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しおりを挟む思いがけず、蓮が異世界へ放り出されてから、一ヶ月以上がすぎた。
なんだか、あっという間だった気がする。異世界、という未知の環境に身を置いているので、家の中に引きこもっていることが多いけれど、ディルクの休日になると買い出し等に一緒に出かけるので、ディルクの家に住んでいる居候として、蓮は少しずつ浸透していた。
物怖じしない、社交的な性格が役に立っている。中心街へは行ったことはないが、周辺の地理ならざっくりと把握してきている。よく買い物をする店のちょっぴり年配のおねぇさんは、ディルクの容姿が目を惹くせいで覚えもよく、蓮のこともセットで覚えてくれた。
なので、ちょっとくらい――そんな好奇心が顔をだす。よく歩く道をのんびり散策するくらいはきっと大丈夫、昼間だし、この辺は治安がいいと言っていたし。
いくつかの言い訳を、蓮は並べていく。
同行者のいない憂いは、好奇心に負けた。
この歳になって冒険に出るようなワクワク感と、ほんの少しの恐れと不安。まるで初めてのお使いのような心境を、蓮は今更味わうとは思わなかった。
いつでも使ってくれていいと、置かれている貨幣の中から、品物の価格を思い浮かべて最低限の金額をポケットに突っ込む。さすがに無一文は不安なので、何かあった時の保険だ。
多く持ち出して、危険な目にもあいたくない。この世界に来てからひとりで出かけたことがないので、どうにもトラブルに巻き込まれる想像ばかりしてしまっていけない。
普通に歩いているだけで、絡まれるわけがない。若い女性だってひとりで歩いている。さあ出かけよう、と蓮は気合をいれて外へ出た。
眩しさに目を眇め、特に目的地も決めず歩き出す。しばらく行くと、少し開けた場所で遊ぶ数人の子どもたちの姿が見えた。きゃあきゃあ、わあわあ、元気がありまっているかのように走り回っている。平民では、学校へ通わない子も多いと聞いた。家の手伝いや、簡単な仕事をする者もいる。そういうものだと言われれば、納得するしかない。
ぼんやりと、人の流れを眺める。活気があって、シャッター街と言われる商店街の昔を見る感じだ。常連の顔を覚え、とりとめのない世間話をして、空気がやわらかいと感じるのは、本来は異端である蓮にも笑顔を向けてくれるからだ。
ただでさえ、この世界では存在が希薄だ。何も持っていない。繋がりはディルクだけなので、よそよそしい空気の中では、蓮はきっと孤独感を強めていた。
「あれ、レンくん。今日はディルクくんと一緒じゃないんだ」
「そう、ひとり。なんとなく出かけたくなって」
「そっか。けど、さみしいね。いつも一緒なのに」
「――また、一緒に買い物に来るよ」
「まってるよ」
笑顔を返して、蓮は店の前を離れる。家を出てからずっと感じていた違和感を、言語化された気がした。ひとりで好き勝手にふらつくのは気楽だけど、物足りない。
それをごまかすように、蓮はずんずんと歩いて行く。じり、と肌を焼く日差しはとっくに通り過ぎた季節だったのに、巻き戻ってしまった。
まだ比較的早い時間なので、暑さに辟易するほどではない。ただ家の中が、どんなに快適かを思い知らされていた。
じんわりと汗が滲み始め、そろそろ戻るべきかと蓮は考え始める。特に目的地があるわけではないので、このまま回れ右をしてもよかった。
けれど、なんとなくもったいない。ぐるりと辺りを見回し、周辺の道を蓮は頭に思い浮かべる。ここを曲がって、少し先の角をもう一度右に曲がれば帰れるはずだ。
そうやって、知っている道だけを歩いて帰るつもりが、ふと目についた、道の先を覆い隠すように広がる霧に興味を惹かれる。この季節に? と珍しさから、目が離せない。少しだけ、どうなっているのか確かめて戻ればいい、そんな軽い気持ちで蓮は足を向けた。
まるで違う世界へ繋がっていそうだ、と考えたところで、ここがすでに異世界だったと蓮はひとり笑う。霧の中を通り抜けたら、元の世界へ戻れたらどんなにいいかと夢想した。
こんな景色、都会に住んでいると目にする機会はない。幼い頃は家族旅行にも出かけたが、車の必要性を感じない地域に暮らしているので両親ともに免許はなく、電車で移動できるところばかりで、こんな景色に出会える地域には行ったことはない。
父の故郷にも行ったけれど、それこそ子どもがひとりうろうろしていいわけもなく、冒険心に溢れた子どもでもなかったので、連れ回される場所で満足していた。
(はず、だよな?)
ちらりと記憶を掠めるものがあったが、霧の中に入り込み意識が切り替わる。ぐるりと見回し、輪郭を曖昧にさせる霧に包まれた世界に目を奪われた。
本当に、遠くは見通せない。さすがに身近な景色は見える。手も足も靄の中に浸かったらと、少し想像してゾッとする。それこそ、右も左もわからない――と思って気づく。いつのまにか霧の広がる奥の方へ入り込んで、現在地を見失っていた。
(うそだろ)
振り返った後ろの道も霧に包まれている。真っ直ぐに歩いていただけだから、戻ればいいだけだ。
そう思っても、不安に駆られる。もし、うっかり違う道にはいりこんだら? と。
この地域の地理には明るくない。一度疑ってかかると、蓮は身動きが取れなくなる。もう、真っ直ぐ歩いてきたのかさえもわからなくなっていた。
霧が晴れるまで待つか? そんな、現実的ではないことさえ考える。こんな昼間に霧が出ているのだから、いつ晴れるのかもわからない。
失敗した、と後悔しても遅い。好奇心に、負けたのが敗因だ。
迷って、動けなくなっていると、どれだけそうしていたのかわからないが、足音が聞こえた。
ぱっと顔をあげ、蓮は目を凝らす。次第に輪郭が見え、はっきりと姿が見えてくると、買い物帰りなのか荷物を抱えた若い男だった。
若いと言っても、蓮よりは上に見える。今まで買い物した店では見かけたことのない顔だ。
推定、蓮が歩いてきたのかもしれない方向が、男の進行方向だ。けれど後を黙って着いて行くのは、間違いなく不審者だ。警戒されて、何もしていないのに通報されたら厄介で、困ったことになるのは必須だ。
となれば、素直に助けを求めるのがいい。けれど、不安はある。再三、ディルクに無防備過ぎると注意されているからだ。蓮に言わせれば、ディルクの方が無防備なのだけれど。
迷っていても、しかたがない。立ち止まって動かない蓮に、男は一瞬訝しそうな視線を向け、通り過ぎて行く。
「あの!」
えいっと、蓮は声をかけてみた。
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