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辺境異聞
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鬼一が目覚めると見覚えのない古びた聖堂の中にいた。
「……ありゃあ、たしか大地母神の聖印……」
かつて信仰者たちの祈りの場として使われていたであろう聖印が見下ろす座席の上で眠り込んでいたのだ。
「頭痛い~、どこだぁ、ここはぁ……」
気だるげな女の声に振り向けば、懺悔室の中からウィリデが顔を出すところだった。
(うお、こいつこんなに可愛かったのか!)
まるで最上質の黒曜石のような紫がかった艶のある黒髪と精緻に整った白皙の美貌に、優美な線を描く肢体。
埃だらけの朽ちた廃墟という背景がよりいっそう彼女の美しさを強調し、まるで人ならざる妖美なるあやかしが現れ出でたかのように錯覚した。
少女のようなあどけなさと妙齢の女性のような艶をあわせ持った容姿。
暗い店内と酒に酔っていたため気づかなかったウィリデ・ユウリンのこの世ならざる美貌に今さらながら目を奪われる鬼一であった。
「あれぇ~、おまえ、だれだっけ? ここはどこだ?」
「俺の名前は鬼一法眼。あんたはウィリデ・ユウリンだよな。ここがどこかは知らん。……なんか、どこかに行く途中だったような」
「……キャストミント?」
「ああ、そうそうキャストミントだキャストミント! そこに行くとか行かないとかそういう話で……」
「なんでキャストミントになんか行くんだ?」
「……さぁ?」
「ああもう、キャストミントなんかどうでもいい。ここはどこなんだ、マカロンじゃないよな。マカロンの森とは植生が異なるぞ」
外へ出て辺りを見て回る。
小高い山の中腹あたりだろうか、おいしげる木々の合間から眼下に広がる平原。ところどころに丘陵が見えた。
「うーん、まったく見覚えがない。これは、とんだ『ハングオーバー!』状態だ」
「やれやれ、マカロンに帰るのも一苦労だな。これじゃあ今日のお勤めはなしだ」
「なんの仕事をしてるんだ。おおかた魔術関連だと思うが」
「なぜそう思う」
「【嘘感知】だの【魔力感知】だの、あんなゴチャゴチャかけてるやつは魔術師くらいだろうが」
「あ、ああ~、そういえばおまえは魔力が〝視える〟んだったな。……そうだ。私は魔術学院に講師として籍を置いている、一応な」
「なんか妙に歯切れの悪い言い方だな」
「実際に教壇に立つことなんて、ほとんどないだろうからな。それでも私みたいな伝説級の人間はいるだけで学院の株が上がるから、いるだけで重宝されるんだよ」
「伝説級?」
「あー、気にするな気にするな。それよりものどが渇いた、水が飲みたい」
「さっき井戸があっただろう」
「ずっと使っていない井戸だぞ、汚いじゃないか」
「井戸というのは単体で存在する水溜りではなく、帯水層や地下水脈の一部だ。使わないからといって澱んだりはしない。もっともあまりにも長いこと使わない、人が手を入れないと表面に土砂や枯れ葉がたまったり帯水層が痩せて水が汲めなくなることがあるが」
「おまえ女にもてないだろ」
「ああ、もてないとも」
「言い方ぁ、理屈ぅ~。そういうのを汚いと言うんだ、そう言うのを」
「なら試しに汲んでみようじゃないか」
聖堂裏にあった井戸に近づくと、鬼一が異変を察した。
「まて」
「なんだ」
「五気の偏向――じゃなくて精霊力の均衡がくずれている。あんたの言うとおりだ、あの井戸の水は穢れて、よくないものになっている」
「狂えるウンディーネでもひそんでいるのか?」
「そんなところだ、近づかないほうがいい」
「そんな危険なやつ、ほうってはおけないな」
「あ、おいっ」
鬼一の言葉を無視して足を進めるウィリデ。
すると井戸の中から黒くにごった水が噴水のように吹き出し、人の形をとった。
「キャハハハハハッ!」
泥にまみれた裸の少女が哄笑をあげる。
本来ならば清らかな水で肉体を形作った、全裸の美しい女性の姿をしているウンディーネの見る影もない。
「ううむ、長いこと祀られることのなかった井戸神が祟りをなすことがあるが、これもそのようなものか」
「溺れちゃえ☆ 沈んじゃえ☆」
汚泥まみれのウンディーネがその身を濁流に変えて押し寄せる。狂気に囚われた彼女たちは陸上生物の鼻や口に浸入し、肺を満たして水死させることを喜びとする。
くるぶしにも満たない路上の水溜まりや浅瀬や小川で溺死した者はこの狂えるウンディーネの被害に遭ったと言われ、人々に恐れられていた。
「逃げるぞ、こいつらは水のある場所から遠くには――」
「地獄より来たれ・奈落の劫火よ・蹂躙し灰塵と化せ」
灼熱の業火が真紅の海嘯と化して狂えるウンディーネを押し潰す。超高熱に焼かれ、ひと滴の染みさえ残さず蒸発した。
ウィリデの唱えた【爆熱獄炎波】の火力は凄まじく、狂えるウンディーネどころか井戸を跡形もなく吹き飛ばし、聖堂の一部と周囲の木々を消し炭に変えた。
井戸のあった場所にはクレーターが生じ、高熱で溶けた土石が急速に冷えガラス状に変異しつつある。
「たおしたぞ、だがこれじゃあ井戸が使えないな。もう一発ぶちかまして大穴を開けるか」
「このアホーっ!」
「なんだいきなり大声を出して」
「まわりを見ろ、まわりを! 地形が変わっているぞ。井戸や建物はともかく、森を焼くとはなにごとだ。自然破壊もたいがいにしろ!」
「なんだおまえ、自然崇拝者か?」
「だれがドルアーガの塔の9階から出てくる壁を壊す青い呪文を使う魔法使いだ!」
「またわけのわからないことを……」
「やりすぎだと言っているんだ。あんたの実力ならもっと穏やかに対応できただろうに、むやみに破壊するな」
「男の癖にこまかいこと言うじゃないよ。それより井戸は、水はどうするんだ?」
「たった今あんたが壊しただろうが! 掘り起こすなよ、山ごと吹き飛ばしそうだ。……ちょっとまて、偵察がてら探してみる――宿霊元、急々如律令」
カラスを模した式神で空からあたりを見回すと、山の裏側に小さな滝があり、滝壺からのびた川の先には田園地帯が広がっていた。ぽつぽつと建物も見え、人がいそうだ。
水を確保したいことだし、とりあえず滝にむかってみることにする。
「……ありゃあ、たしか大地母神の聖印……」
かつて信仰者たちの祈りの場として使われていたであろう聖印が見下ろす座席の上で眠り込んでいたのだ。
「頭痛い~、どこだぁ、ここはぁ……」
気だるげな女の声に振り向けば、懺悔室の中からウィリデが顔を出すところだった。
(うお、こいつこんなに可愛かったのか!)
まるで最上質の黒曜石のような紫がかった艶のある黒髪と精緻に整った白皙の美貌に、優美な線を描く肢体。
埃だらけの朽ちた廃墟という背景がよりいっそう彼女の美しさを強調し、まるで人ならざる妖美なるあやかしが現れ出でたかのように錯覚した。
少女のようなあどけなさと妙齢の女性のような艶をあわせ持った容姿。
暗い店内と酒に酔っていたため気づかなかったウィリデ・ユウリンのこの世ならざる美貌に今さらながら目を奪われる鬼一であった。
「あれぇ~、おまえ、だれだっけ? ここはどこだ?」
「俺の名前は鬼一法眼。あんたはウィリデ・ユウリンだよな。ここがどこかは知らん。……なんか、どこかに行く途中だったような」
「……キャストミント?」
「ああ、そうそうキャストミントだキャストミント! そこに行くとか行かないとかそういう話で……」
「なんでキャストミントになんか行くんだ?」
「……さぁ?」
「ああもう、キャストミントなんかどうでもいい。ここはどこなんだ、マカロンじゃないよな。マカロンの森とは植生が異なるぞ」
外へ出て辺りを見て回る。
小高い山の中腹あたりだろうか、おいしげる木々の合間から眼下に広がる平原。ところどころに丘陵が見えた。
「うーん、まったく見覚えがない。これは、とんだ『ハングオーバー!』状態だ」
「やれやれ、マカロンに帰るのも一苦労だな。これじゃあ今日のお勤めはなしだ」
「なんの仕事をしてるんだ。おおかた魔術関連だと思うが」
「なぜそう思う」
「【嘘感知】だの【魔力感知】だの、あんなゴチャゴチャかけてるやつは魔術師くらいだろうが」
