おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr

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後編

28.立ち止まるのも、進むのも

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 普通は、二人並んで歩いているのだったら、何か話しながら歩くものではないかと思う。自分たちの足音や風の音、遠くで何かが鳴く声がほとんど、といった状態にはならないと思う。
 しかし何の話題も思いつかない。

 クリフと連れ立って歩いているものの会話がなさすぎて、レーネは気まずく過ごしていた。

「……レーネ」
「は、はいっ」

 思わず声が上擦ってしまった。
 そろりと顔を向けたレーネに対し、クリフは特に何か意識した様子もない。

「羊は見つかっているのか」
「あの、うん、あっちのほうに二頭で一緒にいて、結界で守ってるから大丈夫」
「そうか」

 すでに探知の魔法には引っかかっているし、生存も確認できている。魔物に食われることのないよう、羊を中心とした結界も張っている。骨折り損になることはない。
 だいたいの方向を指さすと、クリフは頷いてまた歩き始めた。会話がそこで途切れ、また無言で足を進めるしかなくなったのは、非常に気まずい。何か、何か話さないと。

「あの……魔法、使ってもいいかい」
「……なぜ私に許可を求める」

 不思議そうに言われて、レーネも首を傾げた。魔法をあまり使わないように、と言ってきたのはティノールトだったが、クリフも把握しているものと思っていたのだ。

「魔法、魔物倒す以外に使わないようにって、ティノールトくんに言われたから……」

 なるほど、というふうにクリフが頷き、周囲を見回す。まだ明るくて遠くがわからないほどではないが、じきに夕闇で見えなくなるだろう。

「何に使うんだ」
「えっと……探知と結界と弱いものへの攻撃はすでにしてて……浮遊を使おうと思ってる」
「浮遊?」

 クリフの目の前で、文字通り地面から少し浮いてみせる。空を自由自在に飛ぶまでには至っていないが、地面から浮いて移動するくらいなら、魔法で実現できるようになったのだ。空高く上がると、姿勢の制御や風への対処や、途端にやることが増えて難しくなってしまう。飛行するにはまだ工夫が必要だ。

「僕、歩くの早くないし……これなら、君の速度に合わせられる」

 実際、羊が隠れている場所にはまだ遠く、もうしばらく歩かなければいけない。レーネの場合、体力よりは魔力のほうがもつだろう。これでクリフを煩わせることも減る。
 そう思ってやってみせたのだが、クリフはまじまじとレーネを眺めただけだった。やはり自分で歩いたほうがいいだろうか。

「疲れないのか」

 やめておこうかと地面に下りようとしたところで尋ねられて、レーネは目を瞬いた。

「僕は魔力が多いから、当分大丈夫」
「そうか」

 それだけでまた歩き始めたクリフにぽけっとして、慌てて後を追う。大まかな方向は伝えているからか、クリフの歩みに迷いはない。ふわふわ浮かんだまま横についていくレーネにも、別段思うところもなさそうだ。あまりに気になって、レーネのほうから聞いてみる。

「ティノールトくんの言うこと聞いてないけど、いいのかい」
「今の任務は移動ではなく羊の捜索、及び確保だろう。それに利する魔法を止める必要があるか?」

 難しい物言いだが、羊探しに役立つなら止める気はない、という理解でいいだろう。厳格な人だと思っていたのだが、案外柔軟らしい。会話が少ないのも、もしかしたら、気にしないタイプなのかもしれない。

「……クリフさん」

 おそらくクリフのほうが年上ではあるので、念のため丁寧に呼びかけてみる。ちょっと複雑そうな顔をされた。

「……クリフでいい」

 オルランドもモリスもサンサも年上だったが、さん付けはいらないと言っていた。クリフも似たような気持ちなのだろうか。しかし、呼び捨てというのもよくない気がする。

「クリフくん?」
「……何だ」

 妥協しておくか、みたいなセリフが聞こえたような、そうでもないような。いや、顔に書いてあるというのはこのことかもしれない。
 まあ重要なのはそこではないし、ひとまず今後はクリフくんと呼ぶことにさせてもらって、今は別の話だ。

「クリフくんは、どうしてティノールトくんの補佐官になったの」

 レーネとリィロンは、北の砦でティノールトと同じ隊にいた、という接点がある。そこからリィロンとティノールトがどういう付き合いを続けていたのか、経緯はわからなくてもそのよしみだろうという推測はできるし、年も近いから不思議ではない。
 しかしクリフは、年はだいたいモリスと同じか、少なくともレーネよりは上だろう。ティノールトと同じ騎士とはいえ、接点の想像がつかない。ティノールトが北の砦を出たあと、どこかで同じ隊になったのだろうか。

