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『君と待つ光』
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「あら、行くわよ~」
「え?」
「そりゃ行くっしょ。愚弟の活躍は見守んないとね」
「えっ」
そうして待ちに待った──わけではないが結局きた夏季休暇。嫌な予感と共に娼館へ顔を出せば、あっさりと飛行大会への参加を表明される。いやいやいやいや待て待て待て。
来ないって言っちゃったんだが。ステラはチラリとこちらを見て、露出の多い、ほぼ丸出しだろみたいな透過具合のランジェリーのまま俺の座るベッドに寝転ぶ。
色気も何も感じないのは俺が不能だからか、シンプルに怖い姉だからか。
「いや、絶対来ないでほし」
「は?」
「ステラ来るの楽しみだな。俺頑張るね」
後者だろうな。
じろり、と軽く視線をよこされただけで容易く白旗をあげる。どうやらステラは弟を脅してでも飛行大会の観戦に来たいらしい。
「ステラ、貴族嫌いでしょ……何でわざわざ見に来るんだよぉ」
「貴族は嫌いだけど展開してるブランドは好きなんだよね。ね、期間限定の新色まで売ってるってマジ?」
「うわっゲンキン! 相変わらずがめついなぁ。そういうことか」
「何だとこの愚弟」
「うわーっ!」
「あらあらっ」
俺の両頬を掴んでくるステラに抵抗していれば、仕事を終えたらしいリリィがちょうど扉を開けて入ってくる。むいーーっと頬を伸ばそうとしてくる手をそっと押し留め、俺はサッとリリィの後ろに隠れる。痛い。本当に容赦がない。子供の頃と違ってぜんぜん伸びないんだからやめてほしい。
「もうっダメだわステラ! どうしてアーノルドに痛いことしちゃったの?」
「いやいやあたし悪くないし。アーノルドがあたしの悪口言った。がめついオニババって言った」
「ま、本当アーノルド? 仲良くしないとダメなのだわ、悲しいわっ!」
「違うよ! ステラいっつも嘘つく……前だって俺なんも言ってなかったでしょ。俺悪口言ってない、ステラが急に怒った」
リリィはここの人気ナンバーワンで、なんだかんだ母さんに引き続きこの娼館の子供たちは彼女に救われたことがある。ローズとリリィは人気も高く古参で、とにかく彼女らには頭が上がらない。
そのため、ステラと喧嘩になればこの二人を味方につけた方が勝つのだ。でも俺はステラに暴力振るわれただけだし。絶対俺悪くないじゃん。ステラ、悪口盛ってるしさ。
「あらあら~……二人とも悪いわよ~。アーノルド、ステラは本当に、学校の貴方を見たかったのよ~? 貴方は引っ込み思案で気弱で、よく転んでいたでしょ~? 心配してたのよ~?」
「ちょっと、ローズ!?」
「それにステラ、暴力はダメよ~。それにあの言い方だと、真意が伝わらないでしょ~? アーノルドが拗ねるのも、無理ないわ~」
「拗ねっ、ローズ!!」
……特にローズには敵わない。
桃色の髪をたっぷりと蓄えた妙齢の女性が、あらあらと軽く首を傾げている。そう、この姉や孤児院の家族にとって、俺はどうやら大変ぼうっとしていて目が離せない子どもだったらしい。
実際幼い頃から世話焼きのシスター──あの頃はまだシスターじゃなかったけど──にさんざ叱られたり、同い年の友人が子供の体のバランスが取れず転びかける俺を支えてくれていた。
あとシンプルにこの世界って情報量多すぎるし、フィレンツェの目は幼い頃からあるので、昔は見境なく魂を見てしまって逆に人間が全然見えなかったのだ。
その頃は確かに平民にぶつかって平謝りしたり、逆に存在しない何かを避けて小高い丘から転げ落ちたりしていたし。
「い、いやいや。俺だってちゃんとしてるから!? 全然いじめられてない。てか友達多いし、恐怖の学級長として恐れられてますけど! 喧嘩強いし!」
事実である。クラス連中とは確かに打ち解けたが、やはり学年、学校全体で言えば俺の存在は脅威らしい。魔力なしであることは知れ渡っているが、最近急成長しているという点、魔力なしで六年に上がっているという点で尾鰭胸鰭ついでに背鰭が付いて噂されている。
まぁ、伊達に長年魔力なしで魔法使いの相手をしてきていたわけでもないので、並大抵の期待には応えられるが。
と力説するも、シラーッとした目が三組。
「そりゃねーわ。あんたの恐いとこってどこよ。おもらし癖が治らんかったとこか?」
「アーノルド……何か大変なことがあったら、いつでも逃げてきていいのよ~……?」
「ぜ……全然信じられてない!!」
ちょっとは考えるそぶりとか見せろよ!
