おだやかDomは一途なSubの腕の中

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前編

21.ありたい場所

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 魔術師団の連絡手段である鳥は、前提として自分の魔力で鳥の形を作れる必要がある。作れないようなら一方的に連絡を受け取ることしかできず、返事をするとなると手紙を書くか、相手のもとに赴くしかない。いずれにせよ数日かかってしまう手段なので、鳥と比べた利便性はかなり低くなる。その代替になりそうな魔法は、いまだに確立されていない。
 魔法として鳥を作り出した魔術師は、作れない魔術師がいるなど考えもしなかったに違いない。

 手元にいる青い鳥の無音の連絡を眺め、レーネはため息とともにそれを消した。今まで何度となく通知されてきた内容だが、レーネの返答も毎回変わらない。

「……レーネさん?」

 扉の開いた音がしたかと思うと、ティノールトがそばに寄ってきた。レーネが窓辺に立っているのが珍しく、机のあたりに見当たらなかったので戸惑ったようだ。
 自然に背後に立って腰に手を添えられる距離感が、もしかして近すぎるのかもしれないと気づいたのはつい先日だ。レーネさんに近すぎないか、とティノールトがフィルにたしなめられていて、レーネは特に気に留めていなかったから少し驚いてしまった。

「鳥を見てただけ」
「鳥ですか?」
「魔術師団からの連絡のほう」

 納得した様子でティノールトが抱きしめてきて、すり、とレーネの頭に頬を寄せてきた。ティノールトがくっついているところが少し熱いくらいで、せっけんのにおいがする。風呂をすませてきたようだ。甘えられるのは構わないが、今は返事の鳥を送らなければならない。

 Kneelおすわり

 ぱっと手が離れて、レーネの足元に大きな体が座り込んだ。唐突なCommandのあとでも、不満ではなく信頼の眼差しを向けてくるのだから甘やかしたくなる。

 Good boyいい子、そのまま Stay待ってて
「はい」

 くしゃ、とティノールトの頭を撫でてから、レーネはゆっくりと魔力を練り始めた。
 魔力というのは特に色がついているものではないから、体の外に放出したところで目に見えるわけではない。しかし鳥を使うときには、だいたいの場合においてその魔術師特有の色の鳥ができあがる。
 レーネの場合は、いつかティノールトがレーネの髪の色を表現したように、ミルクティーのような色をした淡いベージュの鳥が現れる。野生にこういう色の鳥がいるのかどうか、レーネはよく知らない。

「返事ですか」

 レーネは鳥の連絡が来ても返事をしないことも多いし、どうかすると連絡があったことすら忘れてしまうときもある。きちんと返事をしようとしているのが、ティノールトにも珍しく見えたのだろう。

「うん。お断りしますって言うだけなんだけど、言っておかないとまずいから」

 でなければ、向こうの都合のいいように解釈されかねない。一応レーネの意思を尊重はしてくれるが、きちんと表示したときだけだ。当然といえば、当然だが。

 ベージュの鳥に返事も込めて、窓から飛び立たせる。大きさと丈夫さは比例しないが、あの小ささで王都まで飛んでいけるのだからすごい。メッセージの込め方も、言葉として鳥にしゃべらせることもできるし、手紙のように文字を表示させることもできる。鳥の魔法自体はすばらしい。
 いい子で待てたね、とまたティノールトを撫でると、気持ちよさそうに目を細めてレーネの足に体をすり寄せてくる。ここにきた当初の、Playすら遠慮していた姿からは想像もできない変わりようだ。

「断って、大丈夫なんですか」

 このままPlayをしておこうかと部屋に目を向けていたレーネに、気づかわしげな声がかけられた。視線を戻して、心配している様子の空色の目に柔らかく微笑んで答える。

「……異動が近くなると、王都に戻ってこいって毎年言われるんだ」
「レーネさん……王都の出身なんですか?」

 話していなかっただろうか。まあ、吹聴して回るものでもないからそうそう知られていることでもない。前回からそこまで時間も空いていないし、Playではなく対話にしておこうとレーネは気持ちを切り替えた。

 Comeおいで、ティノールトくん。今日はゆっくり話そう」
「はい」

 二段ベッドの下段に腰かけ、少し迷ったらしいティノールトに隣を叩いて促す。部屋の椅子に座っても構わないのだが、仕事机はあってもテーブルはないし、寛いで言葉を交わすのには向いていない。
 ティノールトがゆっくりと腰を下ろしたのに合わせてベッドがきしみ、レーネが座っていた場所がわずかに浮き上がる。感覚が面白くてくつくつと笑いを漏らしたレーネに、ティノールトが不思議そうに目を瞬いた。それも面白くて、Commandに従ったことを褒めるついでにティノールトを撫でておく。

 Good boyいい子、ちゃんと来られたね」
「……はい」

 Commandに従ったSubを褒めるのは、Domにとって当たり前のことだ。それなのにレーネが少し褒めるだけで嬉しそうに笑うティノールトは、今まで本当にDomに恵まれていなかったのではないかと思う。本人に無理に語らせることもないし、憶測でしかないものの、Domであるらしい父のヴァリエ伯爵本人と、後継ぎであろうDomの兄とはうまくいっていないのかもしれない。

「それで君の質問だけど……僕は北方地域の生まれで、まだ子どもの頃に王都に移った。それから魔法学校を卒業するまでは王都育ち。そのあとはずっとこの砦。これで答えになるかい?」

 レーネ自身はというと、折り合いの悪い家族というのはいない。そもそも、血縁関係のある人がもはやこの世にいない。当時はそのことにショックを受けている暇もなかったし、今のレーネは大人になりすぎていた。

「……北の生まれだったんですか」
「うん。寒いのは平気だけど、暑いのは苦手」

 寒いのも好きなわけではないが、夏ともなると日陰から出たくない。砦の石壁が気持ちよくてくっついていたら、セシルにかわいそうなものを見る目で見られてしまった。ティノールトの添い寝もなかなかきつかったのだが、ちょっと離れようとすると悲しそうな顔をするのに胸が痛んで、大人しく腕の中に納まっておいた。

「王都に、行ったのは……」
「魔物に襲われて、村が全滅したんだ。僕はたまたま生き延びて、魔術師団の人に拾われたんだよ」

 騎士団や魔術師団がいたり、北の砦があるといっても、人の住む場所すべてが常に守られているわけではない。優先されるのは王都や町のような、人がたくさんいる大きな場所だし、騎士や魔術師の人数は有限だ。
 レーネがいたのは北の砦からも、騎士と魔術師が常駐している比較的大きな村からもいくらか距離のある、小さな村だった。なぜそんな場所に村があったのか、今となっては知るすべもないが、Domだった誰かが人の下でやっていくことができず、開拓でもしたのではないかと思う。しかしいくら独立心があろうと、村の大人たちで作った自警団があろうと、普段より数の増えた魔物の群れに襲われればあっけなかった。
 まだ子どもだったレーネが戦うことはなかったが、避難した建物が崩れ、下敷きになってしまった。もうだめだとあきらめて意識を失ったものの、次に気がついたときには、見たこともない家でベッドに寝かされていた。

「起きたら王都にいたから、びっくりした」
「びっくり……ですか」

 怪我も治療されて、ぼろぼろの服を着ていたはずなのに肌触りのいい寝間着を着せられていた。起きたとき部屋には誰もいなくて、どうしようかと思ったところに入ってきたのが養父だった。

「そこから育ててもらって、魔法学校を卒業させてもらって、ずっと守ってもらってるわけにもいかないから、北の砦に来たんだ。そうしたら、毎年帰ってこいって言われる」

 王都にいたところで、魔法以外にはほとんどものを知らないレーネが役に立てるとは思えない。苦手ではあってもイダンはいい上司だと思うし、オルランドもサンサもモリスもいい人だ。北の砦の居心地がいいから、王都に戻りたいという気持ちも特にない。
 何より、養父はSubで、今はDomのパートナーがいてClaimもしているから、レーネがいたら邪魔なのではないだろうか。相手のDomとの関係も悪くないが、Claimしている二人の間に挟まる趣味はない。

「ティノールトくんのこと、聞いてもいいかい?」
「はい」

 ヴァリエ伯爵家は、家柄としては古くも新しくもなく、といったところだ。Domの父親と兄がいて、母親がNormalなので、父にはSubのパートナーもいる。ティノールトもDomであることを期待されていたが、検査の結果はSubだった。そこから父親とは徐々にうまくいかなくなり、兄には無茶なCommandを強いられたりGlareでねじ伏せられるようになった。

「士官学校に行って、いい成績を修めれば認めてもらえるかと思ったんですが……」

 体も成長し、士官学校を首席で卒業したが、父親との関係は変わらず、兄には以前にも増してきつい目を向けられるようになってしまった。気落ちして、士官学校を出たのだからと父に言われるまま騎士団に入り、示された辞令に従って北の砦に来た。

「すごいね。僕、学校の成績よくなかったよ」
「……こんなにすごいのに?」

 少なくとも、自分がすごい人間である、という意識はないので、レーネは首を横に振った。
 まあ、レーネのことはいいのだ。

「もっと教えて、ティノールトくんのこと」
「……はい」

 誰かに対してこんなに質問攻めにしたことはなかっただろうというくらい、レーネはいろんなことを聞いた。ティノールトは丁寧に答えてくれたし、話をするだけでこんなに楽しい相手がいるとは、思ってもみなかった。
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