おだやかDomは一途なSubの腕の中

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後編

46.君と僕は

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 ふっと意識が浮上して、レーネはゆっくりと目を開けた。横たわっている場所は柔らかい。ベッドだろうか。

「レーネさん……!」

 ティノールトの声が聞こえたので、ゆるゆるとそちらに視線だけ向ける。
 なんだか体が重い。

「すみません、レーネさん、大丈夫ですか? 動けますか? 辛い?」

 ぼんやりと何度か瞬きをして、起き上がろうとして、レーネは気づいた。
 全身だるいし重いしバキバキに痛い。

「……いたい」

 ようやく出した声もひどく掠れていて、理由がわからず戸惑う。
 動揺して視線をさまよわせるレーネにそっと手を伸ばしてきたものの、ティノールトが寸前で止めた。

「……触れても、いいですか」
Come来て

 触れるだけよりもそばに来てほしくて、Commandで呼び寄せる。戸惑った顔をしながらもベッドに入ってきてくれたティノールトに、レーネはずりずりとすり寄った。

Good boyいいこ、ティノールトくん」
「……よくないです。レーネさんの体が痛いのは、俺のせいです……」
「そうなのかい」

 昨日は本番をしていて、ティノールトの様子が変わったと思ったら激しく責め立てられて、レーネは途中から記憶がなかった。気絶してしまったのかもしれない。
 ただ、今は服を着ているし体も清められているようだから、ティノールトが後始末をしてくれたのだと思う。だるくて重くてバキバキに痛い体だが、不快感はない。

「ごめん、僕、途中から覚えてないんだけど……君は、満足できたかい」
「ッ、いえ、いや、あの」

 狼狽した様子で、言葉を探すようにティノールトが視線をさまよわせる。やはりレーネが途中で意識を失ってしまったから、物足りなかっただろうか。

「僕じゃだめだったかい」
「まさか!」

 想像もしなかった大きな声が返ってきて目を丸くしたレーネに、またティノールトが慌てる。

「っ、すみません、大声で……」

 そっとレーネに触れるティノールトの手はいつものように優しいし、レーネを気づかってくれているのが表情からもわかる。それにティノールトは、お世辞や社交辞令でレーネを言いくるめようとするタイプでもない。
 驚いて硬くなった体をふにゃりと緩めて、レーネはティノールトの胸元に収まりにいった。

「僕、君を気持ちよくできたかい」
「……夢のよう、でした」

 嬉しくなってすりすりと頬を寄せるレーネを、ティノールトが優しく撫でてくれる。押さえ込まれたまま何度も穿たれるしかできなかったが、ティノールトが喜んでくれたなら嬉しい。

「……あの、すみません、レーネさん……俺も、途中からその……ちょっと意識が飛んで……」
「え」

 ただ、思いもよらないことをティノールトが言い出して、レーネは驚いて顔を上げた。急に動いたせいであらぬところの痛みが増したが、あれだけ激しく動いていて意識が飛んだなどと、ティノールトの体調のほうが気にかかる。

「体、大丈夫かい、具合悪くないかい」
「大丈夫です、具合が悪くてそうなったわけではなくて」

 ティノールトがレーネを落ちつかせるように抱きしめて、背中を撫でてくれる。具合が悪いなら教えてほしいが、隠そうとしているわけではなさそうだ。

「……いつもはなんとか耐えきれていたんですが……昨日はさすがに、我慢できずにスペースに入ってしまって……」
「……我慢?」

 Subがスペースに入るのは、Domを完全に信頼しきって、すべてをDomに預けている証だ。パートナー関係にあってもSubがスペースに入らない、入れないのだとしたら、まだ完全な信頼関係が構築できているわけではない、ということになる。
 ティノールトが、レーネのCommandやPlayの最中に幸せそうな様子は見せてくれてもスペースに入らないのは、レーネが頼りないせいかもしれない、と少し不安だったのに。我慢していたというのは、レーネ相手ではスペースに入りたくなかったということだろう。
 くしゃっと顔を歪めたレーネに気づいたのかどうか、ティノールトがレーネを抱きしめる腕の力を強くする。

「今だって、俺はレーネさんのことしか考えていないのに……スペースに入ったら何をするかわからなくて、手加減できずにレーネさんを傷つけたら、どうしようと思ってたのに……」

 何かを悔いているような声に、ぼろぼろとあふれそうだった涙がぽろぽろくらいの量に変わる。ティノールトのことになると、レーネは簡単に涙が出せるようなのだが、止めるのは簡単ではないらしい。

「……スペース、嫌……?」

 そうっと小さな声で聞いてみると、ティノールトにばっと顔を覗き込まれた。ぎょっとしたように目を見張ってから、レーネの目元にそっと指を添えて涙を拭ってくれる。

「嫌ではないです。許されるなら……何回でも、入りたい、です」
「……僕、だめなんて言わない」

 Subがスペースに入るというのはDomにとっても至福の行為であって、レーネが止めるわけもない。ティノールトがレーネにすべてを預けてくれるのなら嬉しいし、ティノールトがレーネだけを見てくれるなら、きっと満たされる。
 ぐずるように言ったレーネに困った顔をして、ティノールトが頬を撫でてくる。

