29 / 41
28
しおりを挟むなんだか、そわそわする空気を街中から感じる。建物の影で、親しげに話す男女の姿も多く見かけるように思うのは、気のせいだろうか。
うーん、と首をひねりながら、蓮は買い出しを終え店に戻る。正式に従業員を増やし、教育も終えたので、裏方は比較的落ち着いていた。
露店で売るクレープも、焼いた生地を店から運ぶのではなく、露店の方で焼いている。今では他の街にも出店していて、それを想定した従業員を増やしていた。
ゆったりムードになったのは、無理はしない、というダーフィットの方針もある。売り切れたらそこで終わりにすればいいし、店も閉めたらいいと、蓮が寝込んだことでその思いを強くしていた。
――急に忙しくなったから対応がおくれて、無理させて悪かった。
ダーフィットは申し訳なさそうにしていたが、風邪を悪化させたのは、蓮の自己管理能力の欠如からだ。無理などしていないし、店では楽しく働けていたので、慌てて蓮の方が謝った。
――レンはもっと、手を抜くことを覚えろよ。まわりに甘えていいんだからな。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら、優しい瞳をダーフィットは蓮に向ける。他の三人も笑顔で頷くので、なんだか胸が優しく疼いた。
――ダーフィット兄さんって、呼んでいいからな。
――え、呼ばない。
照れ隠しに、蓮はついぞんざいに断る。わかっているのか、ざんねーん、と間延びした声が返ってきた。
――そのうち気が向いたら、呼んでくれよな。
――そうですね。
さらりと、流しておく。
呼ばなくても、すでにダーフィットは兄のような存在だった。
店の方は客足が鈍る前提での方針転換だったが、希少性が増したせいか、相変わらず賑わっている。以前来店したクレーマーのような令嬢は現れることなく、予約も行列も、途切れることはなかった。
「そうだ、街でなんかあんの?」
感じたままの印象をレオンに話せば、すぐに察してくれる。
「豊穣祭が近いせいだろ」
「豊穣祭?」
「今年度の豊穣に感謝の気持ちを捧げて、次年度の豊穣を願う祭りだよ」
未婚の男女には婚活も兼ねた、重要なイベントでもある。祭りの期間は、首に巻くスカーフの色が意味を持つ。
相手募集中の人はオレンジのスカーフで、相手がいる人は白いスカーフだ。
首に何も巻いていないのは、観光客と既婚者。あとは関係ないと思っている人たちだった。
広場では未婚の者が、オレンジのスカーフを巻いて踊るのが伝統で、目にとまりやすくという意図がある。独り者は、この祭りにかけている人も多かった。
求愛する際は、マーガレットを一輪差し出し、求婚する時は、マーガレットの花束を差し出す。受け取ってもらえたら成立で、祝福の声がわあっと上がるのは幸せがあふれた光景だ。そのため、当日は食べ物の屋台に混じって、マーガレットを大量に置く花屋が並ぶ。
「へえ」
婚活に興味はないが、祭りと聞くとわくわくする。蓮以上に、街角で見かけた恋人たちは、どきどきしながら当日を迎えるはずだ。
「なんか、ちょうどいい話してるな。今日、その相談しようと思ってたんだ」
「参加すんのか?」
「祭りには全力でのっかるよ」
ウインクしてレオンに応えるダーフィットに、蓮もテンションが上がる。出店の方で参加するなど、なかなかない機会だ。どんな祭りかもうまくイメージできていないのに、単純だ。
「店の方は縮小営業。俺らは露店な」
豊穣祭の間は、日持ちのする焼き菓子の販売のみで、カフェコーナーは休み。個室も店内予約も、祭りの三日前から期間中は入れていなかった。
「ってことで、販売すんの、何がいいと思う?」
祭りといえば、蓮が思い浮かべるのは買い食いだ。歩きながら手軽に食べられるので、匂いに誘われついつい買って、いつも食べ過ぎてしまっていた。
「クレープも候補に挙げてみたけど、すでに露天売りをしてるから、違うのがいいかなって」
出すには出すが、従業員任せにするようだ。当日は、かなりの数の露店が、道にそって所狭しと並ぶ。
「レン、なんかないか?」
「うーん、こっちの世界だと現実的じゃないもんが多くてさ」
ぱっと浮かぶのは、焼きそば、お好み焼きにたこ焼き、食べるならこの辺は外せない。あとは、唐揚げ、肉串、と考え、ダーフィットの店が扱っているのはスイーツだと蓮は思い出す。
「えっと、甘いおやつ系?」
「そうだなぁ、クレープみたいなどっちもだといいんだけど。難しいか」
似たような感じで、と蓮はぐるりと思考を回す。
「ピタパンとか?」
「ってなんだ?」
「えっと、中が空洞になっている丸い薄いパンで、半分にカットして、できたポケット部分に色々な具材を挟むサンドイッチに近いもの?」
説明では、うまく想像できないようだ。イメージ図を、蓮が描いて見せる。フルーツサンドがあるのだから、甘い物系もありだろうと勝手に思っていた。
「手が汚れないから、食べ歩きにいいかなって」
「へえ」
そこから試作と試食を経て、採用になる。打ち合わせと、準備と、みんなで騒ぎながら集まっていると、大学で学園祭の準備をしている時の感覚に似ていた。
気楽な学生の催しとは違うので、楽しんでばかりはいられないが、浮かれた気分になるのはどうしようもない。打ち合わせで話し込んでいることも多くなり、関われない部外者になってしまったディルクが、少し拗ねてしまった。
むすりとする姿は、端から見れば近づきがたい。けれど実際は拗ねているだけなので、蓮にはかわいく目に映る。試作を一緒に食べる係に任命し、準備をディルクと共に楽しんだ。
そして迎えた当日、店は盛況のまま終えるかと思ったが、アクシデントに見舞われる。用意しておいた午後の分のピタパンが、行方不明になった。
露店へ運び、他の準備をしている間、ほんのわずか目を離した隙に消えてしまった。その上、ダーフィットをライバル視している店が、午前中はクレープだけを売っていたのに、なぜか午後からはピタパンも一緒に販売を始めた。
盗まれたのは間違いないとわかってはいても、物的証拠がない。言い逃れは、いくらでもできた。
「くそっ」
明日からは厳重に管理するにしても、今日はもうどうにもできない。
悔しい。せっかくみんなで時間をかけて準備したものが、横取りされて、何の苦労もしていない人たちに目の前で販売されていた。
「あ!」
「あ?」
少し小ぶりなリンゴが売られているのを、蓮は思い出す。夏祭りの定番、必ずといっていいほど目にするものを、すっかり忘れていた。
簡単で、見栄えのするそれを代替え品にしないかと提案する。わしゃわしゃと乱雑に蓮の頭を撫で、ダーフィットが指示を出す。それに合わせみんなが動き出し、あっという間に材料他準備が整った。
「レン、頼んだ」
「うん」
洗って水分をしっかりとった、ミニリンゴに串を刺してもらっているうちに、小鍋に砂糖を入れ、水を加えてよく混ぜる。今回はリンゴの色がきれいなので、飴に色はつけない。火にかけて煮詰めていき、頃合いをみて火を止めてリンゴに絡めればできあがりだ。
要は、煮詰めた砂糖液に果物を絡めるだけなので、次から次へと作れる。コツをつかめば簡単なので、本職の人たちはすぐに作れるようになるはずだ。
「すごいな」
艶やかな飴をまとったリンゴが並べられていくのを見て、ダーフィットが感嘆の声を上げる。個人的にはイチゴ飴の方が好きなので、蓮は仕入れてあった分でイチゴ飴も作って並べた。
なんと言っても、見た目がかわいい。
辺りには、ふわふわと甘い香りが漂い始める。ちらちらと気にし始める人が出てきて、行儀良く並らんだリンゴに興味を惹かれ、一人が足を止めた。
ひとつ売れれば、次から次へと売れていく。歩きながらかじりついているのを見れば、また興味を持つ人が出てくる。店の前に、あっという間に人だかりができた。
販売はダーフィット時々リュークにまかせ、残りの三人で分担しながら、リンゴ飴を量産していく。
「なんか、ピタパンよりすごくね?」
リンゴに串を刺しながら、ヨリックが接客中のダーフィットを眺める。午前中よりも、慌ただしい。つくりおきがないせいも、あるのだろうけれど。
「おなかいっぱいでも、リンゴ飴ならってなるんじゃない?」
「そうかもな。この時間だと」
昼食時は、とっくにすぎていた。
露店では色々なものが食べられるので、ピタパンだとデザート系の具を選ぶにしても、多く感じる。他のものが食べられなくなりそうで、躊躇がうまれそうだ。
「明日はピタパンの管理を徹底するのは当然として、昼時を過ぎたら、リンゴ飴を多めに並べた方がいいかもな」
手際よくリンゴ飴を作りながら、レオンが冷静に分析する。それにヨリックも同意して、用意したリンゴとイチゴで飴を作り終えると、明日の分の仕入れ交渉をしてくると消えた。
今の時期ならぶどうもありだと言ったので、明日はぶどう飴も並ぶ気がする。準備をしっかりしておけば、今日ほどは慌ただしくないはずだ。
そして、本日分は完売。結局、夜まで持たなかった。
595
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に巻き込まれた料理人の話
ミミナガ
BL
神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。
魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。
そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる