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後日談 昔の事 (後編)
しおりを挟むあれは高校の卒業式があった日の夜の事だ。
何時もクラスの隅に居て、殆ど話もした事の無いクラスメイトが家に来たんだ。勿論、初めての事だった。俺とそいつは属するカテゴリーが違ったし、気に留めた事も無い。自分で言うのも何だけど、俺は小学校高学年から高校迄ずっとカーストで言えばクラスの上位グループだった。顔もスタイルも整った方だと思うし、成績だってそこそこ。要領が良かった事もあって、友達も多かったし女の子にもそれなりにモテた。
そんな俺にそいつは、高校最後の置き土産って感じで告白をぶちかまして来た。
人に好意を持たれる事に慣れてて少し調子に乗っていた俺は、只断れば良いだけなのに何故か要らない嗜虐心を出してしまった。
何故あんなに残酷な気分になったのかと聞かれたら、きっとあの時のそいつが顔を真っ赤にして震えてるのを見て、悪戯心に火がついたからとしか言いようがない。
ほんの少し希望を持たせるような事を言ってやると、そいつが俯いた顔を上げて、俺の言葉一つで一喜一憂するのが面白かった。
あの時俺は、そいつに何と言ったんだったか…。
ああ、そうだ。
『いやでも、平松は無いわ』
そうだ。そいつの名前は、平松。平松…より…。
「和泉君だよね、変わらないなあ。俺、平松だよ。平松依人。同じクラスだった…、」
その言葉に、急激に意識が今に引き戻された。
平松。同じクラスで、俺に告白して来た…あの…。
「え…あの平松?貴方が…?嘘だ…。だって、顔が全然…体型だって…え?整形?」
ああ、また。
俺は何時も要らない時に要らない言葉が出る。言わなくて良いような、余計な言葉が。
平松だと名乗った目の前の彼は、少し困ったような顔で笑った。
「整形じゃないよ。体は…そうだね、少し絞りはしたかな、ジムとか食事療法とか」
「少し…?」
いや、少しどころの騒ぎじゃ…と思ったけれど、顔をまじまじ見つめてみれば確かに面影はある。
只、目が違った。でも言われてみれば二重になってる訳でもない。鼻が不自然に高い訳でもない。顔は小さくなってるけど、これは痩せて全身から肉が削げて締まったからなんだろうな。そして、圧倒的に綺麗な、輝くように白い艶のある肌。
あの頃の平松は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。目がやけに細くて、肌が荒れて、少しニキビ痕もあるような…でも思春期の男にはよくある事だ。クラスにはもっと酷い肌した奴だっていた。平松が特別酷いって訳でもなかったのに…。
「より、知り合い?」
黙ったまま食い入るように平松を見つめる俺を見ながら御曹司が平松に聞いて、平松はそれに答える。
「高校の同級生だよ」
「…ふーん。同級生、ね」
何かを察したのか、含みのある言い方をする御曹司に、やっぱりそれに気づいたらしい平松が苦笑しながら答えた。
「勘繰らないで。昔の事だよ」
それを聞いて、ショックを受けたのは何故なのか。
それにしてもまだ信じられない。あの平松が、こんな…。
人ってこんなに変わるものなのか?
何も言えない俺をよそに、平松が御曹司に話しかけた。
「まさくん、和泉君が先輩って、同じ会社なの?」
「ああ、うん。部署は違うけど」
「そうなんだ。
和泉君、俺も再来月から同じ会社に転職するんだ。よろしくね」
「…え?」
驚く俺に、御曹司がすかさず告げる。
「と言っても、よりは秘書部だし来年には新米社長付きの秘書になるから接点なんて無いと思うけどね」
「社長…?」
「どうせもう知ってるんでしょ?親父の入院を機に俺が社長継ぐの」
「そう、なんですか?」
知らなかった。そりゃ御曹司なんだから何れはそうなるんだろうとは思ってたけど、そんなに話が進んでたなんて。
俺がガチで驚いてるのを悟ったのか、御曹司はしまった、という顔になった。
「ちょっとまさくん。もしかして発表未なんじゃないの?」
コソッと御曹司に耳打ちする平松。親密さを隠す気配も無いみたいだ。さっきのキスシーンといい…この2人って、やっぱりそういう事なのか?
御曹司の横にぴたりと並び立つ平松。2人は世辞抜きにして似合っていた。2人共、男なのに。同じようなスーツ姿で、それなのにどんな男女のカップルを見るよりもしっくりと。
「すいませんね、先輩。未だその事は他言無用で。何れ正式発表があるんで」
御曹司はそう言って、何故か俺をじろじろと舐めるように見た。それから、フッと薄く笑って、言った。
「そういえば、先輩って少し俺に、似てますね」
俺の方が歳上の筈なのに、何故かお前の方が紛い物だと言われている気がした。
俺は約束があるからとその場から逃げるように去り、彼女との待ち合わせ場所迄走って戻った。
遅刻魔の彼女も流石にもう待っていて、自分を待たせるなんて!と腹を立てていた。何時も待たせている人間がどの口で、と呆れる。でも何も言わない。馬鹿らしいからだ。
うるさく愚痴を言っている彼女の顔を見た。どれだけ重ねたのか、朝出た時よりずっと厚ぼったく見える化粧。色々な色が塗りたくられた目元、鼻筋。
それでも覆い隠せてはいない、肌の粗と荒れ。片付けもろくにせず、不規則でだらしない生活がそのまま顔に出たような。
さっき間近で見た、平松の肌が脳裏に浮かんだ。何一つシミも荒れも無い、見るからに吸い付いてきそうなあの肌、薄い首の皮膚も同じように綺麗だった。
御曹司はきっと、あの肌に思うように吸い付いて、鮮やかな紅い痕を残しているんだろう。
何故だか胸が熱くなった。
これは、多分嫉妬だ。俺は御曹司に嫉妬している。
アレはあの頃確かに俺のものだったのに、今俺の横に居るのは何故、口付けるのも憚られるようなこんな女なんだろう。
何故俺は、あの時一生懸命だった平松を、あんなに傷つけたんだろう。
何故、今、俺の隣にいるのはアレじゃないんだろう。
何故…。
何時だったか、『人は自分と同レベルの相手とくっつくものだ』、なんて嘯いた悪友の言葉が思い出されて、妙に泣きたい気分になった。つまり、彼女が今の俺の鏡って事か。
綺麗になった平松はもう俺の事は何とも思ってないし、俺よりずっとハイスペな恋人が居て、どうしたって手は届かない。
再来月から社に現れるという彼を、俺はどんな気持ちで見たら良いんだろう。
はるか昔に振った相手に今更横恋慕する事になるなんて、と俺は自分の無様さを嗤った。
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