相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん

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異世界転移。そしてお風呂

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「その前に、もう一度確かめておきたいのですが」

 レムネアは俺から目を逸らしながらいった。

「エルディラント王国は、この世界に存在しないのですね?」
「しない」

 ネットでも入念に調べたけど、それらしい情報はなかった。
 伝説の類としても存在しない。

「そうですか……。では、ああ。なるほど……」

 彼女に慌てている素振りはない。
 つまり彼女はある程度、いまの状況を理解しているのだろう。

 狼狽ではなく、その表情から見えるのはどちらかと言えば諦観だ。
 彼女の長い耳が、力なくしなだれている。

「C級ダンジョンでの、簡単な仕事のはずだったんです」

 冒険者ギルドから仕事を受けた彼女の所属する冒険者パーティーは、しかしダンジョンの中で、突然の強敵に遭遇した。
 下手すればパーティーが全滅という強い魔物だったという。

「私は囮役を買って出ました。その隙に皆に迎撃の態勢を取って貰おうと。ですが」

 パーティーメンバーがその隙に選択した行動は、逃亡だった。
 俺は思わず聞き返す。

「見捨てられたってこと?」
「そうなりますね」
「キミは自ら囮役を買って出たのに?」
「……戦っても勝てるかわからない魔物です、全滅する危険を冒すくらいなら一人を犠牲にした隙に逃げるというのは手だとも言えます」

 いやそれにしたって、だよ。

「ないわー。ろくでもない話すぎるだろ」
「仕方ありません、私は一番の足手まといでしたから。呪文使いスペルマスターとさっきは見栄を張りましたが、実際のところほとんど攻撃魔法を使えないのです」
「攻撃魔法?」
「そうです、敵を倒すための魔法です。私は生活系のちょっとした便利魔法が使えて、少し空が飛べる程度なのです。戦闘では役立たず、雑用係としてパーティーに置いといて貰っていたようなものなんです」

 自嘲気味に目を逸らすレムネアだった。
 ――だとしても、仲間に見捨てられて良い話にはならないよな。

「それは……なんというか大変だったな。つらかったろ」
「別に、つらくなど……」

 目を逸らしたまま、消え入るような声で呟く彼女。
 つらくないわけないと思うのだ。
 とはいえ、なんの事情も知らない俺がこれ以上踏み込むのは難しい。

「まあ、うまく回らないことってあるよな」

 俺も会社で新人だった頃に、先輩に見捨てられたことがあったっけ。
 なんのことはない。
 仕事のミスを押し付けられて、上司に俺が怒られただけの話ではあるんだけど。

 その程度のことだと、今なら言える。
 だけどその程度のことが、当時の俺の心を深く傷つけた。
 俺はその頃、『目上の人は皆、人間が出来ているという意味で大人なのだろう』と思っていたからだ。

 考えてみれば、そんなことあるはずなかったわけなのだけど。
 要は頭がお花畑だったわけさ。

 現実ってのは厳しい。
 皆が皆、自分の得を追って生きているのだ。自分の利を求めて行動している。

 ああ。イヤなことを思い出してしまったな。
 レムネアに少しづつ感情移入していく自分を感じるのだが、うまく言葉が出てこない。

「いや、その……。俺も正直、なんて言っていいのか」
「そうやって気を遣ってくださるだけで十分です。全ては私が落ちこぼれだったから悪いのですし」

 彼女はまた、諦めたような顔で笑う。
 難しいな。彼女の諦観は、俺がなにか言ったくらいで変えることはできまい。

「脱線してしまいました、その先の話をしましょう。私がこちらの世界に転移してしまった理由である出来事は、この後に起こります」

 ああそうだ。その話を聞いていたんだった。
 ハードな彼女の身の上を聞いて、すっかり忘れるところだった。
 レムネアは続ける。

「結論から言うと、魔物から逃げてる最中にダンジョン内でテレポートトラップを見つけたのです」

 このままでは確実に死ぬ。
 そう悟った彼女は、一か八かに掛けたという。
 テレポートトラップに魔法を重ねることで、このダンジョン内でないどこか遠くへ転移できるように。

「それはどうなるかわからぬ博打だったのですけどね。その結果が、今というわけです」
「つまり魔法がイレギュラーな発動をして、レムネアはこの世界に飛ばされてしまったというわけか?」
「はい、たぶん」

 明確な理由は、彼女自身もわかっていないようだ。
 なにかの不具合、と言うだけだった。

「それじゃ、元の世界に帰ることは……」
「難しい、でしょうね」

 どんな顔をしていいのかわからずに、俺は話題を変えた。

「なんというか……大変だったことはわかった。この先、どうするつもりなんだ?」
「幸いこの地は気候が温暖なようです。良ければ一晩、軒先を貸して頂けませんでしょうか」
「それくらいは構わないが、その先の話だよ」
「この世界で、また冒険者をやって生きていこうと思います」

 明るい声で、笑顔さえ見せながらレムネアは言った。
 あんな裏切り方をされたのに、か。
 他の生き方を知らないのかもしれないな。不器用なのかもしれない。

「まずは王都にでも行ってギルドに登録したいのですが……」

 と言う彼女の言葉に、俺は首を振った。

「都会はあるけど、王都なんてものはないぞ」
「え、王都がない? 王さまはどちらに?」
「王さまなんていないけど」
「……もしかしてこの『日本』という国は共和国なのでしょうか。進んでいるのですね」

