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しおりを挟むいい子、だよな。
キッチンで後片付けをする蓮の姿へ視線を流し、ダーフィットはしみじみ感じる。食事を作ってくれたのだから、後片付けはするつもりだった。
――仕事で疲れてますよね?
俺休みだったんで、とさっさと洗いものを始めてしまった。
せっかくの休日なのだから、のんびりしていればいいのにと、思わずにはいられない。店は営業しているとはいえ、与えられた休日はプライベートを優先すべきだ。
それなのに、昼食だと差し入れを持ってくる。夕食は、当然のように作る。率先して、後片付けまでしている。甲斐甲斐しく立ち働く姿は、喜ぶよりも心配に思う気持ちがダーフィットは強くなった。
主張するところはしっかりするのに謙虚、そしてどこか遠慮がちなところが見られる。渡り人で、世話になっている立場だからという部分が蓮にはどうしてもあって、もっと甘えて欲しいのに線を引かれているようだった。
「いい嫁だな」
「将来的にそうなったらいいな、がつくけどな」
次からは、後片付けは順に回すことに決まったところで、レオンとヨリックは帰って行った。
残っているのはリュークで、酒の入ったグラスを傾けている。今夜は、泊まっていくつもりだ。
「ディルク、ヘタレだしな」
「うちのカワイイ弟は不器用なんだよ。まあ、ヘタレかもしれないけど」
「社交力、おまえに全振りだもんな。そのうさんくさい笑顔で、どんだけの令嬢たらし込んでんだよ」
「やだなぁ、リュークってば人聞き悪い。営業努力って、言ってくれる?」
使えるものは使うの精神で、店を大きくしている。持っているものは、最大限活用しなければ損だ。
「まあ、おまえのことはどうでもいい」
「ひどいな!」
話を振ってきたのは、リュークだ。
雑な対応はいつものことで、軽口をたたき合うと、あっさりと話は元に戻る。
「あんなにいい子じゃ、虫がつくのも時間の問題だろ」
「そーなんだよなぁ」
今はまだ、ディルクとこの店に護られて、蓮は狭い世界にいる。それでも閉じ込めているわけではないので、自然と交流は生まれていた。
すっかり、エミリーにも懐かれている。
――わたしがレンくんに、勉強を教えるの!
そう宣言して以来、店に顔を出す回数が増えていた。
娘に甘いコーバスでは、止められない。
――もっと、年齢が近かったら、お嫁さんに立候補するのに。
なんて言って、周囲を凍らせてもいた。
その場に、ディルクがいなかったのは幸いだ。
誰が主導したわけでもないのに、エミリーが洩らした発言は箝口令扱いになっている。姪っ子に大人げない態度に出るとは思えないが、ディルクの心の平穏は大切だ。
「ダーフィットの家は、歓迎ムードなんだろ?」
「まあな」
兄にも、義姉にも、蓮が作る食事やスイーツを渡したせいなのか、かなり好感度が高い。むしろダーフィットから話を聞いて、蓮がディルクの伴侶になればいいのにと、口には出さないが表情で語っていた。
それもそのはずだ。ディルクが興味を持つ相手がいるなど、家族にとっては思いもよらないことだった。
幼い頃から友人すら積極的に作ろうとはせず、親しくしていた顔は、片手で足りるから心配にもなる。無愛想が人に距離を取らせ、優しさがわかりにくいから周囲には誤解されていた。
それを本人がまったく気にしていないから、どうにもならない。
だから家族は、勝手に気をもんでいた。ただでさえ継ぐ家のない三男で、他人に興味を示さない。このままでいけば少ない友人ともいつ疎遠になるかわからず、伴侶もなしに、ずっと一人でいそうで心配していた。
継ぐ爵位がない者は、結婚相手は自分で見つけるほかない。いずれ平民になるのがわかっている相手に、子を嫁がせたい親はいなかった。
それでも騎士団に所属したなら生活の保証はされるので、さりげなく見合いをセッティングしようとしたら、相手に断られた過去がある。どうにも、女性はディルクの無愛想が怖いらしい。
それに気付いたわけではないのだろうが、世話を焼かれるのが鬱陶しい年齢なのか、実家にもダーフィットのところにも、近寄らなくなっていた。
その長期間とも言えない間に、状況は一変していた。
あのディルクが、蓮には気を許している。素直に願いを口にして――主に、あれが食べたい、これが食べたいなのだが、ダーフィットは目を疑った。
蓮自身も、突然異世界に飛ばされたのに、逞しく生きている。料理も作れて、菓子も職人並の腕前だ。ディルクはすっかり胃袋を掴まれていて、懐く姿はぶんぶんと尻尾を振る大型犬のようだった。
色々と鈍いディルクが自覚しているかは怪しいが、きっかけなど突然だ。
蓮の方は、わからない。ディルクを頼りにしているのはわかるが、そこに含まれる感情が親愛以上のものかは、窺い知れなかった。
それでも、こちらも何かのきっかけで、どう転ぶかはわからない。だからダーフィットはせっせと外堀を埋めて、まわりは受け入れる準備をしている。見守るのはもどかしく、そしてとても微笑ましい。
この世界で何も持ち得ない蓮を、早く本当の家族に迎えたいと、ダーフィットは願っていた。
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