ちなみにおもらし癖に関しては誤解ではないが誤解である。子供の体はすぐに水が溜まり尿を放出するのだが、身体機能が適度な我慢を覚える前に記憶の中で大人の持つ膀胱の限界が刷り込まれてしまった。
幼い体にはそれが悪影響だったらしく、ここまでなら我慢できるという地点の半分くらいで決壊したりそうと思えば三分の一だったり、とにかく身体の機能を覚えるのに時間を費やした。その結果である。
決して我慢が全然できないわけじゃない。あとほんとに突然くるんだって。
「あらあらっ、どうしたのじたじたして。お腹が空いたのかしら? すぐに食べさせてあげるから待っててほしいわ!」
ジタバタ暴れているとこの扱いである。
舐められている。恐怖の権化が! 清廉潔白な学級長が!
ほぼ裸みたいな格好をしたリリィが、そこでパチリと俺の指に視線をやった。あら、と首を傾げる。
「アーノルド、指輪変えたのね。見たことのない宝石だわ! うふふ、良かったわ。あれ、何だか嫌な気配がしていたもの!」
「ああ……」
指の付け根にきらりと光る蒼の輪っか。
水晶のような透明度を誇り、青を美しく透過するが、光の加減によっては紫にも緑にも見える不思議な鉱石だ。
「うわ、マジじゃん。きれ~、てか、高そ~……」
ステラが思わず息を吐く。
いや、本当に高かった。値段がじゃないぞ。代償がである。
(何しろこれ……)
きらりと光る唯一無二の宝石。
高いも高い。その材質は何と、オリハルコン。
(アバロンからの贈り物だからな……)
ところで山吹色のお菓子って、食べた後も突き返せると思うか? 俺は思わない。
「え?」
「そりゃ行くっしょ。愚弟の活躍は見守んないとね」
「えっ」
そうして待ちに待った──わけではないが結局きた夏季休暇。嫌な予感と共に娼館へ顔を出せば、あっさりと飛行大会への参加を表明される。いやいやいやいや待て待て待て。
来ないって言っちゃったんだが。ステラはチラリとこちらを見て、露出の多い、ほぼ丸出しだろみたいな透過具合のランジェリーのまま俺の座るベッドに寝転ぶ。
色気も何も感じないのは俺が不能だからか、シンプルに怖い姉だからか。
「いや、絶対来ないでほし」
「は?」
「ステラ来るの楽しみだな。俺頑張るね」
後者だろうな。
じろり、と軽く視線をよこされただけで容易く白旗をあげる。どうやらステラは弟を脅してでも飛行大会の観戦に来たいらしい。
「ステラ、貴族嫌いでしょ……何でわざわざ見に来るんだよぉ」
「貴族は嫌いだけど展開してるブランドは好きなんだよね。ね、期間限定の新色まで売ってるってマジ?」
「うわっゲンキン! 相変わらずがめついなぁ。そういうことか」
「何だとこの愚弟」
「うわーっ!」
「あらあらっ」
俺の両頬を掴んでくるステラに抵抗していれば、仕事を終えたらしいリリィがちょうど扉を開けて入ってくる。むいーーっと頬を伸ばそうとしてくる手をそっと押し留め、俺はサッとリリィの後ろに隠れる。痛い。本当に容赦がない。子供の頃と違ってぜんぜん伸びないんだからやめてほしい。
「もうっダメだわステラ! どうしてアーノルドに痛いことしちゃったの?」
「いやいやあたし悪くないし。アーノルドがあたしの悪口言った。がめついオニババって言った」
「ま、本当アーノルド? 仲良くしないとダメなのだわ、悲しいわっ!」
「違うよ! ステラいっつも嘘つく……前だって俺なんも言ってなかったでしょ。俺悪口言ってない、ステラが急に怒った」
リリィはここの人気ナンバーワンで、なんだかんだ母さんに引き続きこの娼館の子供たちは彼女に救われたことがある。ローズとリリィは人気も高く古参で、とにかく彼女らには頭が上がらない。
そのため、ステラと喧嘩になればこの二人を味方につけた方が勝つのだ。でも俺はステラに暴力振るわれただけだし。絶対俺悪くないじゃん。ステラ、悪口盛ってるしさ。
「あらあら~……二人とも悪いわよ~。アーノルド、ステラは本当に、学校の貴方を見たかったのよ~? 貴方は引っ込み思案で気弱で、よく転んでいたでしょ~? 心配してたのよ~?」
「ちょっと、ローズ!?」
「それにステラ、暴力はダメよ~。それにあの言い方だと、真意が伝わらないでしょ~? アーノルドが拗ねるのも、無理ないわ~」
「拗ねっ、ローズ!!」
……特にローズには敵わない。
桃色の髪をたっぷりと蓄えた妙齢の女性が、あらあらと軽く首を傾げている。そう、この姉や孤児院の家族にとって、俺はどうやら大変ぼうっとしていて目が離せない子どもだったらしい。
実際幼い頃から世話焼きのシスター──あの頃はまだシスターじゃなかったけど──にさんざ叱られたり、同い年の友人が子供の体のバランスが取れず転びかける俺を支えてくれていた。
あとシンプルにこの世界って情報量多すぎるし、フィレンツェの目は幼い頃からあるので、昔は見境なく魂を見てしまって逆に人間が全然見えなかったのだ。
その頃は確かに平民にぶつかって平謝りしたり、逆に存在しない何かを避けて小高い丘から転げ落ちたりしていたし。
「い、いやいや。俺だってちゃんとしてるから!? 全然いじめられてない。てか友達多いし、恐怖の学級長として恐れられてますけど! 喧嘩強いし!」
事実である。クラス連中とは確かに打ち解けたが、やはり学年、学校全体で言えば俺の存在は脅威らしい。魔力なしであることは知れ渡っているが、最近急成長しているという点、魔力なしで六年に上がっているという点で尾鰭胸鰭ついでに背鰭が付いて噂されている。
まぁ、伊達に長年魔力なしで魔法使いの相手をしてきていたわけでもないので、並大抵の期待には応えられるが。
と力説するも、シラーッとした目が三組。
「そりゃねーわ。あんたの恐いとこってどこよ。おもらし癖が治らんかったとこか?」
「アーノルド……何か大変なことがあったら、いつでも逃げてきていいのよ~……?」
「ぜ……全然信じられてない!!」
ちょっとは考えるそぶりとか見せろよ!
ちなみにおもらし癖に関しては誤解ではないが誤解である。子供の体はすぐに水が溜まり尿を放出するのだが、身体機能が適度な我慢を覚える前に記憶の中で大人の持つ膀胱の限界が刷り込まれてしまった。
幼い体にはそれが悪影響だったらしく、ここまでなら我慢できるという地点の半分くらいで決壊したりそうと思えば三分の一だったり、とにかく身体の機能を覚えるのに時間を費やした。その結果である。
決して我慢が全然できないわけじゃない。あとほんとに突然くるんだって。
「あらあらっ、どうしたのじたじたして。お腹が空いたのかしら? すぐに食べさせてあげるから待っててほしいわ!」
ジタバタ暴れているとこの扱いである。
舐められている。恐怖の権化が! 清廉潔白な学級長が!
ほぼ裸みたいな格好をしたリリィが、そこでパチリと俺の指に視線をやった。あら、と首を傾げる。
「アーノルド、指輪変えたのね。見たことのない宝石だわ! うふふ、良かったわ。あれ、何だか嫌な気配がしていたもの!」
「ああ……」
指の付け根にきらりと光る蒼の輪っか。
水晶のような透明度を誇り、青を美しく透過するが、光の加減によっては紫にも緑にも見える不思議な鉱石だ。
「うわ、マジじゃん。きれ~、てか、高そ~……」
ステラが思わず息を吐く。
いや、本当に高かった。値段がじゃないぞ。代償がである。
(何しろこれ……)
きらりと光る唯一無二の宝石。
高いも高い。その材質は何と、オリハルコン。
(アバロンからの贈り物だからな……)
ところで山吹色のお菓子って、食べた後も突き返せると思うか? 俺は思わない。
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