光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

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 終わった、という脱力感から全員がぐったりし、各々が座り込む。
 少し休憩してから、片付けを始めようと話しているタイミングで、仕事を終えたディルクが姿を見せた。

「もう、終わっているのか?」
「ちょっとしたトラブルもあったけど、当初の予定より売れた気がするわ」

 わからない顔をするディルクに、蓮にでも聞けとダーフィットが丸投げする。話してもいいということだ。

「じゃ、レンはもういいよ。せっかくだから、ディルクと遊んでおいで」
「え、片付けするって」
「いーって、元々ディルクが来るまでって思ってたんだ。豊穣祭、初めてだろ?」
「そうだけど……」

 今も、ヨリックは明日の分のため、果物を仕入れに走っている。同じ従業員なのに、蓮は気楽で申し訳ない。

「だいたいさ、今日はレンのおかげで助かったんだよ」

 特別給与出してもいいくらいのものだから、と放り出された。
 怪訝そうにしているディルクに、蓮は歩きながら今日あったことを説明する。じわりと、忘れていた怒りが再燃した。

 盗んだものを、平然と売る神経が信じられない。
 明日は自分たちでパンを焼いて売る気なのかもしれないが、試作期間もなく、短時間で同じ物を作るのは至難の業だ。

 努力で真似るなら勝手にどうぞと思うが、明日も盗むつもりでいるなら、許容できることではなかった。

(まあ、対策するだろうけどさ)

「貴族主義の伯爵が、庇護下においている商会だな。貴族が関わっていると、しっかりした証拠がないと、処罰は難しいな」
「やっぱそうなんだ」
 貴族が関わると、途端に面倒事になる。

「けど、果物を飴で固めるなんて、よく考えたな」
「まあ?」

 祭りの定番だ。パクりなので、褒められても困る。売るものがなくなってしまい、理不尽さが悔しくて、時間がない中でもさっと作れる、何か代わりになるものと思い浮かべている時に、あちこちで積まれたリンゴが目に入ったからだ。

「はい」

 ディルクの分と、ひとつだけ残していたイチゴ飴を取り出し、口元に差し出す。慣れたもので、警戒心もなくぱかりと唇を開いた。

「イチゴと、飴だな。不思議な食感で、うまい」

 かわいいフルーツは、女性の目を惹きやすい。かじれば、カリカリバリバリの飴の食感と、フルーツの甘酸っぱさ、珍しさからなくなるのは本当にあっという間だった。

 その前にみんなはしっかりと、つまみ食いしていたけれど。
 もちろん、蓮も。

「定番ではリンゴ飴だけど、元の世界で売ってるのでかくてさ。俺、食べきれないから、ひと口サイズのイチゴが好きなんだよな」
「リンゴ飴も食べてみたい」
「家で作るよ」

 素直に望みを口にするディルクに、蓮の表情は綻ぶ。気を許してもらっているようで、気持ちがあたたかくなった。

「ん? どうかしたか?」

 妙に、ディルクが周囲を気にしている。それに倣うように、蓮もぐるりと視線を流した。

「視線を感じる気がする」
「そりゃそうだろ。ディルクかっこいいもん。この祭りって、婚活兼ねてんだろ? 狙いたくもなるって」

 騎士とわからなくても、高身長で顔がよければ人の目を惹く。
 普段から目立たないよう、騎士服は魔法でカモフラージュしているが、今はあまり意味がなかった。

「あー……もう何年も来ていなかったから、忘れていた」
「スカーフ巻く?」
「いい。職場の者に見られても面倒だ」

 これだけイケメンなら、売約済みのスカーフをつけていようが視線は集める。うっかり職場の人に目撃され、問い詰められることを思えば、ディルクにしたら視線など無視を決め込めばいいだけだ。

「レンこそ、巻いた方がいい。買うか」
「え、いらないって」
「だが」
「お、あれ食べたい」

 ふわりと、香ばしく焼けた肉の匂いが食欲を煽る。欲求のままに蓮は足を運び二本買い求め、受け取ってすぐに片方をディルクに渡した。

「仕事上がりで腹減ってるだろ。一緒に食べよ」
「ああ、ありがと」

 働くようになって、こうして気ままに買い物できるようになった。
 相変わらずディルクは家賃も食費も受け取らないので、一緒に出かけたときに蓮が多めに払うようにしている。当初はそれも渋っていたけれど、買い食い程度は苦言より礼を口にするようになった。

「うまっ」

 こんがり焼けた肉はやわらかく、おいしい。ひと口食べると、蓮は空腹を思い出した。

 ふと、肉串を片手に、エールを飲む姿があることに気付く。非常に、合いそうだ。人が飲んでいる姿を見ると、なんとなく飲みたくなってくる。夕食の時に軽く飲むことはあっても、がっつり飲みに、なんていうのはこの世界に来てからしたことがない。

「どっか飲みに行く?」

 浮かれた雰囲気が、自然と蓮のテンションも上げる。すぐに、どこも混んでいるだろうことに思い至り、買い食いと酒に方向転換した。

「レンも、飲むんだな」
「そりゃ、なあ、俺のこと年上だって忘れてないか?」
「家ではあまり飲まないから、飲むイメージがなかった」
「うーん、ディルクがほとんど飲まないから? あ、誤解すんなよ。遠慮とかじゃなくてさ、ひとりで大量に飲むほど酒に執着がないだけだよ。誰かと楽しく飲むのが好きなんだ」
「なら、今度は家でも飲むか?」
「おう、そうだな。酒に合う食いもんつくるわ」

 楽しそうな時間に、蓮は笑顔になる。さっそく、目についた店でエールを買った。
 ぬるめだったので、ディルクが魔法で冷やしてくれる。きんきんに冷えたエールと肉串は最高で、蓮はにこにこと次は何を食べるかと露店を物色した。

 同じように、ディルクも飲み食いする。むしろ、酒を飲むペースが速い。

「……飲み過ぎるなよ」

 先日のことを思い出し、蓮はディルクに注意する。本人も、二日酔いの具合の悪さを思い出したのか渋面になり、素直に頷いた。

 飲み過ぎそうになったら止めようと、蓮は決める。どのあたりで我を忘れるのかはわからないのが、難点だった。
 うっかりキスされたからといって、どうということはないのだけれど。

「なあ、アレなんの酒?」
「リンゴ酒だな」

 興味を持った蓮のために、ディルクがそれを買い求め、豊穣祭ではよく飲まれるものだと渡される。軽い気持ちで口をつけ、蓮は目を見張った。

「うま」

 非常に飲み口がいい。酒だと言われなければ、わからないかもしれない。せっかくなので、家で飲む分も買って帰ることにした。

(なんか、馴染んだな)

 初めは恐る恐る歩いた道も、今ではもう当たり前のように歩けるようになっている。田舎から都会に出てきて、電車や駅に慣れないと言っていた友人の気持ちを、この世界で正しく理解した気がした。本当に心細いものだ。

 スマホがあるだけ、元の世界はいいと思ったけれども。
 うっかり迷っても検索すればいいし、道案内もしてくれる。最悪そのスマホで、誰かに助けを求めることもできた。けれどこの世界では、それはできない。

「ほんと、ディルクが拾ってくれてよかったよ」
「どうしたんだ、急に」

 未知の世界だったここを、少しずつ蓮の居る場所にしてくれた。

「これからも、よろしくお願いしますってことだよ」

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