 日本は象徴天皇制、言わば君主制と共和制の中間的な国だ。
 ややこしくなるからこれは置いといて、もっと大事なことを伝えないとな。

「というかそもそも冒険者ギルドなんてものが存在しないよ」
「え! ではどうやって民衆は魔物から身を守っているのでしょう? 国の軍隊がそんなに強いとか?」

 あ、なんかこっちも説明大変そう。
 俺は苦笑した。

「魔物が居ないんだよ。確かに人同士の争いや犯罪は、国家が取り締まっているけど」

 掻い摘んで俺は話した。
 この世界、少なくともこの国に冒険者は要らないのだ、ということを。

「ななな、なんという……!」

 よろよろ、と力なく揺れるレムネア。

「じゃ、じゃあ私はどうすれば……。冒険者以外など、やったことがありません。稼ぐ当てがないということになってしまいます」

 ペタン、と畳に座り込んでしまった彼女に、俺は頭を掻いた。

「最悪、行政が面倒を見てくれるとは思うのだけど……」

 不法入国した外国人と同じ扱いにでもなるのだろうか。
 いや、彼女は魔法なんかも使えるし、もっと大騒ぎになるのかもな。

「まあ、後のことは後だ。とりあえず今晩はウチに泊まっていくといい。色々あって疲れたろ? お風呂を沸かしてあるんだけど、先に疲れを流したらどうだ」
「え! お風呂があるのですか!? どこにでしょう!」
「ん、ウチにあるけど」
「ななな、なんと!?」

 なんか凄い驚かれた。
 ああそうか、中世世界では風呂なんか珍しいのだろう。アニメぽいファンタジー世界だったとしても、大抵風呂は高級施設だ。

「よ、よもや、ヤマシナケイスケさんは大金持ち……?」
「あーいや。この日本では風呂は一家に一つ、だいたい常設されているんだ。決してウチが特別なわけじゃないよ」

 レムネアは驚愕。その表情に稲妻奔る。

「ど、どういう国なのですか。日本、恐るべしです……!」

 真剣な顔が、ちょっと面白い。
 子供みたいな反応で楽しいな。俺は彼女を風呂場へと案内した。

「恐るべし日本!」
「それはもういいから」

 古い家だけど、風呂は結構新しくて立派なんだよね。
 広くてヒノキで出来た風呂場。予約しておけば時間でお湯を入れておいてくれたり、結構オートマチックだ。
 とはいえヒノキは管理が大変だから気をつけてな、と祖父は言ってたっけ。

「じゃ、着替えここに置いておくから。男物のシャツとズボンだけど、我慢しといてくれ」
「申し訳ありません、お世話になりますヤマシナケイスケさん」
「ところでえっと、その『ヤマシナケイスケ』ってのどうにかしない? 山科は性で名前が啓介だから、ケースケと呼んで貰えたら嬉しい」
「なんと家名持ちだったのですか!? これはご無礼致しました!」

 そう改まられても困る。
 この国では家名を持つのが普通で、ほぼ全ての国民がうじを持つのだ。

 これを理解してもらうのには、少々時間が掛かった。
 彼女は『なんという進んだ国家なのでしょう』と驚いていたようだが、生まれたときからこれが普通だったので、あまりピンとこない。

「まあ、ゆっくり疲れを洗い流してくれ」

 ざっとお風呂の使い方や石鹸などを教えて、俺は脱衣所を後にした。
 居間に戻り食事の後片づけを始める。
 刺身はなかなか好評だったな。次は鮭でも焼いてやるか、日本人といえば鮭。皮がうまいんだアレは。
 なんて、台所で皿を水に浸けた矢先。

「きゃあぁぁあーーっ!」

 風呂場からレムネアの悲鳴が聞こえてきた。
 な、なんだ!? 慌てて風呂場に向かう俺。

「ああーっ! きゃあーっ!」
「どうしたレムネア! 大丈夫か!?」
「お湯が! お湯が!」

 風呂場に飛び込むと、シャワーの持ち手がお湯の勢いでのたうっていた。
 熱い湯が弾けて引っ掛けられたレムネアの肌を赤くしてる。

「急に勢い最大でお湯出したな!?」

 アチ、アチ! しかも温度が最高温だ。
 俺はお湯を避けながら暴れるシャワーの持ち手を掴む。
 とりあえずお湯の温度を下げて、事なきを得た。

「と、突然お湯が襲ってきて!」
「雑に力いっぱい蛇口を回しただろ? そりゃあ勢いでシャワーも暴れるに決まってる」

 呆れた気持ちで、ふいとレムネアの方を見た俺はそこで固まってしまった。
 お湯で赤くなった彼女の白い肌が、目に飛び込んでくる。

 裸だ。レムネアは裸だった。いや当たり前か! 悲鳴が聞こえたからといって飛び込んでいった俺が拙い。

「どうしました、ケースケ?」
「いや! どうしたって、裸! キミ裸じゃん!?」
「え?」

 俺は視線を逸らしたが、自分の身体を見たレムネアが固まったのがわかる。

「いやあぁぁあーーっ!」
「すまん! 悪気はなかったんだ、俺はキミを助けようとして!」
「出てってください、出てってー!」
「すまんて!」

 風呂場から追い出された俺は頭を振った。
 目に焼き付いてしまったレムネアの白い肌を、その勢いで頭から振り落としていく。

 いかんいかん。俺が迂闊すぎた。
 脱衣所の外で、軽く歯を食いしばって反省。

 すると、中からレムネアの声が聞こえてきた。

「いえ……申し訳ありません。私の身を案じて飛んできてくれたことはわかってるんです」
「俺が全面的に悪かったよ。ホントごめん」
「これは事故、そう事故ですね。お互い忘れましょう、忘れてくださいますと助かります」
「忘れる、うん忘れるから! ゆっくり湯浴みしてきてくれ」

 逃げるように台所に走り込み、食器洗いに戻る俺。
 あー、焦った。
 やっぱり年頃の女性が家に居ると大変だ。

 俺はもう一度大きく頭を振って、ふぅ、と大きく息を吐いたのだった。

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