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しおりを挟む「本日は、ご招待いただきまして、ありがとうございます」
幼いながら、綺麗な所作で淑女の礼をしてみせるのに、蓮はつい見入ってしまう。透き通るようなラベンダー色の髪、そこにほんの少し赤みを混ぜたような瞳、小さな桜色の唇、整った顔は人形のような、と形容詞をつけたくなった。
「我が家のお姫様を、招待してくれてありがとう」
うちの子カワイイ! と言わんばかりの顔を、ディルクの一番上の兄であり、エミリーの父親であるコーバスはしている。迎えるダーフィットも、似たようなものだった。
打ち合わせの後から、蓮の提案を実現するため、店を少し改装している。入ってすぐのところにあるケーキが並べられたケースや、気軽に焼き菓子を選べるところはそのままで、カフェスペースに簡単な作業ができる場所を作り、その前にカウンター席を六席設けた。
残ったスペースに、近すぎない間隔で四人座れるテーブル席を五席並べてある。個室は元々あった三室のままだ。店の大きさから、これが限界だった。
あとは、テラス席を設けてもいいのでは? と、話している最中だ。ただ、想定しているすべてが順調にいくと、従業員が足りない予感がした。
今はまだ準備期間で、通常の客に関しては、カウンター席には案内しない。けれどカフェスペースは通常運行で、今までと同じメニューが置いてあった。近日中に、新メニューが追加になる告知も一緒に。
そのせいか来店した人たちは、新しくできた作業スペースをちらちらと見ながら話題にしている。直接尋ねてくる人には、今は準備中なのでナイショです、とウインクのおまけをつけ、好奇心を煽るような対応をしていた。
最後の仕上げで、ある程度の準備が整った本日、デモンストレーションも兼ねて、特別なゲストを招待している。それがディルクの姪っ子でもある、エミリーだった。
エスコート役のコーバスと共に、ダーフィット自ら恭しい態度で、カウンター席へと案内する。椅子に座るエミリーの姿も優雅で、幼いながらしっかり淑女として躾られているのがわかった。
作業スペースに繋がる裏からこっそりとのぞき、蓮は感心する。椅子にちょこんと座った姿が、とてもかわいらしく見えた。
「おじさま」
白いコック服を身につけたダーフィットが作業スペースに入り、エミリーの前に立つと、にっこりと笑顔になる。カフェスペースの席にいる客の、注目も浴びていた。
「何を食べさせてくださるのですか?」
軽く首を傾げ、エミリーは尋ねる。店には時々来ていて慣れているのに、初めての状況、対応に、期待をのぞかせそわそわしていた。
「お姫様にぴったりなデザートを用意したんだよ」
「わあ、嬉しい!」
ダーフィットは簡単な会話を楽しみながらパフェの土台をつくり、仕上げに取りかかる。ここからが見せ場だ。
手際よく赤い林檎を薄くスライスして、それを重ねて薔薇の花を作っていく。手元を見つめるエミリーの瞳は、きらきらと輝いていた。
家で蓮が試作品を作っている時の、ディルクの瞳とまったく同じで、思わず笑う。
できた花をイチゴと一緒にバランス良くパフェの土台に並べて、仕上げにミントの葉を添えれば、まるでグラスの中で花が咲いたように見える。その試作品をディルクに出すと、困惑したように動きを固めていた。
どう食べていいのか、わからなかったようだ。
カウンターではパフェを前に、エミリーが感嘆の声を上げている。きれい、すごい、かわいい、大絶賛だった。
「おいしーい!」
食べた瞬間、声を上げる。六歳の子どもは素直だ。周囲の視線はエミリーに釘付けになっていた。
よかった、と蓮は安堵する。見栄えのいい盛り付けを一緒に考えたので、反応が気になっていた。
気持ちが楽になったので、のぞきはおしまい。勉強に戻る。こちらは、いい感じに苦戦していた。
新しい言語の取得は、容易ではない。読めるだけいいと、蓮が必死に文字を書く練習をしていると、ふと、人の気配を感じる。顔を上げると、エミリーがちょこんと顔を出していた。
「お兄さん、だあれ? 知らない人だ」
「蓮だよ。最近ここで働くようになったんだ」
「ふうん。あ、はじめまして。わたしはエミリーです」
「はじめまして。蓮です。エミリーちゃんは、どうしたの?」
「あのね、お父様とおじさまたちは、大人の話があるんだって」
「そっか」
挨拶を交わしたことで警戒心もほどけ、エミリーはとことこと歩み寄ってくる。近くで見ても、かわいらしい子だった。
「ここに居ても、いい?」
「どうぞ」
傍らにある椅子を、蓮は勧める。高さがあるので座るのを手伝うと、エミリーは笑顔になった。
「パフェ、おいしかった?」
「うん! すごくきれいで、食べるのもったいなかったんだけど、食べたらすごくおいしくてびっくりした」
「そっか」
「でもね、子どもだからってミニパフェにされたのは、ちょっと不満なの。おとなってずるいわ」
どうやら、大人用のパフェの設計図を見たらしい。描いたのはレオンで、意外な才能に驚く。設計図なのにパフェをそのままイラストにしたような、美しくおいしそうに描かれたそれを、メニューとして使用することになった。
デザート名だけよりも、客にもわかりやすい。想像ではなく実際に目にしてしまうと、誘惑に抗うのも難しくなった。
「まだ食べられるのに」
むくれる姿がかわいい。ついディルクにするように、甘やかしたくなる。バッグからつくりおきのクレープを、蓮は取り出していた。
それを見たエミリーの瞳が輝いたので、怒られそうだと思いつつ渡してしまう。
「いいの? ありがとう」
ディルクとはまた違うかわいらしさに、怒られてもしかたがないと蓮は覚悟する。どうぞとすすめると、小さな口でかじりついた。
軽く目を見開き、足をバタバタさせる。気に入ったようだ。
「すごくおいしい。これ、なあに?」
「クレープだよ。今度、このお店で売るんだ」
「そうなのね。次は買いにくるわ。レンくんありがとう」
向けられた笑顔に、蓮は胸を打ち抜かれる。幼女趣味はないが、かわいらしいものを愛でたいと思う純粋な気持ちだ。
軽い深呼吸で気持ちを落ち着けると、日課の勉強に戻る。食べているそばでやっているせいか、視線をまざまざと感じた。
「レンくん、大人なのに字を書けないの?」
ぐうっと、言葉に詰まる。ダメージは大きい。純粋な瞳にダメ出しされて、一気にゲージが減った。
これでも大学生なのに、有名大学に通っているのに、と嘆きたくなる。けれどそれはこの世界ではなんの意味もなくて、蓮はしょんぼりする。父のおかげで英語やフランス語ができても、なんの役にも立たなかった。
「そんなに落ち込まなくてもいいのよ? お勉強はちゃんとすれば身につくのだから。わたしと一緒にしましょう」
思いがけない提案に、蓮は目を丸くする。そこにタイミング良く、ディルクとダーフィットが顔を出した。
「エミリーが、レンに教えてあげるの?」
今にも吹き出しそうな顔で、ダーフィットが尋ねる。うん、とエミリーが即答した。
「レンくんクレープくれたから、お礼にわたしが教えてあげる」
視線が集まる。せっかくの厚意を、無下にはできなかった。
「えっと、ありがとう?」
幼女に、文字ではあるが、勉強を教えてもらう成人男性。すごい絵面だ。
けれど、微笑ましくもある。ダーフィットは肩を揺らして笑っているし、ディルクは笑いを堪えている。もういっそ爆笑してくれていいと、蓮はそんな気分になった。
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