164 / 252
『君と待つ光』
48
しおりを挟む
「英雄ねぇ…………。何や、チビにでもそう言いよったん?」
「ん? ああ、孤児院の子供達か。別に……言われてる側だったな。1番魔法使えるの、俺だし」
「さすがやな、学級長」
一ミリも思ってなさそうなセリフ吐くな。
ぐちゃぐちゃな星の軌跡を眺めながら、酸っぱい果実を食べた。レイはもむもむともう一つを揉んでいて、食べる気配はない。
またしばらく沈黙が降りた。あんまりレイは普段やかましいのに、黙ればそこにいないかのように存在感が薄くなるのだと知った。
しばらくして、またレイが身じろぎをした。居心地が悪いのかもしれない。俺は怖がられているし。
「……英雄なのに、何で売られると思う」
「え?」
「スープの一番うまいところも、干したての布団も、狭い炬燵で母親に寄りかかるのも、弟らに譲ったんに」
何で売られたんやと、思う。
じっと海の方を見て、レイが呟いた。
売られた、というのは。と思考をまわしかけて、レイが養子だったことを思い出す。東洋の国はその気候から外交がうまくいかないので、子供を養子に出して繋がりを強くすることもある。レイの今の家はそこそこ有名な商家だ。パイプが欲しかったのだろう。
レイから今の家の不満は聞いたことがない。そもそも、養子を取って跡取りにし、この学校に通わせている時点で──あのランクの家からすれば、学費はとんでもない大金だ──相当に愛されている。よく仕送りも貰ってるしな。
(でも、今愛されていることと……かつて愛されていなかったのではないか、なんて不満は別だよな)
ぼうっと海を見る男からは良い匂いがする。丁寧に育てられているからだろうか? 毎日体を洗わないと気が済まないと言っていた。
それは、東洋でも同じだったのだろう。希少な綺麗な水をふんだんに使わせて、体を清めて、毎日お腹いっぱいで眠らされて。
(実の息子すら、血縁じゃないか)
かつてレイの呟いた言葉を反芻する。レイの話からはそんな雰囲気を感じなかった。少なくとも──彼はその日常を、深く愛していたのだろうと。
(策謀に向いた奴じゃない。たぶん。こいつがあえて俺にこの印象を与えていないとしたら)
いや、やめておこう。馬鹿になってもいいから今、こいつの言葉をそのまま受け止めよう。
俺はレイのことを知らず、それしか出来ないのだから。
「……果実の、ちょっとうまいところを分けてやろうか」
「は?」
「帰ったら食堂にでも行って、一緒に一番美味しいものでも頼むか。体を洗って、美味いものを食べて、よく寝よう。寮の温かいシーツで」
何が言いたいのだろうか。
俺はこいつに、何をしてやりたいんだろう。
レイの方を見ると、驚いたように目を瞬かせていた。俺は口が上手くないから、何をどう言えばいいのかはわからない。
「愛されてなかったかもって思うのは……仕方がないだろ」
ウェーブのかかった髪がさっと落ちた。顔を逸らされたのだ。別に目があっていて欲しいとは思わなかったけれど、嘘ではないとどう伝えればいいかわからなかった。
「俺は、お前が雪国にいて、猟をして、狭い炬燵で他の子供と詰まってるの、似合うと思ったよ。お前はずっとそこにいたかったんだ。そんな疑念を持ちたくなかった。そうじゃないのか」
「……ッなんで」
「俺もそうだったからだよ」
みだりに触れようとは思わなかったから、レイの手から果実を取って剥いてやった。白い部分に栄養があるらしい。いや、それはみかんの話か。
手元に剥いた果実を乗せてやれば、ピクリと指が動く。
「……本当は。キラキラした屋敷にも、豪奢な食事にも……興味はなかったんだ」
レイもきっとそうだったのだろう。
雪国で、狭い場所でみんなで寝て、たまに晴れればかまくらをつくって、毎日あくせく働いて、勉強する時間も全然なくて、自由な時間は無く、生きるために生きているような。
けれど暖かくてご飯の美味しい。
「本当は、公爵にひどく恨みがあるんじゃない。確かに少し……何で産ませたとは思う。でも、本当は」
孤児院で俺は英雄だと持て囃されていた。一番魔法を使うのが上手くて、チビ達のお湯を沸かしてやるのが上手くて。俺の作る湯が一番温かいのだと言われた。
あかぎれのまま水仕事をしていたら、ステラがぶっきらぼうにハンドクリームをくれた。
その匂いを嗅いだリリィがいい匂いだと頭を撫でて、安物のそれを探し求めたこともある。
今であればいくらでもお湯は使えるし、今であればアレよりもっといいものは使える。でも。
「…………どうして、止めてくれなかったんだろう?」
「……学級長」
「引き留めて、行くなと言ってくれればよかった。姉ちゃん達にとって、チビ達にとって、俺は手放してもいい人間だったんだろうか」
たとえそれがどんなにいい場所に行けるものでも。格段に待遇が上がるとしても、俺は。
きっと止めて欲しかったのだ。必要だと叫ばれたかった。
「果実、甘いと思うぜ。食べてみろよ」
「ん」
剥いた果実から一つレイが手に取る。口元にそれを持っていって、ぱくりと咥える。
「……甘いなぁ」
「お前がずっと揉んでたからな」
星空が綺麗だった。たとえ偽物だったとしても。
「ん? ああ、孤児院の子供達か。別に……言われてる側だったな。1番魔法使えるの、俺だし」
「さすがやな、学級長」
一ミリも思ってなさそうなセリフ吐くな。
ぐちゃぐちゃな星の軌跡を眺めながら、酸っぱい果実を食べた。レイはもむもむともう一つを揉んでいて、食べる気配はない。
