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第6章 王宮生活<帰還編>
111、伏せられた混乱<中>
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ふらつきそうになる身体を僕は歯を食いしばって、なんとか倒れないように維持する。
だけどそれだけで精一杯で、王妃様に返事をする余裕はなかった。
王妃様は僕の返答を気にしていないのか、いやむしろ必要とされないようで、笑みを浮かべたまま、話を続けられる。
「神祭の儀式開始直前、王様と私が到着した時、レンヤードは血だらけで、しかも意識を失っており、セリムが抱き止めていたの。
その光景を見た王様は、周りの制止も聞かずにセリムの元に駆け寄ると、何度も叫び続けたのです……しっかりしろ!レンヤード、レンヤード、レンヤード!と。
これまで見たことがない、王様の必死な様子を、隣で見て、聞いていた私は、王様にとってレンヤードが、もはや単なる弟の妃という身内ではなく、それ以上の存在であると確信したわ……アルフの番であり、女であり、オメガの勘からね。
レンヤードはそんな証拠もないのに、確信を持てるのか?と思うでしょうね。
だけどそれは私がいつでも、どこでも、なんどきでも、アルフを、アルヴィスだけを見つめていたからなの……だからこそ分かった……私以外に心奪われた存在がいることをね」
王妃様はそこまで言い切ると、スッと姿勢を正された。
すぐに扉が叩かれるコンコンという音が鳴り、ほどなくティーセットを盆に乗せたリリーがこちらへ向かってくる。
彼女は僕の前だけにカップとソーサーを置き、お茶を注いだ。
お茶は、ほんのり甘い香りがしたが、その色は……真っ黒だ
僕は王妃様のお話に衝撃を受け、頭の中で必死にその意味を理解しようと、ただただお茶を凝視していると、そんなつもりはなかったのだが、いつものごとくお茶の表面に一筋の光が現れ、奥から手前とすり抜ける。
少しの間が空いて、これまでに一度も見たこともないほどの、真っ黒な煙がボワンっと上がった。
もしかして……猛毒?
思い浮かんだその単語の意味にさらに激震が走り、僕の額からブワリと汗が吹き出てくる。
お茶を注ぎ終わってもまだ僕の真横に動かずにいるリリーの顔を僕は咄嗟に仰ぎ見ると、リリーは、いや、リリーの口角だけがニィッと上がった。
もしかして、リリーも承知でこのお茶を注いだの?
その考えに辿り着くと、僕の全身が今度こそブルブルと震え出した。
思わずリリーからぎこちなく目線をずらすと、王妃様はこれぞ王族の手本というように背筋を伸ばし、にこやかに笑みを浮かべたまま、指先まで綺麗に揃え、僕のティーカップすぐ横に、右手を差し出してくる。
「いろんな者たちを足止めしているけど、あまり時間は無いわ。
このお茶はわざわざ実家から取り寄せた、即効性を誇るお茶よ。
2、3口飲むだけで、苦しまず、すぐに楽になれるわ。
アルフの心を奪うオメガは、私だけでいいの。
レンヤード、これは王妃命令よ。
さぁ、冷めないうちに召し上がってちょうだい」
僕は目を見開いたままどうにも動けずにいると、リリーが僕の背後に素早く回り込み、片手で僕の左腕を背中側に捻じ曲げて固定し、もう片手で僕の右手首を力強く掴むと、ティーカップの持ち手を握らせようとする。
左腕と右手首が痛すぎて、僕の目に涙が滲んできた。
それにしても、リリーのこの力、ただの侍女が出せるものではない
「ふふふっ、刃向かおうとしても無駄よ、レンヤード。
リリーはこう見えて、それなりの訓練を受けているの。
レンヤード、自分で飲めないなら、リリーが飲ますまでよ」
王妃様のまるで勝利宣言とも言うような口ぶりに、僕は唇を強く噛み締める。
逃げ道は無い
もう、飲むしかないのか?
僕はティーカップに目線を定めたまま観念し、持ち手をそろそろと握り、カップを口元まで運んだ。
あれほどシルヴィス様始め、周りの皆が心配してくれたにも関わらず、この事態にまんまと陥ってしまった自分が情けなくて……悔しくて、今度こそ左目からポロリと涙が一筋溢れ落ちる。
覚悟を決めて目をギュッと瞑り、お茶という名目の猛毒に口をつけようとした瞬間、耳元に懐かしい声がした。
レンヤード、待って!
少しだけ、待ってよぉ~!
それは舌足らずで高い、幼い頃のライの声で……僕の脳裏に幼い頃、故郷でライと追いかけっこをしていた光景が広がる。
僕の方が足が速くて逃げ回り、いつもライがその言葉を言いながら、僕を追いかけてきたっけ
僕は目をパッと見開くと、飲もうとして開いた口を一旦閉じた。
「飲みなさい!レンヤード!」
王妃様が椅子から立ち上がり、僕を指差して絶叫した瞬間、入口方向が何やら騒がしくなる。
ハッとして僕ら3人とも、思わずそちらへ目を向けた。
少し控えめの「歓談中なので今しばらくお待ちください」と答える声は護衛で、「お願いします!」と必死に頼む、聞き慣れた声はマーサだろうか?
