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『君と待つ光』
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そうして開幕した六年生、飛行レース。セリオンにはああ言ったが、俺も開幕のアピールとかいうやつは相当苦手だ。なんにしろ歓迎されていない。
トランクに腰掛け適当に手を振りつつ、サッと会場を一周する。獅子寮の学級長なので先頭だが、さして盛り上がりもしない。寧ろ蔑んだような目で見られ、ヒソヒソと何かを囁かれる姿が見える。
「ん」
頭上に、何かが飛んできた。
たまごだ。中は腐っている。品のない誰かが投げたのだろう。
ぐしゃりと髪に液体がへばりつく。ものが腐った時特有の悪臭に眉根を寄せれば、何処かから笑い声がさざめいた。
教師陣に見つかる前に卵液のみに火をつけた。ボッ、と勢いよく火の手は広がり俺自身を巻き込んで燃え盛る。
「、兄さん!?」
セリオンの焦ったような声が飛び出た瞬間、炎は跡形もなく消え消し炭になった卵液がパラパラと風に煽られ散っていった。当然俺には傷ひとつない。くだらねー嫌がらせしやがって!
わが国ほど魔力や魔法の発展した国は、この大陸にはほとんどと言っていいほどない。当然長命種の治める精霊郷や聖者の住む国は別だが、そこに関してもどちらかと言えば得意とするのは精霊術。大雑把な精霊術では、俺のやったように魔法みたいな効果は得られない。
「化け物……」
「娼婦の息子だろう? 何故表舞台に出られる」
「穢れている」
健全で純粋なお貴族様の皆様からはどうも心象が悪いらしい。全員潔癖すぎると思うけどな!
逆に注目を奪ったようで申し訳ない。恐ろしい、悍ましいものを見るような、慣れ親しんだ視線を向けてくる相手にニコリと微笑めば肩を揺らし口をつぐんでいた。認知されれば言えない悪口は口にするなよ、ダサいな。
トランクに乗ってスタート地点までさっさと降り立てば、開始の合図を告げるマーガレット先生が気遣わしげにこちらを見ていた。
別に、生徒としての規範的な行動は守るよ。心配されなくとも。
「やっほ学級長、評判悪いね~」
「いつもの事だ。出るからには覚悟していた……全く潔癖な皆様だな、一人じゃケツも拭けなさそうな奴らばかりだ」
「やっぱああいうの怒ってたんだ? 三年の頃全然表情動かんから気にしてないのかと」
「は? 気にしてないべつに」
俺はとにかくこの大会で優勝する事だけが目的なのだから。変な奴らの変な囁きなんて気にしていられない。
ヴィンセントを筆頭に、続々と六年生たちがスタート地点に降り立ってくる。
「学級長~! 大丈夫だった!? 本当最悪なんだけど!!」
「普通にさ分かんないかな。この国でちゃんと講釈やってんだから、他国の口出しするとこないよね」
「分かんねーんだろあいつら老人ばっかだし」
「お前その発言はやばいて。聞かれてたらどーすんの」
どやどやどやっと六年生が俺の周りになだれ込んでくる。よく菓子パをしていたいつメン筆頭に、獅子寮の学生が多い。わしゃわしゃとたまごの当たった髪を撫でられるので避ければ頬を突かれた。
若さの奔流に押され二の句が告げない。というか告げる隙を与えてもらえない。なんで発言権ないんだよこっちは被害者だぞ!
