椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ

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第2話 夢から覚めない

2-5(完)

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「な、なにを……! きゃあっ!」

 抗議の台詞を最後まで口にする前に突き飛ばされ、雪樹は布団の上へ倒れ込んだ。すぐに体を起こし、改めて吠える。

「なっ、何をする気なのですか!」
「愚かな質問だな。やることなど、ひとつしかない。ここはそういうところだ」

 蓮は雪樹の前にしゃがむと、彼女の小さな顎を掴んだ。逃げる間も与えず、唇同士を寄せる。
 目線と目線が至近距離でぶつかった。

「!」

 驚いた雪樹は動けず、唇を奪われたまま、蓮を凝視した。
 凍りついた、だが澄んだ瞳に写った自分を見て、蓮は舌打ちする。そして雪樹を押し倒した。

「やっ、やめてください!」

 この前の繰り返しになってしまう。雪樹は必死に抗った。
 しかし蓮は雪樹のか細い胴の上に、体重がかからぬよう跨ると、桃色の衣を裂いた。

「これほど豊満な体を隠しておくのに、さぞ苦労したことだろうなあ? 雪」

 侮るような不快な声に撫でられ、雪樹の肌は粟立った。

 ――怖い。蓮様はまた、知らない誰かに変わってしまった……!

 この前の繰り返しになってしまう。雪樹は必死に抗った。
 しかし蓮は雪樹のか細い胴の上に、体重がかからぬよう跨ると、桃色の衣を裂いた。

「あっ……!」
「これほど豊満な体を隠しておくのに、さぞ苦労したことだろうなあ? 雪」

 侮るような不快な声に撫でられ、雪樹の肌は粟立った。

 ――怖い。蓮様はまた、知らない誰かに変わってしまった……!

「蓮様、やめてください! こんな、こんなくだらない、バカみたいなこと! 皇帝陛下ともあろうお方が、みっともない!」
「――くだらない。くだらない、か。確かにな」

 喉の奥で笑いながら、蓮は雪樹の裸体に口づけ、唇をゆっくり下ろしていく――。













 雪樹に背を向けて、蓮は身支度を整え始めた。

「雪、おまえは紛れもなく女だったようだな? 男に体をいじられれば悦ぶ、そういう生きものだ。――もう、男のふりなどできまいな」

 女。――女。
 からかうような言葉は尖り、雪樹の胸を刺した。
  静かな部屋に唯一響く衣擦れの音を聞いているうちに、雪樹の胸は虚しさでいっぱいになった。涙がこみ上げてきて、声を殺して泣く。
 わずかに聞こえるか細い嗚咽に気づき、蓮は振り返った。

「雪……」

 乱れた格好のまま、肩を震わせている雪樹に手を伸ばし――だが結局、蓮はそれを引っ込めてしまった。
 雪樹が、ぽつりとつぶやく。

「あなたも結局、父や兄たちと同じなんですね……」
「なに……?」
「私たち、友達だったのに……。私が女だと分かった途端、こんなことを……。あなたも、父や兄たちと同じ。女には人格なんてないと思ってるんでしょう?」
「違う!」
「……!」

 即座に否定されて、雪樹は蓮を仰ぎ見る。
 蓮は気まずそうに、視線を明後日の方向へ向けた。

「おまえと過ごした十年……。俺たちの間には確かに友情も信頼もあった。俺はおまえが皇宮に来るのが楽しかった……。それは、おまえが女だったとしても変わらなかっただろう……」

 光を見たような気がして、雪樹は体を起こした。

「だったら……! だったら、もう一度、友達に……!」
「――だが、あの頃には戻れない。諦めろ……」

 雪樹の懇願をぴしゃりと跳ね除け、蓮は部屋から出て行ってしまう。高い背を屈ませ、襖をくぐるその後ろ姿は、雪樹の知っている彼のそれだった。

 ――獣、じゃない。

「どうして……」

 この期に及んでも、雪樹が思い出すのは、蓮と過ごした日々だった。
 皇宮を駆けずり回り、一緒に本を読んで、動物や植物の世話をした――。
 傍若無人な蓮の行為よりも、彼との関係が修復できないという事実に、より打ちのめされている。そんな自分に気づいた雪樹は、蓮の香りが残る自らの体を抱き締めた。
  

 ~ 終 ~
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