魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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シーベック動乱 2

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 いつもより遅い朝食を食べ終えてお茶を飲んでいたアヤネルは外から聞こえてくる喧騒に眉をしかめる。
 閑静な雲地区にはおよそ似つかわしくない、ひどく荒々しく暴力的な響きの騒音。
 それが徐々に大きくなり、近づいてくる。
 いや、騒音などではない。
 物の壊れる音にまざって人の悲鳴や怒号まで聞こえてくる。
 
「姫様、敵襲です~!」
「なんですって!? 簡潔、簡略、可及的すみやかに説明して!」
「かくかくしかじか、ホニャララホニャララで――」
「かくかくしかじか、ホニャララホニャララじゃわからないわよ!」
「ある事柄の説明を省略した際に具体的内容の代用としてもちいられる文章表現ですってば!」
「て、戯れている場合じゃない! みんなをロビーに集めて! 緊急事態よ!」



 所属不明の兵隊たちが街中で暴れている。彼らは雲地区にも押し寄せ、家々を荒らしてまわっている――。

「全員集まった?」

 愛用の革鎧に着替え、腰に小剣を佩いだアヤネルがロビーに姿を見せると、集められた使用人たちの間に漂っていた不安と緊張がいくらかやわらいだ。

「無頼の徒があたし達の屋敷に乱入して狼藉を働こうとしているわ。今からこの身の程知らずの賊徒どもを蹴散らしに行くから、我はと思う者は名乗り出て」
「とりあえず屋敷に入ってきた連中はたおしたぞ」
「早ッ!」

 鬼一法眼きいちほうげんとマスターソンがボロボロになった鎧をかついで入ってきた。

「リビングアーマーだ。20体ほど片づけた」
「へぇ、これがあの……」

 アヤネルも動く鎧のモンスターを肉眼で見るのは初めてだった。

「こうして見ると、ただの鎧にしか見えないわね」
「所属を示す刻印や徽章のたぐいは見つからない。こいつを使役している魔術師はどこかの国の軍人というわけではないようだ。少なくとも正規兵ではない」

 今の時代の魔術は軍事技術であり、魔法使いは軍属になる例が多い。そして国に仕えている魔法使いは魔術士と呼ばれる。
 なかでも特に秀でた者は魔術師、魔導師ウィザードと称される。
 この世界に来てまだ日の浅い鬼一だが、猛勉のかいもありそのくらいのことは学んでいた。

「まぁ、詮索するのは官憲に任せるとして。このままだと危険なので国外に避難するかここに籠城するか決めてくれ」
「え?」
「もし他国からの攻撃だった場合、すぐに脱出しないと門を封鎖されて街から出られなくなってしまう。王家の人間として身柄を拘束されるといろいろやっかいだろう」
「…………」
「シーベックに攻め入る国なぞ、鬼畜ロッシーナくらいなものでしょう。遠くから発砲音が聞こえてきました。銃士隊が鎮圧に乗り出しているからには制圧されるのは時間の問題。それよりも下手に動き回ると流れ弾に当たる恐れがあります。騒ぎが治まるまで屋敷にて静観なさっていてください。このマスターソンがいる限り賊徒どもの侵入はゆるしません」
「…………」

 アヤネルがなすべきことを考えている間にも剣戟や銃声といった剣呑な響きの音が聞こえてくる。
 屋敷に入り込んだリビングアーマーたちは鬼一とマスターソンの手で撃退したが、雲地区ではまだ戦闘がおこなわれているようだ。

「……この騒ぎはすぐ近く、トーランド卿の屋敷からね」
「はい。しかし男爵様はいくさ上手として名を馳せたお方で、家中の方々も腕利きぞろい。屋敷も外敵に備えた造りですのでそう易々と賊徒どもに後れはとらないでしょう」
「……アキンド邸からも騒ぎが聞こえるわ」
「アキンド様は日頃から大量の傭兵を召し抱えておりますので、こちらも簡単には破れますまい」

 雲地区に居を構える貴族や豪商の多くは私兵を擁している。金に糸目をつけずに雇い入れた彼らの実力は高く、個々の戦闘力なら並の警備官を上回る者もめずらしくない。

「他の家の方々も似たようなものです。他家のことよりも今はご自身の心配をなさってください」
「なるほど、たしかに雲地区の富裕層には身を守る手段があるわね。けれどもそれ以外の人たちはどう? 先ほどミーアから聞いた話だと、潮風地区は酷いありさまだったとか……。ついきのう楽しくお買い物に興じた街が賊徒に荒らされているだなんて、義憤に耐えかねるってやつよ。あたしには魔術の力がある。動く鎧ごときに後れをとるつもりはないわ。あたしたちのシーベックは、あたしたち自身の手で守るべきよ!」

 みずから出向いて暴れまわるリビングアーマーたちを退治する。
 庶民言葉コックニーで(もっとも普段から庶民言葉だが)そう宣言する一国の姫君の姿に一同は感動、奮起した。

「……ここがアヤネル姫の、マカロン王国の純然たる直轄領なら『高貴なる者の義務』を果たすべきかも知れないがシーベックは〝商人の持ちたる国〟だ、そうでないのだからあえて危険を冒す必要はないだろう。警備官たちに任せておけ。君子危うきに近寄らず、だ」
「義を見てせざるは勇なきなり! あなたの好きな言葉じゃなくて、キイチ?」
「勇気と蛮勇はちがう。相手の目的も規模も不明なのに、敵前に身をさらすのは無謀だ」
「危険を自ら引き受けるのは無謀でなく勇気! そして勝機が見えても危険を恐れるのは慎重でなく臆病!」

 あいつぐ防衛戦によって培われた、自らの土地と財産は自分達で守るという尚武の気風を貴ぶマカロン王家の使用人たちはこの言葉に奮起した。

「おおう! このマスターソンもお供つかまつりますぞ! 先のいくさでは槍働きひとつで騎士の位をたまわり、槍のマッさんと呼ばれたこの武勇。いまだ錆びついてはいないことをお見せします!」
「いいえ、マスターソン。あなたにはこの邸の守りを任せるわ。あたしがいない間の留守をあずかることこそ、あなたの役目よ。ホーゲン、あなたはあたしに同行して。これをあずけるわ」

 アヤネルは腰に佩た小剣を手にとって鬼一の前に差し出した。

「キイチ・ホーゲン。あなたをあたしの剣に任命します。あたしの剣となり、あたしの代わりに敵を打ちなさい」

 ここまで言われてことわるわけにはいかない。

「……受けたまわった」

 アヤネルから手渡された剣は見た目よりも軽かった。
 軽量化をはじめ、いくつかの魔術が作用している魔道具だと、鬼一の見鬼は視た。
 だがその剣にこめられたアヤネルの想いはけっして軽くはなかった。 
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