38 / 47
旦那様はお怒りです 8
しおりを挟むセルシスフィート伯爵邸の庭には、何頭もの飛竜がいる。そばには竜騎士団を招集したのか、ウォルト様が姿を現わすなり、竜騎士たちが整列した。
「ウォルト様……これは何ですか!?」
「俺の部下の竜騎士たちだ」
「部下!?」
「俺は、竜騎士団の一部隊を率いている。隣国から帰還していたから、ちょうどよかった」
「何がですか?」
わけがわからないままで、ウォルト様にしっかりと肩に手を回されていると、整列している竜騎士の中から一人が出てきた。
「ウォルト様。全員揃いました」
「ああ、助かる」
何が助かるのでしょうか?
そんな疑問が頭をめぐり、ウォルト様を訴えるように見ると彼と目が合う。
「もしかして、またどこかに遠征ですか?」
「違う。部下たちは、ウォールヘイト伯爵領にしばらく着くことにした」
「はい?」
「魔物討伐に苦労しているようだし、魔物の被害がなければ、少しは民の暮らしは楽になるだろう」
「ウォルト様の部下といえども、勝手に竜騎士団を動かせば、アルフェス殿下や陛下に怒られますよ!? 職権乱用では!?」
「人聞きの悪いことを言うな。アルフェス殿下の許可は頂いた。そのために、王都まで行ったのだ」
「本当に……ウォールヘイト伯爵領のために?」
「そうだが?」
ウォールヘイト伯爵領のためにウォルト様が動くなど、考えてもなかった。
どうしよう。嬉しいと思ってしまう。
「でも、竜騎士団は高くてですね……」
竜騎士団を雇えるほどのお金は持ってないし、ウォールヘイト伯爵領にもない。
竜騎士団は、ルギィウス国で一番高い騎士の地位で、雇うお金も高額なのだ。
それが一部隊となると、高額もいいところだ。
「金は気にするな。アルフェス殿下からの詫びでもある。ティアナの噂の真偽も確かめずに疑って悪かったと言っていた」
「アルフェス殿下が……」
誤解を解きに行くと言って、王都に出かけたウォルト様。私のふしだらなウソの噂を信じて帰って来たくせに、一緒に暮らして私を知れば、彼は私をウソの噂から守ろうとしてくれていた。
「……ウォルト様。ありがとうございます。私、なんと言っていいか……」
「ティアナが喜んでくれるならなんでもする。君が大事なんだ」
ギュッと抱きしめられて、背の高いウォルト様に包まれる。その逞しい胸板にしがみついた。
安心する。心地よい熱は、ウォルト様だけなのだ。
「ウォルト様。私も頑張りますね。必ず、セルシスフィート伯爵邸を過ごしやすい邸にしてみせます」
「ほどほどにな……今回のようなのは無しだ」
わかってます。ウォルト様の冷たい顔で怒られると迫力があるのです。
「ああ、それと部下も紹介する」
「はい。お願いします」
ウォルト様の気持ちに感無量になり、潤んだ目尻を拭いていると、ウォルト様が私を紹介した。
「ルース。彼女が、俺の妻のティアナ・セルシスフィートだ。慎ましい女性だから、近づかないように」
「はい」
慎ましい女性だと言われたのは初めてだ。ふしだらな噂は暗にウソだと言っているのだろう。
しかし、目の前に整列したウォルト様の部下方々を見ると、ウォルト様の私への仕草に困惑しているようにも見える。むしろ、驚いている。
それでも、ウォールヘイト伯爵領を守ってくれるために来たのだ。私には、感謝しかない。
「ティアナ。彼が副官のルース・カディッシュだ」
「はい。ティアナ・……セルシスフィート、です。どうぞ、よろしくお願いします」
今まで、セルシスフィートだと名乗ることがなくて、実際に口にすると何だか恥ずかしい。
するりとセルシスフィートだと口から出てこなくて、思わず嚙みそうになる。
竜騎士たちは、私とウォルト様の前に跪いた。その光景に思わず肩がすくみ上るほど驚いた。
こんなことをされるのも初めてだ。私は伯爵家でも、そんな上流な生活をしてきてなかったのだ。
「奥様。どうぞよろしくお願いいたします。必ず、この命にかけてウォールヘイト伯爵領を守ってみせます」
「は、はい! よろしくお願いいたします!」
命はいらない。竜騎士らしい誓いの文言なのだろうけど、重いのですよ。
竜騎士たちの挨拶が終わると、ウォルト様が立つように手で合図する。
「では、すぐにウォールヘイト伯爵領に行ってくれ。目印は俺の飛竜のヒューズがいるから、そこに行け。ああ、そう言えば、誰かに話を通した方がいいな。ティアナ、誰に言うのが一番だ?」
「で、では、とりあえず、小作人頭と領地管理人代理をしているところへ……私もあとで参ります」
領地管理人を雇うお金がないから、今は私がしているのだ。でも結婚してから毎日ウォールヘイト伯爵領にいられずに、管理人代理を雇っている。
どうせ離縁するつもりだったから、ずっとは必要ないと判断してのことだったのだ。
「と言うことだ。それと、ルース。セルシスフィート伯爵領とウォールヘイト伯爵領の諍いは禁止だ。もし、諍いを起こせば両成敗だ。両者とも仕置きしろ」
「どちらか一方が悪くても、ですか?」
「そうだ。話は俺が聞く。不満があるなら、領主の元に来るように伝えろ。セルシスフィート伯爵邸は、いつでも受け入れると言え」
「わかりました。では、すぐに出発します」
「頼む」
ウォルト様からの指示を聞き終わると、ルースの合図のもと竜騎士たちが一斉に飛竜に乗って羽ばたいて行ってしまった。
残された私とウォルト様が、飛竜が飛び立つのを二人寄り添って見ていた。
「ウォルト様……ありがとうございます。本当になんとお礼を言っていいか……」
「いい。もっと早くに寄り添うべきだった」
「そんなこと……」
竜騎士団を連れて来てくれただけでも、私には破格の待遇だ。
私では……ウォールヘイト伯爵領では、とてもじゃないができないことなのだ。
「……最初は、ティアナと結婚さえできればいいと思っていた。初めて、自分から声をかけようと思った唯一の令嬢だったんだ。だから、何もかもが腹立たしくて……」
だから、私のふしだらな噂がショックだったのだ。
「でも、そうじゃないと気が付いた。セルシスフィート伯爵として自分の領地を守るのは当然だと思っていたが、今はそれだけではないとティアナのおかげで気付いた。妻の領地も、セルシスフィートの当主であり、セルシスフィート伯爵領を納める者として俺が守るべきなのだ」
ウォルト様なら、良い領主になるだろう。私にできないことを、いとも簡単にしてしまう。それだけの地位も動かせるだけの器量もある。
立派だ。
「……私も、頑張ります」
「嬉しいよ。でも、変なことをしないように。他の男に近付くのは看過できない。ティアナのことになると、どうしても嫉妬してしまう」
「そんなものは必要ありません。私は、ウォルト様だけです……」
ウォルト様に寄り添うと、顎を上げられて軽くキスをされる。
……そっと唇が離れると、甘いキスの余韻さえも恥ずかしく思える。小柄でよかった。
俯けば、赤ら顔をこの明るい見通しのいい庭でも、ウォルト様に見られる事がないのだから。
「では、邸で食事をしよう。ルドルフが、ブランシュが鳴いていて手こずっているようだ」
「はい。それと、ウォルト様にお伝えすることがあります」
「なんだ?」
「トラビスのことです。自分で何とかしようと思っていたのですが……」
「合わないか?」
「そうですね。だから、トラビスはアリス様に差し上げます。セルシスフィート伯爵邸の執事は、ルドルフにいたします。……反対しますか?」
「しない。ティアナに仕えられないなら、セルシスフィート伯爵邸の執事はできない。それに母上が置いて行ったと言うことは、すでに見限っていたのだろう」
「では、近いうちに排除いたします」
「わかった」
そう言って、ウォルト様の肩に回している手に力が入る。
「それと、もう一つ」
「はい。何でしょうか」
「夫婦の決まり事を増やす」
「まだ、ありますか……一緒に暮らしてますし、もう離縁は……」
「……毎日キスして……目を離したら、すぐにどこかへ行ってしまいそうだ」
ウォルト様が屈んで顔が近づいてくる。ウォルト様の逞しい胸板にそっと手を添え瞼を閉じた。
結婚の決まり事がもう一つ増えてしまった。
そう思いながら、お互いに寄り添い合ってセルシスフィート伯爵邸へと帰宅した。
93
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる