おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr

文字の大きさ
2 / 47
前編

2.怪しい金銭感覚ではありません

しおりを挟む
「最後に、ここが俺の部屋だ。基本的には朝ここに集合して、その日の任務を確認するように」

 ぞろぞろと戻ってきた集団を一瞥して、レーネは大きく伸びをした。

 オルランドが新人四人に砦の中を案内している間、レーネたちが書類仕事を任されたわけだが、もちろんレーネの分はほとんど捗っていない。机の上にあった紙の山は、ほぼモリスが片付けてくれたようなものだ。レーネには書類仕事は向いていないし、モリスは細かいところまでよく気がつく。
 オルランドは適材適所という言葉を知らないか、わかっていて嫌がらせでもしてきているのだと思う。こちらがはいはいと大人しく事務作業をするような人間ではないのも、わかっているだろうに。

「他に何か聞きたいことは?」

 オルランドにちらりと見られたものの、レーネはしれっと無視して立ち上がった。飲み物の一つでも持ってこようかと思ったのだが、先に席を立っていたサンサが人数分を持ってきてくれているのが目に入る。サンサは気配りが上手い。それに甘えることにして、レーネは元の椅子に腰を下ろした。

「僕Subなんですけど、どなたかDomの方っていらっしゃいますか?」

 カップを受け取って口をつけたところで聞こえた、リィロンの率直な問いに目を向ける。
 答えるべきだろうか。

「リィロンくんとのPlayは僕が担当するよ」

 サンサが先に口を開いたので、レーネは大人しくお茶に集中した。正直なところ、ティノールト・ヴァリエに気を配りながらリィロンとPlayをして、なおかつ普段の仕事もいつも通りこなすなどという器用な真似、できる気がしない。レーネの両手に抱えられるものは、そんなに多くない。
 よろしくお願いしますとサンサに寄っていくリィロンを目で追い、次いでレーネはその他の三人に視線を移した。セシル・レスターシャは普段通り、フィルは驚き、ティノールト・ヴァリエは無反応、といったところか。

 魔術師団ではダイナミクスがあれこれ言われることはないが、騎士団ではDomばかりが厚遇されると聞いている。彼らの理論に従うと、Subは恐怖に呑まれやすい臆病者なのだそうだ。無論そういう側面がないとは言いきれないが、DomとSubの間にそれほど顕著な差はないだろうと思う。現に、魔術師団ではDomを怯えさせるような実力者のSubもいるわけだし。
 ただ、そういう集団の中で過ごせば、それが常識だと染まっていく。魔術師団で過ごせばダイナミクスなどどうでもよくなるし、騎士団で過ごせばSubだと明かすことは大きなリスクと捉えるようになるというわけだ。
 セシル・レスターシャもフィルも、それぞれが育った場所からすればわかりやすく素直な反応で、ティノールト・ヴァリエが何も反応していないように見せていることのほうが、違和感がある。

「サンサさん、Domなんですね」
「ううん、僕Switchなんだ」
「そうなんですか? 珍しいですね」

 魔術師団にいれば、その程度なのだ。ダイナミクスを隠すことも、ことさらあけっぴろげにする必要もない。ただあるがまま。騎士団や貴族社会にいた期間が長いほど、それに驚くことは多いだろう。

「じゃあ、この隊にDomの方っていないんですか」

 ティノールト・ヴァリエはSubであることを隠したいのか、あるいは隠すように徹底されているのか、どっちだろう。もう少し観察しようかと、レーネはカップをテーブルに置いた。

「僕はDomだよ」

 リィロンが少し驚いたような顔でこちらを振り返る。まあ、レーネほど覇気のないDomも珍しいかもしれない。それでも何回検査をしてもDomという判定は変わらなかったから、間違いはないはずだ。

「えっ、じゃあ何で……」

 リィロンと会話しつつ、ティノールト・ヴァリエの気配を探る。ほんの少し緊張している、だろうか。部屋割りのことはすでに伝えたのか、まだなのか、そういえば確認していなかった。ただ、ティノールト・ヴァリエが自分からSubであることを言い出すつもりはなさそうなのはわかる。

「僕、借金返済で忙しいから……ごめんね」
「しゃっきんへんさい……?」

 さらに面食らった様子の新人四人に苦笑しつつ、頷いておく。レーネが借金を背負っているというのは、嘘ではない。

「レーネくん、それだけだと君がすごく金銭感覚の危うい人間だって誤解しか残らないよ」

 後ろから肩を組まれて、隣に来たサンサに何度か目を瞬く。
 金銭感覚の危うい人間。生活費や研究費を除けば、魔術師団から支給されている給与はほぼ返済に回しているから、そこまで浪費家ではないと思う。何か賭博で負った借金ではないし、高いものならしばらく悩んでそれでも必要だと思ったときにしか買わないことにしているし、堅実と言ってもいいはずだ。

「レーネは、魔法学校の学費とか魔術師団に入るまでの養育費とか、そのあたりの返済をしてるだけで、変なことをする人間じゃないから……」

 金銭感覚に関してはしっかりしているつもりだと答えようとして、モリスが先に口を開いたので、レーネは大人しくしておいた。だいたいの場合において、レーネが何かしら回答しても、相手のほしい答えとは違うらしいので。
 モリスが四人に伝えると、彼らもどこかほっとした顔になる。

「僕、博打とかやらないよ」

 念のため追撃しておこうと付け加えたら、オルランドに後ろから髪をぐしゃぐしゃにされた。

「先にそれを言え、先に」
「痛いよ、オルランドくん」

 オルランドは力が強いから、じゃれ合うつもりでこちらを撫でてきたり、引き留めようと腕を掴まれたりしたときに、レーネにとっては痛いことがある。体格が違うので腕力差はどうしようもないのだが、こちらの身体が普通の騎士よりも貧弱なことは理解しておいてほしい。

「ああ、すまん」
「思ってないだろう、君」

 レーネの髪は癖っ毛なので、一度ぐしゃぐしゃになるとすぐ絡まってしまう。これを解くのは、痛いから嫌なのに。
 あとで湯につけてゆっくり解くか、今手で梳いて直すか。怖々髪を触るレーネのそばに、リィロンが寄ってくる。

「無理やりやったら痛いですよ、レーネさん」
「うん……」

 はた目から見ても、そんなにひどく絡まっているのか。自分で触った感触からも、なんだかまずそうな予感はしたが。
 じとりと見上げたレーネに、オルランドがようやく申し訳なさそうな顔をした。今さら気づくんじゃない。
 その怯んだ隙をついて、リィロンがずいっと前に出る。

「オルランド隊長、僕、櫛を取ってきたいんですけどいいですか」
「お、おう」

 一般的に言ってよくはない。職務中に櫛を取りに行く必要は全くないし、勤務が終わるまで待てばいいだけの話だ。
 しかしレーネの恨めしげな視線が効いたのか、オルランドが押されながら頷いた。リィロンが礼を言って出ていき、サンサとモリスがくすくす笑う。

「うちの隊長、弱いな」
「レーネくんには甘いもんね、オルランドくん」
「そっ……んなことはないだろう、たぶん……」

 オルランドの対応が自分に甘いかどうか知らないが、ぐしゃぐしゃ撫でられた頭は痛かったし、今から痛みに耐えながら髪を解かなければいけないと思うと憂鬱だ。

「知らないよ、馬鹿力の人なんて」

 サンサが持ってきてくれたお茶が冷めてしまった。魔法でもう一度温め直して、オルランドからそっぽを向く。戸惑っていたらしい残り三人も、顔を背けたり肩を震わせたりし始めたので、余計な緊張は取れただろう。

「わ、悪かった、機嫌直してくれ」
「どうせ明日哨戒任務があるからだろう」

 そこで正直に、何でわかった、みたいな顔をするのがオルランドのいいところ、といっていいのかわからないがまあ、かわいげのある部分だ。

「ちゃんと仕事はするよ、他は知らないけど」

 例えば明日、オルランドが何か得体のしれないものを踏んづけて泥だらけの地面に転んだとしても、それはレーネの与り知らぬところだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

痛いほど、抱きしめて

春於
BL
Dom/Subユニバース 東有希人(あずま ゆきと)は、演劇部に所属する高校三年生である。 親からの無償の愛を受けないまま育ち、そんな自分を大切に育ててくれた祖父母との死別を体験した有希人は舞台の上だけが自分の居場所だと思っていた。 しかし、高校三年生の春。普段と変わらぬ生活が始まると思った矢先に高校二年生の樋口叶人(ひぐち かなと)に告白される。その告白は断ったものの、それから毎日のように叶人にお世話され、構われるようになった。 有希人はそれにうんざりしながらも甘受する日々を送っていたが……。 ※重複投稿 全4話完結

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい

白妙スイ@1/9新刊発売
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。 ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。 秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。 戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。 ●八架 深都(はちか みと) 20歳、大学2年生 好奇心旺盛な性格 ●秋木 晴士(あきぎ せいじ) 26歳、小説家 重度の不眠症らしいが……? ※性的描写が含まれます 完結いたしました!

【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご
BL
同性の幼馴染である美也に「僕とケッコンしよう」と告げた過去を持つ志悠。しかし小学生の時に「男が男を好きになるなんておかしい」と言われ、いじめにあう。美也に迷惑をかけないように距離を置くことにした。高校は別々になるように家から離れたところを選んだが、同じ高校に進学してしまった。それでもどうにか距離を置こうとする志悠だったが、美也の所属するバレーボール部のマネージャーになってしまう。 部員とマネージャーの、すれ違いじれじれラブ。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...