すぐにバタンと大きな音を立てて扉が開く気配がすると、普段の落ち着き払った姿ではなく、息をハァハァ切らしながら、髪をふり乱し、僕たちがいるテーブルに足早に近づいてきたのは……話題の主であるアルフ様だった。
アルフ様はズカズカと大股で僕のすぐ横まで来られると、僕が握ったカップを静かに奪う。
それはほんの一瞬の出来事で……だから僕たち3人は1歩も動けなかった。
「王妃が用意したお茶は、美味い!」
そう早口で言われると、アルフ様は一気にカップを呷った。
だけどそれだけで精一杯で、王妃様に返事をする余裕はなかった。
王妃様は僕の返答を気にしていないのか、いやむしろ必要とされないようで、笑みを浮かべたまま、話を続けられる。
「神祭の儀式開始直前、王様と私が到着した時、レンヤードは血だらけで、しかも意識を失っており、セリムが抱き止めていたの。
その光景を見た王様は、周りの制止も聞かずにセリムの元に駆け寄ると、何度も叫び続けたのです……しっかりしろ!レンヤード、レンヤード、レンヤード!と。
これまで見たことがない、王様の必死な様子を、隣で見て、聞いていた私は、王様にとってレンヤードが、もはや単なる弟の妃という身内ではなく、それ以上の存在であると確信したわ……アルフの番であり、女であり、オメガの勘からね。
レンヤードはそんな証拠もないのに、確信を持てるのか?と思うでしょうね。
だけどそれは私がいつでも、どこでも、なんどきでも、アルフを、アルヴィスだけを見つめていたからなの……だからこそ分かった……私以外に心奪われた存在がいることをね」
王妃様はそこまで言い切ると、スッと姿勢を正された。
すぐに扉が叩かれるコンコンという音が鳴り、ほどなくティーセットを盆に乗せたリリーがこちらへ向かってくる。
彼女は僕の前だけにカップとソーサーを置き、お茶を注いだ。
お茶は、ほんのり甘い香りがしたが、その色は……真っ黒だ
僕は王妃様のお話に衝撃を受け、頭の中で必死にその意味を理解しようと、ただただお茶を凝視していると、そんなつもりはなかったのだが、いつものごとくお茶の表面に一筋の光が現れ、奥から手前とすり抜ける。
少しの間が空いて、これまでに一度も見たこともないほどの、真っ黒な煙がボワンっと上がった。
もしかして……猛毒?
思い浮かんだその単語の意味にさらに激震が走り、僕の額からブワリと汗が吹き出てくる。
お茶を注ぎ終わってもまだ僕の真横に動かずにいるリリーの顔を僕は咄嗟に仰ぎ見ると、リリーは、いや、リリーの口角だけがニィッと上がった。
もしかして、リリーも承知でこのお茶を注いだの?
その考えに辿り着くと、僕の全身が今度こそブルブルと震え出した。
思わずリリーからぎこちなく目線をずらすと、王妃様はこれぞ王族の手本というように背筋を伸ばし、にこやかに笑みを浮かべたまま、指先まで綺麗に揃え、僕のティーカップすぐ横に、右手を差し出してくる。
「いろんな者たちを足止めしているけど、あまり時間は無いわ。
このお茶はわざわざ実家から取り寄せた、即効性を誇るお茶よ。
2、3口飲むだけで、苦しまず、すぐに楽になれるわ。
アルフの心を奪うオメガは、私だけでいいの。
レンヤード、これは王妃命令よ。
さぁ、冷めないうちに召し上がってちょうだい」
僕は目を見開いたままどうにも動けずにいると、リリーが僕の背後に素早く回り込み、片手で僕の左腕を背中側に捻じ曲げて固定し、もう片手で僕の右手首を力強く掴むと、ティーカップの持ち手を握らせようとする。
左腕と右手首が痛すぎて、僕の目に涙が滲んできた。
それにしても、リリーのこの力、ただの侍女が出せるものではない
「ふふふっ、刃向かおうとしても無駄よ、レンヤード。
リリーはこう見えて、それなりの訓練を受けているの。
レンヤード、自分で飲めないなら、リリーが飲ますまでよ」
王妃様のまるで勝利宣言とも言うような口ぶりに、僕は唇を強く噛み締める。
逃げ道は無い
もう、飲むしかないのか?
僕はティーカップに目線を定めたまま観念し、持ち手をそろそろと握り、カップを口元まで運んだ。
あれほどシルヴィス様始め、周りの皆が心配してくれたにも関わらず、この事態にまんまと陥ってしまった自分が情けなくて……悔しくて、今度こそ左目からポロリと涙が一筋溢れ落ちる。
覚悟を決めて目をギュッと瞑り、お茶という名目の猛毒に口をつけようとした瞬間、耳元に懐かしい声がした。
レンヤード、待って!
少しだけ、待ってよぉ~!
それは舌足らずで高い、幼い頃のライの声で……僕の脳裏に幼い頃、故郷でライと追いかけっこをしていた光景が広がる。
僕の方が足が速くて逃げ回り、いつもライがその言葉を言いながら、僕を追いかけてきたっけ
僕は目をパッと見開くと、飲もうとして開いた口を一旦閉じた。
「飲みなさい!レンヤード!」
王妃様が椅子から立ち上がり、僕を指差して絶叫した瞬間、入口方向が何やら騒がしくなる。
ハッとして僕ら3人とも、思わずそちらへ目を向けた。
少し控えめの「歓談中なので今しばらくお待ちください」と答える声は護衛で、「お願いします!」と必死に頼む、聞き慣れた声はマーサだろうか?
すぐにバタンと大きな音を立てて扉が開く気配がすると、普段の落ち着き払った姿ではなく、息をハァハァ切らしながら、髪をふり乱し、僕たちがいるテーブルに足早に近づいてきたのは……話題の主であるアルフ様だった。
アルフ様はズカズカと大股で僕のすぐ横まで来られると、僕が握ったカップを静かに奪う。
それはほんの一瞬の出来事で……だから僕たち3人は1歩も動けなかった。
「王妃が用意したお茶は、美味い!」
そう早口で言われると、アルフ様は一気にカップを呷った。
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