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しおりを挟む昨日はあまりすっきりしない空だったけれど、今日は朝から快晴だ。
むしろ、日差しが強い。やっぱり馬車で行くか、と言い出しそうなディルクの背を、蓮はさあ行こうと押した。
――まずは店を見てもらって、従業員に紹介かな。
これから蓮が勤める予定の店は、経営もダーフィットがしている。実家は兄が継ぐので、さっさと自立を選んだところが、ディルクと同じだった。
二人の実家が元は商売をしている家で、その功績で男爵位を賜ったと教えてもらう。だから、どちらかといえば貴族よりも平民に近く、庶民向けの店を多く出していた。
ディルクに関しては、商売の才能があるようには見えず、代わりに身体的能力が秀でていたので騎士科を専攻し、能力的に合っていたのでそのまま騎士団に入り、今に至る。
――一度、来てもらうかな。そこで色々相談ってことでさ。
――大丈夫、俺が迎えにくるからさ。
そんなダーフィットの申し出は、ディルクによって却下される。俺が連れて行くと譲らず、結果不意打ちの遭遇から三日後の今日、二人で店に足を運ぶこととなった。
タイミングの妙で、店は定休日だ。せっかくの休日にと蓮はためらったが、元々共同経営者と言ってもいいダーフィットに近い従業員は、試作や打ち合わせで店にいる予定で、顔合わせにバタバタせずにちょうどいいと、話は決まった。
時間には余裕を持って出てきたので、どうにも表情の硬いディルクとのんびり歩く。二番目の兄と、顔を合わせるのが憂鬱のようだ。無理して付き合わなくてもと思うが、責任があるのだろうと、蓮は眉間のシワに気付かないふりをしていた。
「もしかして、ダーフィットさんの店は隣町に近い?」
「ああ、もうだいぶ街を把握したんだな」
「え、うん」
途中から、もしや? とか、まさか? とか、そんな可能性が頭を過ぎっていたけれど、そのまさかだった。
まじか、と蓮は思わず店の前でこぼす。少し前に迷子になって、面倒見のいい人に連れてきてもらった店だった。
「こっちだ」
来慣れているのか、裏に回る足取りに迷いがない。勝手にドアを開け、入るディルクに続いて蓮も入った瞬間、やっぱり香ばしく甘い香りがする。懐かしい。家でも、実家の店でも、いつもこの甘い香りが漂っていた。
ぐ、と蓮は胸が詰まる。愛情過多で、息子たちを溺愛している母が、出迎えてくれる気がした。
ありえない。感傷だ。わかっていても、わきあがる気持ちはどうにもならない。
「レン? どうかしたのか」
「いや、この焼き菓子の匂いが、好きだなって」
「そうだな」
「あ!」
やわらかく同意するディルクの声に、驚いたように上げられた声が重なる。視線を流すと、そこにはリュークがいた。
続いて、ダーフィットが顔を出す。ディルクと蓮が来たのを知り、出迎えに出てきたところだった。
「何、知り合いだった?」
リューク、蓮、と視線を往復させ、ダーフィットが首を傾げた。
「その子、この前レオが拾った迷子」
(あ、やべ)
「レン?」
じろり、とディルクに睨まれる。そういえば、迷子になったことを言っていなかった。
「迷子っていうか、霧の中で立ち往生してて、道聞いたってだけだからな」
バレたからには仕方がないと、蓮はざっくりと説明する。最後まで聞いたディルクは、はあ、と呆れたようなため息をついた。
「……誰にでも拾われるな」
「あ、うん」
「レンの居候先は、ディルクのとこだったのか」
「あ、はい。レオンさん、この前はありがとうございました」
リュークの隣に、レオンが並ぶ。もう一人、ヨリックが並んだ。
でかい男が四人並ぶと、圧がすごい。街で見かけただけでは、絶対にパティシエとわからない自信が蓮にはあった。
「彼、レンくんね。うちで働いてもらうことになったから、よろしくな」
「おう?」
「へぇ」
「わかった」
三者三様の返事だが、歓迎の空気にレンはホッとする。簡単な挨拶をして、定番の言葉で締めくくった。
「客としてじゃなく、従業員としてくるとか笑うわ」
「俺もそう思いました」
すごい縁だ。けれど、嬉しい。
ここで働けたらいいなと、蓮はひそかに考えていた。
「先に言っとくな。レンは渡り人だから。これ、他言無用で」
各々から、驚きの声があがる。やはり、見た目では疑われることはなく、申告しなければわからないようだ。
異分子は、目立っていいことはない。好意的に、受け止めてくれる人だけのはずがなかった。
「渡り人って、黒髪のイメージが強いんだよな。まあ、限らないとは言われてるけど。レンくんは、言われなきゃわかんないわ」
「それは俺がハーフだから」
先日ダーフィットにもした説明を、蓮は繰り返す。親譲りの容姿だけど、故郷では黒髪黒目が大半を占めていることを伝えた。
「うちで保護するってことか?」
「うちっていうか、ディルク?」
大丈夫なのか、という視線がディルクに集まる。その意味が、蓮の予想とは違ったけれど。
「レンは生活能力あるから、大丈夫だよ。むしろ、ディルクが面倒みてもらってんの」
そこに、ディルクからの反論はない。凶悪な顔を視界に入れながら、蓮は無意識に自ら引いていた線に気付くと同時に、線の向こう側に引き入れてもらえていることを知った。
(俺が、いてもいいんだ)
「じゃ、改めて、店のスタッフを紹介するな」
メインパティシエは、経営者でもあるダーフィット。サポートにヨリックとレオン、主に焼き菓子を担当しているのがリュークで、全員学生時代からの友人だった。
他にも販売、カフェの店員として数人いるが、そちらは追々、けれど裏に居れば時々顔を合わせる程度のようだ。それなら、常識があやしい蓮でもうっかりをやらかす可能性はかなり低い。
「あの、仕事もそうですけど、常識的なことも含め、色々教えてもらっていいですか?」
「ああ、ディルクはちょっとずれてるからな」
全員から、いいよと軽い返事が返る。こうなったらいいな、と軽く想像したことが、現実になった実感と、喜びが遅れて今やっと追いついた。
「……もう帰っていいか」
「なんでだよ。色々試作あるぞ」
感想聞くつもりで焼いたのに、とリュークが声を上げる。まあ、ディルクはうまいしか言わないけどな、とつけ加え苦笑した。
「レンを取られるから拗ねてんだよ」
「拗ねてねぇよ」
生ぬるい眼差しが、ディルクへと向けられる。これは、居心地悪いかもしれない。幼い頃からこの四人に囲まれ、色々弱みも知られている。口でも勝てないのは、簡単に想像できた。
むすりとするディルクに焼き菓子を与え、従業員同士の交流でしかないから、そう心配するなと椅子に座らせる。蓮はこっちと、四人とこれからの話を詰めていく。
話してみると、全員が個性豊かだ。ヨリックはディルク系の無口さんかと思えば、ユーモアたっぷりでおもしろい。四人の会話は小気味よく、テンポ良く進んでいく。なにより、ダーフィットがムードメーカーだった。
「最近、うちの店が話題になって、貴族のお忍びが増えてんだよな」
「そーすると、ちょっと特別なことしたくなるのはわかる」
話は次第に、本格的な打ち合わせへと変わっていく。まだ従業員未満の蓮が、ここに交ざっていていいのかという混乱をよそに。
「まあ、貴族が好きなのは特別感だから、それがあればいいんだろうけどさ」
特別感かぁ、と甘いマスクのイケメンで、自分の顔面偏差値の良さを理解して、それを武器に店に立っているダーフィットを見る。特別感しかない。
「ん? レンどうした?」
「なんか、ライブ形式でスイーツ提供したら凄そう」
特に、女性客が押し寄せそうだ。
「ライブ形式?」
「目の前でスイーツを仕上げて、それをサーブして、説明までしてくれるやつ」
そんな提供方法があると、聞いたことがある。カウンター席で、目の前でスイーツが仕上げられていくのは、見ていて楽しく、わくわくする。それを売りにする店に行列ができていると、母親から聞いたことがあった。
興味はあったが、並ぶのはちょっと遠慮したくて、蓮自身は行ってはいない。だいたい父親に頼めば目の前で仕上げ、優雅にサーブまでしてくれるのだから、まあいいかで終わってしまった。
「ダーフィットさんかっけぇし、ご婦人、ご令嬢が喜びそうだなって」
「へぇ、おもしろそうだな」
「いいんじゃない?」
「なあ?」
「そうだな、限定予約制とかにしてやれば、特別感の好きな貴族にうけそうだよな」
同意する声が次々上がる。それにダーフィットが現実的な構想を加え、頷く。
「よし、採用!」
「ええ」
既視感のあるやりとりだ。うっかり、蓮は苦笑してしまった。
そんなに簡単に、受け入れていいのだろうか。
「あ、利用されてるみたいで不快か」
何かに気付いたように、ダーフィットが表情を曇らせる。そんなつもりのなかった蓮は、急ぎ否定した。
「不快とかないんで。むしろ、俺の無責任な発言を採用してもいいのかなって」
「無責任じゃなくて、斬新な提案だろ。そーいうのが、渡り人のもたらす知識、知恵なんだ」
「その知識にあやかろうとしてる俺らが言うことじゃないけどさ、レンはなんか無防備だからな、利用されないように気をつけろよ」
「あー、悪い。先に言っておくんだった。なんとなく、もう家族のようなもんだと思って、ついずうずうしくなったわ」
弟が一人増えた。その台詞が、蓮の心をあたたかくした。
なぜか端の方にいるディルクが、むせていたけれど。
「俺の知識でよければ、いくらでもどーぞ」
突然どこからか落ちてきた、不審者でしかない蓮を家に置き、身の回りのものさえも揃え、何より一番心細い時に、手を差し伸べてくれたディルクの家族だ。
利用ではないと、蓮の感情が訴えている。
「ディルクがずっと、見返りも求めないで面倒見てくれてたんで、間接的でも返せたら嬉しい」
偽らざる蓮の本心だった。
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