14 / 41
13
しおりを挟むいつの間にか隣町に近いところまで歩いて行ったようで、帰路になると遠く、行く時よりも時間がかかるように感じる。ぼんやり気ままに歩いていると、案外遠くまで行くようだ。次回出かける際は、気をつけることにした。
日もだいぶ高くなっている。日差しの強さも増しているようで、じりじりと肌を焼かれる感覚があった。日焼けもしそうだ。
久しぶりに出歩いたせいなのか、迷子になって精神的にも疲れたせいなのか、ソファの上の怠惰な生活が恋しくなる。帰ったら、行儀悪く転がりたくなった。
すっかり目に馴染んだ景色の中にある家に、蓮はほっとする。ドアに拒否されることなく快適な家に迎えられて、帰ってきた、と思えるようになっていた。
「レン!」
思いがけず、名を呼ばれる。無人だと思って居たせいで、驚いた。
今朝見送ったはずの男が、妙に焦った顔で駆け寄ってくる。
「あれ? ディルク仕事は?」
早退するような何かが、あったのだろうか。
騎士服姿のままのディルクに、これから急ぎの要件で再度出かけるのだろうと、蓮は留守を申しつけられる予想をつけた。
「今日は早く上がれたんだ。言うのを忘れていた」
けれど、反対のことを言われる。なあんだ、と蓮は表情を綻ばせた。
騎士の仕事は聞く限り、危険も伴うのでどうしても心配になる。通常の勤務であるなら、王城務めのディルクは比較的危険は少ない。
「そっか。おつかれ」
少しのんびりしてから昼食を用意するつもりでいたが、ディルクがいるならすぐに作ることにする。何にしようか考えて、リクエストを聞くのもいいかと方向転換した。
「あれ、どうかしたか? へんな顔して」
「……レンが、いなくなったのかと思った」
虚を突かれ、ぱたぱたと蓮は瞳を瞬く。家を留守にしていたことで、そんな誤解をされるとは思ってもみなかった。
まさか、と蓮は笑う。ありえない。
「俺、ディルクのとこ以外に居場所ないよ」
まごうことなき事実だ。
もしも仮に出て行くとしても、散々世話になったディルクに、黙って出て行くような恩知らずなことはしない。できれば、しっかりと感謝の気持ちを伝え、何かしらの礼をしたかった。
それだけの恩が、蓮はディルクにある。
「そうか、そうだな」
まるで、言い聞かせるような響きだ。
「突然落ちてきたのだから、突然消えることもあり得るのかと」
帰ってきたら蓮がいなくて、焦った。探しに行こうにも、探す当てがない。身動きができなくなっているところへ、呑気に蓮が帰ってきたということだ。
(そうだよな)
拾ってきた犬や猫だって、突然いなくなれば心配する。いなくなった、で簡単に割り切れるものではない。ただでさえ優しい男だ。本当に、唐突に蓮が姿を消し戻らなければ、いつまでも気にかけ、気に病みそうだ。
「悪い、心配させて」
非常に申し訳ない気持ちになる。突然消える、その可能性を、少しも考えていなかった。
自分のことで手一杯で、帰宅し、居るはずの蓮の姿がないことを知るディルクの心情に思い至らなかった。
同時に、残してきた家族のことが頭をよぎる。愛情過多な両親が嘆かないわけはないだろうが、いずれ悲しみを昇華し、前を向いていけることを蓮は願うしかなかった。
「いや、責めているわけではない。何もなかったのならいいんだ」
うん、と頷く。なんだかしょげているようなディルクの反応に、蓮は戸惑った。
まるで蓮が、意地悪をしたみたいだ。胸が痛んで、罪悪感が顔を出す。
「ほんとにちょっと散歩に出ただけで、すぐに帰るつもりだったんだ。メモでも残せればいいんだけど、俺、字が書けないからさ」
この国の文字は、なぜか読める。見たこともない文字なのに、不思議な感覚だ。けれどいざ書こうとすると、やっぱり未知の文字で頭の中には浮かばない。ちぐはぐな感覚が、蓮を混乱させた。
逆もあり得るのかと試してみたけれど、蓮の書く日本語は、ディルクには読めない結果となった。
「そうだったな」
「うん。そうだ、昼は食べた?」
「いや、まだだ」
「なら、作るよ。一緒に食べよう」
何にしようか考えて、結構万能なクレープにする。
生地は、実は簡単だ。材料もそう多くない。薄力粉、砂糖、牛乳、卵、家で食べるだけなら粉をふるうこともなく、順番に入れてぐるぐる混ぜて、焼くだけだ。
薄く綺麗にちりめん模様をつけるには、少しコツがいる。けどこだわらず、焼き加減はなんとなく適当に。焦げ目があってもいいし、なくてもいい。
(あ、きれいにちりめんもようができた)
ちょっとテンションがあがる。ふ、と蓮は口元が緩んだ。
「レン、何を作っているんだ?」
食事と言っておきながら、薄い生地だけを何枚も焼く蓮を不思議に思ったようで、のぞき込んでいたディルクが訊いてくる。この世界にはない食べ物なのかと、反応から推測してみた。
それか、ディルクが知らないか。
「クレープだよ」
「クレープ?」
「この生地に、具材を巻いて食べんの」
