悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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束の間の休息

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セリオン、ルースと共にフィレンツェへ戻る旨を告げると、ウチャはそんなことわかっていた、みたいな顔をして新鮮なりんごを投げて寄越した。

石造の、ここら一体で一番重厚で豪華な場所。ウチャと彼の妻、親、祖父母まで住んでいる三世帯住宅はいつも通り、少しのスパイスとひとの匂いがした。
来客用のソファに座って周囲を見回してみる。相変わらずウチャの妻は忙しく歩き回り、皺だらけの手を持つ祖母は別室で編み物でもしているのだろう。祖父は散歩が趣味だと言っていた。
この平和もなかなかどうして、ひさびさに見えるものだ。

「しっかし、今後どうすんだとは聞かねぇけどよ……お前さんがいなくなると、カエラムやイルドリが寂しがるだろうなぁ」
「そうだな……」

すり、と顎を撫でて考え込んでみる。すでにかなり自立しているとはいえ、カエラムとイルドリの親代わりは俺だ。
幼い兄弟たちのことを思う。突然現れた無愛想な大人へ献身的に尽くし、そして親を求めて時折涙を流すカエラム。体が弱っても心を強く保ち、兄に心配かけまいと咳を抑えるイルドリ。二人ともにまぶしく強いところがあり、弱いところがある。

「あの二人は、俺がいなくてもやっていけると思うよ。ただやっていけるのと寂しさは別で、ひどく寂しがるだろうし、辛いだろう。大人になれば忘れてしまう辛さだったとしても、保護者としてはあまり……味合わせたくない」
「じゃあどうすんだって話だ。戻るのは決まってんだろ? そこの坊ちゃんと共に」

ウチャがちらり、と俺の隣に視線を移した。俺の隣というか、膝元に。
同じように下を向くと、ごろごろと俺の膝に頭を乗せて、俗にいう膝枕状態になったセリオンが同じように見上げてきた。

自分のターンじゃないので大人しく聞いていたのだ。そもそも大事な話してるのに来るなという話だが、実のところ俺だってセリオンとひとときも離れたくない。

「……ま、あの子らは心配だね。ぼくらからしたら、成人年齢に全くもって届かない歳だし」

パチクリと瞬いたアメシストが何やら話し始める。自分に振られたと理解したらしい。

「まだ出稼ぎにも行かない、母親のクッキーを楽しみに家に帰っていていい年齢だ。いくつか便利な魔法は、教えたけど……前のぼくが」
「ああ、教えてくれてたな。アイツらが嬉しそうに使ってたぞ」
「うん。こうなったら、もう少し生活用の魔法考えておくんだったね」

どうやらこの心優しい弟も彼らのことは気がかりらしい。カエラムに魔法を教えていたところは見たが、イルドリとも時折錬金術をやっていたようだ。誰に教えられた記憶なのか、魔力を整えるには錬金術が肝要と覚えていて。
なんだかんだと関わった相手に情を持つ子供なので、俺がウチャへ報告しに行くのに着いてきたのも半分は兄弟たちの話をしにきたのだろう。

「でも、ウチも兄さんの力を必要としてる……必ず、週に一度はここに戻って来られるようにするけど、暫くは領の混乱を治めないといけない」
「そりゃ、こっちにとっちゃありがたいが。そもそもどうしてアーノルドが公爵に? お前さん、罪人なんじゃないのか」
「そうだな」

古い体制のわが国は、王がコロコロ変わらなくなって、呪いが解けて現在初めての代だ。なんにせよこれから長く一人が統治する時代となり、それは俺の事件があろうとなかろうと時代の転換期となる。

その上で俺が大問題を起こしたので政治はガッタガタ、民は混乱に混乱を呼び、不安が広がっている。今代の王は公爵を処刑するような王だ、そんな奴がこれから何年統治するのだ、みたいな。

さらに貧民街とか諸々、王の代替わりが早く呪われていたからこそ見逃されてきた問題に国民が徐々に向き合い始めなければならないだろう。アーサー陛下なら過不足なく治められるとは思うが、今は時代の分かれ目。

過度に自分を責めるつもりもあれ以上我慢するつもりもないが、ともかくとしてツケは払わなきゃいけない。

「罪人だからだよ。みな、今は陛下を加害者だと断じて恨みつらみを晴らす相手にしている。陛下に注目するくせに、陛下の言葉は聞かない。
けれど俺は、そんな彼らが好んで使う“かわいそう”な人間だ」
「……ぼくはそのやり方、嫌いだけどね。でも事実、兄さんじゃないとできないことはある」

俺の魅力はまた、カリスマと言い換えることができるものだ。人よりほんの少しだけ特別で、ほんの少しだけ優先されて、ほんの少しだけ好意的に見られる。
そしてほんの少し誰かの、または皆の特別だった俺が時代の被害者だったことで国は荒れている。

「かわいそうな人間の言葉は、強い人間の言葉より響くことが多い。もちろん裏切り者だとかそんな奴だと思わなかっただとか罵られることもあるだろうが……」

俺という形に貧民街の惨状を、飢えに苦しみ痩せ細る子供を、冤罪で獄中死した誰かの父を、闇に潜んだ盗賊から無意味に殺された誰かの母を当てはめて、叩き棒にしているのだ。
王という絶対的な存在が変われば何かが変わると、生まれた時からしていた無駄な期待をまた陛下にかけて。

「今までの王はすぐに死んだから、不満をぶつけるタガが外れてんだ。あの国は腐ってる。滅ぼしておけばよかった」
「おいおい、そういうこと言ったらまた捕まんじゃねぇか?」
「違いない! だが前の刑期は終わった。想定より早かったがな」

要するに、アーノルド=フィレンツェという、奇跡を起こす成り上がり大魔法使いという箔が、今のフィレンツェに必要なのだ。

「……実際、保護者を失うあの子達には悪いが」
「ま、事情は分かった。カエラム達の生活はこっちで保証してやるよ、お前さんには感謝してる」

国のために子供を捨てろ、と言う大人にはなりたくないがと呟く男に静かに同意した。新鮮な果実はひさびさに食べる。瑞々しく、皮と身の隙間にほんのり酸味があるのが好きだ。りんごって。

黙り込んだ俺とウチャを交互に見て、だらりと身体を完全に脱力させていたセリオンが、のっそりと起き上がった。

「まぁ、それで。兄さんに、ぼくもこれ以上我慢はさせたくなくてね」
「セリオン?」
「族長。あんたが本当に、あの兄弟を思ってるのなら……物は相談なんだけど」

セリオンの口にした言葉は、俺達を心底驚かせるに充分なものだった。

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