2 / 39
本編
エーベルトラーシュ
しおりを挟む
【Ewertlars】
この国の次代の王であり竜人である僕の番は、遠く離れた国に暮らす人間だった。
種族も分からぬまま番を探して長い事世界を放浪した先で、僕はようやくようやく彼女を見つけた。
人間の彼女には番としての本能はなかったけれど、冒険者を相手にした商店で働く彼女を怯えさせぬよう冒険者を装って少しずつ会話を重ねて行けば、彼女が幸運にも僕に恋をしてくれたから。
妻に乞い自分の国に連れ帰った。
彼女の名前はレーアと言って、黒い真っすぐな髪に黒い瞳をした美しい黒猫のような女の子で、まだ年は十七になったばかりだった。
人間の中でも幼く見えるその容姿にしばらく待つとも言ったのだけれど、レーアが真っ赤な顔をしながらその必要はないと言ったから、
「大事にする」
そう誓って夫婦になった。
王の座についた後は、長い事番を探すため責務を放棄していたせいで僕がやるべきこと、僕にしか出来ない事は山の様にあって。
せっかく同じ城の中にいるというのに彼女と過ごす時間はなかなか取れなかった。
それでも、僕はふと目が覚めたとき彼女が僕の隣で眠っていることがこの上なく幸せだった。
******
そうして一年が経つ頃だった。
侍女から彼女が何も食べ物を口にしない事、無理に口にしても戻してしまうとの報告を受けた。
悪阻かと尋ねれば、違うと呆れたような怒ったような声で返される。
医者を呼べば、彼女の主治医は彼女にはここの暮らしが合わず、心を病んでしまったのだと言った。
そうして医者は、彼女を死なせたくなければ早く彼女を解放しろと言う。
思いもかけない言葉に驚いて、いつの間にか酷くやせ細ってしまった彼女に問えば
『どうぞ離縁してください』
と、苦しそうにそんな意味の言葉のみを繰り返した。
「それは出来ない! 出来る事は何でもするから傍にいて欲しい!!」
そう懇願すれば、彼女は何も言わなかったが、その代わりに見る見るうちに体力は落ち、すぐに寝台から起き上がる事も出来なくなった。
「彼女を国に帰して下さい。もう一刻の猶予もありません!」
そう主治医に言われて、絶望の中で離縁に同意した。
彼女と引き離される事は体から心臓をえぐり取られるよりも苦しい。
でも彼女が生きてくれさえいれば、彼女の事を思いながら僕は生きていけると思った。
別れの時、彼女は涙を零しながら
「さよなら、エーヴェル」
と、それだけを口にした。
愛しているも、愛していたも、大嫌いも、憎んでいるとの言葉さえなかった。
ただ別れの言葉だけ。
それを聞いて。
番の本能の無い彼女にとっては、僕との関係は本当に終わってしまったものなのだという事が分かって。
僕は僕の前に広がる世界が真っ暗になって行くのを感じた。
******
それからまた一年近くが経って――
僕はようやく再び彼女の暮らす国を訪れることが出来た。
遠くから見えた彼女は初めて会った時より随分やせてしまっていたが、以前より少し大人びており、そして城にいた時よりも元気そうで心からホッとした。
声を掛けてよいものか、遠くから見守るに留めるべきか。
どうしようか迷った時だった。
彼女と同じくらいの年の男が気安くレーアに話しかけ、その肩を抱いた。
その瞬間、自分の番に他の男が触れる事の許しがたさに、全身の毛が逆立つ程の怒りを覚えた。
「僕の妻に触れるな!!!!」
行き成り駆け寄り、ひったくるようにして彼女を腕の中に抱き込んで、相手の男の目の前から隠した時だった。
久しぶりに感じたレーアの柔らかな熱を、狂おしいまでに僕の胸を焼く甘い番の香りを腕の中に感じ思ってしまった。
このまま他の男に渡してしまうくらいなら、誰かに彼女を取られてしまうくらいなら……。レーアを殺してしまう方が、ずっとましだと。
そして気づいてしまった。
僕と一緒に居る事でレーアが死んでしまうなら、彼女を見殺しにして自分も死ねばよかったのだと。
だから今度こそ、僕は嫌がる彼女を無理矢理攫った。
この国の次代の王であり竜人である僕の番は、遠く離れた国に暮らす人間だった。
種族も分からぬまま番を探して長い事世界を放浪した先で、僕はようやくようやく彼女を見つけた。
人間の彼女には番としての本能はなかったけれど、冒険者を相手にした商店で働く彼女を怯えさせぬよう冒険者を装って少しずつ会話を重ねて行けば、彼女が幸運にも僕に恋をしてくれたから。
妻に乞い自分の国に連れ帰った。
