光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

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 なんだか、そわそわする空気を街中から感じる。建物の影で、親しげに話す男女の姿も多く見かけるように思うのは、気のせいだろうか。

 うーん、と首をひねりながら、蓮は買い出しを終え店に戻る。正式に従業員を増やし、教育も終えたので、裏方は比較的落ち着いていた。

 露店で売るクレープも、焼いた生地を店から運ぶのではなく、露店の方で焼いている。今では他の街にも出店していて、それを想定した従業員を増やしていた。

 ゆったりムードになったのは、無理はしない、というダーフィットの方針もある。売り切れたらそこで終わりにすればいいし、店も閉めたらいいと、蓮が寝込んだことでその思いを強くしていた。

 ――急に忙しくなったから対応がおくれて、無理させて悪かった。

 ダーフィットは申し訳なさそうにしていたが、風邪を悪化させたのは、蓮の自己管理能力の欠如からだ。無理などしていないし、店では楽しく働けていたので、慌てて蓮の方が謝った。

 ――レンはもっと、手を抜くことを覚えろよ。まわりに甘えていいんだからな。

 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら、優しい瞳をダーフィットは蓮に向ける。他の三人も笑顔で頷くので、なんだか胸が優しく疼いた。

 ――ダーフィット兄さんって、呼んでいいからな。
 ――え、呼ばない。

 照れ隠しに、蓮はついぞんざいに断る。わかっているのか、ざんねーん、と間延びした声が返ってきた。

 ――そのうち気が向いたら、呼んでくれよな。
 ――そうですね。

 さらりと、流しておく。
 呼ばなくても、すでにダーフィットは兄のような存在だった。

 店の方は客足が鈍る前提での方針転換だったが、希少性が増したせいか、相変わらず賑わっている。以前来店したクレーマーのような令嬢は現れることなく、予約も行列も、途切れることはなかった。

「そうだ、街でなんかあんの?」
 感じたままの印象をレオンに話せば、すぐに察してくれる。

「豊穣祭が近いせいだろ」
「豊穣祭?」
「今年度の豊穣に感謝の気持ちを捧げて、次年度の豊穣を願う祭りだよ」

 未婚の男女には婚活も兼ねた、重要なイベントでもある。祭りの期間は、首に巻くスカーフの色が意味を持つ。

 相手募集中の人はオレンジのスカーフで、相手がいる人は白いスカーフだ。
 首に何も巻いていないのは、観光客と既婚者。あとは関係ないと思っている人たちだった。

 広場では未婚の者が、オレンジのスカーフを巻いて踊るのが伝統で、目にとまりやすくという意図がある。独り者は、この祭りにかけている人も多かった。

 求愛する際は、マーガレットを一輪差し出し、求婚する時は、マーガレットの花束を差し出す。受け取ってもらえたら成立で、祝福の声がわあっと上がるのは幸せがあふれた光景だ。そのため、当日は食べ物の屋台に混じって、マーガレットを大量に置く花屋が並ぶ。

「へえ」

 婚活に興味はないが、祭りと聞くとわくわくする。蓮以上に、街角で見かけた恋人たちは、どきどきしながら当日を迎えるはずだ。

「なんか、ちょうどいい話してるな。今日、その相談しようと思ってたんだ」
「参加すんのか?」
「祭りには全力でのっかるよ」

 ウインクしてレオンに応えるダーフィットに、蓮もテンションが上がる。出店の方で参加するなど、なかなかない機会だ。どんな祭りかもうまくイメージできていないのに、単純だ。

「店の方は縮小営業。俺らは露店な」

 豊穣祭の間は、日持ちのする焼き菓子の販売のみで、カフェコーナーは休み。個室も店内予約も、祭りの三日前から期間中は入れていなかった。

「ってことで、販売すんの、何がいいと思う?」

 祭りといえば、蓮が思い浮かべるのは買い食いだ。歩きながら手軽に食べられるので、匂いに誘われついつい買って、いつも食べ過ぎてしまっていた。

「クレープも候補に挙げてみたけど、すでに露天売りをしてるから、違うのがいいかなって」

 出すには出すが、従業員任せにするようだ。当日は、かなりの数の露店が、道にそって所狭しと並ぶ。

「レン、なんかないか?」
「うーん、こっちの世界だと現実的じゃないもんが多くてさ」

 ぱっと浮かぶのは、焼きそば、お好み焼きにたこ焼き、食べるならこの辺は外せない。あとは、唐揚げ、肉串、と考え、ダーフィットの店が扱っているのはスイーツだと蓮は思い出す。

