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辺境異聞 2
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「あ、あれ」
ウィリデが木の上を指さす。その細い指の指し示す先には紫色の果物がたわわに実っていた。
「アケビか」
「あれ食べたい」
「朝の食事は、あれでいいかな。落とすから下で取ってくれ」
落ちている石を拾い上げ、樹上にむけて投げると、拳大の果実がぽとりと落ちた。
「アケビ……」
「どこからどう見てもアケビだな。…… ドラゴンとかキマイラとかがいる世界なら、べつにアケビがあってもおかしくないよな。俺のいた世界のアケビとはちがう、この世界独自に進化したアケビがいるということにすればいいんだから。 日本原産種であるアケビがアリフレテラ大陸ナーロッパ地方に生えていてもおかしくない!」
「だれにむかってなんの力説をしているんだか……。なぁ、アケビの形って」
「うん?」
「アケビの形って、なんかエロくないか?」
「エロくねえよバカ女。いいからだまってお食べなさい」
やがて間近から川のせせらぎが聞こえてくる。アケビを食べ終わる頃には滝壺にたどり着いた。
清水で口をゆすぎ、喉を潤して川沿いに下る。
「あ、あれ」
ウィリデが川面を指さす。陽光が反射して縞模様になった水面を黒い影が泳いでいる。
「イワナか」
「あれ食べたい」
「まぁ、アケビだけじゃもの足りないか」
手ごろな大きさの石を拾い、狙いをつける。
「…………っ!」
水面に浮かんだ魚影目がけて放った石でイワナを一尾、ニ尾、三尾、次々と仕留めた。
「さっきも思ったが器用なものだな。その石、符呪したわけじゃないんだろ?」
純粋な魔術戦にこだわる魔術師からは嫌われているが、投擲武器に必中のルーンを書いたり刻んだりして戦う方法は広く知られている。
「印字打ちといってな、野外生活にあると便利な技だよ」
「めんどくさいなぁ、ここは私が【爆裂火球】で発破漁を――」
「そういうのをやめろと言っているんだ! そんなことをすれば関係ない生き物まで死んでしまうし、食べきれない分まで捕る必要はない。無益な殺生はよせ」
「まったく、不殺を掲げる神官や僧侶みたいなこと言うやつだねぇ。いいじゃないか、ついでに湯浴みもしたいし」
「湯?」
「そう。ひとっ風呂浴びてシャキッとしたいんだよ」
「川の水をせき止めて湯を沸かすつもりか?」
「うん」
「豪快な……、リナ=インバースみたいなことを考えるやつだ。水浴びじゃいかんのか」
「水浴びするには風も水も冷たすぎるよ」
北方のキャストミント山脈を越えて流れてくる寒冷な気団の影響によりこのあたりの気候は一年を通して涼しい。
「なら【抗冷】を使えばいいじゃないか。あるいは【空気操作】とか」
【空気操作】とは身体回りの気温・湿度を調節する魔術だ。身体にかかる水そのものを温めることはできないが、対象にとってつねに最適な温度状態を維持してくれるこの魔術がかかっていれば水に体温を奪われて寒い思いをしなくてすむ。
「なるほど、おまえ機転が利くな。魚が焼けるまでもう少し時間がかかりそうだし、私はさっきの滝壺で水浴びしてくるよ」
「気をつけろよ」
「そのことだが」
「うん?」
「おまえのことは信用している。だが、念のため罠魔法を張り巡らせておくから近寄るなよ」
「まったく、ぜんぜん、これっぽっちも信用してねえじゃねえか!」
「私ってばほら、淑女だろ。ガードが固いんだよ」
「関係ない森の動物や通りかかった人が巻き込まれたらどうする! 人払いの結界を張るとか幻術で身を隠すとか、そういうのにしとけ!」
「おお、なるほどなるほど。そんな使いかたもあるとはね、おまえってほんとうに機転が利くな」
「あんたが雑なだけだ」
「じゃあ水浴びしてくるから覗くなよ。絶対に覗くなよ。いいか、ぜっ、たい、に、の、ぞ、く、な、よ~」
「わかったから行ってこい!」
ウィリデの言葉を反芻する。あれは芸人の前ふり的な、覗けという意思表示ではないだろうか。
(ふん、そんな深夜三流俗悪萌えアニメの主人公じみた真似、頼まれてもするものか!)
