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しおりを挟む結果から言えば、目の前で仕上げて提供するスイーツは、大当たりだった。
貴族向けには、かなり強気な値段設定にしている。謳い文句は『個室で楽しむ、パティシエが直々に提供する極上スイーツ』で、口コミから予約が埋まりに埋まって、数ヶ月先まで取れない状況になっていた。
個室としてあるのは三室、提供はダーフィットが一人で担うので仕方がない。
それよりも気軽に楽しめる喫茶コーナーでの提供も、予約枠は開店直後の五組までなので争奪戦だ。後は、順次並んでいる人が案内される。パティシエとして立ち提供するのはリュークとヨリック、レオンは愛想のない俺には無理だと、早々に裏方に徹すると宣言した。
打ち合わせの後、しばらくして働き出した蓮も、もちろん裏方だ。終始、ディルクがにらみを利かせ、圧をかけていた。
クレープもほぼ同時期に売り出したせいで、とにかく店は表も裏も忙しい。通常の店舗販売に、個室、喫茶コーナーに加え、天気のいい日限定で設けられるカフェテラス、持ち帰り専用のクレープと、常に人が右往左往していた。
人手不足は、実家が経営している店の従業員を借りて、なんとか日々を凌いでいる状況だ。そんな中、裏方を義務づけられている蓮は、ひたすらクレープ生地を焼いている。庶民でも気軽に食べられる値段設定で、手軽に食べられる形状が受けたようだ。
急遽、露天でも販売している。店の方にはお忍びの貴族が押しかけてきている状況なので、平民の人たちはそちらを利用していた。
「レン、そろそろ休憩入っていいからな」
「りょーかい」
黙々とクレープ生地を焼いていたので、山のようにできあがっている。露天の分としては、充分そうだ。店舗の分は、休憩後にもう少し焼いた方がいいかもしれない。今日は減りが早かった。
先ほどオーブンに入れたスポンジケーキも焼き上がったので、取り出して粗熱を取るために並べておく。キリがいいので、蓮は休憩に入ることにした。
ぐ、と身体を伸ばす。肩が少し凝っていた。
しばらく怠惰な生活をしていたせいか、立ち仕事は疲れる。それでも毎日が新鮮で、楽しい。店の人と仲良くなればなるほど、なぜかディルクが拗ねたような顔を見せるのだけれど。
やはり昔からの知り合いと、ディルクも一緒に居たいのかもしれない。ちらりとそんなことをダーフィットにこぼすと、爆笑された。
ばしばしと背をたたかれ、うんうんと頷かれたけれど、蓮はまったく理解できない。笑いをおさめたダーフィットに頭を撫でられ話は終わったが、疑問だけが残った。
(なんだったんだ)
むうっと眉を寄せたところで、外の方から騒々しい声高い声が聞こえる。なんだ? と、蓮は気になり、裏口から外へ行く。行列ができているはずの店舗の前の様子を、そろりと窺った。
案内役の女性が、困惑したような表情を浮かべているのが見える。列に並ばず向かいにいるのは、派手なドレスを着た女性だ。
「あなた、先ほどから何度も、わたくしに並べと言うなど、どういう了見ですの」
「ですから、皆様が並んでおりますので、お並びくださいますようお願い致します。順番にご案内させていただきますので」
「たかが平民の店に、わたくしが来て差し上げたのよ。今すぐに個室を準備して、案内しなさい」
うげぇ、と蓮は顔を歪める。ケバくて、傲慢で、最悪な女性客だ。
個室は完全予約制で、数ヶ月先まで予約は取れない、通常の席なら順番にご案内できますと、懇切丁寧に説明しているが伝わっている様子がない。不愉快そうに、従業員を睥睨していた。
「通常の席なんて、冗談じゃないわ。平民もいる席なのでしょう。ああ、貸切りにしてくださるなら我慢しますわ」
「それはお受けいたしかねます。個室がご希望でしたら、ご予約のうえで再度ご来店ください」
「わたくしが、誰だかわかって言っているのかしら?」
モンスタークレーマーの登場に、蓮は一人でおろおろする。中に戻ってレオンに相談と思ったが、報告はもうとっくにいっているはずだ。どう収拾をつけるのか、収拾をつけられるのかわからず、成り行きを見守ることしかできない。
「お客様は、お客様でございます」
「平民ごときが、尊い血筋の貴族であるわたくしに逆らうと?」
貴族特有の言い回しに、蓮はひゅ、と息呑む。並んでいる人たちも、不愉快そうな顔をしている。ここまで自己中心的で、空気の読めない人が貴族だと、害しかなかった。
けれど、蓮ではどうすることもできない。もどかしさばかりが募っていくと、そこへダーフィットと、清楚なワンピース姿の女性二人が、店の中から姿を見せた。
「まあ、ハドソン伯爵令嬢ではございませんこと」
一人の女性が、一歩前に出る。堂々とした、たたずまいだった。
「店先が騒がしいとは思いましたが、貴女でしたのね。淑女として、いかがなものですか」
「ハーモン侯爵令嬢……貴女には、関係のないことでしてよ」
「ありましてよ。ハドソン伯爵令嬢が恥ずかしげもなく騒ぐせいで、シェフが対応に出なければいけなくなり、スイーツの提供ができませんのよ」
美しい笑みを浮かべ、静かに淡々と、あなたの失態ですよと告げていく。
爵位も、騒がしいハドソン伯爵令嬢より上だ。常識ある貴族がいて、味方になってくれていることに、蓮は安堵した。
「マナーも守れない方が、我がもの顔で貴族のなんたるかを語るなど、ねぇ?」
「そうですわね。貴族だからと、傲慢さで人を従わせてはいけませんわよ?」
「ええ、ここのお店はとても素敵ですから、色々な方がご来店されますのよ。人の口に戸は立てられませんから、お気をつけになった方がよろしいのでは?」
穏やかな声に窘められ、ハドソン伯爵令嬢が肩を震わせる。反論は、できないようだ。顔は屈辱に、歪んでいた。
「こんな店、二度とこないわ!」
負け惜しみのような宣言だ。
それを受け、ダーフィットが一歩前に出た。
「構いません。無理をして、来ていただくものではありませんので」
かあっと顔を赤く染め、憤怒の表情を浮かべたハドソン伯爵令嬢が、終始申し訳なさそうにしていた従者を連れ、その場から立ち去る。なんとか場が収まったことに、周囲も、蓮も、ほっとした。
(こんなこと、あるんだ)
身分というものは、現代日本で生活していた蓮にとって、身近なものではない。きっとこれからも、こちらの世界の人のように、正しく理解するのは難しそうだ。
これからも裏方に徹しようと、蓮は決意を新たにする。対処しきれる自信は、なかった。
「ハーモン侯爵令嬢、クラーク伯爵令嬢、ありがとうございました」
「気にしないでくださいませ。わたくしは、あなたの作るスイーツを楽しみに来ているのですから」
「ええ、ハーモン侯爵令嬢と、とても楽しみにしていましたのよ」
先ほどとは違い、二人ともはしゃいだような声だ。
「心を込めて、提供させていただきます」
「まあ、嬉しい」
「期待していますわ」
騒がしい伯爵令嬢とは違い、優美に笑い合う。
ダーフィットに促され、優雅な所作で店内へと戻っていった。
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