おだやかDomは一途なSubの腕の中

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後編

32.第五王子

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 レーネは政治的なことには詳しくないし、貴族の顔一人一人を覚えているわけでもない。それでも将軍補佐官という役職にはついているので、ティノールトが貴族と話し合いを持つときには同席しなければいけない。息が詰まりそうでも、意図的にGlareを放ってくる無礼な相手でも、大人しく控えているのもまた仕事なのだ。
 そのGlareで体調を崩す可能性があるため、リィロンは部屋で待機ということになっていて、レーネももちろんそちらがよかったとしても、クリフと一緒に悠然と構えていなければならないのである。
 散々嫌味なやりとりを聞かされた議場を出てしばらく廊下を歩いたあと、レーネよりも先にティノールトが大きくため息を漏らした。

「お疲れさまでした」
「いや……すまない、俺の力不足だ」

 クリフの労いに苦笑して返し、ティノールトがもう一度ため息をつく。

 ほとんどが西方部族の独立地域と認められているとはいえ、西方に領地を持っている貴族がまったくいないわけではない。そして誰しも、魔物に襲われたくはない。自分の領地に騎士団を多く配置しろだの、便宜を図れだの、少しでも自分の利益が大きくなるようにと主張をくり広げる貴族との合議は疲れるものだ。国王同席で話し合われるため婉曲的な表現が使われるのも、真意がわかりづらく、レーネには大きなストレスだった。
 そして、疲れるのはティノールトも同じなのだろう。少し後ろを歩いていたもののどうにか元気づけたくて、レーネはティノールトの隣に寄り添った。

「レーネ?」
「戻ったらケアする……ますか」

 ティノールト相手だと、ついつい敬語を使うのを忘れておかしなことになる。片言で尋ねたレーネにふっと笑みをこぼして、ティノールトは柔らかくレーネを撫でた。

「ありがとう。そうしてくれると助かる」

 そうしてくれると助かる、だから、部屋に戻ったらティノールトのケアだ。レーネにできることがあるのは嬉しい。
 にこにこしてからはっと気づいて、そろそろとクリフを見やる。今のは気安い態度、だったかもしれない。しかしクリフの眉間のしわはいつも通りだし、口角の下がり具合も変わらなかった。今のレーネの行動は、特に問題なかったようだ。

 ほっと息をついてティノールトのそばを離れ、クリフの横に戻って大人しく歩く。
 ティノールトやクリフ、リィロン以外の人のいるところでは、あまり浮かないようにしなければならない。珍しい魔法を使うと貴族に目をつけられて、ティノールトが面倒ごとに巻き込まれるかもしれないとクリフに教えてもらったからだ。浮遊は特に難しい魔法ではないと思うのだが、少なくとも王宮には、使っている魔術師はいないらしい。

 王宮は難しいところだとぼんやり考えていたレーネは、突然クリフに引っ張られて転びかけた。何をするのかと聞く間もなく頭を下げさせられて、目を白黒させるしかない。
 そのままじっとしているうちに足音が近づいてきて、レーネたちの前に立った。

「合議か、ティノールト」
「はい」
「いいぞ、顔を上げても。お付きどもも許す」

 ティノールト、それからクリフが顔を上げた気配を確認してから、レーネもゆっくりと頭を上げた。四人の傍仕えを連れた子どもだ。だいたい、士官学校にそろそろ入学するくらいの年ごろだろうか。ただ、一瞬だけちらりと確認した顔が尊大な雰囲気だったので、レーネはすぐに目を伏せておいた。あまり関わり合いになると、ろくなことがないタイプだ。
 しかしそういう相手に限って、妙に絡んでくることがある。

「おい、お前、魔術師か」

 この場で魔術師、といわれるとレーネしかいない。おずおず視線を上げると思いのほか子どもが近くに寄ってきていて、ぎょっとする。

「僕が聞いてるんだ、答えろ」
「は、はい……僕は、魔術師です」

 無遠慮に伸びてきた子どもの手に顎を掴まれて、好き勝手に顔を眺められる。痛いし、怖い。

「筆頭魔術師様と似たような目の色だな……血縁か?」
「……いいえ」

 プルーメとは親子関係ではあるものの、血縁かと聞かれたら答えは否だ。そうか、と答えた声は急激にレーネに対する興味をなくしたようで、乱暴に手を離された。
 触れられていた顎のところが不快だ。それでも、子どもがいなくなるまではじっとしていなければいけないのはレーネにもわかるから、我慢して目を伏せ、大人しく立ち続ける。

「ティノールト」
「……第五王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 ティノールトが優雅に挨拶してみせたのが気に入ったのか、第五王子とやらが尊大に頷く。