「てか普通に飛行妨害になんない? ルール違反だよねぇ!? 出禁にしろ出禁に!!」
「ま、まぁまぁ。娼婦の息子庇ったなんて、殿下や陛下の経歴に傷がつくだろ。良いんだよ、下手なことしたら国際問題だ」
「いやいや!! 娼婦の息子じゃなくて公爵子息守っただけじゃん! てか普通に、学校側が生徒を守るのは当たり前でしょ。それができてない方が経歴に傷つくよ」
「国民があんな目に遭わされて黙ってるのもなぁ~」
憤ってくれる友人たちの多いこと。三年の頃は誰もが遠巻きに見ているだけだったから、なんとなく心臓が温かくなった。むず痒く、苦しいくらいだ。俺には勿体無い、たくさんはいらないな。
しかしどれだけ怒れど、現実というものは無常で、理不尽なものなのだ。俺の力では到底跳ね除けられはしない。
ここで強く叱責すれば国際問題に発展する。ある程度は好きにさせておくしかないのだ。特に俺みたいな人間は、どうしても綺麗事通りとはいかない。何しろ俺自体が綺麗事の反対側の権化みたいなもんだからな。
わちゃわちゃと団結する獅子寮を遠巻きに見る他の寮はその難しさをわかっているのか、ずいぶん不愉快そうだ。
「何、あれ……いつの間にか仲良しこよししてんだけど」
「学級長がずいぶん慕われてるみたいだな。体で懐柔でもしたのか?」
「おい、やめろよかわいそうだろ」
お前らもヒソヒソしてさぁ~本当陰湿だな!! 話しかけにいってやろうかな。
むずむずしていれば、進行役のマーガレット先生が壇上に立った。
「──静粛に!!」
厳格な声音に、いっせいに静まり返る。
生徒達だけではない。会場全体が。
シン、と耳に痛い静寂。唐突に襲った緊張感に誰も動けない。
マーガレット先生の使う威圧は、例えば蛇に睨まれた蛙のように強い緊張感を相手に与える魔法だ。マーガレット先生は厳格な老婦人の見た目はしているもののゴリゴリの戦闘特化型なので、こうして身体強化や相手へのデバフ系の魔法が豊富に取り揃えられている。
「只今より、飛行大会六年生の部を始めます」
ルール説明はない。コースの解説も存在しない。
何故なら、そんなものは存在しないからだ。
貴婦人の鋭い目が品定めする猛禽類のように俺たちの間を飛び交い、全員が息すら求めた瞬間、張り詰めた糸を叩き切るような声が響き渡った。
「──始め!!」
瞬時に飛び出す。あっ、初速遅れた!!
トランクに腰掛け適当に手を振りつつ、サッと会場を一周する。獅子寮の学級長なので先頭だが、さして盛り上がりもしない。寧ろ蔑んだような目で見られ、ヒソヒソと何かを囁かれる姿が見える。
「ん」
頭上に、何かが飛んできた。
たまごだ。中は腐っている。品のない誰かが投げたのだろう。
ぐしゃりと髪に液体がへばりつく。ものが腐った時特有の悪臭に眉根を寄せれば、何処かから笑い声がさざめいた。
教師陣に見つかる前に卵液のみに火をつけた。ボッ、と勢いよく火の手は広がり俺自身を巻き込んで燃え盛る。
「、兄さん!?」
セリオンの焦ったような声が飛び出た瞬間、炎は跡形もなく消え消し炭になった卵液がパラパラと風に煽られ散っていった。当然俺には傷ひとつない。くだらねー嫌がらせしやがって!
わが国ほど魔力や魔法の発展した国は、この大陸にはほとんどと言っていいほどない。当然長命種の治める精霊郷や聖者の住む国は別だが、そこに関してもどちらかと言えば得意とするのは精霊術。大雑把な精霊術では、俺のやったように魔法みたいな効果は得られない。
「化け物……」
「娼婦の息子だろう? 何故表舞台に出られる」
「穢れている」
健全で純粋なお貴族様の皆様からはどうも心象が悪いらしい。全員潔癖すぎると思うけどな!