「……先代のヴァリエ伯爵に世話になってな」
「先代?」
「ティノールト殿の、ご父君だ」

 クリフは王都の生まれだが、身分としては平民だったので、騎士学校で何かと貴族家の人間に絡まれて不自由していたそうだ。
 一方、ヴァリエ伯爵家は昔から騎士学校に寄付を続けており、ティノールトの父、先代ヴァリエ伯爵も度々見学という形で騎士学校を訪れていた。たまたまその視察の際に、クリフへの嫌がらせを先代伯が見とがめ、助けてくれたのが付き合いのきっかけだそうだ。
 それ以来なぜか気にかけてくれるようになり、在学中のみならず、騎士団に所属してからも懇意にしてもらったのだという。

「なぜあれほどよくしてくださったのかわからんが……」
「……君が困ってたから、だと思う」

 程度は人それぞれだが、相手の世話を焼きたいというのはDomの基本的な欲求だ。困っている人がいたら助けたくなるし、情が深いDomならそのあとも気にかけるだろう。
 ティノールトの父親と兄はDomだったはずで、それほど人を大事にできるDomだったなら、どうして子どものことを大事にしてくれなかったのか、と思わなくもない。

「何かできることがあればお役に立たせてほしい、とお伝えしていたんだが、受け取っていただけなくてな。ただ……いつだったか忘れたが、下の息子を頼む、と仰ったことがあった」

 優秀な子だが、Subとして生まれたばかりに苦労することがきっとある。もし困っていたら、できる範囲で構わないから助けてやってほしい、と何かの折に言われた。先代伯からの頼みごとらしきものは、たったそれだけだ。
 だからその一回きりの頼みをかなえるために、クリフのほうでもあれこれ努力したらしい。騎士団内で将軍の地位が高いのは当然だが、その補佐官になるのも狭き門なのだそうだ。

「……そっか……よかった」

 父親とうまくいっていなかった、とティノールトは言っていたが、大切には思われていたのかもしれない。それは、レーネにとってもうれしいことだ。
 そして、義理堅く彼についていてくれる騎士もいる。レーネにはできないことをいくつもこなせるクリフだから、安心だ。

「お前はどうなんだ」
「……僕?」

 うれしくなってほこほこと浮ついていたレーネに、クリフから質問が返される。

「そもそも、ティノールト殿とどういう関係なんだ?」
「……元、パートナー……?」

 北の砦にいたときは、パートナーだった。でも今はそうと言いきれないし、Claimもしていない。恋人でもないし、おそらくティノールトの意思で寮も同じ部屋だが、同じところで仕事をしている、ということしか、今は共通点にあげられないように思う。ティノールトからはありあまるほどの好意を寄せられているが、レーネはうまく受け止められていないし、返事もできていない。
 レーネの気にしているほんの小さなとげが、素直に答える気持ちを阻んでいる。

「今は違うのか」
「……僕、彼に置いていかれた、から」

 パートナーとしてうまくいっていたはずだったのに、異動が決まったことだけ告げられた。事前の相談はなかったし、レーネが北の砦に残ることはティノールトも知っているはずだった。レーネだって、残ることを事前に相談したわけではなかったから、それも悪かったのかもしれない。ティノールトだって、本当は嫌だったのかもしれない。
 それでも、置いていかれたという気持ちはなかったことにできないし、悲しかった気持ちもいつだって取り出せる。

「いい年して、いつまでもぐずぐずしてるのも、情けないとは思うけど」
「……年は関係ないだろう」

 思わぬ言葉に、レーネはぱっとクリフを見上げた。姿勢の制御が乱れてぐるりと一回転してしまい、クリフに変な顔をされたものの、言葉を続けてくれる。

「……そのとき何を感じて何を考えたかなど、本人にしかわからないんだ。年を理由にそれを恥じる必要も、封じる必要もない」

 ふわふわと浮き上がって、レーネは両手でクリフの頬を包んだ。近い、と文句こそ言われたが、榛色の目には、特にうそを言っている様子もない。

「僕……悲しいって思ってても、いいの」
「……悲しみをいつ手放すかは、本人が決めることだろう。抱えて立ち止まるのも、抱えたまま進むのも」

 頬に触れていた手を滑らせて、レーネはぎゅっとクリフに抱きついた。

「ありがとう、クリフくん」
「……何がだ。いや、そんなことより離れろ、レーネ」
「いやだ」
「いやだぁ?」

 べぇ、と羊の鳴く声が聞こえた。
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