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平穏 2
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「この俺が家持ち土地持ち、国から俸禄をもらえる身分になるとはなぁ……」
門から邸までの道は草で覆われ野原の如く。
荒れるがままの家屋と庭園であったファリクス邸はわずかな期間で外装も内装も一新。
さらに塔の形をした図書室、温室、アイテム保管庫、錬金術実験室、シーベックへとつながる転移プールなどなどが増改築されて見違えるように整えられ、館の主である鬼一法眼は大いに満足をした。
なにせ彼の元いた世界の住宅事情は貧しく、一般の人々は諸外国から「ウサギ小屋」と揶揄されるような狭く小さな家に暮らしていたからだ。
それに比べれば雲泥の差である。
「特にこのシーベックの海が再現した転移プールなんて凄いじゃないか。源融は陸奥国塩竈の風景を模した庭園を作り、そこに海水を運んだと言うが、俺は本物の海とつなげたからね。さすが俺、凄いぞ俺。その霊力は安倍晴明の、その法力は弘法大師の、その験力は役小角の再来。当代随一の陰陽師・第一四代目鬼一法眼よ」
絶賛自画自賛の鬼一。
そんなある日のこと、玄関先にひとりの少年が倒れているのを発見。診れば額にケガをしているうえに雨の中を歩き回ったので熱が出て気を失ってしまったようだ。
「これはいかん」
寝台に寝かせて介抱するとやがて目を覚ました。
「クソババーッ!」
「開口一番クソババーとは何事か!」
「ああ、これはすみませんーーぼくの名前はアントニー。去年事故で両親を亡くして祖母の所に引き取られたのですが、その祖母が酷いのなんのあんにゃもんにゃで……」
「ほう、そんなに酷い顔なのか」
「顔もそうですが性格が最悪で、人というより鬼婆のようです。召使いはたくさんいるのに身の回りの世話をぼくにやらせるんです、ぼくをなじるために」
(召使い……身なりといい良家の子息か)
「温かいスープを持っていけばこんな煮えたぎった溶鉱炉みたいなものを飲ませて火傷させるつもりかと怒鳴り、ぬるいスープを作り直せばこんな冷たいものを飲ませて風邪をひかせたいのかと怒鳴り散らす始末」
「まるで姑の嫁いびりだ」
「そうですね、そんなものです。祖母はぼくの父を溺愛していましたから、愛する息子を奪った憎い女の子どもが憎いんです!」
「複雑な感情を抱いているようだ。ところでそのケガは?」
「昨夜のことです、ベッドメイキングの仕方が悪いといって癇癪を起こして手あたり次第に物を投げつけられて、それが当たって……」
「たちの悪い婆さんだな」
「もう頭にきて頭にきて、気がついたら雨の中でした。――もう我慢できない、あのクソババアの息の根を止めてやる!」
「なら良い物があるぞ」
「え?」
鬼一が別の部屋から白い粉の入った小瓶を持ってくる。
「なんですかこれは?」
「特殊な毒でな、一度に大量に摂取しても死なないが、毎日小さじ一杯ほどの量を三ヶ月ほどかけて摂取するとコロリと亡くなり後にはなんの痕跡も残らない。自然死と一緒だ」
「へぇ……」
「どうだ、使ってみるか?」
「ほ、本当になんの痕跡も残らないんではないですか?」
「本当だとも。どんな錬金術師が診たってわからない。俺だって殺人幇助で捕まりたくはないからな」
「やります!」
「この毒は無味無臭だから温めたミルクやお茶など何かに混ぜて飲ませるといい。飲んだ後に胃のあたりを刺激するとなお効果的だからマッサージしますとか言って胃腸や背中のあたりを揉んでやれ」
「わかりました!」
こうしてアントニー少年が祖母の毒殺を決意して毒を手に帰ってからひと月が経ち、ふた月も終わろうとした頃。
ファリクス邸にアントニーが血相を変えて飛び込んできた。
「解毒薬をください!」
「なんだ藪から棒に」
「例の毒の解毒薬はありませんか? 祖母を死なせたくないのです!」
「いったいどうした心変わりだ」
「実は――」
アントニーがことのいきさつを説明する。
毒殺を試みるため内心をさとられることないよう悪口雑言や嫌がらせに耐えてかいがいしく祖母の世話をしていたある日のこと、いつものように食後のマッサージをしていたら祖母は急に体を震わせ嗚咽を漏らした。
ついに毒がその効果をあらわしたのか! と身をかたくしたアントニーに祖母が感謝と謝罪の言葉を投げかけてきたではないか。