またしばらく沈黙が降りた。あんまりレイは普段やかましいのに、黙ればそこにいないかのように存在感が薄くなるのだと知った。
しばらくして、またレイが身じろぎをした。居心地が悪いのかもしれない。俺は怖がられているし。
「……英雄なのに、何で売られると思う」
「え?」
「スープの一番うまいところも、干したての布団も、狭い炬燵で母親に寄りかかるのも、弟らに譲ったんに」
何で売られたんやと、思う。
じっと海の方を見て、レイが呟いた。
売られた、というのは。と思考をまわしかけて、レイが養子だったことを思い出す。東洋の国はその気候から外交がうまくいかないので、子供を養子に出して繋がりを強くすることもある。レイの今の家はそこそこ有名な商家だ。パイプが欲しかったのだろう。
レイから今の家の不満は聞いたことがない。そもそも、養子を取って跡取りにし、この学校に通わせている時点で──あのランクの家からすれば、学費はとんでもない大金だ──相当に愛されている。よく仕送りも貰ってるしな。
(でも、今愛されていることと……かつて愛されていなかったのではないか、なんて不満は別だよな)
ぼうっと海を見る男からは良い匂いがする。丁寧に育てられているからだろうか? 毎日体を洗わないと気が済まないと言っていた。
それは、東洋でも同じだったのだろう。希少な綺麗な水をふんだんに使わせて、体を清めて、毎日お腹いっぱいで眠らされて。
(実の息子すら、血縁じゃないか)
かつてレイの呟いた言葉を反芻する。レイの話からはそんな雰囲気を感じなかった。少なくとも──彼はその日常を、深く愛していたのだろうと。
(策謀に向いた奴じゃない。たぶん。こいつがあえて俺にこの印象を与えていないとしたら)
いや、やめておこう。馬鹿になってもいいから今、こいつの言葉をそのまま受け止めよう。
俺はレイのことを知らず、それしか出来ないのだから。
「……果実の、ちょっとうまいところを分けてやろうか」
「は?」
「帰ったら食堂にでも行って、一緒に一番美味しいものでも頼むか。体を洗って、美味いものを食べて、よく寝よう。寮の温かいシーツで」
何が言いたいのだろうか。
俺はこいつに、何をしてやりたいんだろう。
レイの方を見ると、驚いたように目を瞬かせていた。俺は口が上手くないから、何をどう言えばいいのかはわからない。
「愛されてなかったかもって思うのは……仕方がないだろ」
ウェーブのかかった髪がさっと落ちた。顔を逸らされたのだ。別に目があっていて欲しいとは思わなかったけれど、嘘ではないとどう伝えればいいかわからなかった。
「俺は、お前が雪国にいて、猟をして、狭い炬燵で他の子供と詰まってるの、似合うと思ったよ。お前はずっとそこにいたかったんだ。そんな疑念を持ちたくなかった。そうじゃないのか」
「……ッなんで」
「俺もそうだったからだよ」
みだりに触れようとは思わなかったから、レイの手から果実を取って剥いてやった。白い部分に栄養があるらしい。いや、それはみかんの話か。
手元に剥いた果実を乗せてやれば、ピクリと指が動く。
「……本当は。キラキラした屋敷にも、豪奢な食事にも……興味はなかったんだ」
レイもきっとそうだったのだろう。
雪国で、狭い場所でみんなで寝て、たまに晴れればかまくらをつくって、毎日あくせく働いて、勉強する時間も全然なくて、自由な時間は無く、生きるために生きているような。
けれど暖かくてご飯の美味しい。
「本当は、公爵にひどく恨みがあるんじゃない。確かに少し……何で産ませたとは思う。でも、本当は」
孤児院で俺は英雄だと持て囃されていた。一番魔法を使うのが上手くて、チビ達のお湯を沸かしてやるのが上手くて。俺の作る湯が一番温かいのだと言われた。
あかぎれのまま水仕事をしていたら、ステラがぶっきらぼうにハンドクリームをくれた。
その匂いを嗅いだリリィがいい匂いだと頭を撫でて、安物のそれを探し求めたこともある。
今であればいくらでもお湯は使えるし、今であればアレよりもっといいものは使える。でも。
「…………どうして、止めてくれなかったんだろう?」
「……学級長」
「引き留めて、行くなと言ってくれればよかった。姉ちゃん達にとって、チビ達にとって、俺は手放してもいい人間だったんだろうか」
たとえそれがどんなにいい場所に行けるものでも。格段に待遇が上がるとしても、俺は。
きっと止めて欲しかったのだ。必要だと叫ばれたかった。
「果実、甘いと思うぜ。食べてみろよ」
「ん」
剥いた果実から一つレイが手に取る。口元にそれを持っていって、ぱくりと咥える。
「……甘いなぁ」
「お前がずっと揉んでたからな」
星空が綺麗だった。たとえ偽物だったとしても。
292
あなたにおすすめの小説
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる
ユーリ
BL
魔法省に悪魔が降り立ったーー世話係に任命された花音は憂鬱だった。だって悪魔が胡散臭い。なのになぜか死神に狙われているからと一緒に住むことになり…しかも悪魔に甘やかされる!?
「お前みたいなドジでバカでかわいいやつが好きなんだよ」スパダリ悪魔×死神に狙われるドジっ子「なんか恋人みたい…」ーー死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる