おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr

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後編

35. かわいいうちの子に

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「それは、無防備に置いていて問題ないのか?」
「うーん?」

 問いかけるような声が聞こえて、レーネは曖昧に相槌を打った。覆いかぶさるように没頭していた魔道具から顔を上げると、クリフの視線がこちらに向いている。

「そっちの魔道具は、完成品ではないのか」
「ああ」

 時と場合による、のはもちろんそうだが、一般的に、魔術師団に申請する前の魔道具は秘匿されることが多い。同じような魔道具を開発している競合相手がいたら、壊されてしまう可能性があるからだ。それどころか、盗まれたうえに開発者を偽って申請されてしまうことさえある。自分の権利と、開発している魔道具自体を守るために、何かと秘密にしておいたほうが安全なのだ。

「いくつか魔法はかけてあるから、大丈夫だよ」
「……お前が大丈夫と言うなら、いいが」

 案外気にかけてくれているらしい。にこにこし始めたレーネに少し嫌そうな顔をして、クリフがぷいとそっぽを向く。ちょうどリィロンがお茶を持ってきてくれたので、レーネは少し休憩することにした。

 ティノールトとクリフは何やら書類とにらめっこ、全員にお茶を配り終わったリィロンは、机に戻って何か書き始めたところのようだ。とすると邪魔をしないように、レーネは静かにお茶をいただいていたほうがいい。
 ふうふうと冷まして口に運び、広がる香りに息をつくと、青い鳥が窓から入ってきた。まっすぐレーネの机まで飛んでくるとほどけるように姿が消え、一枚の紙切れになる。少し前に、レーネがプルーメに出していた鳥への返事のようだ。
 手紙を読み進めて小さく笑みを浮かべ、レーネはそのまま紙片を持ってティノールトの机に近づいた。

「ティノールトくん、少しだけいいかい」
「はい」

 二人があまりにぎこちなくなるせいか、四人だけのときは、レーネではなくティノールトが敬語になってもクリフは注意しなくなった。やれやれといった表情はされるが、ティノールトの普段の柔らかい口調が好きだから、レーネとしてはこちらのほうが嬉しい。

「都合のいい日で構わないんだけど……僕の父親に、会ってほしくて」

 Claimしたい相手ができたとプルーメに伝えたところ、一度会わせるようにと書かれていたのが先ほどの手紙である。他の書類の邪魔をしないようにそっと差し出すと、ティノールトはすぐに文面に目を通してくれた。

「今すぐ行きましょう」
「今すぐ!?」

 ただ、何かを決意したように答えたティノールトに、レーネのほうが驚いてしまった。
 プルーメの手紙にはいつでもおいでと書いてあったが、だからといって返事が届いてすぐに、というのは唐突すぎないだろうか。プルーメのほうもそういうことを気にするような人ではないが、それでも急に来たら驚くはずだ。

「あのですね、レーネさん」
「う、うん」

 ティノールトの手がくるりと手紙を翻して、プルーメの文字をレーネのほうに見せてくれる。

「怒ってますよ、これ」
「え……!?」

 人によって読める文面が変わる、ような魔法がかかっている様子はない。レーネが読んだ限りでは、Claimしたい相手ができたことを祝福してくれているし、どんな人か気になるから、二人で顔を見せに来てほしい、と書いてあるだけだと思うのだが、違うのだろうか。
 ティノールトから手紙を受け取って、もう一度自分で読んでみる。最初に読んだ印象と変わらない。クリフの机に近寄って、様子を見守ってくれていたらしいクリフに渡してみた。一読して、顔を上げてティノールトと視線を合わせ、頷き合っている。まさかと思ってリィロンにも見せると、レーネに気の毒そうな顔をしたあと、首を横に振られてしまった。

「えぇ……」

 そんなばかな、と手紙に視線を落とすレーネをよそに、残りの三人がばたばたと動き始める。

「こういうときのご挨拶の品ってどうすればいいんだ」
「珍しい食べ物とか美しい工芸品とか……?」
「どちらもすぐに用意できるものではないだろう」

 ティノールトが普段着るような制服は寮の部屋に置いてあるが、礼装は執務室に備えられている。式典で着るような服は装飾品も多く、一人では着られないからだ。
 しかし今日は特に式典はないはずなのに、ティノールトがさっさと着替え始める。さすがに勲章はいらないだろう、とクリフが止めて、装飾品は少なめに、しかしかっちりした軍服のティノールトが出来上がった。

「えぇっと……?」

 事態についていけていないレーネは置いてけぼりである。そこまできっちりした服を着ないといけないのだろうか。そもそも、今から行かないといけない事態なのか、うまく呑み込めていない。