「ゆ、ゆるしておくれアントニー! 息子を奪った女の子どもだと思うとどうしても憎しみが湧いて、あんなにも冷たく酷い仕打ちをしたのにあんたはそれを恨みもせず毎晩お茶やミルクを淹れて腰を揉んでくれて……なんて優しい子なの! そんな心根も知らずにあたしは、あたしは――。やっとわかったよ、あんたの母親も優しい人だったんだろうね。だから息子も惹かれたし、あんたみたいな優しい子どもが生まれたんだ。そんなことも気づかずになんてあたしは愚かだったの! お願いだよアントニー、この愚かな年寄りをゆるしておくれ! お願いだよ――
「おばあさま……」
「――というわけなんです! おばあさまは悪い人ではなかった。ただ寂しかっただけなんです! ですからおばあさまを助けてください! お願いです!」
「助けるとは?」
「おばあさまは2ヶ月も毒を飲み続けてきたんです! 体が弱っているに違いないから、たとえこれから毒を飲まなくても死んでしまうかもしれない。毒を中和する方法はありませんか!?」
「そんなものはない」
「もう手遅れだと!?」
「あれは毒ではなくただの市販の胃腸薬だ」
「ええッ!?」
「あのまま君を帰していたら悲劇が起こったかもしれない。そこで一計を案じた。本心は別だが君の行為が祖母の憎しみの心を溶かした。憎しみは憎しみを呼び、愛は愛を呼ぶ。偽りの愛情表現が本物の愛を生んだのだ。祖母にも、君の心にも」
「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか」
こうしてアントニーは凶行に走ることなく祖母と幸せに暮らす事となった。
「という事があったんだ」
「「イイハナシダナー!」」
鬼一の話にアヤネルとシェラのふたりが感動して相好を崩す。
鬼一は先の新兵訓練の際の「1ヶ月食事を作る」という約束をきちんと果たしていた。
今日も自宅にふたりを招いて手料理を振る舞っているところだ。
自宅がシーベックと繋がったことで新鮮な魚介類が簡単に手に入るためアクアパッツァ、つぶ貝と牡蠣のブルギニョン、海老のフリッターなどなどの料理が所狭しと並べられ、湯気を立てている。
「キイチ殿だけに作らせるのも心苦しいので狩りで仕留めた鴨をコンフィにしてみた」
「あ、あたしも城からワインとチーズを持ってきたわよ!」
「それはなによりの土産だ」
「あ、これ美味しい!」
「バジルの香味が効いているな」
「このワインは軽すぎず重すぎずコクがあってサッパリしているなぁ」
「そっちはリッツバーグ産のだったわね。こっちのライアス産のはスパイシーな風味があって後に残るわよ」
「ひとくち味見」
「どうぞ」
たがいのグラスを交換して味見する。
「美味いな。肉でも魚でもどんな料理にも合いそうだ」
「でしょ? 野趣あふれる芳醇な味がたまらないわ」
食事の後には鬼一があらかじめ作っておいたデザートのパンプディングが出される。
このパンプディングの作り方はこうだ。
種を取ったスモモを鍋に入れて砂糖を加えてレモンをひと絞り。
しばらくして鍋の中の水分が上がってきたら強火にし、沸騰してきたら中火にして焦げつかないようにかき混ぜてアクを取りながら煮ていく。
やがて果肉は綺麗なルビー色に煮とろけて自家製のジャムのできあがり。
できあがったジャムをタッパーに敷いて、その上に一口サイズに切った食パンを詰め込み、砂糖などの各種甘味料や香草を牛乳で煮溶かしたものを流し込み、氷室に入れて凍らせる。
冷えて固まればパンプティングの完成だ。
お菓子だけではなく酒、カクテルも。
はスパークリングワインに桃の果汁とシロップを少々入れたベリーニ。
ミントの葉と氷がたっぷり入ったロングタイプのグラスから柑橘系の爽やかな香がただよう。これはラム酒をライムジュースとソーダ水で割り、シロップを入れたモヒートだ。
「貴方の作るカクテルは大好評よ」
「ああ、まさか酒に酒を混ぜる飲み方があるとは――き、キイチ殿! なにを泣いている!」
「喉にでもつかえたの!?」
否。
鬼一法眼は嬉しくて泣いていた。
たとえ退魔省庁勤めであっても世間からの風当たりが強く、汚れ働きばかり。
ましてや一度も表舞台で評価されない在野の裏稼業の呪術者である鬼一が元いた世界ではこうして余人と食卓を囲む事などなかった。
あっても同じような境遇の呪術者どうしで同病相憐れむ陰気な酒席だ。
それがどうしたことか、こうして高貴な美少女と絶世の佳人と酒を酌み交わしている。
これが泣かずにいられようか。
(士は己を知る者の為に死す。俺はこの世界が、この国が好きだ⋯⋯!)
