりと疑いの目をマギーに向ける。
 すると、マギーは慌てて使用人から離れ、ドレスを整え、髪をかきあげた。


「あのときは、わたくし自身に起こったことですので構いませんでしたが、今回はお客さまが晩餐をする部屋での失敗ですから。少し叱ることも主人として当然のことでしょう?」

 マギーは気持ち悪い笑みを浮かべながらセオドアの様子をうかがう。
 セオドアは深いため息をついた。


「令嬢、使用人は奴隷ではありませんよ。僕たちと同じ人間です。彼らにも人権がある。叱るにしてもこのような振る舞いはいかがなものかと?」

 セオドアは頭からワインまみれになった使用人たちと、床に散らばった食器類を眺めて言った。


「あなたたち、すぐに片付けて新しい部屋に晩餐の準備をするのよ」

 マギーの言葉に使用人たちは狼狽える。


「し、しかしお嬢様。人手が足りません」
「何ですって? 甘えるんじゃないわよ」

 マギーが怒りのあまり手を上げようとする。
 だが、彼女はセオドアが見ていると思い、歯を食いしばって耐えているようだった。

 そのときだ。
 入室してきた使用人が、声を張り上げたのは。


「私がすべて片付けます。先輩方は晩餐のご準備を」

 セオドアは驚き、目を見開いてその人物を見据えた。


 フローラ……!
 なぜ、ここに!?


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