4 / 35
異世界転移。そしてお風呂
しおりを挟む
「その前に、もう一度確かめておきたいのですが」
レムネアは俺から目を逸らしながらいった。
「エルディラント王国は、この世界に存在しないのですね?」
「しない」
ネットでも入念に調べたけど、それらしい情報はなかった。
伝説の類としても存在しない。
「そうですか……。では、ああ。なるほど……」
彼女に慌てている素振りはない。
つまり彼女はある程度、いまの状況を理解しているのだろう。
狼狽ではなく、その表情から見えるのはどちらかと言えば諦観だ。
彼女の長い耳が、力なくしなだれている。
「C級ダンジョンでの、簡単な仕事のはずだったんです」
冒険者ギルドから仕事を受けた彼女の所属する冒険者パーティーは、しかしダンジョンの中で、突然の強敵に遭遇した。
下手すればパーティーが全滅という強い魔物だったという。
「私は囮役を買って出ました。その隙に皆に迎撃の態勢を取って貰おうと。ですが」
パーティーメンバーがその隙に選択した行動は、逃亡だった。
俺は思わず聞き返す。
「見捨てられたってこと?」
「そうなりますね」
「キミは自ら囮役を買って出たのに?」
「……戦っても勝てるかわからない魔物です、全滅する危険を冒すくらいなら一人を犠牲にした隙に逃げるというのは手だとも言えます」
いやそれにしたって、だよ。
「ないわー。ろくでもない話すぎるだろ」
「仕方ありません、私は一番の足手まといでしたから。呪文使いとさっきは見栄を張りましたが、実際のところほとんど攻撃魔法を使えないのです」
「攻撃魔法?」
「そうです、敵を倒すための魔法です。私は生活系のちょっとした便利魔法が使えて、少し空が飛べる程度なのです。戦闘では役立たず、雑用係としてパーティーに置いといて貰っていたようなものなんです」
自嘲気味に目を逸らすレムネアだった。
――だとしても、仲間に見捨てられて良い話にはならないよな。
「それは……なんというか大変だったな。つらかったろ」
「別に、つらくなど……」
目を逸らしたまま、消え入るような声で呟く彼女。
つらくないわけないと思うのだ。
とはいえ、なんの事情も知らない俺がこれ以上踏み込むのは難しい。
「まあ、うまく回らないことってあるよな」
俺も会社で新人だった頃に、先輩に見捨てられたことがあったっけ。
なんのことはない。
仕事のミスを押し付けられて、上司に俺が怒られただけの話ではあるんだけど。
その程度のことだと、今なら言える。
だけどその程度のことが、当時の俺の心を深く傷つけた。
俺はその頃、『目上の人は皆、人間が出来ているという意味で大人なのだろう』と思っていたからだ。
考えてみれば、そんなことあるはずなかったわけなのだけど。
要は頭がお花畑だったわけさ。
現実ってのは厳しい。
皆が皆、自分の得を追って生きているのだ。自分の利を求めて行動している。
ああ。イヤなことを思い出してしまったな。
レムネアに少しづつ感情移入していく自分を感じるのだが、うまく言葉が出てこない。
「いや、その……。俺も正直、なんて言っていいのか」
「そうやって気を遣ってくださるだけで十分です。全ては私が落ちこぼれだったから悪いのですし」
彼女はまた、諦めたような顔で笑う。
難しいな。彼女の諦観は、俺がなにか言ったくらいで変えることはできまい。
「脱線してしまいました、その先の話をしましょう。私がこちらの世界に転移してしまった理由である出来事は、この後に起こります」
ああそうだ。その話を聞いていたんだった。
ハードな彼女の身の上を聞いて、すっかり忘れるところだった。
レムネアは続ける。
「結論から言うと、魔物から逃げてる最中にダンジョン内でテレポートトラップを見つけたのです」
このままでは確実に死ぬ。
そう悟った彼女は、一か八かに掛けたという。
テレポートトラップに魔法を重ねることで、このダンジョン内でないどこか遠くへ転移できるように。
「それはどうなるかわからぬ博打だったのですけどね。その結果が、今というわけです」
「つまり魔法がイレギュラーな発動をして、レムネアはこの世界に飛ばされてしまったというわけか?」
「はい、たぶん」
明確な理由は、彼女自身もわかっていないようだ。
なにかの不具合、と言うだけだった。
「それじゃ、元の世界に帰ることは……」
「難しい、でしょうね」
どんな顔をしていいのかわからずに、俺は話題を変えた。
「なんというか……大変だったことはわかった。この先、どうするつもりなんだ?」
「幸いこの地は気候が温暖なようです。良ければ一晩、軒先を貸して頂けませんでしょうか」
「それくらいは構わないが、その先の話だよ」
「この世界で、また冒険者をやって生きていこうと思います」
明るい声で、笑顔さえ見せながらレムネアは言った。
あんな裏切り方をされたのに、か。
他の生き方を知らないのかもしれないな。不器用なのかもしれない。
「まずは王都にでも行ってギルドに登録したいのですが……」
と言う彼女の言葉に、俺は首を振った。
「都会はあるけど、王都なんてものはないぞ」
「え、王都がない? 王さまはどちらに?」
「王さまなんていないけど」
「……もしかしてこの『日本』という国は共和国なのでしょうか。進んでいるのですね」
日本は象徴天皇制、言わば君主制と共和制の中間的な国だ。
ややこしくなるからこれは置いといて、もっと大事なことを伝えないとな。
「というかそもそも冒険者ギルドなんてものが存在しないよ」
「え! ではどうやって民衆は魔物から身を守っているのでしょう? 国の軍隊がそんなに強いとか?」
あ、なんかこっちも説明大変そう。
俺は苦笑した。
「魔物が居ないんだよ。確かに人同士の争いや犯罪は、国家が取り締まっているけど」
掻い摘んで俺は話した。
この世界、少なくともこの国に冒険者は要らないのだ、ということを。
「ななな、なんという……!」
よろよろ、と力なく揺れるレムネア。
「じゃ、じゃあ私はどうすれば……。冒険者以外など、やったことがありません。稼ぐ当てがないということになってしまいます」
ペタン、と畳に座り込んでしまった彼女に、俺は頭を掻いた。
「最悪、行政が面倒を見てくれるとは思うのだけど……」
不法入国した外国人と同じ扱いにでもなるのだろうか。
いや、彼女は魔法なんかも使えるし、もっと大騒ぎになるのかもな。
「まあ、後のことは後だ。とりあえず今晩はウチに泊まっていくといい。色々あって疲れたろ? お風呂を沸かしてあるんだけど、先に疲れを流したらどうだ」
「え! お風呂があるのですか!? どこにでしょう!」
「ん、ウチにあるけど」
「ななな、なんと!?」
なんか凄い驚かれた。
ああそうか、中世世界では風呂なんか珍しいのだろう。アニメぽいファンタジー世界だったとしても、大抵風呂は高級施設だ。
「よ、よもや、ヤマシナケイスケさんは大金持ち……?」
「あーいや。この日本では風呂は一家に一つ、だいたい常設されているんだ。決してウチが特別なわけじゃないよ」
レムネアは驚愕。その表情に稲妻奔る。
「ど、どういう国なのですか。日本、恐るべしです……!」
真剣な顔が、ちょっと面白い。
子供みたいな反応で楽しいな。俺は彼女を風呂場へと案内した。
「恐るべし日本!」
「それはもういいから」
古い家だけど、風呂は結構新しくて立派なんだよね。
広くてヒノキで出来た風呂場。予約しておけば時間でお湯を入れておいてくれたり、結構オートマチックだ。
とはいえヒノキは管理が大変だから気をつけてな、と祖父は言ってたっけ。
「じゃ、着替えここに置いておくから。男物のシャツとズボンだけど、我慢しといてくれ」
「申し訳ありません、お世話になりますヤマシナケイスケさん」
「ところでえっと、その『ヤマシナケイスケ』ってのどうにかしない? 山科は性で名前が啓介だから、ケースケと呼んで貰えたら嬉しい」
「なんと家名持ちだったのですか!? これはご無礼致しました!」
そう改まられても困る。
この国では家名を持つのが普通で、ほぼ全ての国民が氏を持つのだ。
これを理解してもらうのには、少々時間が掛かった。
彼女は『なんという進んだ国家なのでしょう』と驚いていたようだが、生まれたときからこれが普通だったので、あまりピンとこない。
「まあ、ゆっくり疲れを洗い流してくれ」
ざっとお風呂の使い方や石鹸などを教えて、俺は脱衣所を後にした。
居間に戻り食事の後片づけを始める。
刺身はなかなか好評だったな。次は鮭でも焼いてやるか、日本人といえば鮭。皮がうまいんだアレは。
なんて、台所で皿を水に浸けた矢先。
「きゃあぁぁあーーっ!」
風呂場からレムネアの悲鳴が聞こえてきた。
な、なんだ!? 慌てて風呂場に向かう俺。
「ああーっ! きゃあーっ!」
「どうしたレムネア! 大丈夫か!?」
「お湯が! お湯が!」
風呂場に飛び込むと、シャワーの持ち手がお湯の勢いでのたうっていた。
熱い湯が弾けて引っ掛けられたレムネアの肌を赤くしてる。
「急に勢い最大でお湯出したな!?」
アチ、アチ! しかも温度が最高温だ。
俺はお湯を避けながら暴れるシャワーの持ち手を掴む。
とりあえずお湯の温度を下げて、事なきを得た。
「と、突然お湯が襲ってきて!」
「雑に力いっぱい蛇口を回しただろ? そりゃあ勢いでシャワーも暴れるに決まってる」
呆れた気持ちで、ふいとレムネアの方を見た俺はそこで固まってしまった。
お湯で赤くなった彼女の白い肌が、目に飛び込んでくる。
裸だ。レムネアは裸だった。いや当たり前か! 悲鳴が聞こえたからといって飛び込んでいった俺が拙い。
「どうしました、ケースケ?」
「いや! どうしたって、裸! キミ裸じゃん!?」
「え?」
俺は視線を逸らしたが、自分の身体を見たレムネアが固まったのがわかる。
「いやあぁぁあーーっ!」
「すまん! 悪気はなかったんだ、俺はキミを助けようとして!」
「出てってください、出てってー!」
「すまんて!」
風呂場から追い出された俺は頭を振った。
目に焼き付いてしまったレムネアの白い肌を、その勢いで頭から振り落としていく。
いかんいかん。俺が迂闊すぎた。
脱衣所の外で、軽く歯を食いしばって反省。
すると、中からレムネアの声が聞こえてきた。
「いえ……申し訳ありません。私の身を案じて飛んできてくれたことはわかってるんです」
「俺が全面的に悪かったよ。ホントごめん」
「これは事故、そう事故ですね。お互い忘れましょう、忘れてくださいますと助かります」
「忘れる、うん忘れるから! ゆっくり湯浴みしてきてくれ」
逃げるように台所に走り込み、食器洗いに戻る俺。
あー、焦った。
やっぱり年頃の女性が家に居ると大変だ。
俺はもう一度大きく頭を振って、ふぅ、と大きく息を吐いたのだった。
レムネアは俺から目を逸らしながらいった。
「エルディラント王国は、この世界に存在しないのですね?」
「しない」
ネットでも入念に調べたけど、それらしい情報はなかった。
伝説の類としても存在しない。
「そうですか……。では、ああ。なるほど……」
彼女に慌てている素振りはない。
つまり彼女はある程度、いまの状況を理解しているのだろう。
狼狽ではなく、その表情から見えるのはどちらかと言えば諦観だ。
彼女の長い耳が、力なくしなだれている。
「C級ダンジョンでの、簡単な仕事のはずだったんです」