定番の甘い物もいいが、食事系のクレープも蓮は好きだ。
とりあえず昼食なので食事系を2種類かな、と考えている。足りなければ、また作ればいい。巻く具材は、結構なんでもいいと思っていた。
「こうやって」
まずは焼き上げた薄い生地にレタスを敷いて、ベーコンと迷ったが、ウインナーとスクランブルエッグをのせる。トマトソースをかけてくるりと巻くと、食べやすいように適当な紙を巻いた。
「その紙の部分を持って食べるのか?」
「そうそう、先に食べる?」
「待ってる」
まて、ができるらしい。
興味津々に眺めながらも、ディルクは手を出そうとはしない。子どもの頃から行儀良くしつけられている、家の可能性もあった。
「じゃ、残りもすぐ作るな」
次はレタスの上にスモークチキンとトマトにパプリカ、他にも目についた巻きやすい野菜も一緒にドレッシングをかけて巻いてしまう。本音を言えばツナサラダが食べたかったけど、ツナがないのだからどうしようもない。
(あとは)
せっかくなので、デザート用に甘い物クレープも作ることにする。生クリームがほしいところだが、手間はかけられない。あるものにしておく。
実は、蓮が色々作るようになってから、時間経過のない収納ができた方が便利だろうと、ディルクがバッグを買ってきてくれた。
――蓮のために買ってきたのだから、専用にしていい。
なんて言われても、安いものではないとわかるので、蓮は遠慮したのだが当然聞き入れてはもらえない。もう買ってきてしまったのだから、蓮が使わなければしまい込まれるだけだと言われ、負けた。
貴重そうなバッグなのに、すっかり食材、お菓子入れと化している。いいのだろうか、と思いながら、カスタードクリームと、試しに焼いて形がいびつになってしまったスポンジを取り出しカットして、キャラメリゼしたバナナと一緒にくるりと巻いた。
コーヒーがほしいところだが、すっかり淹れ慣れた紅茶をカップに注ぐ。
ダイニングテーブルに運ぶのは、ディルクが手伝ってくれた。
「足りなかったら、また作るからな」
あまった生地はバッグにしまってある。作っているところを見ていたディルクは、さっそくウインナーが巻かれている方を手に取った。
かじりついて、軽く目を見張る。食べ進めるところを見ると、気に入ったようだ。眉間にシワはない。
ぐうっと空腹を訴える腹に答えるように、蓮もクレープを手に取る。具材を巻きすぎたせいか、少し食べにくさを感じた。
「レン、うまいな、これ」
「甘い方がメジャーだけど、食事系も俺は好きでさ。ディルクの口に合うようならよかったよ」
「ああ、いくつでも食べられそうだ」
真剣な顔で言うから蓮は笑う。あっという間にディルクは食べ終え、次のクレープを手に取った。
「そうだ、ずっと頼みたかったんだけど、ディルクの学生時代の教科書、持ってきてもらうことってできる?」
「いいが、見ても楽しい物ではないだろう」
勉強はきらいです、と顔に書いてある。案外、ディルクはわかりやすい。
「ちょっとした興味かな。こっちの勉強とか気になるし」
「それなら簡単な読み、はできたな。書く方を教えようか?」
「あー……まずはそれだよな」
新たな言語の習得にチャレンジするか、蓮はまだ少し迷っている。読めるのだからいいかなと、どうしても逃げの気持ちがある。今のところ、ディルクに書き置きをするくらいしか、文字を書く必要性が感じられない。
平民の中には文字の読み書きができないものも多いというのだから、読めるだけいいかな、なんて問題を先送りにしていた。
「やっぱ書けないと、不便なことあるよなぁ」
今回のように、メモ一つ残せない。ダイイングメッセージはないと信じたいけれど、必要にかられる場合がないとは限らなかった。
「レン」
「ん?」
「この甘いやつ、すげぇうまいんだな」
表情を輝かせて報告してくるディルクに、蓮は眩しさを覚える。かわいい、かわいすぎる。語彙が消えて、小さく咳払いした。
「もうひとつ、甘いの作る?」
「いいか?」
「いいよ。せっかくだから中身違うのにするな」
「ああ。けど、レンが食べ終えてからでいいからな」
「わかった」
あーもう、なんだろうこれと、蓮は胸を押さえたくなる。やっぱり、食事は一人ではない方が楽しい。そんな風にディルクも思ってくれたらいいのにと、蓮も甘いクレープにかじりついた。
692
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に巻き込まれた料理人の話
ミミナガ
BL
神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。
魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。
そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる