光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

文字の大きさ
21 / 41

20

しおりを挟む

 結果から言えば、目の前で仕上げて提供するスイーツは、大当たりだった。

 貴族向けには、かなり強気な値段設定にしている。謳い文句は『個室で楽しむ、パティシエが直々に提供する極上スイーツ』で、口コミから予約が埋まりに埋まって、数ヶ月先まで取れない状況になっていた。

 個室としてあるのは三室、提供はダーフィットが一人で担うので仕方がない。

 それよりも気軽に楽しめる喫茶コーナーでの提供も、予約枠は開店直後の五組までなので争奪戦だ。後は、順次並んでいる人が案内される。パティシエとして立ち提供するのはリュークとヨリック、レオンは愛想のない俺には無理だと、早々に裏方に徹すると宣言した。

 打ち合わせの後、しばらくして働き出した蓮も、もちろん裏方だ。終始、ディルクがにらみを利かせ、圧をかけていた。

 クレープもほぼ同時期に売り出したせいで、とにかく店は表も裏も忙しい。通常の店舗販売に、個室、喫茶コーナーに加え、天気のいい日限定で設けられるカフェテラス、持ち帰り専用のクレープと、常に人が右往左往していた。

 人手不足は、実家が経営している店の従業員を借りて、なんとか日々を凌いでいる状況だ。そんな中、裏方を義務づけられている蓮は、ひたすらクレープ生地を焼いている。庶民でも気軽に食べられる値段設定で、手軽に食べられる形状が受けたようだ。

 急遽、露天でも販売している。店の方にはお忍びの貴族が押しかけてきている状況なので、平民の人たちはそちらを利用していた。

「レン、そろそろ休憩入っていいからな」
「りょーかい」

 黙々とクレープ生地を焼いていたので、山のようにできあがっている。露天の分としては、充分そうだ。店舗の分は、休憩後にもう少し焼いた方がいいかもしれない。今日は減りが早かった。

 先ほどオーブンに入れたスポンジケーキも焼き上がったので、取り出して粗熱を取るために並べておく。キリがいいので、蓮は休憩に入ることにした。

 ぐ、と身体を伸ばす。肩が少し凝っていた。
 しばらく怠惰な生活をしていたせいか、立ち仕事は疲れる。それでも毎日が新鮮で、楽しい。店の人と仲良くなればなるほど、なぜかディルクが拗ねたような顔を見せるのだけれど。

 やはり昔からの知り合いと、ディルクも一緒に居たいのかもしれない。ちらりとそんなことをダーフィットにこぼすと、爆笑された。

 ばしばしと背をたたかれ、うんうんと頷かれたけれど、蓮はまったく理解できない。笑いをおさめたダーフィットに頭を撫でられ話は終わったが、疑問だけが残った。

(なんだったんだ)

 むうっと眉を寄せたところで、外の方から騒々しい声高い声が聞こえる。なんだ? と、蓮は気になり、裏口から外へ行く。行列ができているはずの店舗の前の様子を、そろりと窺った。

 案内役の女性が、困惑したような表情を浮かべているのが見える。列に並ばず向かいにいるのは、派手なドレスを着た女性だ。

「あなた、先ほどから何度も、わたくしに並べと言うなど、どういう了見ですの」
「ですから、皆様が並んでおりますので、お並びくださいますようお願い致します。順番にご案内させていただきますので」
「たかが平民の店に、わたくしが来て差し上げたのよ。今すぐに個室を準備して、案内しなさい」

 うげぇ、と蓮は顔を歪める。ケバくて、傲慢で、最悪な女性客だ。
 個室は完全予約制で、数ヶ月先まで予約は取れない、通常の席なら順番にご案内できますと、懇切丁寧に説明しているが伝わっている様子がない。不愉快そうに、従業員を睥睨していた。

「通常の席なんて、冗談じゃないわ。平民もいる席なのでしょう。ああ、貸切りにしてくださるなら我慢しますわ」
「それはお受けいたしかねます。個室がご希望でしたら、ご予約のうえで再度ご来店ください」
「わたくしが、誰だかわかって言っているのかしら?」

 モンスタークレーマーの登場に、蓮は一人でおろおろする。中に戻ってレオンに相談と思ったが、報告はもうとっくにいっているはずだ。どう収拾をつけるのか、収拾をつけられるのかわからず、成り行きを見守ることしかできない。

「お客様は、お客様でございます」
「平民ごときが、尊い血筋の貴族であるわたくしに逆らうと?」

 貴族特有の言い回しに、蓮はひゅ、と息呑む。並んでいる人たちも、不愉快そうな顔をしている。ここまで自己中心的で、空気の読めない人が貴族だと、害しかなかった。

 けれど、蓮ではどうすることもできない。もどかしさばかりが募っていくと、そこへダーフィットと、清楚なワンピース姿の女性二人が、店の中から姿を見せた。

「まあ、ハドソン伯爵令嬢ではございませんこと」

 一人の女性が、一歩前に出る。堂々とした、たたずまいだった。

「店先が騒がしいとは思いましたが、貴女でしたのね。淑女として、いかがなものですか」
「ハーモン侯爵令嬢……貴女には、関係のないことでしてよ」
「ありましてよ。ハドソン伯爵令嬢が恥ずかしげもなく騒ぐせいで、シェフが対応に出なければいけなくなり、スイーツの提供ができませんのよ」

 美しい笑みを浮かべ、静かに淡々と、あなたの失態ですよと告げていく。
 爵位も、騒がしいハドソン伯爵令嬢より上だ。常識ある貴族がいて、味方になってくれていることに、蓮は安堵した。

「マナーも守れない方が、我がもの顔で貴族のなんたるかを語るなど、ねぇ?」
「そうですわね。貴族だからと、傲慢さで人を従わせてはいけませんわよ?」
「ええ、ここのお店はとても素敵ですから、色々な方がご来店されますのよ。人の口に戸は立てられませんから、お気をつけになった方がよろしいのでは?」

 穏やかな声に窘められ、ハドソン伯爵令嬢が肩を震わせる。反論は、できないようだ。顔は屈辱に、歪んでいた。

「こんな店、二度とこないわ!」

 負け惜しみのような宣言だ。
 それを受け、ダーフィットが一歩前に出た。

「構いません。無理をして、来ていただくものではありませんので」

 かあっと顔を赤く染め、憤怒の表情を浮かべたハドソン伯爵令嬢が、終始申し訳なさそうにしていた従者を連れ、その場から立ち去る。なんとか場が収まったことに、周囲も、蓮も、ほっとした。

(こんなこと、あるんだ)

 身分というものは、現代日本で生活していた蓮にとって、身近なものではない。きっとこれからも、こちらの世界の人のように、正しく理解するのは難しそうだ。

 これからも裏方に徹しようと、蓮は決意を新たにする。対処しきれる自信は、なかった。

「ハーモン侯爵令嬢、クラーク伯爵令嬢、ありがとうございました」
「気にしないでくださいませ。わたくしは、あなたの作るスイーツを楽しみに来ているのですから」
「ええ、ハーモン侯爵令嬢と、とても楽しみにしていましたのよ」

 先ほどとは違い、二人ともはしゃいだような声だ。

「心を込めて、提供させていただきます」
「まあ、嬉しい」
「期待していますわ」

 騒がしい伯爵令嬢とは違い、優美に笑い合う。
 ダーフィットに促され、優雅な所作で店内へと戻っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...