冒険者ギルドから仕事を受けた彼女の所属する冒険者パーティーは、しかしダンジョンの中で、突然の強敵に遭遇した。
下手すればパーティーが全滅という強い魔物だったという。
「私は囮役を買って出ました。その隙に皆に迎撃の態勢を取って貰おうと。ですが」
パーティーメンバーがその隙に選択した行動は、逃亡だった。
俺は思わず聞き返す。
「見捨てられたってこと?」
「そうなりますね」
「キミは自ら囮役を買って出たのに?」
「……戦っても勝てるかわからない魔物です、全滅する危険を冒すくらいなら一人を犠牲にした隙に逃げるというのは手だとも言えます」
いやそれにしたって、だよ。
「ないわー。ろくでもない話すぎるだろ」
「仕方ありません、私は一番の足手まといでしたから。呪文使いとさっきは見栄を張りましたが、実際のところほとんど攻撃魔法を使えないのです」
「攻撃魔法?」
「そうです、敵を倒すための魔法です。私は生活系のちょっとした便利魔法が使えて、少し空が飛べる程度なのです。戦闘では役立たず、雑用係としてパーティーに置いといて貰っていたようなものなんです」
自嘲気味に目を逸らすレムネアだった。
――だとしても、仲間に見捨てられて良い話にはならないよな。
「それは……なんというか大変だったな。つらかったろ」
「別に、つらくなど……」
目を逸らしたまま、消え入るような声で呟く彼女。
つらくないわけないと思うのだ。
とはいえ、なんの事情も知らない俺がこれ以上踏み込むのは難しい。
「まあ、うまく回らないことってあるよな」
俺も会社で新人だった頃に、先輩に見捨てられたことがあったっけ。
なんのことはない。
仕事のミスを押し付けられて、上司に俺が怒られただけの話ではあるんだけど。
その程度のことだと、今なら言える。
だけどその程度のことが、当時の俺の心を深く傷つけた。
俺はその頃、『目上の人は皆、人間が出来ているという意味で大人なのだろう』と思っていたからだ。
考えてみれば、そんなことあるはずなかったわけなのだけど。
要は頭がお花畑だったわけさ。
現実ってのは厳しい。
皆が皆、自分の得を追って生きているのだ。自分の利を求めて行動している。
ああ。イヤなことを思い出してしまったな。
レムネアに少しづつ感情移入していく自分を感じるのだが、うまく言葉が出てこない。
「いや、その……。俺も正直、なんて言っていいのか」
「そうやって気を遣ってくださるだけで十分です。全ては私が落ちこぼれだったから悪いのですし」
彼女はまた、諦めたような顔で笑う。
難しいな。彼女の諦観は、俺がなにか言ったくらいで変えることはできまい。
「脱線してしまいました、その先の話をしましょう。私がこちらの世界に転移してしまった理由である出来事は、この後に起こります」
ああそうだ。その話を聞いていたんだった。
ハードな彼女の身の上を聞いて、すっかり忘れるところだった。
レムネアは続ける。
「結論から言うと、魔物から逃げてる最中にダンジョン内でテレポートトラップを見つけたのです」
このままでは確実に死ぬ。
そう悟った彼女は、一か八かに掛けたという。
テレポートトラップに魔法を重ねることで、このダンジョン内でないどこか遠くへ転移できるように。
「それはどうなるかわからぬ博打だったのですけどね。その結果が、今というわけです」
「つまり魔法がイレギュラーな発動をして、レムネアはこの世界に飛ばされてしまったというわけか?」
「はい、たぶん」
明確な理由は、彼女自身もわかっていないようだ。
なにかの不具合、と言うだけだった。
「それじゃ、元の世界に帰ることは……」
「難しい、でしょうね」
どんな顔をしていいのかわからずに、俺は話題を変えた。
「なんというか……大変だったことはわかった。この先、どうするつもりなんだ?」