「あ、ああ~、そういえばおまえは魔力が〝視える〟んだったな。……そうだ。私は魔術学院に講師として籍を置いている、一応な」
「なんか妙に歯切れの悪い言い方だな」
「実際に教壇に立つことなんて、ほとんどないだろうからな。それでも私みたいな伝説級の人間はいるだけで学院の株が上がるから、いるだけで重宝されるんだよ」
「伝説級?」
「あー、気にするな気にするな。それよりものどが渇いた、水が飲みたい」
「さっき井戸があっただろう」
「ずっと使っていない井戸だぞ、汚いじゃないか」
「井戸というのは単体で存在する水溜りではなく、帯水層や地下水脈の一部だ。使わないからといって澱んだりはしない。もっともあまりにも長いこと使わない、人が手を入れないと表面に土砂や枯れ葉がたまったり帯水層が痩せて水が汲めなくなることがあるが」
「おまえ女にもてないだろ」
「ああ、もてないとも」
「言い方ぁ、理屈ぅ~。そういうのを汚いと言うんだ、そう言うのを」
「なら試しに汲んでみようじゃないか」
聖堂裏にあった井戸に近づくと、鬼一が異変を察した。
「まて」
「なんだ」
「五気の偏向――じゃなくて精霊力の均衡がくずれている。あんたの言うとおりだ、あの井戸の水は穢れて、よくないものになっている」
「狂えるウンディーネでもひそんでいるのか?」
「そんなところだ、近づかないほうがいい」
「そんな危険なやつ、ほうってはおけないな」
「あ、おいっ」
鬼一の言葉を無視して足を進めるウィリデ。
すると井戸の中から黒くにごった水が噴水のように吹き出し、人の形をとった。
「キャハハハハハッ!」
泥にまみれた裸の少女が哄笑をあげる。
本来ならば清らかな水で肉体を形作った、全裸の美しい女性の姿をしているウンディーネの見る影もない。
「ううむ、長いこと祀られることのなかった井戸神が祟りをなすことがあるが、これもそのようなものか」
「溺れちゃえ☆ 沈んじゃえ☆」
汚泥まみれのウンディーネがその身を濁流に変えて押し寄せる。狂気に囚われた彼女たちは陸上生物の鼻や口に浸入し、肺を満たして水死させることを喜びとする。
くるぶしにも満たない路上の水溜まりや浅瀬や小川で溺死した者はこの狂えるウンディーネの被害に遭ったと言われ、人々に恐れられていた。
「逃げるぞ、こいつらは水のある場所から遠くには――」
「地獄より来たれ・奈落の劫火よ・蹂躙し灰塵と化せ」
灼熱の業火が真紅の海嘯と化して狂えるウンディーネを押し潰す。超高熱に焼かれ、ひと滴の染みさえ残さず蒸発した。
ウィリデの唱えた【爆熱獄炎波】の火力は凄まじく、狂えるウンディーネどころか井戸を跡形もなく吹き飛ばし、聖堂の一部と周囲の木々を消し炭に変えた。
井戸のあった場所にはクレーターが生じ、高熱で溶けた土石が急速に冷えガラス状に変異しつつある。
「たおしたぞ、だがこれじゃあ井戸が使えないな。もう一発ぶちかまして大穴を開けるか」
「このアホーっ!」
「なんだいきなり大声を出して」
「まわりを見ろ、まわりを! 地形が変わっているぞ。井戸や建物はともかく、森を焼くとはなにごとだ。自然破壊もたいがいにしろ!」
「なんだおまえ、自然崇拝者か?」
「だれがドルアーガの塔の9階から出てくる壁を壊す青い呪文を使う魔法使いだ!」
「またわけのわからないことを……」
「やりすぎだと言っているんだ。あんたの実力ならもっと穏やかに対応できただろうに、むやみに破壊するな」
「男の癖にこまかいこと言うじゃないよ。それより井戸は、水はどうするんだ?」
「たった今あんたが壊しただろうが! 掘り起こすなよ、山ごと吹き飛ばしそうだ。……ちょっとまて、偵察がてら探してみる――宿霊元、急々如律令」
カラスを模した式神で空からあたりを見回すと、山の裏側に小さな滝があり、滝壺からのびた川の先には田園地帯が広がっていた。ぽつぽつと建物も見え、人がいそうだ。
水を確保したいことだし、とりあえず滝にむかってみることにする。
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