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9. 運命との違い
しおりを挟む結局、校舎に入るまで続いた累と湊の言い争いは、一年生と三年生とで校舎が違うことにより、物理的に終わりを迎えた。
それでも千歳についてこようとした累を、引きずるようにして一年の校舎へと連れていってくれた累の友人には感謝しかない。
その時、横にいた湊が勝ち誇った顔をしていたのには少し呆れたが。それよりも、聞かなければいけないことがある。
「それで、どういうこと?」
そう湊へ尋ねることができたのは、昼放課に入ってからだった。
投げかけた声がとげとげしくなってしまったのは仕方がないことだと思う。だって、湊はこれまで自分のことを「βだ」と言っていたし、それを千歳は信じていた。
多分、他の同級生たちだってそう思っていたはず。だから、廊下を歩いているときに何度も二度見されたし、千歳の後に続いて湊が教室へと入った時に大きなざわめきが起こったのだ。
そんなふうに注目を浴びた状態では問いただすこともできない。普段は教室で食べているお弁当を部室に持ち込み、ようやく二人で話をすることができる状態になったというわけだが。昨日と同じように、千歳の教室へ突撃してきた累とひと悶着あったのは言うまでもない。
累に「二人っきりはだめ」と言われたとき、少しだけ心が揺れたことは事実だ。湊がαだとしたら、確かに二人っきりでいるのはよくない。でも、湊は千歳にとってかけがえのない友人だ。ちゃんと話がしたかった。
「ごめん、嘘ついてた。もうわかってると思うけど、俺はαだ」
察していたとしても、湊の言葉にずきりと胸が痛む。でも、俯きそうになる心をぐっと持ち上げて、正面に座る湊をまっすぐと見る。
湊が何の理由もなく嘘をつくとは思えない。これまで培ってきた信頼がそう告げていた。
「どうしてか、聞いてもいい?」
「うん。と言っても、家の事情もあるから理解してもらえるかはわからないんだけど……」
湊が話してくれたのは、「α家庭にはたまにあること」だという、庶民の千歳には縁遠い世界の話だった。
優秀であることを隠し、平凡なふりをすることで湊は自分を守ってきた。それを千歳が責めることなんて、できるはずがない。千歳だって、同じようなことをしているのだから。
でも、だからこそ思う。
「それなら、なんで急に……」
高校卒業まであと一年弱。まだ未成年であり、家から独り立ちするタイミングというには少し不可解だ。今、隠すことをやめるメリットがあるとは思えない。
千歳が思ったことを素直に尋ねてみれば、湊は困ったように笑った。
「あいつが……佐久間が千歳に近づいたから」
「えっ?」
きょとんと眼を丸める千歳を見る湊はなぜか少し寂しそうで、余計に戸惑いが膨らむ。
湊が千歳を心配してくれているのは分かる。でも、どうしてそのためにαであることを明かす必要があるのか、千歳にはさっぱりわからなかった。
「千歳はαが苦手だって言ってただろ?」
「う、うん」
「だから、本当はこれから先もずっと話すつもりはなかった。βとして、友達として、このまま仲良くしていければいいと思っていた。でも、」
湊が言葉を切り視線を下げる。二人の間には沈黙が落ちた。
ここへ来た時に明けておいた窓の外からは、すでにお昼を食べ終えたであろう生徒たちが校庭で遊ぶ楽しげな声が聞こえてくる。夏を目前にしたこの季節特有の湿った重い風が二人の間を通り過ぎ、湊が小さく息を吸う音がしんとした部室の中に響いた。
「言いたくなかったら、答えなくてもいいんだけど、」
「うん?」
「……その、千歳もβじゃないだろ?」
湊の伺うような視線に、千歳は息をのんだ。さっきまでは間違いなく、千歳が累と問いただす役だった。それが一気に逆を向く。
優しい湊は「答えなくてもいい」とは言ってくれたが、否定をしても肯定をしても、これまでの関係のままではいられないだろう。いや、湊がαであることを明かした時点でそれはもう崩壊している。
千歳はぐっと手を握りしめ、一度目を閉じた。
運命と出会ったことですべてが変わっていってしまう。その速度に未だに千歳はついていけていない。でも、その場で足踏みをしていても、時間は巻き戻らないし、待っていてもくれない。振り回されたまま自分の思う道を進めなくなるくらいなら、覚悟を決めて前に進むしかないのだ。
静かに目を開いた千歳は、乾いて張り付きそうになっている唇をゆっくりと動かした。
「僕の本当の二次性は今のところ『未確定』なんだ」
「未確定……初めて聞いた」
累と同じリアクションに、つい苦笑が漏れる。おそらく話を聞けばほとんどの人が同じ反応をするとは思うが、まさかこの短期間で二人もの人へ明かすことになるとは思ってもみなかった。
累に話をしたときにはそれほど必要なかった覚悟が今こんなにも重くのしかかっているのは、もう後戻りができないところまで来ていることに気が付いてしまったからだろうか。
「湊は僕の二次性のこと、どう思ってたの?」
「フェロモンの弱いΩなのかと思ってた」
「……”匂い”、したことある?」
「いや、ない。でも、なんというか……本能的な感覚だからはっきりとは言えないけど、βにはないものを感じる」
「そんな……」
今まで千歳は完璧にβのふりができていると思っていた。でも、αに本能的なところで違いを感じる力があるのなら、他にも気付いているαがいるかもしれない。顔を青ざめさせる千歳を見て、湊は慌てたように首を横に振った。
「他のαにはわからないと思う。俺はいわゆる上位種だからΩ性に敏感なんだよ。佐久間だってそうだろ?」
突然出てきた累の名に、ドキンっと千歳の心臓が大きくはねた。
確かに累も上位種だから、Ωのフェロモンに敏感だと言っていた。でも、それだけではない。やはり累は”運命”だから、湊にはわからない千歳のフェロモンを嗅ぎ取れるのだ。
気づいてしまった明確な違いに、千歳の胸がそわりと浮きあがる。喜ぶところなんかじゃない。自分の中のΩ性を叱咤しておく。
累が千歳の運命であることを湊に伝えたほうがいいのか、まだ判断ができない。だからまずは、湊の話を聞かなければ――。
「千歳?」
「あっ、うん。そうだね、佐久間も同じようなこと言ってた」
「だよな。だから、俺はβのふりをするのやめたんだ」
「僕がβじゃないって佐久間が気が付いたからってこと?」
頷く湊に、千歳は首をかしげる。湊の中ではつながっているらしいが、千歳の中ではつながらない。ふっと息を吐き出すように湊が笑った。
「千歳の隣に俺以外のαが立つのは……嫌だ」
「――っ!」
千歳を捉えた湊の眼差しには、今まで見たことがない熱が揺らめいていた。
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