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「ジャガイモを作ろうと思う」
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一ヶ月。
土地の熱消毒を終えた俺たちは、ビニールシートを外した。
レムネアが毎晩地面を温める魔法を掛けてくれていたので、消毒効果は期待して良いはずだ。ホカホカの土が悪い菌や雑草の種を殺してくれている。
そこから数日間、土を乾かしたのちに再度耕すことで土中に酸素を含ませる。
こうすると土の環境が良くなる。
しかしそこで終わらない。
「まだ準備が必要なのですか? ケースケさま」
「ああ。熱消毒で有益な微生物も減っちゃってるからね、堆肥や有機肥料を混ぜ込み土壌の影響環境を整えなおす過程が必要なんだよ」
「なんという……。私の世界の栽培と比べてだいぶ手間を掛けているように思います、これもこの世界の『技術』なのですね」
レムネアに言われてハッとした。そうだな、これも技術だ。
技術と言われると、もっとわかりやすいコンピューター関連だったりモノづくりの方向ばかり思い浮かんでしまいがちだが、これだって科学的な原理を農業に役立ててる立派な技術なのだ。
先人が培ってくれた技だった。
今さらながら、この世界って凄いんだなって思わされた。
時間が積み重なり、今の世を作り上げているんだ。
「……そっか、技術か」
農業というものを始めてみて、気づかされたことは多い。
会社辞めてこっちの道に来て、本当によかったな。感謝の気持ちすら感じる。
ついつい思いに耽ってしまう俺だった。
おっと、いかんいかん。
レムネアがわけわからずといった顔で、キョトンとしてしまったじゃないか。
「で、まあ。ここに土壌Ph調整の石灰を撒いて混ぜて、一週間くらい待つ感じかな」
「またまた一週間!」
「その時間で、土壌の中で有機物の分解が進むんだ。環境が安定するんだよ」
「そうなのですか。畑作業はそこまで詳しいわけではなかったので、聞くこと知ること全て新鮮です」
「あはは」
そうだな。俺も初めての経験だから新鮮だ。
レムネアが魔法で協力してくれたお陰でここまではトントン拍子。
「ところでケースケさま」
「ん?」
「この畑には、なにを植えていくおつもりなのですか?」
お、ついに来ましたか、その疑問が。
俺もそれをずっと考えていた。野崎さんから話を聞いてみたり、自分でもインターネットなどで調べてみたり。
今は8月の初旬、ここからもう二週間ほど土地を休ませて再度畝立てをしたら、だいたい下旬。その時期に植えるのが都合よく、初心者に向いた作物。
俺は人差し指を立ててみせ、少し気取った調子でレムネアに言った。
「ジャガイモを作ろうと思う」
「わぁ! ジャガイモというと、あのホクホクの!」
「そうだ。天ぷらにしても美味しく、蒸してバター醤油で軽く食べるもの勿論美味しい、今や日本人に愛されて止まない超人気作物」
なんの料理にでも合う、は言い過ぎとしても、日本の食卓にはよく上がってくる。
みんな大好きジャガイモさん。もちろん俺も大好きだ。
「楽しみですねぇ、とても美味しそうです」
「おいおい、販売するために作るんだぞ?」
「そうでした!」
とはいえ、自分たちも食べることになるのは間違いないけどね。
実は俺も楽しみだ。自分で作ったジャガイモ、どんな味になるのだろう。
「というわけで、今日はホームセンターまで種芋の買い付けに行こうと思う」
「ほーむせんたー?」
「あれ、レムネアとはまだ一緒に行ったことなかったっけ」
「服を買ったところとは、また違うのですか?」
「あそこはショッピングモール。似た感じもあるけど、ホームセンターの方が小さくて売っている物も専門的だったりするかな」
へー、とよくわかってなさそうな顔で頷いているレムネアだった。
まあ行ってみるのが早い。俺たちは一度家に戻り、シャワーと着替えをして軽トラに乗り込んだのだった。
◇◆◇◆
田舎の郊外道路だが、案外車の通りは多い。
大きな道路沿いに便利な店が集中するために、近隣の住民がどっと押し寄せるのだ。
ホームセンターも、そういった便利な店の一つ。
日用雑貨や住宅整備に関する商品を中心に、DIY関連、自動車用品、ペットショップまであったりもする。そしてもちろん、園芸用品や農業関連のモノも取り扱っているのだった。
「よーし、着いたぞ」
田舎の学校のちょっとしたグラウンドよりも広い駐車場は、平日の昼というだけあって空いていた。週末だと、これが満車になることもあるんだから凄い。
「あれ、思ってたよりも大きくて広いところですね」
「田舎だから却ってこういうお店は広くなるんだろうね。色々な売り場が寄り合う感じで」
一つ場に色々売ってると便利だからな。
ついつい買い物も多くなるし、店としてもお得。
そうだな、今日はご近所に頼まれてた雑貨も買って帰らなきゃ。
「お食事処もありますね」
「だな」
喋りながら俺は園芸売り場に向かう。
「お食事処もありますね!」
「わかってる! 食べるよ、今日の昼食はここ! でも先に用事を済ませてからな!」
「わかりました」
わかりやすくシュンとするレムネアだが、彼女の気持ちもわからないではない。
何故なら俺もお腹が空いている。
ハンバーガーにホットドック、たこ焼き、うどん。
ちょっとしたフードコートとばかりに集まっている店々から漂ってくる匂いを振り切りつつ、ホームセンターの中に入っていったのだった。
良い種芋の選び方は、野崎さんから聞いてきた。
皮にハリがあってしわがない。持つとずっしり重い。既に芽が出始めている。芽の色が濃い。
この辺がポイントとなるらしい。
種芋はダンボールに積まれていた。
今回狙っているのはキタアカリ、秋栽培に向いててかつ病気に強い初心者向けだという。
俺はちょっと手にとってみた。
「どうですかケースケさま。違いがわかりますか?」
「んー」
……わからん。
いや、しわがないとか芽が出始めているとかくらいはわかるんだけど、それ以上がよくわからない。
当たり前か。
こういうのは目利きの類だ、素人が真似したところで素人でしかないのだから。
「……感性が豊かになる魔法でもお掛けしましょうか?」
「え?」
「物を見たときの印象が自分の中ではっきりしすくなりますよ。多くの中からなにかを選ぼうという際には便利な魔法です」
へえ? それは確かに今こそ役に立ちそうな。
「それはいいな。是非お願いするよ」
「わかりました。では……」
レムネアは例によってどこからともなく魔法の杖を持ち出して。
「感性が豊かになる魔法」
俺の額に、杖先をコンと当てた。
途端、世界が色に満ちて見え始めた。なんだこれ? 見えるもの全てが鮮やかだ。
「ああ。心の視野が広がったのでしょうね。そのまま種芋を見てください」
「どれどれ」
――あ。
確かに。これはなんというか、わかるな。どの種芋がいいのか、元気なのか、一目でわかる。これだろ、これも、これも、あとこれもいいな。
気に入ったものを、籠の中にポイポイと入れていく。
芋の顔色がわかるというか、元気さがわかる。
これは嬉しい……、いや、楽しい。
色鮮やかなこの視界で、良い種芋はさらに輝いてみえるのだ。これはなんだろう。
「感性が五感に影響を与えているんですね。ケースケさまとこの魔法の相性がよかったのでしょう」
ほー相性なんてのもあるんだな、魔法。
レムネアが言うには、この魔法で視覚的に強い影響が出るのは100人に一人くらいで、ある意味で鑑定的な能力が高い『才能の持ち主』なのだそう。
さらに能力が高くなると、つまり1000人に一人の域だったりすると。
「なんと、物が喋りかけてくるような錯覚を覚えるらしいですよ?」
俺は彼女の話に苦笑した。たとえば『僕がいいよ、僕を選んで』とか、種芋が話しかけてくるらしい。
もちろんこれも錯覚で、魔法で豊かになった感性が見せる一種の幻覚だとのこと。
なるほどな。じゃあこれは、気のせいだけど気のせいじゃなかったのか。
『俺を選ぼう』
『いや僕だろ。よく見て!』
『俺の方が芽の伸びがいいぞ?』
『色合いは僕の方が濃くて元気じゃないか』
『やめなさい、まだまだ枠はたくさんあるんだから喧嘩しないの!』
さっきから俺の視界の中では、種芋同士がしゃべくりあっていたのだった。
『うるさい仕切り屋!』
『仕切り屋とはなによ!』
こいつら自己主張激しくない!?
