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本編
囚われ
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【Ewertlars】
テオドールは、幼い頃からの親友であり、心から信頼している臣下であった。
だから。
テオドールの事を生涯許すことは到底出来なくとも、それでも、あの瞬間はアイツの事を殺す事は出来なかった。
洞窟を出た瞬間、金に色が抜けてしまっているであろう目を、まるで僕を咎めるように陽差しがまぶしく刺した。
その痛みに思わず小さく悪態をつきつつ、レーアの手を強く握ったまま、まるで太陽からも隠すように彼女を攫って逃げる。
「どこに行くの?」
レーアにそう聞かれ考えたのは、
『どの街ならばレーアが安心して暮らせるか』
ではなく、
『番を今度こそ誰にも奪われないように、誰の目にも触れさせない様に閉じ込めるのにふさわしい場所はどこか』
だった。
******
そうしてたどり着いたのは、小さな島に建つ古城だった。
かつては修道院として使われていたというそこは、修道院として使われていた以前は監獄だったと聞く。
屋敷として使えるよう人を使って体裁を整えさせた後、最低限の信頼のおける使用人のみを屋敷に残し、レーアを連れてその島に渡った。
燦燦と日が降り注ぐ、かつて礼拝堂であったと聞くホールにレーアを連れて入った時だった。
「綺麗……」
そう言って、陽差しを受け止めるかのように光の中に手を伸ばしたレーアのその仕草が、かつてどこかの国で見た有名な芝居の中のワンシーンによく似ていたから。
全く思いがけず、まだオレの中に僅かに残っていたらしい良心が、またチクリと微かに痛んだ。
かつて見たその芝居の中で。
悪い竜に攫われた姫君は
『いつか勇者が助けに来てくれますように』
と、今レーアがしているような仕草で神に祈っていた。
芝居の中では姫は勇者に助けだされハッピーエンドを迎えたが……。
残念ながらレーアに助けが来る事は無いだろう。
なぜなら、そんな奴は芝居の中よりより醜悪な竜であるオレが彼女を目にするより早く全て殺してしまうだろうから。
「今度こそ。今度こそ誰よりも大切にする。……でも優しくは出来ないと思う」
そう言ってレーアの手を取りその甲に唇を押し当てれば。
観念したのだろうか。
レーアは微笑むような、泣き出す寸前のような、そんな酷く複雑な表情をオレの前に晒して見せた。
******
寝室に選んだ場所は、もしかしたら大昔は独房だったのかもしれない。
厚いカーテンを引いたそこは、昼間だとは思えないくらい真っ暗で、ひんやりと冷たい空気が満ちていた。
レーアを招き入れ重い扉を閉めた瞬間、部屋の中が濃厚なヴァニラの様に甘く甘くむせ返る香りに包まれた。
ずっとずっと、気が狂うくらいに求めていたレーアの香り。
生涯にたった一人、唯一無二のオレの番の香り。
その香りに、レーアの煽情的な肢体に、縋るような声に、煽るような目線に、盛った犬の様にその白い肌に犬歯を立てる。
唇の触れる場所全てから、以前回路を刻もうとした時には感じられなかった狂おしい程に甘い甘い番の香りがするから、息の吐き方が良く分からなくなった。
かつて散々オレが貪ったレーアの躰は、全てを忘れると決めた心を裏切りオレが繰り返し教え込んだ事を覚えていたようで。
オレが劣情に囚われたまま、癖で思わず深く深く押し付けるように動いてしまっても鼻に抜けるような甘い声をあげるから。
それに更に当てられて酷くしないよう理性を残しながら熱を放つのには随分と骨が折れた。
レーアを腕に抱きしめたまま心地良い睡魔に襲われる。
目の奥の焼け切るような痛みも消えて、あぁレーアを泣かせずに済んでよかったとホッとした時だった。
「ラーシュ……大好き」
オレに攫われ、全て奪われ、閉じ込められて。
だから、オレを恨んでもいいはずなのに。
レーアが何度も何度も繰り返し繰り返し夢に見たのと同じ様に、彼女の甘い香りに包まれたまま幸せそうに笑うから。
何て思えばいいのか、何て言えばいいのか僕はもう完全に分からなくなってしまって。