鬼一法眼は改めてこの国のために尽力することを決意するのであった。
門から邸までの道は草で覆われ野原の如く。
荒れるがままの家屋と庭園であったファリクス邸はわずかな期間で外装も内装も一新。
さらに塔の形をした図書室、温室、アイテム保管庫、錬金術実験室、シーベックへとつながる転移プールなどなどが増改築されて見違えるように整えられ、館の主である鬼一法眼は大いに満足をした。
なにせ彼の元いた世界の住宅事情は貧しく、一般の人々は諸外国から「ウサギ小屋」と揶揄されるような狭く小さな家に暮らしていたからだ。
それに比べれば雲泥の差である。
「特にこのシーベックの海が再現した転移プールなんて凄いじゃないか。源融は陸奥国塩竈の風景を模した庭園を作り、そこに海水を運んだと言うが、俺は本物の海とつなげたからね。さすが俺、凄いぞ俺。その霊力は安倍晴明の、その法力は弘法大師の、その験力は役小角の再来。当代随一の陰陽師・第一四代目鬼一法眼よ」
絶賛自画自賛の鬼一。
そんなある日のこと、玄関先にひとりの少年が倒れているのを発見。診れば額にケガをしているうえに雨の中を歩き回ったので熱が出て気を失ってしまったようだ。
「これはいかん」
寝台に寝かせて介抱するとやがて目を覚ました。
「クソババーッ!」
「開口一番クソババーとは何事か!」
「ああ、これはすみませんーーぼくの名前はアントニー。去年事故で両親を亡くして祖母の所に引き取られたのですが、その祖母が酷いのなんのあんにゃもんにゃで……」
「ほう、そんなに酷い顔なのか」
「顔もそうですが性格が最悪で、人というより鬼婆のようです。召使いはたくさんいるのに身の回りの世話をぼくにやらせるんです、ぼくをなじるために」
(召使い……身なりといい良家の子息か)
「温かいスープを持っていけばこんな煮えたぎった溶鉱炉みたいなものを飲ませて火傷させるつもりかと怒鳴り、ぬるいスープを作り直せばこんな冷たいものを飲ませて風邪をひかせたいのかと怒鳴り散らす始末」
「まるで姑の嫁いびりだ」
「そうですね、そんなものです。祖母はぼくの父を溺愛していましたから、愛する息子を奪った憎い女の子どもが憎いんです!」
「複雑な感情を抱いているようだ。ところでそのケガは?」
「昨夜のことです、ベッドメイキングの仕方が悪いといって癇癪を起こして手あたり次第に物を投げつけられて、それが当たって……」
「たちの悪い婆さんだな」
「もう頭にきて頭にきて、気がついたら雨の中でした。――もう我慢できない、あのクソババアの息の根を止めてやる!」
「なら良い物があるぞ」
「え?」
鬼一が別の部屋から白い粉の入った小瓶を持ってくる。
「なんですかこれは?」
「特殊な毒でな、一度に大量に摂取しても死なないが、毎日小さじ一杯ほどの量を三ヶ月ほどかけて摂取するとコロリと亡くなり後にはなんの痕跡も残らない。自然死と一緒だ」
「へぇ……」
「どうだ、使ってみるか?」
「ほ、本当になんの痕跡も残らないんではないですか?」
「本当だとも。どんな錬金術師が診たってわからない。俺だって殺人幇助で捕まりたくはないからな」
「やります!」
「この毒は無味無臭だから温めたミルクやお茶など何かに混ぜて飲ませるといい。飲んだ後に胃のあたりを刺激するとなお効果的だからマッサージしますとか言って胃腸や背中のあたりを揉んでやれ」
「わかりました!」
こうしてアントニー少年が祖母の毒殺を決意して毒を手に帰ってからひと月が経ち、ふた月も終わろうとした頃。
ファリクス邸にアントニーが血相を変えて飛び込んできた。
「解毒薬をください!」
「なんだ藪から棒に」
「例の毒の解毒薬はありませんか? 祖母を死なせたくないのです!」
「いったいどうした心変わりだ」
「実は――」
アントニーがことのいきさつを説明する。
毒殺を試みるため内心をさとられることないよう悪口雑言や嫌がらせに耐えてかいがいしく祖母の世話をしていたある日のこと、いつものように食後のマッサージをしていたら祖母は急に体を震わせ嗚咽を漏らした。
ついに毒がその効果をあらわしたのか! と身をかたくしたアントニーに祖母が感謝と謝罪の言葉を投げかけてきたではないか。