「幸いこの地は気候が温暖なようです。良ければ一晩、軒先を貸して頂けませんでしょうか」
「それくらいは構わないが、その先の話だよ」
「この世界で、また冒険者をやって生きていこうと思います」
明るい声で、笑顔さえ見せながらレムネアは言った。
あんな裏切り方をされたのに、か。
他の生き方を知らないのかもしれないな。不器用なのかもしれない。
「まずは王都にでも行ってギルドに登録したいのですが……」
と言う彼女の言葉に、俺は首を振った。
「都会はあるけど、王都なんてものはないぞ」
「え、王都がない? 王さまはどちらに?」
「王さまなんていないけど」
「……もしかしてこの『日本』という国は共和国なのでしょうか。進んでいるのですね」
日本は象徴天皇制、言わば君主制と共和制の中間的な国だ。
ややこしくなるからこれは置いといて、もっと大事なことを伝えないとな。
「というかそもそも冒険者ギルドなんてものが存在しないよ」
「え! ではどうやって民衆は魔物から身を守っているのでしょう? 国の軍隊がそんなに強いとか?」
あ、なんかこっちも説明大変そう。
俺は苦笑した。
「魔物が居ないんだよ。確かに人同士の争いや犯罪は、国家が取り締まっているけど」
掻い摘んで俺は話した。
この世界、少なくともこの国に冒険者は要らないのだ、ということを。
「ななな、なんという……!」
よろよろ、と力なく揺れるレムネア。
「じゃ、じゃあ私はどうすれば……。冒険者以外など、やったことがありません。稼ぐ当てがないということになってしまいます」
ペタン、と畳に座り込んでしまった彼女に、俺は頭を掻いた。
「最悪、行政が面倒を見てくれるとは思うのだけど……」
不法入国した外国人と同じ扱いにでもなるのだろうか。
いや、彼女は魔法なんかも使えるし、もっと大騒ぎになるのかもな。
「まあ、後のことは後だ。とりあえず今晩はウチに泊まっていくといい。色々あって疲れたろ? お風呂を沸かしてあるんだけど、先に疲れを流したらどうだ」
「え! お風呂があるのですか!? どこにでしょう!」
「ん、ウチにあるけど」
「ななな、なんと!?」
なんか凄い驚かれた。
ああそうか、中世世界では風呂なんか珍しいのだろう。アニメぽいファンタジー世界だったとしても、大抵風呂は高級施設だ。
「よ、よもや、ヤマシナケイスケさんは大金持ち……?」
「あーいや。この日本では風呂は一家に一つ、だいたい常設されているんだ。決してウチが特別なわけじゃないよ」
レムネアは驚愕。その表情に稲妻奔る。
「ど、どういう国なのですか。日本、恐るべしです……!」
真剣な顔が、ちょっと面白い。
子供みたいな反応で楽しいな。俺は彼女を風呂場へと案内した。
「恐るべし日本!」
「それはもういいから」
古い家だけど、風呂は結構新しくて立派なんだよね。
広くてヒノキで出来た風呂場。予約しておけば時間でお湯を入れておいてくれたり、結構オートマチックだ。
とはいえヒノキは管理が大変だから気をつけてな、と祖父は言ってたっけ。
「じゃ、着替えここに置いておくから。男物のシャツとズボンだけど、我慢しといてくれ」
「申し訳ありません、お世話になりますヤマシナケイスケさん」
「ところでえっと、その『ヤマシナケイスケ』ってのどうにかしない? 山科は性で名前が啓介だから、ケースケと呼んで貰えたら嬉しい」
「なんと家名持ちだったのですか!? これはご無礼致しました!」
そう改まられても困る。
この国では家名を持つのが普通で、ほぼ全ての国民が氏を持つのだ。
これを理解してもらうのには、少々時間が掛かった。
彼女は『なんという進んだ国家なのでしょう』と驚いていたようだが、生まれたときからこれが普通だったので、あまりピンとこない。
「まあ、ゆっくり疲れを洗い流してくれ」
