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シーベック動乱 4 異世界車懸りの陣
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雲地区、高潮地区を抜け、潮風地区に近づくにつれてそこかしこに鎧の残骸を目にするようになった。
街の警備官たちの働きによるものだろう。だが彼らも無事ではなかった。
破壊されたリビングアーマーの数以上の負傷者を出し、最悪命を落とした者もいる。
警備官らの帯びるサーベルでは金属鎧に有効なダメージを与えられず、不利な戦いを強いられたからだ。
機転を利かせて武具屋から臨時徴収した戦鎚や戦棍で応戦したり、銃士隊による銃撃や魔術士の魔術によりなんとか引潮地区への侵入を防いでいた。
シーベック潮風地区。
花の匂い、香煙の匂い、果物や野菜の匂い、強い香辛料の匂い、揚げ菓子の甘い匂い、炭火が焼ける匂い、牛や犬、羊や山羊、鶏の匂い、人の匂い、土の匂い、木の匂い、水の匂い――。
豊かで濃厚な匂いは活気の証拠。だがシーベック風地区はいま、剣呑な血と硝煙の臭いに満ちていた。
「くそぅ、なんなんだやつらの動きは!」
警備官のひとりが思わず悲鳴に似た声をあげる。
街中を散発的に暴れていたリビングアーマーとちがい、引潮地区へと侵攻する鎧の一団は統制された動きをしており、迎撃が困難だったのだ。
こちらが攻めればおなじだけ退き、こちらが退けばおなじだけ攻めてくる。
理屈の上では一進一退になるはずだ。
だがなぜか警備官側が攻めているといつの間にか隊が分断されて各個撃破の憂き目に遭い、逆に退くと際限なく攻め立てられ押し潰されそうになる。
このままでは、長くはもたない。次に攻めてきたときが終わりだ――。
「あたしたちも加勢するわ!」
「助太刀するぞ」
「君たちは……、冒険者かなにかか?」
警備官たちを率いる隊長は駆けつけてきたアヤネルと鬼一にいぶかしげな表情を浮かべる。
「はい、通りすがりの冒険者です」
「そうか。他に仲間は? 君たちふたりだけかい? 正直ここはもう限界だ、撤退する」
「ここを突破されたら後がないわ。引潮地区の住民の避難は済んでいるの?」
「それは……」
「ならばなんとしても死守するのみ!」
「われわれだってそのつもりだ! だがやつら、さっきから妙な動きをしていて……」
「……あの鎧、ほかのとはちがうな」
「え?」
「あの槍を持ったやつ、将気をまとっている。あいつを倒せばなんとかなるかもしれない」
鬼一の見鬼はリビングアーマーたちのなかに集団を統率する長を見極めた。
どうやって倒すか、それが問題だ。
「だれかあの槍を持ったやつを狙撃できる射手はいないのか?」
「……遠いな、銃じゃ無理だ。うちの隊にはそこまでの使い手はいないし、魔術の使い手もいない」
「ねぇ、あの槍を持ったのがリビングアーマーたちを率いているの?」
「総大将かどうかは知らんが、少なくともここにいるリビングアーマーたちを統率しているのは間違いない。やつを討ち取れば陣形を組むことはできず、軍隊として動くことはできなくなるだろう」
「ならあいつにあなたのオンミョウジュツを集中させてやっつけちゃって!」
密集陣形や隊伍をならべての布陣は広範囲破壊魔法を撃ち込まれれば甚大な被害を生じる。それゆえにこの世界、この時代、この国では散兵戦術が基本となりつつある。
しかし逆に言えば破壊呪文という攻撃手段を持たない相手には絶大な効果を発揮した――発揮したが相手に広範囲を巻き込むことができる破壊魔法を使う魔術師がいれば戦況は一変する。
鬼一の参戦はまさにそれであった。
「……いや、少し考えがある。俺が陣形を崩すから、敵の布陣に乱れが生じたら全員で一気にそこを突いてくれ」
「なんだって!?」
(火剋金。俺の火行術をもってすれば金属鎧の集まりなど一掃できるが、せっかくの年代物の板金鎧を鉄くずにするのはもったいないからな。なるべく傷つけずに倒して戦利品にしてやる。これだけ骨董的価値のある鎧が大量に手に入るとは僥倖、僥倖)
「キイチ、貴方いま邪な事を考えてない?」
「コホン……いいか、やみくもに突進しても今までの繰り返しだ。巧妙に分断されてこちらが各個撃破されるだけだから、俺が奴を討ち取るまでは動くなよ」
「ちょ、おまっ! 本気か!?」
そうこうしているうちにリビングアーマーたちが動き出す。隊列を組み、整然とした動きで進攻してくる。
鬼一は魔剣を片手にリビングアーマーの集団に立ち向かった。
「哈ッ!」
気合い一閃。
眼前のリビングアーマーの胴を両断すると、間髪入れずに敵陣に突入し、縦横無尽に剣を奮う。
「哼ッ!」
――剣は示すに虚をもってし、開くに利をもってす。これに遅れて発し、先んじて制す。各種の剣捌きは力に随い行いに逆らってこそ鋭きを得る――。
「呀ッ!」
斬る、突く、払う、打つ、薙ぐ――。
点と線、円と直、緩と急、剛と柔。
素手の延長である武器。剣は敵を倒すためのみに進化した道具。
ひとりの敵を屠るには一降りの剣があればよく、一群の敵を屠るには、さらに一槍があればよい。
もしも折れず曲がらず刃毀れもしない剣があったとしたら、一槍も不要。その剣は無敵。
「哈アァッ!」
剣光が迸るたびに動く鎧たちはその数を減らしていく。
「す、すごいじゃないか」
警備官たちは我を忘れて鬼一の奮戦ぶりに目を奪われていた。
「あ、またあの奇妙な動きをしだしたぞ!」
単騎とはいえ手強し。
槍の指揮官の声なき号令に応えてリビングアーマーたちが隊伍を組み鬼一を取り囲む。
二重三重に取り囲むと車輪のように陣を回転させ、一隊が攻撃するとすぐにその部隊が下がり、また別の部隊が攻める。循環式の陣形を組み立てた。
回転しながら敵の弱い所を攻めたて、強い所では守りに徹する。
それら攻守を絶え間なく続けることによって相手の消耗を誘う布陣である。
(きたな! ……これはまるで講談にある車懸りの陣。その変形じゃないか!)
車懸りの陣。
上杉謙信が川中島の合戦で使用したとされる布陣。自軍を円形に配置し、車輪のように陣を回転させながら一陣、二陣、三陣と入れ替わり、攻撃の手を休まずに次々と新手を繰り出す波状攻撃。
その起源は古くインド神話にまでさかのぼり、薬師如来を守護する十二神将がもちいたとされる。
中央に本陣を配置し外側に対して攻撃を繰り返すという通説にある車懸りの陣とはちがい、これは敵を囲み外から内へと攻めてくる。
(この配置、たとえ外から味方が救援に駆けつけたとしても、軍をふた手にわけて対応可能だ。外側の敵には従来の車懸りの陣の動きで応戦すればいい)
内にいる者は完全に孤立し、敵に取り囲まれているというわけである。
さらに右へ左へと目まぐるしく動き回ることにより、閉じ込めた相手を眩惑させる効果もあった。
(……それだけではない、左右に目まぐるしく動き回ることで相手を眩惑させる効果もある。これは八門金鎖の陣の如きものだな)
陣とは奇門遁甲より生まれた術であり、目眩ましによる兵法である。
一連の動きを数人が一体となっておこない、敵に対して連続して攻撃を与えつつ、みずからは極力消耗を抑える。
精巧な陣を組めば少数でも大軍に対抗できる。
(だが奇門遁甲に通じる陰陽師相手にそれは悪手だ!)
鬼一の見鬼が休、生、傷、杜、景、死、惊、開の八つの〝門〟を見抜いた。
ならば生・景・開の門を破るのみ。
どんな剣法にも長所とともに必ず弱点がある。
剣陣もまた同様。
一陣、二陣、三陣――。
一陣、二陣、三陣――。
一陣、二陣、三陣――。
間断なく攻撃をしかけては離脱し、各々が連続して打ちかかってくるのをしのぎつつ、鬼一は心を落ち着けて相手の動きに集中する。
妙に守りの薄い箇所がある。わずかだが動きが遅く、鈍い。
(……だが、ちがう。あれは誘いだ。あえて守りの薄い場所を作り、相手を誘導する。囲師必闕のような逃げ道ではない。あそこは死門、真の生門は――)
陣の形をじゅうぶんに見極めて一気に弱点を打つのだ。
街の警備官たちの働きによるものだろう。だが彼らも無事ではなかった。
破壊されたリビングアーマーの数以上の負傷者を出し、最悪命を落とした者もいる。
警備官らの帯びるサーベルでは金属鎧に有効なダメージを与えられず、不利な戦いを強いられたからだ。
機転を利かせて武具屋から臨時徴収した戦鎚や戦棍で応戦したり、銃士隊による銃撃や魔術士の魔術によりなんとか引潮地区への侵入を防いでいた。
シーベック潮風地区。
花の匂い、香煙の匂い、果物や野菜の匂い、強い香辛料の匂い、揚げ菓子の甘い匂い、炭火が焼ける匂い、牛や犬、羊や山羊、鶏の匂い、人の匂い、土の匂い、木の匂い、水の匂い――。
豊かで濃厚な匂いは活気の証拠。だがシーベック風地区はいま、剣呑な血と硝煙の臭いに満ちていた。
「くそぅ、なんなんだやつらの動きは!」
警備官のひとりが思わず悲鳴に似た声をあげる。
街中を散発的に暴れていたリビングアーマーとちがい、引潮地区へと侵攻する鎧の一団は統制された動きをしており、迎撃が困難だったのだ。
こちらが攻めればおなじだけ退き、こちらが退けばおなじだけ攻めてくる。
理屈の上では一進一退になるはずだ。
だがなぜか警備官側が攻めているといつの間にか隊が分断されて各個撃破の憂き目に遭い、逆に退くと際限なく攻め立てられ押し潰されそうになる。
このままでは、長くはもたない。次に攻めてきたときが終わりだ――。
「あたしたちも加勢するわ!」
「助太刀するぞ」
「君たちは……、冒険者かなにかか?」
警備官たちを率いる隊長は駆けつけてきたアヤネルと鬼一にいぶかしげな表情を浮かべる。
「はい、通りすがりの冒険者です」
「そうか。他に仲間は? 君たちふたりだけかい? 正直ここはもう限界だ、撤退する」
「ここを突破されたら後がないわ。引潮地区の住民の避難は済んでいるの?」
「それは……」
「ならばなんとしても死守するのみ!」
「われわれだってそのつもりだ! だがやつら、さっきから妙な動きをしていて……」
「……あの鎧、ほかのとはちがうな」
「え?」
「あの槍を持ったやつ、将気をまとっている。あいつを倒せばなんとかなるかもしれない」
鬼一の見鬼はリビングアーマーたちのなかに集団を統率する長を見極めた。
どうやって倒すか、それが問題だ。
「だれかあの槍を持ったやつを狙撃できる射手はいないのか?」
「……遠いな、銃じゃ無理だ。うちの隊にはそこまでの使い手はいないし、魔術の使い手もいない」
「ねぇ、あの槍を持ったのがリビングアーマーたちを率いているの?」
「総大将かどうかは知らんが、少なくともここにいるリビングアーマーたちを統率しているのは間違いない。やつを討ち取れば陣形を組むことはできず、軍隊として動くことはできなくなるだろう」
「ならあいつにあなたのオンミョウジュツを集中させてやっつけちゃって!」
密集陣形や隊伍をならべての布陣は広範囲破壊魔法を撃ち込まれれば甚大な被害を生じる。それゆえにこの世界、この時代、この国では散兵戦術が基本となりつつある。
しかし逆に言えば破壊呪文という攻撃手段を持たない相手には絶大な効果を発揮した――発揮したが相手に広範囲を巻き込むことができる破壊魔法を使う魔術師がいれば戦況は一変する。
鬼一の参戦はまさにそれであった。
「……いや、少し考えがある。俺が陣形を崩すから、敵の布陣に乱れが生じたら全員で一気にそこを突いてくれ」
「なんだって!?」