「行きましょう、レーネさん」
「でも、え、ティノールトくん、仕事……」
「こちらで対応しておく」
「お任せください!」

 クリフとリィロンに快く送り出されてしまい、レーネはティノールトを離宮に連れていくしかなかった。近づくにつれて、なんとなくティノールトの顔色が悪くなってきた気がする。

「レーネさん、こっちって……離宮ですよね……?」
「うん」

 警備の騎士は、先日来たときと同じ人だった。にこやかに挨拶して、ティノールトともども通してもらう。庭の花々は相変わらずきれいに咲いていて、離宮全体がいい香りに包まれているようだ。

「プルーメさん」

 プルーメが庭に出ていて、レーネはふわりと浮き上がって抱きついた。初めは驚いた顔をしたプルーメが、レーネに気づいて笑みを浮かべ、体勢を整えて抱きしめてくれる。

「おかえり、レーネ」
「ただいま、プルーメさん。ティノールトくん連れてきた」

 その名前にぴくりと反応して、プルーメがレーネの後ろに目を向けた。同じようにレーネも振り返り、ティノールトが深々と頭を下げているのに気づいて目を丸くする。

「西方将軍」
「ご無沙汰しております、筆頭魔術師様」

 そういえばティノールトは、プルーメの手紙を見て怒っていると言っていた。魔術師が本気で怒っていたら、例えどんなに強くても、騎士などひとたまりもない。
 守らなければ、とティノールトのもとに戻ろうとしたレーネを、プルーメの手が止める。

「レーネは、いくつになっても僕のかわいい子なんだ」

 ティノールトは頭を上げないままだったが、プルーメの言葉を真剣に聞いているように見えた。二人の間で視線をうろうろさせるしかないレーネに微笑んで、プルーメが撫でてくれる。

 プルーメはいつも、レーネに優しい。怒られたことはほとんどないし、気づけばやんわりと方向修正されているようなことはあるが、嫌なことをされた記憶もない。
 手紙を読んだ最初の印象の通り、プルーメは怒っていないだろう。

「この子が悲しむようなことがあったら、怒るからね」
「はい……え……?」

 ティノールトが顔を上げたので、急いで飛んでいって抱きつく。レーネを抱きとめてもびくともしないティノールトにしっかりくっついて、レーネはプルーメを振り返った。

「怒ってない、よね?」
「レーネがヴァリエ将軍を大好きなのは知ってるからね、僕は怒らないよ」

 プルーメの言葉に微笑んで、レーネはもう一度、ぎゅっとティノールトを抱きしめた。肩透かしをくらったように呆けていたティノールトが、ゆっくりレーネを見下ろして、腕を回してくれる。

「お怒りだと、思っていたんですが……」
「プルーメさんは怒らない」
「あの手紙を気にしてるなら、文面を考えたのは僕じゃないしね」
「そうだな、俺だ」

 ティノールトのものではない声がすぐ近くで聞こえて、レーネの体がひょいと誰かに持ち上げられた。知っている人、だとは思うが、今いたい場所はティノールトのそばだ。

「放して」
「俺のかわいいレーたんに手ェ出しやがって」
「僕の話聞いて!」

 レーネのことを、この年になってもレーたんなどと呼ぶ人物は、一人しか思い当たらない。その一人が、純粋な腕力も強いうえに魔力も高く、おまけにレーネより高位のDomとあって厄介なのだ。

 もがくレーネに手を伸ばそうとしたティノールトが、乱入してきた男にはっとして、急いで膝をつく。

 そうだった。身分も高い男だった。こういうときは何と言えばいいのだったか。

「リオヴァス陛下、お戯れはおやめください」
「俺のレーたんが他人行儀……」

 そこでショックを受けているような状況ではないと思う。しかしこの調子だと、レーネの言うことを聞いてくれそうにない。

「ッ……リオおじさん! 放して!」

 いろいろ飲み込んでやけっぱちで叫んだレーネに、喜色満面といった顔で美丈夫が笑う。

「おう、いいぞ」

 きちんと足から下ろしてもらったものの、レーネは後ろを振り返ることなく、一目散にティノールトに飛びついた。ティノールトは当然のように受け止めてくれたものの、困惑した表情を隠せないでいる。

「レーネさん、あの……」

 何を聞けばいいのかわからない、といった様子で首を振って、ティノールトは地面に視線を落としてしまった。国王がいるとなれば、めったなことは口にできない、というのはレーネにもわかる。ティノールトが仕事を置いてきていることを聞かれても困るし、発言の許可を得ずにしゃべることすら問題視される場合もあるからだ。
 そもそも国王がこんな時間にこんなところにいていいのか、お互い様のような気もするが。

「はいはい、一度中に入ろうか。屋外で立ち尽くして話すようなことでもないからね」

 プルーメが間に入ってくれなければ、レーネにもどう収拾をつけていいかわからなかった。
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