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7. 運命はままならない
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新聞部の部室で累と湊が言い争いをしているころ、千歳は足早に自宅へ向かっていた。
累は膝が悪い。だから、猛ダッシュで追いかけてくるようなことはしないとは思うが、今日一日のことを思うと、油断はできない。
玄関をくぐる際、ついつい背後をきょろきょろと確認してしまったのは仕方がないことだと思う。
「いなかったな…。って、 よかった! いなくて、よかった!!」
ドアを閉めた後、ポロリと口からこぼれ出た言葉は安堵だ。決してそこに”落胆”は含まれていないと自分に言い聞かせ、二階にある自室に駆け込むと、ばったりとベッドに倒れこんだ。
窓から差し込む西日が眩しい。目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは今日、校庭で見かけた累の姿。他の生徒がトラックを周回する様子を累はストップウォッチ片手に眺めていた。
時折クラスメイトに声をかける姿に憂いは見えなかったが、実際はどうなのだろうか。窓から累の姿を見下ろしながら、授業中だというのに千歳はついそんなことを考えてしまっていた。
体育館で行ったインタビューで「バスケが本当に好きなんだね」と声をかけた時に見せたはにかんだ笑顔は本物だったと思う。
それならばきっと、思うように動けないことを本当は悔しく思っているんじゃないだろうか。もしそうだとしたら――。そんなふうに考えるだけで、なぜか気分が沈む。
累のことで千歳が胸を痛める必要なんてないはずなのに、どうしても心がざわついてしまう。でも、きっとこんなふうに思うのだって”運命”のせいで、千歳の本心ではないはずだ。
運命の強制力、とでも言うのか。理不尽とまで思うこの力に抗いたいと思っているのに、体だけじゃなく、心までままならなくなってきている気がする。千歳は無理やり他のことを考えるべくスマホを手に取った。
ここ最近、累のせいでさぼってしまっていた新聞部の活動もそろそろちゃんとしないといけない。
千歳が湊とともに所属する新聞部は、名前こそ”新聞部”をうたってはいるものの、実際はそのほとんどが学内のホームページに記事を上げることが主な活動だ。
記事の文章を書くことはもちろん、見出しや、掲載する写真とあわせたレイアウトも考えなければいけない。やることはたくさんある。
でも、記事を書くためにはもう一度累へ行ったインタビューの内容に触れなければいけない。そのせいでつい腰が重くなってしまっていた。
なかなか姿を見せてくれないやる気が湧いてくるのを待ちながら、無駄にネットニュースのサイトをスクロールしていく。
無機質な画面の向こうには今日もセンセーショナルな見出しが並ぶ。まるで千歳の悩みなど、道端に転がる小さな石のように取るに足らないものだと、言われているような錯覚に陥った。
湿気った空気を含んだ服が肌に張り付いて重くなった体がどんどん沈んでいく。気晴らしにならない画面を閉じようと指をのばしたとき、ポコンという軽い音と共に湊からメッセージが届いた。
『明日の朝、迎えに行くから』
その内容につい首をかしげる。
『どうして?』
率直な疑問をそのまま返すと、すぐに”既読”の文字が画面に浮かぶ。
『千歳が帰った後、あいつが部室に来た』
湊のいう”あいつ”なんて、一人しかいないだろう。そわりと浮き立つ心をぎゅうっと押し込めていると、千歳が返信を打ち込むよりも先に湊からのメッセージが届いた。
『心配だし、明日から送り迎えするわ』
湊は優しい人だ。
今でこそなくなったが、高校に入学した当初、千歳は周囲から遠巻きにされていた。
不躾な視線を投げかけられながら、ひそひそと噂話しをされるのは決して気持ちの良いものではない。
後から聞いたところによると、千歳の容姿から「αではないか」なんて噂話をされていたそうだが、当時の千歳は、こんなことで俯いてたまるかと肩ひじを張って席に着いたものだ。
でも、湊はそんな周囲の雰囲気を少しも気にする様子なく、優しく千歳に声をかけてくれた。
おかげでどれほどほっと肩の力を抜けたか、きっと湊は知らない。
それから偶然同じ部活にも入り、千歳は湊と二人でいることが自然と多くなっていった。
他に話す人がいないわけではないが、湊をつい頼りにしてしまっていることは否めない。クラス替えがない学校だったことの影響も大きいだろう。
昨日、今日の様子を見て千歳を心配してくれているのだとは思うが、そこまで湊の優しさに甘えるわけにはいかない。千歳は思ったまま返信を打ち込んだ。
『別にそこまでしなくてもいいよ、悪いし』
『俺は大丈夫。朝は八時くらい?』
『いやいや、本当に大丈夫だって!』
『俺がしたいの。じゃーそのくらいの時間に行くから。着いたら連絡するわ』
ポコンと最近人気のある猫のキャラクターが「おやすみ」と布団に潜るスタンプが画面に浮かぶ。どうやらこれでやり取りは終了らしい。湊にしてはずいぶんと一方的だ。
ため息をつきつつ、「でも、」と千歳は少し思案してみる。
湊は普段、自転車通学をしている。正確な家の場所は知らないが、途中まで一緒に帰ったこともあった。だから、進行方向が真逆ということはなく、朝に千歳の家へ寄ろうと思えば寄れるのだろう。
それに、もし明日も累が現れたとしたら――。盾にする様で申し訳ないが、 湊がいてくれた方が助かることは間違いない。現れなくても、「大丈夫だったね」と笑い話になるだけだ。
