すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ

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35、どうにも腑に落ちない(アベリオ)

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 セリスが聖絵師オーラリストとして成功するのは、僕にとっても喜ばしいことだ。
 しかし正直に言えば、心のどこかでもやもやしている。

 結婚すれば、彼女は仕事を控えると思っていた。
 実際に今だって彼女はパーティに出ているか、あるいは僕と過ごしているかで、絵を描く時間などほとんどないはずだ。
 それでも、たまに仕上げた作品は圧倒的で誰もが称賛する。
 その才能を誇らしく思う一方で、僕の胸の奥には釈然としない思いが残る。


 彼女はこれ以上活動範囲を広げる必要はないのだ。
 侯爵夫人になれば、絵を描く暇などなくなる。
 妻として、まずは僕を支えてくれることが何より大切なのだから。

 絵の仕事なら、空いた時間に少しずつやればいい。

 王室の依頼を受けるのは当然だ。
 そうすればセリスの名声とともに、僕の名も世に広まり、侯爵家の安泰にも繋がる。


 しかし、カルベラ国にまで手を広げるのは納得できない。
 ただでさえ、貴族の令息たちがセリスを狙っているのに、異国の令息どもにまで彼女を知られるのは、到底耐えられない。

 やはり早く結婚するべきかもしれない。
 婚約者ではなく妻となれば、セリスはもう自由に振る舞えなくなる。

 あの王室のパーティ以来、彼女の口から出るのはカルベラ国の話ばかりで、正直うんざりしている。


「ああ、カルベラ国はどんなところかしら。聖絵師オーラリストの聖地よ。もし私の実力が認められれば、カルベラ王室から招待を受けるでしょうね。もしかしたら、留学の話を持ちかけられるかもしれないわ」

 カルベラ国への留学だって?
 とんでもない。絶対に阻止しなければ!


「あはは、君は留学する必要なんてないよ。もう充分な実力があるんだから」
「わかっているわ。でも、本場で私の実力を見せつけてやるの。みんなきっと嫉妬するに違いないわ」

 セリスの実力か。
 正直、僕にはさっぱりわからない。


 レイラの絵もセリスの絵も、他の上手い奴の絵も、僕にはどれも同じように見える。

 ただ、レイラは自分の絵を誇らしげに見せなかった。
 控えめな性格で、自分の絵を見せつけることも、僕に自慢することもなかった。

 まあ、僕に興味がなかっただけだろう。
 他の男には愛想を振りまいていたのだから。


「アベリオ、伯父様が呼んでいるわ。少し待っていてくれる?」
「ああ、いいよ」
「ごめんなさいね」

 セリスはわざわざ僕の頬にキスをしてから、侍女に連れられ部屋を出ていった。
 僕はそっとハンカチで頬を拭う。


 静まり返った部屋で、なんとなく周囲を見まわす。
 頻繁にセリスの部屋を訪れているが、彼女が絵を描いているところを見たことはない。

 レイラの部屋には絵具や画材が散らばり、壁や床にも色が付着していた。
 しかし、セリスの部屋はごく普通の令嬢の部屋だ。
 高価な調度品、上質な絨毯、白を基調とした空間。

 もし絵具をこぼせば目立つだろう。


 彼女は別の部屋を仕事場として使っているらしいが、僕は見たことがない。
 散らかっていて見せられないと言っている。

 まあ、どこで絵を描こうと、僕にはどうでもいいことだ。


 暇を持て余していたので、ソファから立ち上がり、部屋の中を歩きまわった。
 クローゼットの部屋を開けると、ずらりと並ぶ数多くのドレスが目に入る。
 連日パーティに出席するために揃えたのだろう。
 前回来たときよりも、明らかにドレスの数は増えている。


 ふと、宝石箱らしきものに目が留まった。
 中は装飾品であふれかえっているようだ。

 手を伸ばして掴むと、いくつかのネックレスがじゃらりと絡まりながら出てきた。
 嘆息し、元に戻す。


「セリスは本当に金遣いが荒いな……」

 侯爵家の財産を無駄遣いさせるわけにはいかない。
 自分の装飾品の代金は、本人に負担してもらおう。


 視線を移すと、暗がりの中で淡く光る糸の束のようなものが目に入った。
 茶色の袋に詰め込まれている。
 なんだろうと手に取ると、中から銀色の髪がこぼれ出た。


「これはウィッグか? でも、この色はセリスの髪じゃない」

 目を凝らすと、これは間違いなくレイラの髪の色だった。
 質感も、光の加減で淡く光る艶も、レイラそっくりだ。
 袋からすべて取り出すと、ウィッグの長さもほぼレイラの髪と同じくらいあった。


「セリスがなぜ、レイラの髪と同じ色のウィッグを?」

 単なる銀髪ではない。
 レイラの髪は特殊で、光を受けるとまるで発光するかのように輝く。
 それを忠実に再現させるとは、相当な手間だ。

 このときは、なぜそこまで手の込んだことをしたのか理解できなかった。

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