光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

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「行ってきた」

 食事の席で、唐突にディルクに言われる。それが先日の話の続きだと蓮が気づくまで、しばらく沈黙が続いた。

「この前の、仕事の話?」
「ああ」

 主語が欲しい、と思わずにはいられない。時々、会話が連想ゲームのようになる。まだディルクの友人に会ったことはないが、どんな会話をしているのか少し気になった。

「あまりにも忙しそうで、そのまま帰ってきた」

 休日だった昨日、実家に用があると出かけて行ったディルクは、出たついでだからと心当たりに寄ったが、呑気に話す状況ではなく、出直すことにしたと申し訳なさそうに報告してくれる。律儀だな、と蓮は笑って、急がなくていいよとデザートのプリンをすすめた。

 しょげた顔がぱっと輝いたので、よしとする。すっかり蓮の前では、甘い物好きを隠さなくなった。

 自ら作って同じように食べるので、同類認定されたのかもしれないが、気を許してもらっているようで、なんだか嬉しい。もっと、色々作ってディルクを喜ばせたくなるから困った。いい加減にしろ、と思われたらショックだ。

「近々、また行ってくる」
「ありがと」

 仕事の話はそこで終わり、また数日が経っている。結局のところ、働くにしてもディルクの世話になる以外、方法がないのはもどかしい。

 冷静になって考えると、問題になることがいくつかある。身元を証明するものがないのが一番で、次いで蓮にはこの世界の常識が乏しいということだ。今の状況では、客観的に見て信用するに値しない。

 身元はもう、どうにもなりようがないのでおいておくとして、常識がないのはまずい。そこをクリアしなければ、職場での人付き合いも難しいものだ。

 さりげなく知識を仕入れようにも、今の蓮の交友関係は狭い。話すのは主にディルクで、ほんの少しだけ通いで来てくれている人だ。時々、商店街の人たち。

 ディルクに頼めば教えてくれるのだろうが、口数が少なく口下手なので、正しく理解できているのかわからない。うっかり曲解していても、ディルクも蓮も気づかない可能性が多分にあった。かなり、危険だ。

 第三者に頼む方が間違いない。ただ、その第三者に蓮は心当たりがない。この振り出しに戻る感じがどうにもつらい。堂々巡りだ。
 打開策は見つけられないので、蓮はもう思考を放棄する。そろそろ、夕食の準備に取りかかることにした。

 本日のメニューは、2種類のカツだ。定番の厚切りの肉を使ったものと、薄切り肉を数枚重ね、真ん中にチーズを挟んだもの。本音を言えば梅肉とかしその葉とかを巻きたくて、欲しかったのだけれど見かけたことはない。カルラに訊いても、わからないと言われた。
 残念だけれど、仕方がない。いかにも、日本の食材というイメージだ。代わりに、さっぱり食べるために大根おろしを用意した。

 食材は、蓮が味見をしてそう思っているだけで、実際は違うものもある。気にしたら負けだと、思い込みで調理し、あまり深く追求しないことにしていた。特に、肉だの魚だのは、未知のものがありすぎてお手上げだ。

 ――あれは、魔物の肉だ。

 見事な霜降り肉を買い物途中に見つけて、おいしそうだなと眺めていると、牛肉かなと思っていたそれは、まさかの異世界食材だった。
 詳しい説明を聞き、かなり驚いた。魔獣など、蓮に言わせれば想像上の生き物で、見たことがない。

 今まで用意されていた食材の中にもあったのかもしれないが、わからなければ気にもならない。もしかしたら――なんて想像をして、食材が不明のものは食べられなくなるような、繊細さも蓮は持ち合わせていなかった。

 なので、本日のカツに使用する肉が、本当はなんの肉か不明だったりする。鶏ではないのは確かだ。そこから思考が流れていき、今度チキン南蛮を作ろう、にたどり着く。甘酢にタルタルソースたっぷりでいただきたい。

(空腹だと、色々食べたくなるんだよなぁ)

 順番に下ごしらえしつつ、用意した肉の量が間違いなく二人分にしては多いが、明日の昼食はカツサンドにしてもいい。食パンも焼いてある。弁当にしてディルクに持って行ってもらえば、ちょうどいい量だ。

 衣をつけ始めたところで、玄関のドアが開く音が聞こえる。今日は、帰宅がいつもより少し早い。できたてをそのまま食卓に運べるよう時間をみているので、今夜はまだ食事の用意はできていなかった。

 衣をつけていて手が離せないので、ここで出迎えることにした。だいたいすぐに、そわそわしながら今夜のメニューをキッチンへ確かめにくる。若いだけあって、ディルクはがっつり系が好みだ。だからきっと、カツは気に入るだろうなと顔を上げて、蓮は目を見張った。

「だれ!?」
「だれだ?!」

 各々が上げた声がかさなる。蓮の予想とは違い、知らない人が驚いた顔で立っていた。
 互いに視線を合わせ、瞬きする。先に我に返ったのは、蓮の目の前にいる男の方だった。

「ああ、ディルクが雇った料理人か」

 確かに、今の蓮の状況ではそう見えなくもない。キッチンに立ち、夕食を作っているところだ。けれど実際は違うわけで、どう説明していいかわからない。誰かわからないので、あまり迂闊なこと言えなかった。

「えーっと……」 

 けれど家の鍵を開けられるということは、ディルクに近しい人だ。許可された人以外は、ドアは開かない。家に入るには、中から開けてもらうしかなかった。

「あ、俺はディルクの兄で、ダーフィットね。実家経由での雇用じゃないから、わかんないよな」

 考えを読んだように、自己紹介してくれる。そして兄だというその人に、蓮は驚いた。
 似ていない。髪色は蓮よりも赤みが強く、容姿がいいという点は同じだが、雰囲気が真逆だ。端的に言えば、ちゃらい。

「その、蓮です。食事は作ってるんですけど、雇われた料理人じゃなくてですね」
「違うの?」
「はい」
 肯定すると、先ほどよりも驚いた顔をする。

「なら、ディルクが連れ込んでんの? あの、堅物が?!」
「はい?」

 連れ込むって、なんだ。
 正しく理解はできていないが、ダーフィットに妙な誤解をされているのだけは察した。だめなやつだ、と蓮は焦る。厚意で保護してくれているディルクの名誉のためにも、誤解は早々に解くべきだった。

「違います! 少し前に拾われて、置いてもらってます」

 わかりやすく簡単に、蓮の置かれた状況を説明するとこうなる。要は、ただの居候だ。

「――は?」

 余計に、混乱させた気がする。けれど言えないことを色々省略すると、そうなってしまうのだから仕方がない。説明不足を感じるものの、蓮が喉に言葉を詰まらせているとディルクが帰宅した。

 すぐに、いつものようにキッチンへ顔を出す。その場にいたダーフィットを見た途端固まり、やがてぐしゃりと盛大に顔をしかめた。

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