彼女の名前はレーアと言って、黒い真っすぐな髪に黒い瞳をした美しい黒猫のような女の子で、まだ年は十七になったばかりだった。
人間の中でも幼く見えるその容姿にしばらく待つとも言ったのだけれど、レーアが真っ赤な顔をしながらその必要はないと言ったから、
「大事にする」
そう誓って夫婦になった。
王の座についた後は、長い事番を探すため責務を放棄していたせいで僕がやるべきこと、僕にしか出来ない事は山の様にあって。
せっかく同じ城の中にいるというのに彼女と過ごす時間はなかなか取れなかった。
それでも、僕はふと目が覚めたとき彼女が僕の隣で眠っていることがこの上なく幸せだった。
******
そうして一年が経つ頃だった。
侍女から彼女が何も食べ物を口にしない事、無理に口にしても戻してしまうとの報告を受けた。
悪阻かと尋ねれば、違うと呆れたような怒ったような声で返される。
医者を呼べば、彼女の主治医は彼女にはここの暮らしが合わず、心を病んでしまったのだと言った。
そうして医者は、彼女を死なせたくなければ早く彼女を解放しろと言う。
思いもかけない言葉に驚いて、いつの間にか酷くやせ細ってしまった彼女に問えば
『どうぞ離縁してください』
と、苦しそうにそんな意味の言葉のみを繰り返した。
「それは出来ない! 出来る事は何でもするから傍にいて欲しい!!」
そう懇願すれば、彼女は何も言わなかったが、その代わりに見る見るうちに体力は落ち、すぐに寝台から起き上がる事も出来なくなった。
「彼女を国に帰して下さい。もう一刻の猶予もありません!」
そう主治医に言われて、絶望の中で離縁に同意した。
彼女と引き離される事は体から心臓をえぐり取られるよりも苦しい。
でも彼女が生きてくれさえいれば、彼女の事を思いながら僕は生きていけると思った。
別れの時、彼女は涙を零しながら
「さよなら、エーヴェル」
と、それだけを口にした。
愛しているも、愛していたも、大嫌いも、憎んでいるとの言葉さえなかった。
ただ別れの言葉だけ。
それを聞いて。
番の本能の無い彼女にとっては、僕との関係は本当に終わってしまったものなのだという事が分かって。
僕は僕の前に広がる世界が真っ暗になって行くのを感じた。
******
それからまた一年近くが経って――
僕はようやく再び彼女の暮らす国を訪れることが出来た。
遠くから見えた彼女は初めて会った時より随分やせてしまっていたが、以前より少し大人びており、そして城にいた時よりも元気そうで心からホッとした。
声を掛けてよいものか、遠くから見守るに留めるべきか。
どうしようか迷った時だった。
彼女と同じくらいの年の男が気安くレーアに話しかけ、その肩を抱いた。
その瞬間、自分の番に他の男が触れる事の許しがたさに、全身の毛が逆立つ程の怒りを覚えた。
「僕の妻に触れるな!!!!」
行き成り駆け寄り、ひったくるようにして彼女を腕の中に抱き込んで、相手の男の目の前から隠した時だった。
久しぶりに感じたレーアの柔らかな熱を、狂おしいまでに僕の胸を焼く甘い番の香りを腕の中に感じ思ってしまった。
このまま他の男に渡してしまうくらいなら、誰かに彼女を取られてしまうくらいなら……。レーアを殺してしまう方が、ずっとましだと。
そして気づいてしまった。
僕と一緒に居る事でレーアが死んでしまうなら、彼女を見殺しにして自分も死ねばよかったのだと。
だから今度こそ、僕は嫌がる彼女を無理矢理攫った。
158
あなたにおすすめの小説
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
婚約した幼馴染の彼と妹がベッドで寝てた。婚約破棄は嫌だと泣き叫んで復縁をしつこく迫る。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のオリビアは幼馴染と婚約して限りない喜びに満ちていました。相手はアルフィ皇太子殿下です。二人は心から幸福を感じている。
しかし、オリビアが聖女に選ばれてから会える時間が減っていく。それに対してアルフィは不満でした。オリビアも彼といる時間を大切にしたいと言う思いでしたが、心にすれ違いを生じてしまう。
そんな時、オリビアは過密スケジュールで約束していたデートを直前で取り消してしまい、アルフィと喧嘩になる。気を取り直して再びアルフィに謝りに行きますが……
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる