悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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『君と待つ光』

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「英雄ねぇ…………。何や、チビにでもそう言いよったん?」
「ん? ああ、孤児院の子供達か。別に……言われてる側だったな。1番魔法使えるの、俺だし」
「さすがやな、学級長」

一ミリも思ってなさそうなセリフ吐くな。
ぐちゃぐちゃな星の軌跡を眺めながら、酸っぱい果実を食べた。レイはもむもむともう一つを揉んでいて、食べる気配はない。

またしばらく沈黙が降りた。あんまりレイは普段やかましいのに、黙ればそこにいないかのように存在感が薄くなるのだと知った。
しばらくして、またレイが身じろぎをした。居心地が悪いのかもしれない。俺は怖がられているし。

「……英雄なのに、何で売られると思う」
「え?」
「スープの一番うまいところも、干したての布団も、狭い炬燵で母親に寄りかかるのも、弟らに譲ったんに」

何で売られたんやと、思う。
じっと海の方を見て、レイが呟いた。

売られた、というのは。と思考をまわしかけて、レイが養子だったことを思い出す。東洋の国はその気候から外交がうまくいかないので、子供を養子に出して繋がりを強くすることもある。レイの今の家はそこそこ有名な商家だ。パイプが欲しかったのだろう。

レイから今の家の不満は聞いたことがない。そもそも、養子を取って跡取りにし、この学校に通わせている時点で──あのランクの家からすれば、学費はとんでもない大金だ──相当に愛されている。よく仕送りも貰ってるしな。

(でも、今愛されていることと……かつて愛されていなかったのではないか、なんて不満は別だよな)

ぼうっと海を見る男からは良い匂いがする。丁寧に育てられているからだろうか? 毎日体を洗わないと気が済まないと言っていた。
それは、東洋でも同じだったのだろう。希少な綺麗な水をふんだんに使わせて、体を清めて、毎日お腹いっぱいで眠らされて。

(実の息子すら、血縁じゃないか)

かつてレイの呟いた言葉を反芻する。レイの話からはそんな雰囲気を感じなかった。少なくとも──彼はその日常を、深く愛していたのだろうと。

(策謀に向いた奴じゃない。たぶん。こいつがあえて俺にこの印象を与えていないとしたら)

いや、やめておこう。馬鹿になってもいいから今、こいつの言葉をそのまま受け止めよう。
俺はレイのことを知らず、それしか出来ないのだから。

「……果実の、ちょっとうまいところを分けてやろうか」
「は?」
「帰ったら食堂にでも行って、一緒に一番美味しいものでも頼むか。体を洗って、美味いものを食べて、よく寝よう。寮の温かいシーツで」

何が言いたいのだろうか。
俺はこいつに、何をしてやりたいんだろう。

レイの方を見ると、驚いたように目を瞬かせていた。俺は口が上手くないから、何をどう言えばいいのかはわからない。

「愛されてなかったかもって思うのは……仕方がないだろ」

ウェーブのかかった髪がさっと落ちた。顔を逸らされたのだ。別に目があっていて欲しいとは思わなかったけれど、嘘ではないとどう伝えればいいかわからなかった。

「俺は、お前が雪国にいて、猟をして、狭い炬燵で他の子供と詰まってるの、似合うと思ったよ。お前はずっとそこにいたかったんだ。そんな疑念を持ちたくなかった。そうじゃないのか」
「……ッなんで」
「俺もそうだったからだよ」

みだりに触れようとは思わなかったから、レイの手から果実を取って剥いてやった。白い部分に栄養があるらしい。いや、それはみかんの話か。
手元に剥いた果実を乗せてやれば、ピクリと指が動く。

「……本当は。キラキラした屋敷にも、豪奢な食事にも……興味はなかったんだ」

レイもきっとそうだったのだろう。
雪国で、狭い場所でみんなで寝て、たまに晴れればかまくらをつくって、毎日あくせく働いて、勉強する時間も全然なくて、自由な時間は無く、生きるために生きているような。

けれど暖かくてご飯の美味しい。

「本当は、公爵にひどく恨みがあるんじゃない。確かに少し……何で産ませたとは思う。でも、本当は」

孤児院で俺は英雄だと持て囃されていた。一番魔法を使うのが上手くて、チビ達のお湯を沸かしてやるのが上手くて。俺の作る湯が一番温かいのだと言われた。
あかぎれのまま水仕事をしていたら、ステラがぶっきらぼうにハンドクリームをくれた。
その匂いを嗅いだリリィがいい匂いだと頭を撫でて、安物のそれを探し求めたこともある。

今であればいくらでもお湯は使えるし、今であればアレよりもっといいものは使える。でも。

「…………どうして、止めてくれなかったんだろう?」
「……学級長」
「引き留めて、行くなと言ってくれればよかった。姉ちゃん達にとって、チビ達にとって、俺は手放してもいい人間だったんだろうか」

たとえそれがどんなにいい場所に行けるものでも。格段に待遇が上がるとしても、俺は。
きっと止めて欲しかったのだ。必要だと叫ばれたかった。

「果実、甘いと思うぜ。食べてみろよ」
「ん」

剥いた果実から一つレイが手に取る。口元にそれを持っていって、ぱくりと咥える。

「……甘いなぁ」
「お前がずっと揉んでたからな」

星空が綺麗だった。たとえ偽物だったとしても。
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