俺は困ってしまい、眉をひそめてもう一度苦笑した。
土地の熱消毒を終えた俺たちは、ビニールシートを外した。
レムネアが毎晩地面を温める魔法を掛けてくれていたので、消毒効果は期待して良いはずだ。ホカホカの土が悪い菌や雑草の種を殺してくれている。
そこから数日間、土を乾かしたのちに再度耕すことで土中に酸素を含ませる。
こうすると土の環境が良くなる。
しかしそこで終わらない。
「まだ準備が必要なのですか? ケースケさま」
「ああ。熱消毒で有益な微生物も減っちゃってるからね、堆肥や有機肥料を混ぜ込み土壌の影響環境を整えなおす過程が必要なんだよ」
「なんという……。私の世界の栽培と比べてだいぶ手間を掛けているように思います、これもこの世界の『技術』なのですね」
レムネアに言われてハッとした。そうだな、これも技術だ。
技術と言われると、もっとわかりやすいコンピューター関連だったりモノづくりの方向ばかり思い浮かんでしまいがちだが、これだって科学的な原理を農業に役立ててる立派な技術なのだ。
先人が培ってくれた技だった。
今さらながら、この世界って凄いんだなって思わされた。
時間が積み重なり、今の世を作り上げているんだ。
「……そっか、技術か」
農業というものを始めてみて、気づかされたことは多い。
会社辞めてこっちの道に来て、本当によかったな。感謝の気持ちすら感じる。
ついつい思いに耽ってしまう俺だった。
おっと、いかんいかん。
レムネアがわけわからずといった顔で、キョトンとしてしまったじゃないか。
「で、まあ。ここに土壌Ph調整の石灰を撒いて混ぜて、一週間くらい待つ感じかな」
「またまた一週間!」
「その時間で、土壌の中で有機物の分解が進むんだ。環境が安定するんだよ」
「そうなのですか。畑作業はそこまで詳しいわけではなかったので、聞くこと知ること全て新鮮です」
「あはは」
そうだな。俺も初めての経験だから新鮮だ。
レムネアが魔法で協力してくれたお陰でここまではトントン拍子。
「ところでケースケさま」
「ん?」
「この畑には、なにを植えていくおつもりなのですか?」
お、ついに来ましたか、その疑問が。
俺もそれをずっと考えていた。野崎さんから話を聞いてみたり、自分でもインターネットなどで調べてみたり。
今は8月の初旬、ここからもう二週間ほど土地を休ませて再度畝立てをしたら、だいたい下旬。その時期に植えるのが都合よく、初心者に向いた作物。
俺は人差し指を立ててみせ、少し気取った調子でレムネアに言った。
「ジャガイモを作ろうと思う」
「わぁ! ジャガイモというと、あのホクホクの!」
「そうだ。天ぷらにしても美味しく、蒸してバター醤油で軽く食べるもの勿論美味しい、今や日本人に愛されて止まない超人気作物」
なんの料理にでも合う、は言い過ぎとしても、日本の食卓にはよく上がってくる。
みんな大好きジャガイモさん。もちろん俺も大好きだ。
「楽しみですねぇ、とても美味しそうです」
「おいおい、販売するために作るんだぞ?」
「そうでした!」
とはいえ、自分たちも食べることになるのは間違いないけどね。
実は俺も楽しみだ。自分で作ったジャガイモ、どんな味になるのだろう。
「というわけで、今日はホームセンターまで種芋の買い付けに行こうと思う」
「ほーむせんたー?」
「あれ、レムネアとはまだ一緒に行ったことなかったっけ」
「服を買ったところとは、また違うのですか?」
「あそこはショッピングモール。似た感じもあるけど、ホームセンターの方が小さくて売っている物も専門的だったりするかな」
へー、とよくわかってなさそうな顔で頷いているレムネアだった。
まあ行ってみるのが早い。俺たちは一度家に戻り、シャワーと着替えをして軽トラに乗り込んだのだった。
◇◆◇◆
田舎の郊外道路だが、案外車の通りは多い。
大きな道路沿いに便利な店が集中するために、近隣の住民がどっと押し寄せるのだ。
ホームセンターも、そういった便利な店の一つ。
日用雑貨や住宅整備に関する商品を中心に、DIY関連、自動車用品、ペットショップまであったりもする。そしてもちろん、園芸用品や農業関連のモノも取り扱っているのだった。