「えっと、甘いおやつ系?」
「そうだなぁ、クレープみたいなどっちもだといいんだけど。難しいか」

 似たような感じで、と蓮はぐるりと思考を回す。

「ピタパンとか?」
「ってなんだ?」
「えっと、中が空洞になっている丸い薄いパンで、半分にカットして、できたポケット部分に色々な具材を挟むサンドイッチに近いもの?」

 説明では、うまく想像できないようだ。イメージ図を、蓮が描いて見せる。フルーツサンドがあるのだから、甘い物系もありだろうと勝手に思っていた。

「手が汚れないから、食べ歩きにいいかなって」
「へえ」

 そこから試作と試食を経て、採用になる。打ち合わせと、準備と、みんなで騒ぎながら集まっていると、大学で学園祭の準備をしている時の感覚に似ていた。

 気楽な学生の催しとは違うので、楽しんでばかりはいられないが、浮かれた気分になるのはどうしようもない。打ち合わせで話し込んでいることも多くなり、関われない部外者になってしまったディルクが、少し拗ねてしまった。

 むすりとする姿は、端から見れば近づきがたい。けれど実際は拗ねているだけなので、蓮にはかわいく目に映る。試作を一緒に食べる係に任命し、準備をディルクと共に楽しんだ。

 そして迎えた当日、店は盛況のまま終えるかと思ったが、アクシデントに見舞われる。用意しておいた午後の分のピタパンが、行方不明になった。

 露店へ運び、他の準備をしている間、ほんのわずか目を離した隙に消えてしまった。その上、ダーフィットをライバル視している店が、午前中はクレープだけを売っていたのに、なぜか午後からはピタパンも一緒に販売を始めた。

 盗まれたのは間違いないとわかってはいても、物的証拠がない。言い逃れは、いくらでもできた。

「くそっ」

 明日からは厳重に管理するにしても、今日はもうどうにもできない。
 悔しい。せっかくみんなで時間をかけて準備したものが、横取りされて、何の苦労もしていない人たちに目の前で販売されていた。

「あ!」
「あ?」

 少し小ぶりなリンゴが売られているのを、蓮は思い出す。夏祭りの定番、必ずといっていいほど目にするものを、すっかり忘れていた。

 簡単で、見栄えのするそれを代替え品にしないかと提案する。わしゃわしゃと乱雑に蓮の頭を撫で、ダーフィットが指示を出す。それに合わせみんなが動き出し、あっという間に材料他準備が整った。

「レン、頼んだ」
「うん」

 洗って水分をしっかりとった、ミニリンゴに串を刺してもらっているうちに、小鍋に砂糖を入れ、水を加えてよく混ぜる。今回はリンゴの色がきれいなので、飴に色はつけない。火にかけて煮詰めていき、頃合いをみて火を止めてリンゴに絡めればできあがりだ。

 要は、煮詰めた砂糖液に果物を絡めるだけなので、次から次へと作れる。コツをつかめば簡単なので、本職の人たちはすぐに作れるようになるはずだ。

「すごいな」

 艶やかな飴をまとったリンゴが並べられていくのを見て、ダーフィットが感嘆の声を上げる。個人的にはイチゴ飴の方が好きなので、蓮は仕入れてあった分でイチゴ飴も作って並べた。
 なんと言っても、見た目がかわいい。

 辺りには、ふわふわと甘い香りが漂い始める。ちらちらと気にし始める人が出てきて、行儀良く並らんだリンゴに興味を惹かれ、一人が足を止めた。

 ひとつ売れれば、次から次へと売れていく。歩きながらかじりついているのを見れば、また興味を持つ人が出てくる。店の前に、あっという間に人だかりができた。

 販売はダーフィット時々リュークにまかせ、残りの三人で分担しながら、リンゴ飴を量産していく。

「なんか、ピタパンよりすごくね?」

 リンゴに串を刺しながら、ヨリックが接客中のダーフィットを眺める。午前中よりも、慌ただしい。つくりおきがないせいも、あるのだろうけれど。

「おなかいっぱいでも、リンゴ飴ならってなるんじゃない?」
「そうかもな。この時間だと」

 昼食時は、とっくにすぎていた。
 露店では色々なものが食べられるので、ピタパンだとデザート系の具を選ぶにしても、多く感じる。他のものが食べられなくなりそうで、躊躇がうまれそうだ。

「明日はピタパンの管理を徹底するのは当然として、昼時を過ぎたら、リンゴ飴を多めに並べた方がいいかもな」

 手際よくリンゴ飴を作りながら、レオンが冷静に分析する。それにヨリックも同意して、用意したリンゴとイチゴで飴を作り終えると、明日の分の仕入れ交渉をしてくると消えた。

 今の時期ならぶどうもありだと言ったので、明日はぶどう飴も並ぶ気がする。準備をしっかりしておけば、今日ほどは慌ただしくないはずだ。

 そして、本日分は完売。結局、夜まで持たなかった。

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