魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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港湾都市シーベック

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 南国の珍しい果物や北方で獲れた珍獣の毛皮、東方の貴重な薬草など、シーベックの港湾監視員はその職業柄、様々な希少品を目にする機会がある。
 蛇のように長い鼻と帆のように大きな耳をした象という巨獣や、黒と白にくっきりと分かれた体毛の熊などにくらべれば、目の前にある物はさして珍しくもなかった。
 攻性魔術や銃砲火器の発達によって時代遅れになりつつある板金鎧プレートアーマー
 戦場からは姿を消し、もっぱら儀式や儀礼の場でしか見かけないようになった古めかしい金属製の全身鎧が木箱の中に納められている。
 問題は、その数だ。

「ここにあるものすべて、ですか?」
「そうです。合わせて500と20、ご確認ください」

 520個の木箱すべてにおなじサイズ、おなじ装飾の板金鎧が入っているのを、監視員たちが複数に分かれて根気強く確認していく。

「この大きな箱は?」
「同様の物が入っています。ただし、大きさは少々異なりますが」
「これは……、人が身につけるようなサイズじゃないですな。巨人用の鎧ですかね」
「そのあたりのことをくわしく調べてもらうため、運んできたのです」

 各国の貴族たちが出資している調査団が異国の地で発見した品々。それを近く創立予定であるマカロン王立魔術学院で鑑定してもらうため、ひと月ほどシーベックの倉庫を借りたいという話だ。

「なにせ数が数なのでマカロンまで輸送するのは困難でして。しばらくの間ここに置かせてもらい、むこうから魔術師さんに来てもらう手はずになっています」
「たしかに、これを陸路で運ぶとなると容易ではないでしょうな。しかしよくもまぁ、こんなに発掘されたものですなぁ――では、こちらの種類にサインを――。それではカルサコフさん、マカロンの誇る港湾都市シーベックを満喫してください」

 監視員のチェックを滞りなく済ませたカルサコフは手配されたホテルへ向かう前に街中を歩いてまわった。
 だが目的は観光ではない、偵察だ。
 近日中に遂行する任務のため、ある程度街の造りを知る必要があるためだ。
 シーベックは内陸への玄関口である港町であり、交易が盛んなほか観光地としても栄えている。
 浜辺のある区画では水着姿の若い男女が歓声をあげて人生を謳歌している姿が見られた。

「退廃主義者どもめ」

 堕落、放蕩、享楽、不埒、不届き、不健全、不道徳――。
 そのような言葉しかカルサコフの頭には浮かんでこない。
 貴族や豪商といった裕福な人々が居を構える富裕地区にも足を運ぶ。ここがもっとも重要なポイントだ。いかにも観光客といった風情をよそおい、くまなく観察する。

「ブルジョアジー……」

 いますぐにでも攻性魔術を連発して拝金主義者どもを粛正したくなる欲求を抑え、あやしまれないうちにその場を後にして手配されたホテルへむかった。

「なんだ、これは……!」

 たったいま偵察してきた富裕地区。そこに軒を連ねる豪邸に勝るとも劣らないような豪華なリゾートホテルに眉をしかめる。
 しかも用意された部屋は最上階にあるもっとも高級なロイヤルスイートルームだった。
 質実剛健を良しとするカルサコフにはまことにもって不愉快極まりない宿の選択にいら立ちを覚えつつ部屋に入る。
 そこでは床のそこかしこに酒瓶がころがり、小太りの中年男性が薄着姿の若い女性たちと戯れていた。

「おお、遅かったじゃないか同志カルサコフ。悪いが先に楽しませてもらってるぜ。フィヒヒヒ!」

 下卑た笑い声をあげて女の白い乳房に脂ぎった顔をうずめる。

「これはどういうことだ、同志ウェルニッケ! 部外者を中に――ッ!?」

 女たちの目は虚ろで、表情に乏しく、意思や知性というものが感じられない

「きさま、壊したな」
「フィヒヒヒヒ! ご名答!」

精神破砕マインド・ブラスト
 対象の思考を破壊し、強制的に朦朧状態にする精神攻撃魔術。相手を廃人にしてしまうこともある危険な術で、ウェルニッケと呼ばれた小太りはこの呪文をもちいて女たちを意のままに操っているのだ。

「こいつらは今夜のことなんて覚えちゃいないのさ、だからなにをしてもいいってわけだ。いや、今夜だけじゃなくてもうずっとなにも覚えられないかもしれないな。フィーヒヒヒ!」