(火剋金。俺の火行術をもってすれば金属鎧の集まりなど一掃できるが、せっかくの年代物の板金鎧を鉄くずにするのはもったいないからな。なるべく傷つけずに倒して戦利品にしてやる。これだけ骨董的価値のある鎧が大量に手に入るとは僥倖、僥倖)
「キイチ、貴方いま邪な事を考えてない?」
「コホン……いいか、やみくもに突進しても今までの繰り返しだ。巧妙に分断されてこちらが各個撃破されるだけだから、俺が奴を討ち取るまでは動くなよ」
「ちょ、おまっ! 本気か!?」
そうこうしているうちにリビングアーマーたちが動き出す。隊列を組み、整然とした動きで進攻してくる。
鬼一は魔剣を片手にリビングアーマーの集団に立ち向かった。
「哈ッ!」
気合い一閃。
眼前のリビングアーマーの胴を両断すると、間髪入れずに敵陣に突入し、縦横無尽に剣を奮う。
「哼ッ!」
――剣は示すに虚をもってし、開くに利をもってす。これに遅れて発し、先んじて制す。各種の剣捌きは力に随い行いに逆らってこそ鋭きを得る――。
「呀ッ!」
斬る、突く、払う、打つ、薙ぐ――。
点と線、円と直、緩と急、剛と柔。
素手の延長である武器。剣は敵を倒すためのみに進化した道具。
ひとりの敵を屠るには一降りの剣があればよく、一群の敵を屠るには、さらに一槍があればよい。
もしも折れず曲がらず刃毀れもしない剣があったとしたら、一槍も不要。その剣は無敵。
「哈アァッ!」
剣光が迸るたびに動く鎧たちはその数を減らしていく。
「す、すごいじゃないか」
警備官たちは我を忘れて鬼一の奮戦ぶりに目を奪われていた。
「あ、またあの奇妙な動きをしだしたぞ!」
単騎とはいえ手強し。
槍の指揮官の声なき号令に応えてリビングアーマーたちが隊伍を組み鬼一を取り囲む。
二重三重に取り囲むと車輪のように陣を回転させ、一隊が攻撃するとすぐにその部隊が下がり、また別の部隊が攻める。循環式の陣形を組み立てた。
回転しながら敵の弱い所を攻めたて、強い所では守りに徹する。
それら攻守を絶え間なく続けることによって相手の消耗を誘う布陣である。
(きたな! ……これはまるで講談にある車懸りの陣。その変形じゃないか!)
車懸りの陣。
上杉謙信が川中島の合戦で使用したとされる布陣。自軍を円形に配置し、車輪のように陣を回転させながら一陣、二陣、三陣と入れ替わり、攻撃の手を休まずに次々と新手を繰り出す波状攻撃。
その起源は古くインド神話にまでさかのぼり、薬師如来を守護する十二神将がもちいたとされる。
中央に本陣を配置し外側に対して攻撃を繰り返すという通説にある車懸りの陣とはちがい、これは敵を囲み外から内へと攻めてくる。
(この配置、たとえ外から味方が救援に駆けつけたとしても、軍をふた手にわけて対応可能だ。外側の敵には従来の車懸りの陣の動きで応戦すればいい)
内にいる者は完全に孤立し、敵に取り囲まれているというわけである。
さらに右へ左へと目まぐるしく動き回ることにより、閉じ込めた相手を眩惑させる効果もあった。
(……それだけではない、左右に目まぐるしく動き回ることで相手を眩惑させる効果もある。これは八門金鎖の陣の如きものだな)
陣とは奇門遁甲より生まれた術であり、目眩ましによる兵法である。
一連の動きを数人が一体となっておこない、敵に対して連続して攻撃を与えつつ、みずからは極力消耗を抑える。
精巧な陣を組めば少数でも大軍に対抗できる。
(だが奇門遁甲に通じる陰陽師相手にそれは悪手だ!)
鬼一の見鬼が休、生、傷、杜、景、死、惊、開の八つの〝門〟を見抜いた。
ならば生・景・開の門を破るのみ。
どんな剣法にも長所とともに必ず弱点がある。
剣陣もまた同様。
一陣、二陣、三陣――。
一陣、二陣、三陣――。
一陣、二陣、三陣――。
間断なく攻撃をしかけては離脱し、各々が連続して打ちかかってくるのをしのぎつつ、鬼一は心を落ち着けて相手の動きに集中する。
妙に守りの薄い箇所がある。わずかだが動きが遅く、鈍い。
(……だが、ちがう。あれは誘いだ。あえて守りの薄い場所を作り、相手を誘導する。囲師必闕のような逃げ道ではない。あそこは死門、真の生門は――)
陣の形をじゅうぶんに見極めて一気に弱点を打つのだ。
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