とにかく千歳は疲れていた。今までにない湊の強引さに若干の違和感を持ちつつも、「まぁいいか」と考えを放棄することにした。
そのせいで翌朝、今日よりもひどい目に合うことになるとは知る由もなく――。
累は膝が悪い。だから、猛ダッシュで追いかけてくるようなことはしないとは思うが、今日一日のことを思うと、油断はできない。
玄関をくぐる際、ついつい背後をきょろきょろと確認してしまったのは仕方がないことだと思う。
「いなかったな…。って、 よかった! いなくて、よかった!!」
ドアを閉めた後、ポロリと口からこぼれ出た言葉は安堵だ。決してそこに”落胆”は含まれていないと自分に言い聞かせ、二階にある自室に駆け込むと、ばったりとベッドに倒れこんだ。
窓から差し込む西日が眩しい。目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは今日、校庭で見かけた累の姿。他の生徒がトラックを周回する様子を累はストップウォッチ片手に眺めていた。
時折クラスメイトに声をかける姿に憂いは見えなかったが、実際はどうなのだろうか。窓から累の姿を見下ろしながら、授業中だというのに千歳はついそんなことを考えてしまっていた。
体育館で行ったインタビューで「バスケが本当に好きなんだね」と声をかけた時に見せたはにかんだ笑顔は本物だったと思う。
それならばきっと、思うように動けないことを本当は悔しく思っているんじゃないだろうか。もしそうだとしたら――。そんなふうに考えるだけで、なぜか気分が沈む。
累のことで千歳が胸を痛める必要なんてないはずなのに、どうしても心がざわついてしまう。でも、きっとこんなふうに思うのだって”運命”のせいで、千歳の本心ではないはずだ。
運命の強制力、とでも言うのか。理不尽とまで思うこの力に抗いたいと思っているのに、体だけじゃなく、心までままならなくなってきている気がする。千歳は無理やり他のことを考えるべくスマホを手に取った。
ここ最近、累のせいでさぼってしまっていた新聞部の活動もそろそろちゃんとしないといけない。
千歳が湊とともに所属する新聞部は、名前こそ”新聞部”をうたってはいるものの、実際はそのほとんどが学内のホームページに記事を上げることが主な活動だ。
記事の文章を書くことはもちろん、見出しや、掲載する写真とあわせたレイアウトも考えなければいけない。やることはたくさんある。
でも、記事を書くためにはもう一度累へ行ったインタビューの内容に触れなければいけない。そのせいでつい腰が重くなってしまっていた。
なかなか姿を見せてくれないやる気が湧いてくるのを待ちながら、無駄にネットニュースのサイトをスクロールしていく。
無機質な画面の向こうには今日もセンセーショナルな見出しが並ぶ。まるで千歳の悩みなど、道端に転がる小さな石のように取るに足らないものだと、言われているような錯覚に陥った。
湿気った空気を含んだ服が肌に張り付いて重くなった体がどんどん沈んでいく。気晴らしにならない画面を閉じようと指をのばしたとき、ポコンという軽い音と共に湊からメッセージが届いた。
『明日の朝、迎えに行くから』
その内容につい首をかしげる。
『どうして?』
率直な疑問をそのまま返すと、すぐに”既読”の文字が画面に浮かぶ。
『千歳が帰った後、あいつが部室に来た』
湊のいう”あいつ”なんて、一人しかいないだろう。そわりと浮き立つ心をぎゅうっと押し込めていると、千歳が返信を打ち込むよりも先に湊からのメッセージが届いた。
『心配だし、明日から送り迎えするわ』
湊は優しい人だ。
今でこそなくなったが、高校に入学した当初、千歳は周囲から遠巻きにされていた。
不躾な視線を投げかけられながら、ひそひそと噂話しをされるのは決して気持ちの良いものではない。
後から聞いたところによると、千歳の容姿から「αではないか」なんて噂話をされていたそうだが、当時の千歳は、こんなことで俯いてたまるかと肩ひじを張って席に着いたものだ。
でも、湊はそんな周囲の雰囲気を少しも気にする様子なく、優しく千歳に声をかけてくれた。
おかげでどれほどほっと肩の力を抜けたか、きっと湊は知らない。
それから偶然同じ部活にも入り、千歳は湊と二人でいることが自然と多くなっていった。
他に話す人がいないわけではないが、湊をつい頼りにしてしまっていることは否めない。クラス替えがない学校だったことの影響も大きいだろう。
昨日、今日の様子を見て千歳を心配してくれているのだとは思うが、そこまで湊の優しさに甘えるわけにはいかない。千歳は思ったまま返信を打ち込んだ。
『別にそこまでしなくてもいいよ、悪いし』
『俺は大丈夫。朝は八時くらい?』
『いやいや、本当に大丈夫だって!』
『俺がしたいの。じゃーそのくらいの時間に行くから。着いたら連絡するわ』
ポコンと最近人気のある猫のキャラクターが「おやすみ」と布団に潜るスタンプが画面に浮かぶ。どうやらこれでやり取りは終了らしい。湊にしてはずいぶんと一方的だ。
ため息をつきつつ、「でも、」と千歳は少し思案してみる。
湊は普段、自転車通学をしている。正確な家の場所は知らないが、途中まで一緒に帰ったこともあった。だから、進行方向が真逆ということはなく、朝に千歳の家へ寄ろうと思えば寄れるのだろう。
それに、もし明日も累が現れたとしたら――。盾にする様で申し訳ないが、 湊がいてくれた方が助かることは間違いない。現れなくても、「大丈夫だったね」と笑い話になるだけだ。
とにかく千歳は疲れていた。今までにない湊の強引さに若干の違和感を持ちつつも、「まぁいいか」と考えを放棄することにした。
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