光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

文字の大きさ
17 / 41

16

しおりを挟む

「なんでいるんだよ」

 ディルクの声に、険が混じっている。兄って言ったよな? と、蓮は二人の顔を見比べた。

(似ているような、似ていないような?)

「お兄さまに向かって、なんだその態度。用があるって言うから、わざわざ来てやったんだろ」
「頼んでねぇし。勝手に来るなよ」
「うっわ、かっわいくなーい。料理のセンスが壊滅的なおまえのために、俺が夕飯作ってやるつもりでこの時間に来たのに」
「かわいくなくていいよ。飯は作ってもらえるし、もうここに来るな」
「やだけどぉ?」

 不敵に、ダーフィットが拒否する。ひどくぞんざいに、ぽんぽんと言葉を投げるディルクを見て、兄弟喧嘩勃発か!? と蓮は焦ったが、ダーフィットは文句を言ってはいても、飄々とした表情を崩さずディルクをあしらっていた。

 なあんだ、じゃれているだけかと蓮は結論づける。すっかり蚊帳の外に置かれているので、二人のことは気にせずに手を動かして、ぱぱっと下ごしらえを終えた。あとは、油で揚げて盛り付けるだけだ。

 油を入れた鍋に火をつけ、余分にあるカツ未満を眺める。顔を上げると、ディルクの眉間のシワがすごかった。

「あの! とりあえず飯にしない? あとは仕上げだけなんだ」

 夕食を食べていないなら、ダーフィットもどうかと蓮は誘う。けれど、異を唱えたのはディルクだ。

「兄さんの分はいいよ。今日は帰ってくれ。そのうち行くから」

 ここぞとばかりに追い帰そうとするが、ダーフィットは無視する。遠慮なく、と笑顔で蓮に返して、揚げ始めたカツを興味津々に眺めた。

「それ、なに?」
「カツです。こっちは厚切りにした肉で、こっちは薄切り肉を重ねてチーズを挟んであるんで」
「へぇ、カツねぇ」

 まだ少し時間がかかると言えば、話が蓮のことに戻る。どう言っていいかわからないので、説明はディルクに丸投げした。
 そういう役割に、向かないのはわかっている。身内なら余計にそれはわかっていて、ダーフィットは理解できなくなると、蓮に補足説明を求めた。

 だいたい話し終えた頃に食事の準備が整い、各自皿を持って場所を移動する。その際なぜか、ディルクは蓮の隣の席に落ち着く。普通は向こうでは? と思いつつ、添える物は蓮がテーブルに並べた。

「調味料は好みでどうぞ」

 さっそくとソースをかけ、食べた途端に二人が目を丸くする。似ているかも、と思ったが蓮は口に出さなかった。せっかく、言い合いは落ち着いている。藪をつついてはいけない。

「うまいな」
「ああ、表面がサクサクしてて、中はやわらかいし、うまい。なに、ディルクいつもこんなの食べてんのか」
「レンの作る物はなんでもうまい」
「はあ、納得。実家やうちに、食いに来なくなるわけだ」

 頷いたダーフィットが、不意に蓮をじいっと見つめてくる。何もかもを見透かしているようで、どうにも居心地が悪い。

「ディルクの頼みだし雇うのはいいけど、レンはうちでいいわけ? これだけ作れるなら、食堂とかの方がよくないか?」
「えっと、なんの仕事なんですか?」

 印象に残っているのは二人の言い合いだ。料理で手を動かしていたこともあって、聞き逃している可能性もあるが、蓮にはわからない。

「おい、話してないのか」
「……断ってくれていい」
「はい、レンくん採用」
 びしり、と指をさされる。ぽかんとしたのは、蓮だ。

「俺ときみがかかわるの、ディルクが嫌がってるから」

 まさにダーフィットの思惑通り、ディルクの眉間のシワがすごいことになっている。そんな基準でいいのか、と蓮は思わずにはいられない。
 特に職種にこだわりはないし、ディルクの兄のところなら、いかがわしいとか、ヘンな仕事ではないはずだ。

「うちはね、主に平民向けにスイーツを売る店なんだ」
「スイーツ」
「そ。焼き菓子がメインで、あとは色々試行錯誤中? それなりにお客さん入ってくれてるけどね」
「そうなんですね」

 思いがけず、嬉しい展開になる。仕事をもらえるのも、それが馴染みのある職種であることも、じわじわと蓮に喜びを与えた。

「レンは、お菓子は作れんの? 料理とはまた別だけど」
「えっと、まあ、そこそこ作れます」
「そこそこじゃないだろ。レンの作る菓子はどれもうまい」
「は? ほんとかよ」
「ああ、専用の道具なんてほとんどないうちで、作れるくらいだ」

 家で食べるおやつ程度なら、専用の道具などなくてもできる。多少の不格好は気にしない。オーブンはあるので、充分だった。

「ちょ、レン!」
「え、はい!」

 あまりの勢いに、ぴん、と蓮は背筋が伸びる。ぱたぱたと瞬きして、ダーフィットの強い眼差しを受け止めた。

「何かつくってみて」
「えっと?」

 唐突で、曖昧なリクエストに困惑する。どうするかと迷っていると、ダーフィットはディルクへ視線を移した。

「クレープがいい」
「それで」
「まぁ、つくりおきあるからいいけど」
「ところで、クレープってなんだ?」

 まさかのこの世界にない食べ物? と、蓮は焦る。やっぱりディルクの反応だけでは、常識は判断できない。好きと嫌いの段階は、なんとなくはかれるようになったけれど。

「パンケーキの一種?」
「へぇ」

 興味津々だ。
 食事を終えたところで蓮はマジックバッグを取りに行き、中から多めに生地を焼いたときに作っておいたクレープを取り出す。お菓子と言っていたので、定番の甘い物を選んでダーフィットに差し出すと、ディルクの視線がそれを追っていった。

 それが蓮の元に戻った時に、ピンと立った耳の錯覚が見え、笑いを堪える。同じ物をもう一つ出すと、ディルクへ渡した。

「その薄い生地に巻く具材を変えれば、甘いの以外に、食事系とかも色々アレンジできるけど」
「うまいな。最高だ!」

 立ち上がったダーフィットに、ぎゅうっと抱きしめられる。ふわりと鼻先をくすぐった甘い香りは懐かしく、この態度は母親を思わせるが、とにかく苦しい。
 パティシエらしいが、なぜかディルクと変わらないような細マッチョ感がした。

「あ、ウチ住むか? 通勤時間なしで、家賃も食費もただ! 給料はしっかり払う、さあどうだ!」
「え」

 条件がよすぎる。なんだか、逃がさないという迫力が伝わってきた。

「はなせ!」

 ディルクによって、ダーフィットから引き剥がされる。呼吸が楽になって、蓮は深く息をついた。

「だから、いやだったんだ」
 拗ねた口調だ。むすりとして、ディルクはダーフィットを睨んだ。

「おまえなぁ、こんなうまいもん独り占めして食べまくってたら、太るぞ」
 からかうような、笑いを含んだダーフィットの声に焦ったのは蓮だ。

「え、太った? ディルクの細マッチョ、俺がだめにしてる?」

 慌てて確かめるように、ディルクの腹をぺたぺた触る。特に脂肪がついたようには感じず、ほっとしたところでダーフィットが吹き出した。
 肩を揺らし、盛大に笑っている。疑問符を浮かべながらディルクを見上げると、困惑したような表情を浮かべていた。

「いやー、レンくんおもしろいわ。ほんとに、うちに住み込みで働けばいいよ。店舗兼住宅になってて、部屋は余分にあるからさ。行くとこなくて、ここいるんだろ」

 ありがたい申し出だ。その方が、ディルクも元の生活に戻れる。今まで面倒をみてもらった礼は、いずれすればいい。わかっていても、ディルクの不安そうな瞳を向けられ、蓮は頷けなかった。

「あーっと、雇ってもらえるのはすげぇありがたいし、提案も魅力的なんですけど、今はとりあえずディルクの家にお世話になったまま、通ってもいいですか?」

 蓮自身も、名残惜しさがある。もう少しだけ、せめて職場に慣れ、ダーフィットと信頼関係が築けるまでは、ディルクに甘えることにした。

「いいよ。だめって言ったら、ディルクが連れて帰りそうだしな」
 苦笑して、軽く肩をすくめたダーフィットが言葉を継ぐ。

「まあ、他の選択肢もあるんだけどね」
 妙に、意味深なことを言われた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...