「……今回、スペースに入って、気づいたらレーネさんが俺の下でぐちゃぐちゃになってて……ぞっとしたんです、自分自身に」

 スペースに入っているSubは、Domのことしか見えていないし、Domの声しか聞こえない。

 だからレーネの声が聞こえなくなって、ふいにティノールトも現実に引き戻された。おそるおそるレーネを見れば、顔は涙とよだれでぐちゃぐちゃで、体にはレーネのものかティノールトのものかわからない精液がこびりついた状態でぐったりとしている。慌てて自身を引き抜くとすぐに体内から白い液体がどぷりとあふれ出して、腹はわずかに膨らんでいるようにさえ見えた。意識が戻ったときにのしかかっていたのだから、おそらく、その体勢で何時間もレーネを責め立てていたに違いない。
 StopのCommandは聞こえなかったからレーネは止めないでいてくれたのだろうが、大切な人が気を失うまで行為に溺れていた自分自身に、嫌悪と恐怖しかなかった。

「……Dropしたら、レーネさんをあの状態で投げ出すことになるので、そこは踏みとどまりましたが」

 Subがスペースに入っている間は、Domだけが唯一の灯火だ。その灯火がきちんと温かく包んでやらなければ、Subは暗く冷たい世界にDropしてしまう。レーネがケアできなかったのは失態だ。

「ごめん、ケアしてあげられなかった」
「いえ……俺が、悪いので……」

 気落ちしているティノールトに手を伸ばし、何度も撫でてやる。大好きなティノールトが落ち込んでいると、レーネも悲しい。

「ノルトくん」

 ぴく、とティノールトが反応して、レーネをじっと見つめてくる。だるい体をずりずりと動かして、レーネは触れるだけのキスをくり返した。

「僕は、君が僕を求めてくれるの、うれしい」
「……でも、俺が」
Stopだめ

 ティノールトの唇に指を押し当てて、自分を責めようとするのをやめさせる。
 失敗したとしても、次のときに間違えなければいいだけだ。

「僕も、君も、スペースに入ったの初めてだったから、うまくできなかっただけ。たくさん経験したら、うまくできるようになる」

 Domであるレーネには体験できないことだが、Subがスペースに入るととても幸せな気持ちになる、ということは知っている。レーネのせいでティノールトが幸せを手放すことになるのは嫌だ。ティノールトに、スペースに入るのを我慢してほしくない。

「僕が君を受け入れるのだって、たくさん練習しただろう。だから、我慢しないでほしい」
「レーネさん……」

 ティノールトが、ぎゅっとレーネを抱きしめてくる。少しは気持ちが落ちついただろうか。腕もまとめて抱きしめられてしまって、すがりつくような体を撫でてやることができないから、すりすりと頭をすりつけておく。多少は気持ちが伝わるだろう。

「好きです、レーネさん……好きです……」
「うん、僕も」

 ティノールトを好きな気持ちは、ちゃんと目を見て伝えたい。少し身じろいで腕を緩めてもらい、手を伸ばしてティノールトの頬を包んで、にっこりと笑う。

「大好き」
「ッ」

 途端にまた抱え込まれてしまった。何かいけないことでもしてしまったのかと思ったが、レーネを抱えているティノールトの鼓動がずいぶんと速い。不快なときにはどきどきしない、と思うから、間違えたわけではなさそうだ。

「ノルトくん?」
「……レーネさん、Glare出して好きって言うの、だめです……」
「僕、Glare出してたかい?」

 無意識だった。ぱちぱちと瞬きして目元を撫で、もう一度ティノールトに目を向ける。

「どうだい」
「治まって、ます」

 ティノールトの腕が緩んで、ほっとした顔を見せてくれる。むやみにGlareをあてられたらティノールトも困るだろうし、気をつけなければいけない。
 しかし無意識のうちにGlareを放ってしまっているとなると、レーネが一人で制御するのは難しそうだ。プルーメやリオヴァスに相談してみたほうがいいかもしれない。

「昨日、も」

 どうしたものか、と考え出したレーネの耳にティノールトの声がして、視線を戻す。空色の瞳が、少し弱々しい。

「昨日も、Glare、と、大好きと言っていただいて……スペースに入ってしまったので……」

 つまり、レーネが温かい気持ちまで伝えたくて感情を込めると、無意識にGlareを出してしまうということだろうか。ちょっと厄介だ。

「……ごめん」
「すみません、本当は嬉しいです……でも、何の準備もなくスペースに入ったら、また……」

 傷つけたくない、とレーネを抱きしめて背中を撫でるティノールトに、レーネもそっと腕を回した。ティノールトがレーネを大事にしてくれるのが嬉しいから、きちんとそれに応えたい。

「僕は、スペースに入った君を守れるようにする」

 宣言するように口にして、レーネはにっこりと微笑んだ。きょとんとした顔でレーネを見つめているティノールトはかわいいし、そうでなくてもいつだってかわいい。大事な、レーネのかわいいSubだ。

「あと、君の目を見て好きって伝えたいから、練習する」

 ティノールトが軽く目を見張ってから、じわじわと表情を緩めて、こくりとうなずいてくれた。ティノールトが喜んでくれれば、レーネの胸も温かくなる。

「二人で、がんばろうね、ノルトくん」
「はい……二人で」

 ティノールトのCollarに収まる石が、ころりと光って見えた。
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