せっかく色の戻ったはずの瞳の奥がそして、柔らかな胸の奥が、またチリチリと痛んでしかたがなくなってしまったのだった。
テオドールは、幼い頃からの親友であり、心から信頼している臣下であった。
だから。
テオドールの事を生涯許すことは到底出来なくとも、それでも、あの瞬間はアイツの事を殺す事は出来なかった。
洞窟を出た瞬間、金に色が抜けてしまっているであろう目を、まるで僕を咎めるように陽差しがまぶしく刺した。
その痛みに思わず小さく悪態をつきつつ、レーアの手を強く握ったまま、まるで太陽からも隠すように彼女を攫って逃げる。
「どこに行くの?」
レーアにそう聞かれ考えたのは、
『どの街ならばレーアが安心して暮らせるか』
ではなく、
『番を今度こそ誰にも奪われないように、誰の目にも触れさせない様に閉じ込めるのにふさわしい場所はどこか』
だった。
******
そうしてたどり着いたのは、小さな島に建つ古城だった。
かつては修道院として使われていたというそこは、修道院として使われていた以前は監獄だったと聞く。
屋敷として使えるよう人を使って体裁を整えさせた後、最低限の信頼のおける使用人のみを屋敷に残し、レーアを連れてその島に渡った。
燦燦と日が降り注ぐ、かつて礼拝堂であったと聞くホールにレーアを連れて入った時だった。
「綺麗……」
そう言って、陽差しを受け止めるかのように光の中に手を伸ばしたレーアのその仕草が、かつてどこかの国で見た有名な芝居の中のワンシーンによく似ていたから。
全く思いがけず、まだオレの中に僅かに残っていたらしい良心が、またチクリと微かに痛んだ。
かつて見たその芝居の中で。
悪い竜に攫われた姫君は
『いつか勇者が助けに来てくれますように』
と、今レーアがしているような仕草で神に祈っていた。
芝居の中では姫は勇者に助けだされハッピーエンドを迎えたが……。
残念ながらレーアに助けが来る事は無いだろう。
なぜなら、そんな奴は芝居の中よりより醜悪な竜であるオレが彼女を目にするより早く全て殺してしまうだろうから。
「今度こそ。今度こそ誰よりも大切にする。……でも優しくは出来ないと思う」
そう言ってレーアの手を取りその甲に唇を押し当てれば。
観念したのだろうか。
レーアは微笑むような、泣き出す寸前のような、そんな酷く複雑な表情をオレの前に晒して見せた。
******
寝室に選んだ場所は、もしかしたら大昔は独房だったのかもしれない。
厚いカーテンを引いたそこは、昼間だとは思えないくらい真っ暗で、ひんやりと冷たい空気が満ちていた。
レーアを招き入れ重い扉を閉めた瞬間、部屋の中が濃厚なヴァニラの様に甘く甘くむせ返る香りに包まれた。
ずっとずっと、気が狂うくらいに求めていたレーアの香り。
生涯にたった一人、唯一無二のオレの番の香り。
その香りに、レーアの煽情的な肢体に、縋るような声に、煽るような目線に、盛った犬の様にその白い肌に犬歯を立てる。
唇の触れる場所全てから、以前回路を刻もうとした時には感じられなかった狂おしい程に甘い甘い番の香りがするから、息の吐き方が良く分からなくなった。
かつて散々オレが貪ったレーアの躰は、全てを忘れると決めた心を裏切りオレが繰り返し教え込んだ事を覚えていたようで。
オレが劣情に囚われたまま、癖で思わず深く深く押し付けるように動いてしまっても鼻に抜けるような甘い声をあげるから。
それに更に当てられて酷くしないよう理性を残しながら熱を放つのには随分と骨が折れた。
レーアを腕に抱きしめたまま心地良い睡魔に襲われる。
目の奥の焼け切るような痛みも消えて、あぁレーアを泣かせずに済んでよかったとホッとした時だった。
「ラーシュ……大好き」
オレに攫われ、全て奪われ、閉じ込められて。
だから、オレを恨んでもいいはずなのに。
レーアが何度も何度も繰り返し繰り返し夢に見たのと同じ様に、彼女の甘い香りに包まれたまま幸せそうに笑うから。
何て思えばいいのか、何て言えばいいのか僕はもう完全に分からなくなってしまって。
せっかく色の戻ったはずの瞳の奥がそして、柔らかな胸の奥が、またチリチリと痛んでしかたがなくなってしまったのだった。
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