へそ曲がりの鬼一は黙々と作業を続けた。
魚を仕留めたら枯れ枝を断ち割りへし折って、焚き木を作り、河原を掘って焚き火を起こし、大きな葉を折って簡易な鍋を作って湯を沸かし、枝で作った即席の串に刺して川魚を焼く。
「おー、いい感じに焼けてるじゃないか」
測ったかのように絶妙のタイミングでもどってきたウィリデは焼き魚を見て相好を崩す。
「おまえ本当に覗きにこなかったな。せっかく【死線結界】を張り巡らせたのに」
【死線結界】。線状結界の魔術罠。生と死を別つ境界であり、不用意に足を踏み入れば即座にデス・スペルが発動して侵入者を死に至らしめる。
「殺す気か! そこは麻痺や捕縛系のにしとけよ! 関係ない人や動物が引っかかったらどうする気だ!」
「イワナ、イワナ~♪」
「まったく……」
水を浴びて水気を帯びたウィリデは全身からしっとりとした雰囲気をただよわせ、妙な色気を醸し出している。
燦然と輝く太陽から、闇夜に浮かぶ月へと変幻したかのようだ。
ウィリデが嬉しそうな顔でかぶりつく。赤く柔らかそうな唇に鬼一もつい気を取られる。
アヤネルやナミ、シェラといった美少女や美人の容貌に見慣れた鬼一だがこのウィリデには彼女たちとはまた異なる魅力があった。
立ち居振る舞いは子どものそれに近いのたが、不思議と優美さを感じさせるのだ。
「たまにはこういう素朴な味もいいな。ああ、食後のお茶が飲みたい」
「さすがに茶は用意できないな」
「なら王都にもどるとするか」
「タクシーがありゃ楽なんだが……」
「タクシー?」
「遠耳水晶ひとつでどこにでも駆けつけてくれる馬車みたいなもので――」
山を下りて田園地帯に近づくにつれ空模様があやしくなってきた。
そう遠くない空から雷鳴が轟き、風が強くなる。
やがて鉛色をした雲から大粒の雨が滴り落ちた。
雨は瞬く間に勢いと量を増し、南国のスコールさながらの暴雨と化した。
「ああ、うっとうしい! 【天候操作】でも使って止ましてやろうか」
「局地的な環境情報の改竄は生態系に後遺症を発生させる可能性があるから、行使するのなら念入りに準備をして――」
「また屁理屈を!」
「濡れるのが嫌ならで【空気障壁】も使って傘代わりにしろ」
「なるほど、おまえ機転がーー」
「だからあんたが雑すぎるんだっての」
雨はやむ気配を見せない。
ウィリデは【空気障壁】で、鬼一は水行術によって風雨はまぬがれているが、舗装されていない野路はぬかるみ、歩行が困難になってきた。
「まったく……、こんな大雨が降るって予言できなかったのかい、占い師」
「……日輪の動き、星の動き、大地の揺れ、天地のことは何人であれどうにもならぬと安倍晴明だって言っている」
「安倍の声明? また北のミサイルでも飛んできたのかい」
「安倍はもう死んでるよ! メタな発言はよさんか! ……言っておくがきちんと調べれば天候くらい予測できるからな。方位や星の在り方を見て吉凶を占うのが陰陽師の仕事で、その一環として天気を当てるくらい――」
「はいはい、わかったわかった」
「わかればいい、わかれば」
shiny! clap! kaboom!
突如として閃光が瞬くと轟音とともに近くの木が炎上した。落雷だ。
「こりゃあいかん、どこかで雨宿りを――」
ふたたび稲光が走る。
陽光をさえぎる黒雲と風雨で視界が悪いなか、数瞬だけ光に照らされ、小高い丘の上に城のような建物が見えた。
「あそこだ、行こう」
城の前に来るとウィリデがくるりと振り向き、両手を高々と上げ、 音吐朗々と声を響かせた。
「ふっふっふ、いいぞいいぞ。雨よ降れ、風よ吹け、雷よ吠えよ。生意気な人類に天界の鉄槌をくらわせてやるのだ……!」
「……なんの真似だ、それは」
「いや、なに。こういう場所でこういう状況だから、つい」
「ふざけてないで行くぞ!」
城の古い大扉が強風にあおられ、きしみながら開いた。中は真っ暗で廃城のようだと思ったが、奥からランプを掲げた人影が近づいてくる。
光に照らされ、この時になってはじめて玄関の両脇に立っている門番たちに気がついた。
(隠形しているわけじゃない。こいつら、妙に気が薄い)
門番たちからは瀕死の病人のように微弱な、弱々しい生気しか感じられない。
(まるで、死人だ)
鬼一は闖入者に視線もむけず、微動だにしない門番たちの姿に、生きる屍のような印象を受けた。
「ひどいお天気ですわね……」
ランプを掲げた人物。白いドレスを着た金髪の少女が鬼一たちに微笑みかける。
「父はいま執務中で手が離せないため、代わってご挨拶いたします。辺境伯ヨーグの城へようこそ。わたしはヨーグの娘のフーラともうします」
光の加減であろうか、稲光に照らされたフーラの瞳は一瞬だけ真紅に染まって見えた。
ウィリデが木の上を指さす。その細い指の指し示す先には紫色の果物がたわわに実っていた。
「アケビか」
「あれ食べたい」
「朝の食事は、あれでいいかな。落とすから下で取ってくれ」
落ちている石を拾い上げ、樹上にむけて投げると、拳大の果実がぽとりと落ちた。
「アケビ……」
「どこからどう見てもアケビだな。…… ドラゴンとかキマイラとかがいる世界なら、べつにアケビがあってもおかしくないよな。俺のいた世界のアケビとはちがう、この世界独自に進化したアケビがいるということにすればいいんだから。 日本原産種であるアケビがアリフレテラ大陸ナーロッパ地方に生えていてもおかしくない!」
「だれにむかってなんの力説をしているんだか……。なぁ、アケビの形って」
「うん?」
「アケビの形って、なんかエロくないか?」
「エロくねえよバカ女。いいからだまってお食べなさい」
やがて間近から川のせせらぎが聞こえてくる。アケビを食べ終わる頃には滝壺にたどり着いた。
清水で口をゆすぎ、喉を潤して川沿いに下る。
「あ、あれ」
ウィリデが川面を指さす。陽光が反射して縞模様になった水面を黒い影が泳いでいる。
「イワナか」
「あれ食べたい」
「まぁ、アケビだけじゃもの足りないか」
手ごろな大きさの石を拾い、狙いをつける。
「…………っ!」
水面に浮かんだ魚影目がけて放った石でイワナを一尾、ニ尾、三尾、次々と仕留めた。
「さっきも思ったが器用なものだな。その石、符呪したわけじゃないんだろ?」
純粋な魔術戦にこだわる魔術師からは嫌われているが、投擲武器に必中のルーンを書いたり刻んだりして戦う方法は広く知られている。
「印字打ちといってな、野外生活にあると便利な技だよ」
「めんどくさいなぁ、ここは私が【爆裂火球】で発破漁を――」
「そういうのをやめろと言っているんだ! そんなことをすれば関係ない生き物まで死んでしまうし、食べきれない分まで捕る必要はない。無益な殺生はよせ」
「まったく、不殺を掲げる神官や僧侶みたいなこと言うやつだねぇ。いいじゃないか、ついでに湯浴みもしたいし」
「湯?」
「そう。ひとっ風呂浴びてシャキッとしたいんだよ」
「川の水をせき止めて湯を沸かすつもりか?」
「うん」
「豪快な……、リナ=インバースみたいなことを考えるやつだ。水浴びじゃいかんのか」
「水浴びするには風も水も冷たすぎるよ」
北方のキャストミント山脈を越えて流れてくる寒冷な気団の影響によりこのあたりの気候は一年を通して涼しい。
「なら【抗冷】を使えばいいじゃないか。あるいは【空気操作】とか」
【空気操作】とは身体回りの気温・湿度を調節する魔術だ。身体にかかる水そのものを温めることはできないが、対象にとってつねに最適な温度状態を維持してくれるこの魔術がかかっていれば水に体温を奪われて寒い思いをしなくてすむ。
「なるほど、おまえ機転が利くな。魚が焼けるまでもう少し時間がかかりそうだし、私はさっきの滝壺で水浴びしてくるよ」
「気をつけろよ」
「そのことだが」
「うん?」
「おまえのことは信用している。だが、念のため罠魔法を張り巡らせておくから近寄るなよ」
「まったく、ぜんぜん、これっぽっちも信用してねえじゃねえか!」
「私ってばほら、淑女だろ。ガードが固いんだよ」
「関係ない森の動物や通りかかった人が巻き込まれたらどうする! 人払いの結界を張るとか幻術で身を隠すとか、そういうのにしとけ!」
「おお、なるほどなるほど。そんな使いかたもあるとはね、おまえってほんとうに機転が利くな」
「あんたが雑なだけだ」
「じゃあ水浴びしてくるから覗くなよ。絶対に覗くなよ。いいか、ぜっ、たい、に、の、ぞ、く、な、よ~」
「わかったから行ってこい!」
ウィリデの言葉を反芻する。あれは芸人の前ふり的な、覗けという意思表示ではないだろうか。
(ふん、そんな深夜三流俗悪萌えアニメの主人公じみた真似、頼まれてもするものか!)
へそ曲がりの鬼一は黙々と作業を続けた。
魚を仕留めたら枯れ枝を断ち割りへし折って、焚き木を作り、河原を掘って焚き火を起こし、大きな葉を折って簡易な鍋を作って湯を沸かし、枝で作った即席の串に刺して川魚を焼く。
「おー、いい感じに焼けてるじゃないか」
測ったかのように絶妙のタイミングでもどってきたウィリデは焼き魚を見て相好を崩す。
「おまえ本当に覗きにこなかったな。せっかく【死線結界】を張り巡らせたのに」
【死線結界】。線状結界の魔術罠。生と死を別つ境界であり、不用意に足を踏み入れば即座にデス・スペルが発動して侵入者を死に至らしめる。
「殺す気か! そこは麻痺や捕縛系のにしとけよ! 関係ない人や動物が引っかかったらどうする気だ!」
「イワナ、イワナ~♪」
「まったく……」
水を浴びて水気を帯びたウィリデは全身からしっとりとした雰囲気をただよわせ、妙な色気を醸し出している。
燦然と輝く太陽から、闇夜に浮かぶ月へと変幻したかのようだ。
ウィリデが嬉しそうな顔でかぶりつく。赤く柔らかそうな唇に鬼一もつい気を取られる。
アヤネルやナミ、シェラといった美少女や美人の容貌に見慣れた鬼一だがこのウィリデには彼女たちとはまた異なる魅力があった。
立ち居振る舞いは子どものそれに近いのたが、不思議と優美さを感じさせるのだ。
「たまにはこういう素朴な味もいいな。ああ、食後のお茶が飲みたい」
「さすがに茶は用意できないな」
「なら王都にもどるとするか」
「タクシーがありゃ楽なんだが……」
「タクシー?」
「遠耳水晶ひとつでどこにでも駆けつけてくれる馬車みたいなもので――」
山を下りて田園地帯に近づくにつれ空模様があやしくなってきた。
そう遠くない空から雷鳴が轟き、風が強くなる。
やがて鉛色をした雲から大粒の雨が滴り落ちた。
雨は瞬く間に勢いと量を増し、南国のスコールさながらの暴雨と化した。
「ああ、うっとうしい! 【天候操作】でも使って止ましてやろうか」
「局地的な環境情報の改竄は生態系に後遺症を発生させる可能性があるから、行使するのなら念入りに準備をして――」
「また屁理屈を!」
「濡れるのが嫌ならで【空気障壁】も使って傘代わりにしろ」
「なるほど、おまえ機転がーー」
「だからあんたが雑すぎるんだっての」
雨はやむ気配を見せない。
ウィリデは【空気障壁】で、鬼一は水行術によって風雨はまぬがれているが、舗装されていない野路はぬかるみ、歩行が困難になってきた。
「まったく……、こんな大雨が降るって予言できなかったのかい、占い師」
「……日輪の動き、星の動き、大地の揺れ、天地のことは何人であれどうにもならぬと安倍晴明だって言っている」
「安倍の声明? また北のミサイルでも飛んできたのかい」
「安倍はもう死んでるよ! メタな発言はよさんか! ……言っておくがきちんと調べれば天候くらい予測できるからな。方位や星の在り方を見て吉凶を占うのが陰陽師の仕事で、その一環として天気を当てるくらい――」
「はいはい、わかったわかった」
「わかればいい、わかれば」
shiny! clap! kaboom!
突如として閃光が瞬くと轟音とともに近くの木が炎上した。落雷だ。
「こりゃあいかん、どこかで雨宿りを――」
ふたたび稲光が走る。
陽光をさえぎる黒雲と風雨で視界が悪いなか、数瞬だけ光に照らされ、小高い丘の上に城のような建物が見えた。
「あそこだ、行こう」
城の前に来るとウィリデがくるりと振り向き、両手を高々と上げ、 音吐朗々と声を響かせた。
「ふっふっふ、いいぞいいぞ。雨よ降れ、風よ吹け、雷よ吠えよ。生意気な人類に天界の鉄槌をくらわせてやるのだ……!」
「……なんの真似だ、それは」
「いや、なに。こういう場所でこういう状況だから、つい」
「ふざけてないで行くぞ!」
城の古い大扉が強風にあおられ、きしみながら開いた。中は真っ暗で廃城のようだと思ったが、奥からランプを掲げた人影が近づいてくる。
光に照らされ、この時になってはじめて玄関の両脇に立っている門番たちに気がついた。
(隠形しているわけじゃない。こいつら、妙に気が薄い)
門番たちからは瀕死の病人のように微弱な、弱々しい生気しか感じられない。
(まるで、死人だ)
鬼一は闖入者に視線もむけず、微動だにしない門番たちの姿に、生きる屍のような印象を受けた。
「ひどいお天気ですわね……」
ランプを掲げた人物。白いドレスを着た金髪の少女が鬼一たちに微笑みかける。
「父はいま執務中で手が離せないため、代わってご挨拶いたします。辺境伯ヨーグの城へようこそ。わたしはヨーグの娘のフーラともうします」
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