「ゆ、ゆるしておくれアントニー! 息子を奪った女の子どもだと思うとどうしても憎しみが湧いて、あんなにも冷たく酷い仕打ちをしたのにあんたはそれを恨みもせず毎晩お茶やミルクを淹れて腰を揉んでくれて……なんて優しい子なの! そんな心根も知らずにあたしは、あたしは――。やっとわかったよ、あんたの母親も優しい人だったんだろうね。だから息子も惹かれたし、あんたみたいな優しい子どもが生まれたんだ。そんなことも気づかずになんてあたしは愚かだったの! お願いだよアントニー、この愚かな年寄りをゆるしておくれ! お願いだよ――
「おばあさま……」
「――というわけなんです! おばあさまは悪い人ではなかった。ただ寂しかっただけなんです! ですからおばあさまを助けてください! お願いです!」
「助けるとは?」
「おばあさまは2ヶ月も毒を飲み続けてきたんです! 体が弱っているに違いないから、たとえこれから毒を飲まなくても死んでしまうかもしれない。毒を中和する方法はありませんか!?」
「そんなものはない」
「もう手遅れだと!?」
「あれは毒ではなくただの市販の胃腸薬だ」
「ええッ!?」
「あのまま君を帰していたら悲劇が起こったかもしれない。そこで一計を案じた。本心は別だが君の行為が祖母の憎しみの心を溶かした。憎しみは憎しみを呼び、愛は愛を呼ぶ。偽りの愛情表現が本物の愛を生んだのだ。祖母にも、君の心にも」
「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか」
こうしてアントニーは凶行に走ることなく祖母と幸せに暮らす事となった。
「という事があったんだ」
「「イイハナシダナー!」」
鬼一の話にアヤネルとシェラのふたりが感動して相好を崩す。
鬼一は先の新兵訓練の際の「1ヶ月食事を作る」という約束をきちんと果たしていた。
今日も自宅にふたりを招いて手料理を振る舞っているところだ。
自宅がシーベックと繋がったことで新鮮な魚介類が簡単に手に入るためアクアパッツァ、つぶ貝と牡蠣のブルギニョン、海老のフリッターなどなどの料理が所狭しと並べられ、湯気を立てている。
「キイチ殿だけに作らせるのも心苦しいので狩りで仕留めた鴨をコンフィにしてみた」
「あ、あたしも城からワインとチーズを持ってきたわよ!」
「それはなによりの土産だ」
「あ、これ美味しい!」
「バジルの香味が効いているな」
「このワインは軽すぎず重すぎずコクがあってサッパリしているなぁ」
「そっちはリッツバーグ産のだったわね。こっちのライアス産のはスパイシーな風味があって後に残るわよ」
「ひとくち味見」
「どうぞ」
たがいのグラスを交換して味見する。
「美味いな。肉でも魚でもどんな料理にも合いそうだ」
「でしょ? 野趣あふれる芳醇な味がたまらないわ」
食事の後には鬼一があらかじめ作っておいたデザートのパンプディングが出される。
このパンプディングの作り方はこうだ。
種を取ったスモモを鍋に入れて砂糖を加えてレモンをひと絞り。
しばらくして鍋の中の水分が上がってきたら強火にし、沸騰してきたら中火にして焦げつかないようにかき混ぜてアクを取りながら煮ていく。
やがて果肉は綺麗なルビー色に煮とろけて自家製のジャムのできあがり。
できあがったジャムをタッパーに敷いて、その上に一口サイズに切った食パンを詰め込み、砂糖などの各種甘味料や香草を牛乳で煮溶かしたものを流し込み、氷室に入れて凍らせる。
冷えて固まればパンプティングの完成だ。
お菓子だけではなく酒、カクテルも。
はスパークリングワインに桃の果汁とシロップを少々入れたベリーニ。
ミントの葉と氷がたっぷり入ったロングタイプのグラスから柑橘系の爽やかな香がただよう。これはラム酒をライムジュースとソーダ水で割り、シロップを入れたモヒートだ。
「貴方の作るカクテルは大好評よ」
「ああ、まさか酒に酒を混ぜる飲み方があるとは――き、キイチ殿! なにを泣いている!」
「喉にでもつかえたの!?」
否。
鬼一法眼は嬉しくて泣いていた。
たとえ退魔省庁勤めであっても世間からの風当たりが強く、汚れ働きばかり。
ましてや一度も表舞台で評価されない在野の裏稼業の呪術者である鬼一が元いた世界ではこうして余人と食卓を囲む事などなかった。
あっても同じような境遇の呪術者どうしで同病相憐れむ陰気な酒席だ。
それがどうしたことか、こうして高貴な美少女と絶世の佳人と酒を酌み交わしている。
これが泣かずにいられようか。
(士は己を知る者の為に死す。俺はこの世界が、この国が好きだ⋯⋯!)
鬼一法眼は改めてこの国のために尽力することを決意するのであった。
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