【完結】Ωになりたくない僕には運命なんて必要ない!

なつか

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1. 未確定

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 病院の診察室で検査結果を手にする医師、高坂こうさかを前に、千歳ちとせは期待を胸に抱きながらその言葉を待っていた。

「数値は低いままだけど、やっぱりΩ因子はまだちょっと残ってるね」
「まただめかぁ」

 期待した結果でなかったことに千歳は大きなため息と共にがっくりとうなだれた。


 この世には男女二つの性に加え、三つの二次性と呼ばれるものがある。
 世界のヒエラルキーの頂点に立ち、容姿も頭脳も優れている社会的に地位が高い人の多いα。
 いわゆる普通の人で、人口で最も多いβ。
 そして、男女ともに妊娠可能なΩ。
 それらは十歳で受ける血液検査で確定し、本人に通知される。

 だが、その時千歳が受け取った通知は『要再検査』。
 その後、受けに行った再検査の場で告げられたのは衝撃的な事実だった。

 『現時点では確定できない』

 つまり千歳はβ因子とΩ因子の両方を持ち合わせており、現時点では限りなくβ性に近いが、今後のフェロモン値によってはΩとなる可能性がある、ということらしい。
 両親ともにβである千歳は、当然自分もβだと信じて疑わなかった。
 それなのに、なぜか自分の中にあるΩ因子。
 当時はよくわからなかったが、幼いなりにあまり知られてはいけないことだと思った。

 Ωとαはそれぞれのみが感知できる特殊なフェロモンを有している。
 特にΩ性は三カ月に一度ヒートと呼ばれる発情期が訪れ、その際に発するフェロモンにより、無自覚にαを誘惑する。その効力はあまりにも強烈で、Ωのフェロモンにαは決して逆らえないといわれるほどだ。
 過去には突発的なΩの発情による事故を防ぐために、Ωは隔離すべきという風潮もあったが、現在ではフェロモンを抑制する薬がかなり改良され、法律の整備や教育によってΩ性への差別意識も若年層ではほぼなくなり、社会的地位も向上している。
 それでも、やはりΩ性は生きにくいことが多い。
 “普通”であることを好む日本人は、α性への憧れはあっても、Ω性になりたい、という人はやはり少なかった。

 もちろん、千歳もその一人だ。
 だから、『きっとこのままなら、高校生くらいまでにはβ性に確定するよ』という医師の言葉を信じて、三カ月に一度の二次性検査を受け続けていたのだが。結局、高校三年生になった今もまだ『未確定』のまま。

 それでも千歳の中に確実に存在するΩ性は、中学3年生のころに初めてのヒートを迎えた。
 とは言っても、検査してようやく分かっただけで、ちょっと熱っぽいぐらいで普通に生活できていたし、何人かいるαの友人だって誰も反応しなかった。しかも、その熱すらも念のため飲んだ弱い抑制剤であっさりと下がったのだ。

 だから千歳は普段、βとして生活をしている。でも、やっぱりはっきりしないというのは気持ちのいいものではない。

「高校を卒業するまでには確定しますか……」
「う~ん、千歳くんの状態は本当に珍しいからね。何とも言えないけど、このまま数値が増えなければよっぽど大丈夫だと思うよ」
「今後急にΩ因子が増えることとかあります?」

 千歳としてはそれが一番怖い。このままβとして生きることが千歳の望みなのだ。

「そうだなぁ。運命のつがいに出会ったりしない限りは大丈夫だと思うよ」

 αとΩの間だけに成立する、“番”という関係性。番をもつΩは、番であるαにしか発情フェロモンが感知できなくなる。だからΩが安全かつ、社会的な生活を送るためには、番を作ることが最も良いとされていた。
 その中でも、出会った瞬間から強烈にひかれあうという“運命の番”というものが存在する。
 過去にはロマンティックな話として憧れの対象となっていたが、現代医学ではざっくりいうと、“遺伝子的に格別に相性がいい相手”だということがわかっている。
 “運命の番”相手では、抑制剤も効かず、目が合っただけでヒートが起こる、なんてまことしやかに囁かれているが、そもそも出会う確率が相当低い。ほとんど都市伝説レベル。千歳からしても物語の世界だ。

「じゃー大丈夫ですかね」
「そうだね。僕も今までに“運命の番”なんて、一組しか見たことないよ」

 高坂自身はβだが、医師として『Ω外来』を専門としており、Ω性の研究者として名を馳せている。その高坂が一組しか見たことないというのであれば、確率の低さにも信ぴょう性が増すというものだ。
 だから、千歳も信じていた。

 そんなことは自分には決して起きないと――。
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