椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ

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第3話 閨の中の奇妙な二人

3-3

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「伝えておくべきことは、大体伝えたから」と言い置いて、女医・真百合が退室した途端、侍女三人組が詰め寄ってきた。

「さ、早くお礼状、書いて!」
「お、お礼状?」

 桃と杏がぴいぴい囀るには、皇帝からなにがしか賜った折には、寵姫は速やかに礼状をしたためるのが後宮の慣習だとか。

「えぇ……めんどくさ……。どうせ蓮様なら、今日もほげーっとアホ面下げて、ここに来るでしょう? お礼なら、そのときに言えば……」
「ダメー! 礼儀知らずって、ほかの寵姫やそのお付きたちにバカにされるのは、私らなんだからね!」

 尚も食い下がってくる桃たちを前に、そんなしきたりなんて無駄としか思えないと、雪樹は口をへの字に曲げて見せる。

「嬉しかったとお伝えすれば、陛下はきっとお喜びになりますよ」

 そう穏やかに取りなしたのは、この場で一番年長のあやめである。
「様」づけされるのはこそばゆく、雪樹はやめてくれと頼んだ。すると桃と杏からは、「セッちゃん」と呼ばれるようになったのだった。そのほかこの年下の侍女二人からは、傅かれるというより親しい友達のような扱いをされている。雪樹はむしろそのほうが、気を使わずに済むから良いのだが。
 だがあやめだけは節度を守り続けており、主に仕える召使いという立場を崩そうとはしなかった。

「自分が贈ったものを、愛する女性がどのように思ったか。喜んでくれたのか、あるいは気に入らなかったか……。殿方はとても気にするものですわ」
「蓮様は私を愛してなんていません!」

 律儀に否定する雪樹を、桃と杏が歌うようにつっつく。

「エーッ! それってなんかおかしいよ! 蓮様は好きでもない女の子にあんな高級なプレゼントを贈って……それはまだいいけど、好きでもない女の子のところに、毎夜毎夜お渡りなさってるってことになるじゃん!」
「後宮にはたーくさん美女が集められてるのに、言っちゃ悪いけど、割とちんちくりんのセッちゃんとこだけに、毎度毎度だよ? それって愛以外のなにがあるの?」

 侍女たちが交互にぐんぐん距離を狭めてくる。二人の圧に負けまいと、雪樹は精一杯声を絞り出した。

「そ、それは……蓮様は人見知りだから! きっと美人が怖いんだよ! だから私みたいなちんちくりんがちょうどいいっていうか……。だって、ちんちくりんだから、雑に扱ってもいいって……。私、ちんちくりんだから……」

 ノープランで行った反論はどんどん卑屈になっていき、あれ? 本当にそうかも? と自らに暗示をかける結末になった。最後にはすっかり自虐に沈んだ哀れな雪樹を、桃と杏は取り囲み、抱き締める。

「セッちゃん! そんなことないよ! セッちゃんは明るくて、頭良くて、いい人だもん! 自分のこと、そんな風に言わないで!」
「あ、ありがとう、桃ちゃん、杏ちゃん! 私、強く生きるから!」

「ちんちくりん」と、最初に侮辱したのは誰だったか……。だが今やそんなことはどうでも良く、若き女主人と侍女たちはひしと抱き合っている。
 一歩離れたところに待機していたあやめは、大福かなにかのようにひとつに丸まっている雪樹たちを白々眺めた。

「ともかく……。後宮入りのいきさつからして、雪樹様にわだかまりがあるのは分かります……。いっそお礼状を建前に、思いの丈を文にして、陛下に訴えてみてはいかがでしょう」
「うん……」

 あやめのアドバイスを聞いて、雪樹はキリッと眉を吊り上げると、座卓の前に正座した。

「セッちゃん、頑張れ!」
「ファイト!」

 侍女たちの応援を背に筆を持ち、あやめたちが用意した淡い桃色の便箋になにごとかしたためる。
 ワクワクと、侍女たちは紙面を覗き込んだ。
 そこには――。

『蓮様のうんこたれ』

 一瞬の静寂ののち、室内には侍女たちの怒号が響き渡った。







 ――だって、怖い。蓮様の本心を聞くのが、本当は怖い……。

 どうして後宮に、引きずり込んだのか。
 どうして、抱くのか。
 理由なんてない。ただなんとなく。誰でも良かった。

 ――それとも実は、私のことが嫌いで……。傷つけてやろうと、明確な悪意を持って……。

 優しい幼馴染だと思っていた蓮の、急に変わってしまったその正体が分からない。だから変貌の理由として、ネガティブなことばかりが思い浮かぶ。
 そしてそれが真実だったら、どうなってしまうんだろう。立ち直れないのでは。
 蓮に激しく憤っている。と同時に、疎まれているのなら悲しい。
 矛盾した想いを、雪樹は抱えている――。
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