逆に注目を奪ったようで申し訳ない。恐ろしい、悍ましいものを見るような、慣れ親しんだ視線を向けてくる相手にニコリと微笑めば肩を揺らし口をつぐんでいた。認知されれば言えない悪口は口にするなよ、ダサいな。
トランクに乗ってスタート地点までさっさと降り立てば、開始の合図を告げるマーガレット先生が気遣わしげにこちらを見ていた。
別に、生徒としての規範的な行動は守るよ。心配されなくとも。
「やっほ学級長、評判悪いね~」
「いつもの事だ。出るからには覚悟していた……全く潔癖な皆様だな、一人じゃケツも拭けなさそうな奴らばかりだ」
「やっぱああいうの怒ってたんだ? 三年の頃全然表情動かんから気にしてないのかと」
「は? 気にしてないべつに」
俺はとにかくこの大会で優勝する事だけが目的なのだから。変な奴らの変な囁きなんて気にしていられない。
ヴィンセントを筆頭に、続々と六年生たちがスタート地点に降り立ってくる。
「学級長~! 大丈夫だった!? 本当最悪なんだけど!!」
「普通にさ分かんないかな。この国でちゃんと講釈やってんだから、他国の口出しするとこないよね」
「分かんねーんだろあいつら老人ばっかだし」
「お前その発言はやばいて。聞かれてたらどーすんの」
どやどやどやっと六年生が俺の周りになだれ込んでくる。よく菓子パをしていたいつメン筆頭に、獅子寮の学生が多い。わしゃわしゃとたまごの当たった髪を撫でられるので避ければ頬を突かれた。
若さの奔流に押され二の句が告げない。というか告げる隙を与えてもらえない。なんで発言権ないんだよこっちは被害者だぞ!
「てか普通に飛行妨害になんない? ルール違反だよねぇ!? 出禁にしろ出禁に!!」
「ま、まぁまぁ。娼婦の息子庇ったなんて、殿下や陛下の経歴に傷がつくだろ。良いんだよ、下手なことしたら国際問題だ」
「いやいや!! 娼婦の息子じゃなくて公爵子息守っただけじゃん! てか普通に、学校側が生徒を守るのは当たり前でしょ。それができてない方が経歴に傷つくよ」
「国民があんな目に遭わされて黙ってるのもなぁ~」
憤ってくれる友人たちの多いこと。三年の頃は誰もが遠巻きに見ているだけだったから、なんとなく心臓が温かくなった。むず痒く、苦しいくらいだ。俺には勿体無い、たくさんはいらないな。
しかしどれだけ怒れど、現実というものは無常で、理不尽なものなのだ。俺の力では到底跳ね除けられはしない。
ここで強く叱責すれば国際問題に発展する。ある程度は好きにさせておくしかないのだ。特に俺みたいな人間は、どうしても綺麗事通りとはいかない。何しろ俺自体が綺麗事の反対側の権化みたいなもんだからな。
わちゃわちゃと団結する獅子寮を遠巻きに見る他の寮はその難しさをわかっているのか、ずいぶん不愉快そうだ。
「何、あれ……いつの間にか仲良しこよししてんだけど」
「学級長がずいぶん慕われてるみたいだな。体で懐柔でもしたのか?」
「おい、やめろよかわいそうだろ」
お前らもヒソヒソしてさぁ~本当陰湿だな!! 話しかけにいってやろうかな。
むずむずしていれば、進行役のマーガレット先生が壇上に立った。
「──静粛に!!」
厳格な声音に、いっせいに静まり返る。
生徒達だけではない。会場全体が。
シン、と耳に痛い静寂。唐突に襲った緊張感に誰も動けない。
マーガレット先生の使う威圧は、例えば蛇に睨まれた蛙のように強い緊張感を相手に与える魔法だ。マーガレット先生は厳格な老婦人の見た目はしているもののゴリゴリの戦闘特化型なので、こうして身体強化や相手へのデバフ系の魔法が豊富に取り揃えられている。
「只今より、飛行大会六年生の部を始めます」
ルール説明はない。コースの解説も存在しない。
何故なら、そんなものは存在しないからだ。
貴婦人の鋭い目が品定めする猛禽類のように俺たちの間を飛び交い、全員が息すら求めた瞬間、張り詰めた糸を叩き切るような声が響き渡った。
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