ざっとお風呂の使い方や石鹸などを教えて、俺は脱衣所を後にした。
居間に戻り食事の後片づけを始める。
刺身はなかなか好評だったな。次は鮭でも焼いてやるか、日本人といえば鮭。皮がうまいんだアレは。
なんて、台所で皿を水に浸けた矢先。
「きゃあぁぁあーーっ!」
風呂場からレムネアの悲鳴が聞こえてきた。
な、なんだ!? 慌てて風呂場に向かう俺。
「ああーっ! きゃあーっ!」
「どうしたレムネア! 大丈夫か!?」
「お湯が! お湯が!」
風呂場に飛び込むと、シャワーの持ち手がお湯の勢いでのたうっていた。
熱い湯が弾けて引っ掛けられたレムネアの肌を赤くしてる。
「急に勢い最大でお湯出したな!?」
アチ、アチ! しかも温度が最高温だ。
俺はお湯を避けながら暴れるシャワーの持ち手を掴む。
とりあえずお湯の温度を下げて、事なきを得た。
「と、突然お湯が襲ってきて!」
「雑に力いっぱい蛇口を回しただろ? そりゃあ勢いでシャワーも暴れるに決まってる」
呆れた気持ちで、ふいとレムネアの方を見た俺はそこで固まってしまった。
お湯で赤くなった彼女の白い肌が、目に飛び込んでくる。
裸だ。レムネアは裸だった。いや当たり前か! 悲鳴が聞こえたからといって飛び込んでいった俺が拙い。
「どうしました、ケースケ?」
「いや! どうしたって、裸! キミ裸じゃん!?」
「え?」
俺は視線を逸らしたが、自分の身体を見たレムネアが固まったのがわかる。
「いやあぁぁあーーっ!」
「すまん! 悪気はなかったんだ、俺はキミを助けようとして!」
「出てってください、出てってー!」
「すまんて!」
風呂場から追い出された俺は頭を振った。
目に焼き付いてしまったレムネアの白い肌を、その勢いで頭から振り落としていく。
いかんいかん。俺が迂闊すぎた。
脱衣所の外で、軽く歯を食いしばって反省。
すると、中からレムネアの声が聞こえてきた。
「いえ……申し訳ありません。私の身を案じて飛んできてくれたことはわかってるんです」
「俺が全面的に悪かったよ。ホントごめん」
「これは事故、そう事故ですね。お互い忘れましょう、忘れてくださいますと助かります」
「忘れる、うん忘れるから! ゆっくり湯浴みしてきてくれ」
逃げるように台所に走り込み、食器洗いに戻る俺。
あー、焦った。
やっぱり年頃の女性が家に居ると大変だ。
俺はもう一度大きく頭を振って、ふぅ、と大きく息を吐いたのだった。
97
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
※本作は小説家になろうでも投稿しています。
借金まみれの錬金術師、趣味で作ったポーションがダンジョンで飛ぶように売れる~探索者の間で【伝説のエリクサー】として話題に~
わんた
ファンタジー
「今日中に出ていけ! 半年も家賃を滞納してるんだぞ!」
現代日本にダンジョンとスキルが存在する世界。
渋谷で錬金術師として働いていた裕真は、研究に没頭しすぎて店舗の家賃を払えず、ついに追い出されるハメになった。
私物と素材だけが残された彼に残された選択肢は――“現地販売”の行商スタイル!
「マスター、売ればいいんですよ。死にかけの探索者に、定価よりちょっと高めで」
提案したのは、裕真が自作した人工精霊・ユミだ。
家事万能、事務仕事完璧、なのにちょっとだけ辛辣だが、裕真にとっては何物にも代えがたい家族でありパートナーでもある。
裕真はギルドの後ろ盾、そして常識すらないけれど、素材とスキルとユミがいればきっと大丈夫。
錬金術のスキルだけで社会の荒波を乗り切る。
主人公無双×のんびり錬金スローライフ!
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる