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しおりを挟む見るからに悪役とわかる男に攫われるこの場面で、助けがくる確率などそう高くはない。ぱっと蓮の脳裏に浮かんだディルクが、唐突に現れ、颯爽と助けてくれるのは都合のいい妄想でしかなかった。
ありえない。
焦りと、恐怖に襲われる。これから待ち受けることに対する不安で、蓮は頭の中がぐちゃぐちゃになった。力では敵わないとわかっていても、あきらめきれない。なんとか逃れようと抗っていると、不意に拘束が消えた。
「え」
どん、と身体に響くような、重い音が耳に届く。
呼吸が楽になる。気付けば蓮を拘束していた男たちは、まるで吹き飛ばされたかのように、離れた場所に倒れていた。
何が起きたのかわからず、蓮は茫然と周りに視線を走らせる。道の先に、つい先ほど脳裏に浮かんだ男の顔があった。
「……ディ、ルク」
声が、掠れる。吹き飛ばされずに残った、いかにも破落戸の数人がディルクへと向かっていく。ひゅ、と息を呑んだけれど、最小限の動きで繰り出す体術だけで、あっという間に男たちが地面に沈められていく光景に、蓮は詰めていた息を吐いた。
初めて見たけれど、圧倒的な強さだ。
騎士なんだと、蓮は今やっと実感が伴った。
「なんのつもりだ」
怒りを抑えたようなディルクの冷たい声が、副会頭へ向けられる。大きな音に驚いた住民たちも、集まってきていた。
「……私はここに居合わせただけですよ」
状況の悪さを察したらしい。
舌打ちをひとつして、副会頭は白を切ることを選んだ。
違う、と声を上げたい。その男が、蓮を攫おうとしたのだ。
けれど声は喉に貼り付いて、出てこない。指先は力が入らず、微かに震えていた。
「そこの男たちとは関係がないと?」
「ええ、ありませんね」
ぎゅ、とディルクが眉をひそめる。あからさまな嘘だ。それでも、拘束しようとしないということは、できない理由があるのだ。
「では、そこの男たちは遠慮なく処罰させてもらおう。取り調べの後で関与がわかれば、当然おまえたちも処罰の対象だ」
「はっ、多少魔法の心得があろうと、ただの下っ端兵ごときが俺を処罰できるとでも? おもしろいことを言う」
ふん、と鼻で笑い、副会頭は秘書を引き連れ去って行く。
(えーっと、ディルクが騎士って知らない?)
間抜けな思い込みでの発言を見て、蓮は少し気持ちを立て直す。
蓮のことは調べたのか知っていたのに、居候先のディルクのことを知らないなんて、ずさんな情報収集だ。
兵の詰め所が近かったこともあり、倒れていた男たちはすぐに拘束される。ディルクが身分を明かし、状況を説明した兵に男たちは連れて行かれた。
野次馬も、少しずつ減っていく。静けさが戻りつつあった。
「大丈夫か?」
「……うん」
ディルクに声をかけられ、やっと、助かったと実感する。安堵から力が抜けて、蓮はその場にしゃがみ込んだ。馬車に放り込まれ、そのままどこかへ連れ去れるのを覚悟していた。
「レンがまだ戻らないと言っていたから、探しに来たんだ」
「ありがと、助かった」
指先が震える。まさか、有無も言わさず攫うなどという強硬手段に出るなど、蓮は想像もしていなかった。
甘かったとしか、言いようがない。犯罪まがいのことも平気でするような輩だと、失念していた。
はあ、と深々と息を吐きだし、へたり込んだままでいると、ディルクが蓮の身体をひょいっと腕に抱き上げる。まるで、最初に会ったときの状況だ。驚いて見上げた先に、濃紺の綺麗な瞳があった。
映っている間抜けな顔の自分に、蓮は我に返る。以前も断固拒否した、お姫様抱っこだ。
「え、ちょ、おろせって。歩けるから」
「無理だろ」
「この体勢は無理! はずいってば」
じたばたと暴れると、さすがのディルクでも体勢を保てない。
眉間に寄ったシワで下ろしてもらえるかと思えば、蓮は軽く上半身が持ち上げられ、ディルクの腕が腰を支えるように回される。不安定さに慌てて首にしがみつけば、反対の手で背を支えられ、まるで子どもを腕に抱くような格好になった。
「いやおかしいだろ!」
それなりに体重はあるはずだ。なんで平然とこんなことができる。これでも、成人男性だ! と、この世界に来てからなんどとなく心の中で叫んだ台詞を蓮はまた叫ぶ。
「わがままだな」
「いやもう、わがままでいいから下ろして」
なぜディルクが平然としていられるのか、蓮はわからなかった。
二人を見る街の人の目が生ぬるい。それでも下ろしてもらえず、顔を隠し蓮が羞恥に駆られながら運ばれていると、ディルクが疑問に答えてくれる。純粋な腕力だけでなく、魔法も使用してのこの状況だった。
(そっか、使えるんだったな)
当然、そのまま店に戻ると唖然とされる。爆笑されて、安堵されたあとに心配された。
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