「合議で貴族どもにGlareを浴びせられたんだろう? 体調が悪いんじゃないのか?」
「……お気遣い痛み入ります。業務に支障ございませんので、ご心配には及びません」

 丁重に一線を引こうとするティノールトにはらはらしつつも、ティノールトが第五王子に下ろうとしないのを見て、レーネは嬉しくなった。将軍という立場上、元帥である国王にティノールトが膝をつくのは仕方ないが、それ以外の誰にも、ティノールトには首を垂れてほしくない。
 しかし、第五王子はティノールトの服を掴んで引っ張り、無理やり頭を近づけさせた。

「いい加減僕のSubになったらどうだ。うるさい貴族どもも黙るぞ」

 至近距離でGlareも浴びせている。

「……心に決めた方がおりますので、ご遠慮申し上げます」

 あくまで冷静に断りの言葉を入れると、ティノールトはそっと第五王子の手を外した。体調が悪いところにあの距離でGlareを当てられて、大丈夫だろうか。顔色が悪いわけではないし、自分の足でしっかり立っているようだから問題はなさそうだが、でも、だめだ。

 レーネが、冷静でいられない。

 足元から徐々に、白い影が揺らめいて立ち昇り始める。空気がきらきらと輝いて見えるのは、廊下を照らしている灯りが氷に反射されるせいだ。ぱき、ぱき、と乾いた音が響き、レーネを中心に氷が床を侵食していく。

 魔力が、うまく制御できない。Glareはなんとか、我慢しているのに。

 音に気づいたらしいティノールトが振り返って目を見開き、すぐにレーネに近づいてきて抱き上げてくれる。

「申し訳ございません、部下が体調を崩したようですので……失礼いたします」

 ティノールトを傷つけたいわけではないのに、冷気を止められない。クリフに怒られてしまう。
 ばたばたいう音はなんだろう。とにかく周囲を冷やす力を止めないと、クリフも傷つくかもしれない。

 向きを、変えないと。

「閣下、何か温めるものが必要でしょうか」

 クリフの声がする。あたたかいもの。

「ティノ……ト、くん……」

 ティノールトにぎゅっとしてもらうのは、あたたかい。でも今は、冷たいものが体の表面から内側に、水が染み込むようにゆっくりと入ってくる。
 あたたかいほうが好きなのに、魔力が止まらなくて、冷たくて考えがまとまらなくて、寒いのは好きじゃないのに、どうしてだろう。

「レーネさん」

 声。あれは、好き。

「レーネさん」

 呼んでくれる声に従ってゆるゆると目を開けて、レーネはぼんやり前方を眺めた。

「……レーネさん」

 伸びてきた手がレーネの頬に触れる。あたたかい。もっと撫でてほしくて、硬くなってぎこちない首を動かし、頬をすり寄せる。どうしてこんなに動きにくいのか、よくわからない。頭がぼんやりしている。
 レーネの求めに応じて撫でてくれた手が、頭の後ろのほうに移動していく。そのままぐっと引き寄せられて、あたたかいものに触れる場所が多くなった。

「レーネさん……」
「……ノ、ルト、くん」

 ティノールトと触れているところが、少しずつ動かせるようになってきた。それと同時に、何があったのか何となく思い出す。

 第五王子がティノールトをパートナーにしようとしていたのがショックで、Glareを当てていたのが許せなくて、Defenceを起こしかけたのだ。おそらくは。しかし相手が王族なのはわかっていて、理性では必死に抑えようとして、魔力を暴走させてしまった。周囲を傷つけないためにその魔力も自分に向けたせいで、体の内側から冷えて凍りつくところだった、かもしれない。誰もけがをしなかっただろうか。

 落ちついて周囲を確認すると、執務室の横にあるあの小部屋のようだった。クリフもリィロンもおらず、ティノールトしかいない。

「レーネさん、大丈夫ですか、苦しいとか、痛いところとかありますか」

 ぽやぽやと状況を整理していたレーネに、ティノールトが焦った様子で質問を重ねてくる。緩慢に視線を動かして、空色の目が自分に向いていることに満ち足りた気持ちがあふれてきた。

「……ノルト、くん」
「はい」

 まだ少し動きにくい手でティノールトの服を掴んで、体を寄せる。

「Command使っても、いいかい」
「いくらでも」

 即答されたことにちょっと笑ってしまって、頭を撫でてくれる手の気持ちよさに目を瞑る。

Hugぎゅってして

 Commandに服従される喜びと、抱きしめてもらえる充足感で、体のこわばりが解けていくようだった。
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