椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ

文字の大きさ
29 / 46
第5話 住めば都

5-7(完)

しおりを挟む



 全てが終わると、蓮は自分のみならず、雪樹の姿も整え始めた。
 きちんと衣服を着せて、乱れた髪も結い直し……。

「ちょ、い、いいですから……!」

 逃げようとしても押さえつけられ、懐から出した手ぬぐいでゴシゴシと恥ずかしい場所まで拭われる。度を越した親切かと思えば、蓮はニヤリと意地悪く笑っていた。からかわれているのだ。

「もう! やめてくださいってば!」
「おまえが本当に女かどうか、確かめている」

 人の体を散々好き放題しておいて、今更何を言っているのか。雪樹は眉を吊り上げた。

「そもそも蓮様、今まで男だと思っていた相手を、よくも手籠めにできたものですね!」
「実は俺は、男もイケる口なんだ」
「えっ……」

 思わず固まる雪樹の頭を、蓮は呆れたように軽く叩いた。

「そんなわけあるか。まあ、うまく説明できないんだが……。あのとき……おまえが女だと知った瞬間、全ての道筋が見えたというか……」
「道筋?」
「…………」

 考えを整理しようというのか、蓮は一旦黙り込んだ。
 雪樹は彼の言葉を待った。

「いくら仲が良くても、相手が男ならば、言える泣き言にも限りがある。共に過ごす時間も。だが、女ならば……。それこそ眠るときも、一緒にいられるだろう? ひとつになって丸まって、いつまでも、いつまでも」
「そ……」

 ――そんな可愛らしいことを言い出して……!

 無理矢理、後宮に閉じ込めたくせに。ずるい人、ひどい人。
 罵ってやりたいのに、喉を塞がれたように声が出ない。

「――俺はおまえと、一生、共にいたい」

 切れ長の目を更に細めて、蓮は微笑んだ。

「わ、私……!」

 私も。私は。
 どちらを言おうとしたのか。勢いだけが先行し、一歩踏み出した途端に、どろりと不快な感触が股間を這う。雪樹は硬直した。

「どうした?」

 訝んだ蓮も、俯いた雪樹の様子を見て、察したらしい。追い出すように、雪樹の尻をぺしんと叩いた。

「んん……。ええと、柘榴御所の浴場はいつでも入れるようになっている……。ほら、行って来い」
「ううっ……。お借りします……!」

 雪樹は顔を真っ赤にし、走り出した。
 入れ違うようにして、血相を変えた衛兵が階段を駆け下りてくる。

「陛下! 一大事です! 羽村 芭蕉が……!」
「――ようやく来たか」

 蓮は口元を綻ばせた。




 どうしてこう、愛の行為というのは生々しいのだろう。
 男と女がお星さまに祈るだけで、コウノトリが赤子を運んできてくれる――。そういったウツクシイ物語で済めばいいのに。
 雪樹は恥ずかしさに身悶えながらも、湯殿への道をひた走った。




 ~ 終 ~
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。 結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。 そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。 指定された日に会場である中学校へ行くと…。 *作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。 今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。 ご理解の程宜しくお願いします。 表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。 (エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております) こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。 *この作品は大山あかね名義で公開していた物です。 連載開始日 2019/10/15 本編完結日 2019/10/31 番外編完結日 2019/11/04 ベリーズカフェでも同時公開 その後 公開日2020/06/04 完結日 2020/06/15 *ベリーズカフェはR18仕様ではありません。 作品の無断転載はご遠慮ください。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣
恋愛
河合 芙佳(かわい ふうか・28歳)は 元恋人で上司の 橋本 勲(はしもと いさお・31歳)と 不毛な関係を3年も続けている。 元はと言えば、 芙佳が出向している半年の間に 勲が専務の娘の七海(ななみ・27歳)と 結婚していたのが発端だった。 高校時代の同級生で仲の良い同期の 山岸 應汰(やまぎし おうた・28歳)が、 そんな芙佳の恋愛事情を知った途端に 男友達のふりはやめると詰め寄って…。 どんなに好きでも先のない不毛な関係と、 自分だけを愛してくれる男友達との 同じ未来を望める関係。 芙佳はどちらを選ぶのか? “私にだって 幸せを求める権利くらいはあるはずだ”

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

処理中です...