 怒りと軽蔑にカルサコフの頭の芯が研ぎ澄まされていく。彼は怒りで頭に血が上るのではなく、逆に血の気が引くタイプの人間だった。

「ほら、遠慮しないでおまえもどうだ。赤毛が好きか? 黒髪か? 金髪はどうだ。酒だってあるぜ、イクラやキャビアもだ。ハラショー! どうせ一週間後にはみんな殺しちまうんだ、今のうちに楽しめよ、ズドーラヴァ!」

 ロッシーナ訛りで歓声を上げたウェルニッケが女におおいかぶさると酒臭い息を吐きだして腰を振りはじめる。

「……我らが結社ムードラスチに下品な男は不要だ――雷火よ・煌めき・奔れ・閃光よ・穿て」
「ん? ――ギャッ!?」

 カルサコフは両手を前に出してウェルニッケの頭をはさみこむ。両のこめかみに指圧のように指先を押し当てた状態で【昏倒電圧スタン・ボルト】を放った。
昏倒電圧スタン・ボルト】とは初歩の攻性魔術のひとつであり、微弱な電気の力線を飛ばして対象を電気ショックで麻痺させて行動不能にする。
 殺傷力の低い魔術ではあるが、魔力を練り上げて三節以上の詠唱節数をかけて呪文を唱えることで、威力を最大限に高めることで攻撃力を高められる。
 あたり所が悪ければ致命的だ。高圧電流がウェルニッケの脳神経を焼き切った。
 脳死――魔術によって他者の心を壊し、廃人同然にした男は、皮肉にも自身が魔術によって廃人となった。
 目の前で人が害されたというのに女たちは逃げもせずに茫洋とたたずむのみ。
 口封じするのは簡単だ。唾棄すべき輩とはいえ同志をいとも簡単に殺めたカルサコフにとっては造作もないこと。
 だが彼はそうしなかった。
 ウェルニッケの言うとおり、一週間後におこなう〝粛正〟によってこの街の人々の多くが死ぬことになるだろう。だがカルサコフの目的はあくまで任務の遂行であって殺害ではない。無意味に殺す気にはならなかった。
 ひとりひとり丹念に魔術による精神治療をほどこしたあと、偽りの記憶を植えつけて家に帰らせた。後遺症が残る可能性はあるが、さすがにそこまでは面倒を見切れない。
 続いてまだ息だけはあるウェルニッケだった肉の塊の処理にかかる。

「貪るものよ・暗き砂漠より・来たりて啖え」

 カルサコフの唱えた召喚呪文に応じて異界よりなにかが現れる。
 人に似た四肢を持ってはいるが、前かがみになった姿勢や顔つきは犬めいており、肌は赤と緑を混ぜたような不気味な色をしている。手には鋭い鉤爪が生え、脚には蹄があった。
 グール。
 人の骸を好んで食べることから食屍鬼とも呼ばれる怪物だ。

「こいつを食え」
「GISYAAA……!」

 食屍鬼グールたちは脳死という極めて新鮮な状態の獲物に歓喜のよだれを垂らして食らいつく。
 がぶり、ぞぶり、ごそり、くちゃり、ぞぞり、こつり、じゅるる、くちゃ、ぱく、ごぼ、ばり、べき、ぼこ、ぞぼぼ、ぺちゃ、ばり、ぼり、ぺき、ぱき、ぽき、ぺきん、ごぶり――。
 食屍鬼の食欲は旺盛だ。肉のひとつまみ、骨のひとかけら、血のひとしずくも残さずにたいらげるのに、さして時間はかからないだろう。
 同志だったものが処理されていくのを見ながら、カルサコフはこれからのことに思いを巡らせる。
 一週間後、ここシーベックをはじめ複数の場所で同時に起こす破壊活動。
 任務とはいえ一般人を弑することに抵抗があったが、この腐敗した街の粛清を任されたことは幸運だ。
 せめてこの協力者がもう少しましな人間だったら良かったのだが、済んでしまったことはどうしようもない。ことを終えたら包み隠さず報告し、沙汰を受けるだけだ。
 たとへ組織から死をたまわることになっても悔いはない。組織によって処断された死体は魔術の実験に利用され、魔術のために貢献できるからだ。
 カルサコフの所属する組織――その名をムードラスチという。
 ロッシーナ帝国に最古からある魔術結社。魔術を極めるためならばなにをしても良い、どんな犠牲を 払ってもゆるされる、むしろそうするべきだ。この世界を導くのは優れた人間、すなわちムードラスチに所属する魔術師であり、それ以外。特に魔術の使えない人間はすべて盲目の愚者であり、家畜。
 そのような選民思想に取りつかれた者たちの集団だ。

「神へと至る智慧に栄光あれ。魔術は偉大なり」

 虚空にむかって腕を斜め上に突き出す独特の敬礼をしたカルサコフの腕には短剣に絡みつく蛇の紋様が彫られていた。
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