悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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二年目の魔法学校

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ある夜。

成長痛もさらにひどくなり、交流会も目前に控えた頃、俺は痛みで気絶した弟を置いて夜の散歩に出掛けていた。
普段ならば最低限体が休まれば構わないのだが。空中を飛んで移動し、錬金部のエリアに降り立つ。魔法植物が当たり前のように畑へ生えているこの場所には、特殊な結界が張られている。

月明かりに望洋と照らされる地面に手のひらをかざせば、大きく影ができる。
像を飲み込んだウワバミのようにぶくりとその影が膨れ上がり──禍々しい魔力が俺を覆い隠す。

「よう、ノア。用件ってのはなんだ」
『……なんだも何もないですよ! 貴方、その胎内の生き物はどうするおつもりで?』
「ああ何だまだ生きてるのか、そりゃいいや」
『まったく良くありませんが??』

そろそろ忘れられてきている魔神だ。俺の体内に巣食う厄介者で、蛇竜サーペントドラゴンと少し前に同居することになった。
古い金色の指輪が震え、ヘリウムを吸ったような高い声がギャンギャンと俺に抗議してくる。魔神──ノアの魔力を主食にして蛇竜に食われているわけなので、何か不平不満の一つや二つあるのだろう。

だが。

「そもそも、お前と契約せざるを得なくなったのはお前の元の封印がぶっ壊れたからだからな? この指輪だってそうだけど、別に俺は好きでお前の宿主になってるわけじゃないからな」
『そっ、それはそうですけど。ならあの生意気なガキは何なんですか、勝手に私の魔力を喰って……危険ですよ魔神の力を備えた蛇竜なんて』
「でもアイツいないと俺魔法使えないじゃん」
『平和に生きるはどうしたんですか!』

いいだろ別に終わりが来る日まで弟に夢見せてやっても。どうせ公爵を辞めたら二度と会わないし、会う必要もなくなるんだし。

公爵から追放されれば、俺は自由と共に昔と同じ貧民の身分を与えられる。
魔神を封印していたと言えば何か功績に応じて褒美くらいは貰えるだろうから、母と貧民街の子らに分け与えて、俺は着の身着のままで出ていくのだ。

その時には蛇竜に頼るようなこともなくなるけど、殺してしまうのも可哀想だから何か代用の食事なんか見つけてやろう。蛇竜はその不安定性から雑食であることが多い。魔力以外もやろうと思えば受け付けるだろうしさ。

「飼い葉とかにしてさ、牧場に飼ってもいいなぁ。魔物牧場的な……わらび餅もいるし、牛系の魔物とかいい感じにブランド化できないかな?」
『の、呑気。果てしなく呑気ですねあなたという人は。そんな相手に捕まった屈辱』
「馬鹿、将来の夢なんて語って損はないだろ」

どうにしろルースが正当な血筋を継ぐことも、俺が貧民のガキな上に母親の記憶を滞留させる禁術を使用したことだってばれるわけだし。というか裁かれてくれないと困る。

月明かりに何もかも馬鹿馬鹿しくなって体を投げ出した。バランスをとることもなくぐるんぐるんと回転する体に吐きそうになりながら、魔力の続く限り上昇してみる。

「俺は普通に平穏に生きたいわけだけどさ! じゃあこれから先、罪を抱えてずーっと生きてけるかって聞かれたらそんなことないわけよ」
『はぁ。だから裁かれたいと? 貴方の母に使用した呪いは、公爵の望んだものでしょう』
「でも俺にはその望みを跳ね除ける力もあれば知恵もあって立場もあった」

この時期はようやく地面が温まり始めた頃だから、空に行けば行くほど肌寒くなってくる。すぐそこにつかめそうな星に無意味に手を伸ばしながら、俺は呆れたようにため息をつく魔神にカラカラと笑った。
化け物ごときに人間の心はわからんだろう。

『破滅的ですね。だから、蛇竜も見逃すんですか。あれ、魔力と共に命も削りますよ』
「は? それは初耳」
『殺しますか?』
「……うーん」

可哀想だしいいや。魔力が使えなくなっても困るし。蛇竜が食った分の寿命もまぁ天寿と判定していいだろう。

はるか上空数百メートルは轟々と風が吹いていて、もっともっと上がっていけば肌寒いどころじゃなくなって、この防寒コートですら突き抜ける氷点下になって、いつしか息すら止まるんだろうと思わせた。少なくとも、そんなことを知っているのは俺だけだ。
空の向こうに見える月は本当は自分から光ってないことも、太陽はあんなに大きいのに約1億5000万km先にあることも。

『はぁ。貴方のそういう……律儀なのだか死にたいのだかわからない態度は嫌いですよ。のんびりと生きていきたいのではなかったのですか』

空は俺しか知らないことで満ち満ちている。この世界がずっと発展して、魔道科学が安定すればきっと、日本よりもずっと早くにその事実が発覚するだろう。その瞬間が見てみたいけれど、俺はもう死んでいる。

「違うよノア」

戸惑う魔神にキスをする。何か文句のようなものが指輪から漏れてきたけれど、俺には特に関係がなかった。

「俺は、として生きていきたいからこうしてる。もう何もかもから手を離して、誰も知らないところで生きていくために、罪も誇りもここに置いていくんだ……」

きらきらと目を焼く星の光に囲われて、俺は遙か先を夢見て笑った。
自由になったら何をしようかな。自分の知らない運命が歩めるようになった時、俺はようやく地面に足をつけられるのだ。
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