「よーし、着いたぞ」
田舎の学校のちょっとしたグラウンドよりも広い駐車場は、平日の昼というだけあって空いていた。週末だと、これが満車になることもあるんだから凄い。
「あれ、思ってたよりも大きくて広いところですね」
「田舎だから却ってこういうお店は広くなるんだろうね。色々な売り場が寄り合う感じで」
一つ場に色々売ってると便利だからな。
ついつい買い物も多くなるし、店としてもお得。
そうだな、今日はご近所に頼まれてた雑貨も買って帰らなきゃ。
「お食事処もありますね」
「だな」
喋りながら俺は園芸売り場に向かう。
「お食事処もありますね!」
「わかってる! 食べるよ、今日の昼食はここ! でも先に用事を済ませてからな!」
「わかりました」
わかりやすくシュンとするレムネアだが、彼女の気持ちもわからないではない。
何故なら俺もお腹が空いている。
ハンバーガーにホットドック、たこ焼き、うどん。
ちょっとしたフードコートとばかりに集まっている店々から漂ってくる匂いを振り切りつつ、ホームセンターの中に入っていったのだった。
良い種芋の選び方は、野崎さんから聞いてきた。
皮にハリがあってしわがない。持つとずっしり重い。既に芽が出始めている。芽の色が濃い。
この辺がポイントとなるらしい。
種芋はダンボールに積まれていた。
今回狙っているのはキタアカリ、秋栽培に向いててかつ病気に強い初心者向けだという。
俺はちょっと手にとってみた。
「どうですかケースケさま。違いがわかりますか?」
「んー」
……わからん。
いや、しわがないとか芽が出始めているとかくらいはわかるんだけど、それ以上がよくわからない。
当たり前か。
こういうのは目利きの類だ、素人が真似したところで素人でしかないのだから。
「……感性が豊かになる魔法でもお掛けしましょうか?」
「え?」
「物を見たときの印象が自分の中ではっきりしすくなりますよ。多くの中からなにかを選ぼうという際には便利な魔法です」
へえ? それは確かに今こそ役に立ちそうな。
「それはいいな。是非お願いするよ」
「わかりました。では……」
レムネアは例によってどこからともなく魔法の杖を持ち出して。
「感性が豊かになる魔法」
俺の額に、杖先をコンと当てた。
途端、世界が色に満ちて見え始めた。なんだこれ? 見えるもの全てが鮮やかだ。
「ああ。心の視野が広がったのでしょうね。そのまま種芋を見てください」
「どれどれ」
――あ。
確かに。これはなんというか、わかるな。どの種芋がいいのか、元気なのか、一目でわかる。これだろ、これも、これも、あとこれもいいな。
気に入ったものを、籠の中にポイポイと入れていく。
芋の顔色がわかるというか、元気さがわかる。
これは嬉しい……、いや、楽しい。
色鮮やかなこの視界で、良い種芋はさらに輝いてみえるのだ。これはなんだろう。
「感性が五感に影響を与えているんですね。ケースケさまとこの魔法の相性がよかったのでしょう」
ほー相性なんてのもあるんだな、魔法。
レムネアが言うには、この魔法で視覚的に強い影響が出るのは100人に一人くらいで、ある意味で鑑定的な能力が高い『才能の持ち主』なのだそう。
さらに能力が高くなると、つまり1000人に一人の域だったりすると。
「なんと、物が喋りかけてくるような錯覚を覚えるらしいですよ?」
俺は彼女の話に苦笑した。たとえば『僕がいいよ、僕を選んで』とか、種芋が話しかけてくるらしい。
もちろんこれも錯覚で、魔法で豊かになった感性が見せる一種の幻覚だとのこと。
なるほどな。じゃあこれは、気のせいだけど気のせいじゃなかったのか。
『俺を選ぼう』
『いや僕だろ。よく見て!』
『俺の方が芽の伸びがいいぞ?』
『色合いは僕の方が濃くて元気じゃないか』
『やめなさい、まだまだ枠はたくさんあるんだから喧嘩しないの!』
さっきから俺の視界の中では、種芋同士がしゃべくりあっていたのだった。
『うるさい仕切り屋!』
『仕切り屋とはなによ!』
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