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辺境異聞 6 調査
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鬼一法眼が本の山とにらめっこしている間に、ウィリデ・ユウリンとて惰眠を貪っていたわけではない。
ウィリデはウィリデで情報収集をしていた。
私は足で情報を稼ぐ。
そう決めて調査と称して城内をくまなく歩きまわった。
四階にある倉庫。
鍵がかけられている。それも【施錠】が、魔術による施錠だ。
「開け」
ヨーグや召し使いたちに見つからなければどこでもご自由に、というフーラの許可は得てある。
彼女に言って鍵をもらってもよかったのだが、ウィリデは伝える手間をはぶいて【解錠】で扉を開けた。
魔術師の基礎教養として多少の鑑定眼はある。まして地下迷宮の調査を趣味のひとつとするウィリデは並の魔術師よりも目利きであった。
高価な美術品が並ぶなか、丹念に捜すとボルツェル一族の肖像画を発見した。
赤ん坊の頃のフーラとソティー、ヘルギの絵もある。
ソティーは30代前半、ヘルギは20歳前くらいに見えた。
また壁にかけられた絵の中にはヨーグによく似た若い男性の絵もあった。
「お姉さんとはいくつ歳が離れてるんだい?」
「……14歳ほどです」
「ふうん、よく似ているねぇ。それにお母さんはずいぶんと若い時分にお姉さんを産んだんだね」
「はい。歳は離れていますが、姉とわたしは双子のように生き写しだったそうです」
「あのヨーグ辺境伯にそっくりな男の人は?」
「ああ、その人は伯父のウンキです。父の兄にあたりますが、わたしが生まれた頃に事故で亡くなられたとか……」
ウィリデは上から下まで城内を見てまわった。
照明が極端に抑えられた城内は全体的に薄暗く、影も見えないほどで窓の外はいまだに嵐でなお暗い。
城の住人は全体的に少食でヨーグは朝が遅いということで朝食には顔を出さないということをメイドから聞けた。
彼が部屋から出るのは昼と夜の食事の時だけで、それを済ませるとすぐに自室にもどるそうだ。
そのメイドをはじめ召し使いたちはヨーグに完全に服従し、個性も自我も持たないように見える。
四階には倉庫のほかに使われていない礼拝堂といくつかの空き部屋やテラス。
三階にはヨーグの私室と図書室。
二階にはフーラの私室といくつもの客室、談話室。
一階には玄関、ラウンジ、ホール、兵舎、食堂、厨房、召し使らの居住区。
その召し使いたちが利用する食堂兼居間から地下室に降りられる。食糧庫、物置小屋、ワインセラー、もう長いこと使われていない地下牢がある。
浴槽つきの化粧室が各私室と客室にある。
見張り塔は高さにして六階まであり、屋上もあるが普段は使用されていない。
などなど――。
「どうだ、すごいだろう!」
「ああ、すごい」
「いいか、見るのと観察するのは大きなちがいがある。私は各階段の段数までかぞえておぼえたんだからな」
「おお、そりゃすごい! シャーロック・ホームズみたいだ」
「ははは、すごいだろう、すごいだろう!」
「あのう、ウィリデさん。お口に合わないのなら新しく淹れてきますが」
「いや、私が淹れるよ。厨房のなかのものを好きに使ってもいいかい」
「はい、どうぞご自由に」
ウィリデが席をはずしているあいだ、フーラはずっと鬼一に話をねだり続けた。
「外の世界を見てみたい……。わたしはここから出ることなく父の決めただれかと結婚し、年老いてゆくのです」
「ご自分を籠の中の鳥だとでも?」
「ええ、そう。ここは牢獄です」
「たとえ籠の中からでも想像力さえあれば人は自由に羽ばたき、どこにでも飛んで行けます。カディス・アマルフィは座して紙上に数多の物語を、世界を創りました。本を読むこと、書くことは旅をすることとおなじです。人は読書を通じて、それまで知らなかった世界や感情。人生を旅することができるのです。行ったことのない南の島の青さと緑に目を細め、極北の凍った風の匂いを嗅ぎ、身を焦がす恋をする 。名もない男や老女、さすらう犬になる。そのたびに自分の中の世界が広がってゆく。宇宙が誰にも気づかれないうちに広がるように」
「……とても、誌的ですね」
「だから図書室や書店には、本の中には、本を書いたり読んだりする人の頭の中には無限の世界が詰まっている。いろんな時代、いろんな物語、いろんな命。そして死――。籠の中には無限の世界が存在し、穏やかな静寂があり、ゆるやかに流れる時がある」
「わたしに作家になれと?」
「本は嫌いで?」
「いいえ、好きよ。でも他のこともしたいの、ダンスとか」
「舞踏会ならいくらでもひらけるでしょうに」
「父の決めた相手ではなく、いろんな方と踊りたいのよ」
艶然と微笑むフーラ。可憐で切なげな表情にかすかにまざる妖艶な表情。
それがまた、魅力に思えた。
「踊ってくれますか?」
「ええ、いいですよ」
「ワルツはできますか? わたし、まだだれとも踊ったことがないんです」
「ワルツは簡単だ。女性は男性の少し右に立ち、六つのステップを踏むだけですむ」
「音楽はありせんが、お願いします」
手を取り合ってワルツを踊る。
蝋燭の灯りに照らされ、ふたりの影が幾たびも交差する。
「待たせたな!」
「きゃっ」
いつの間に帰ってきたのか、新しく淹れたハーブティーを持ってウィリデがそこにいた。
「おやおや、まぁまぁ、お邪魔しちゃったかな。若いおふたりさん」
「そ、そんなことありません!」
「踊って喉が渇いたろう、お茶でも飲みなよ」
ウィリデの注いだ茶を 口にした、その時。
「あ、ごめん。私ってば砂糖とまちがえてシアン化カリウムを入れちゃったみたい。てへぺろ(・ω<)」
「ウボォアーッ!? なんでそんなまちがえようがないものをまちがえるんだよっ。そもそもなんでそんなものが台所に?」
「まぁあわてるな。幸いここにユニコーンの角を砕いて作った万能の解毒薬があるから、飲め。フーラ、あんたもお飲み」
「……いえ、わたしも錬金術をたしなむ身です。薬の用意くらいはあります」
フーラはそう言うとそそくさとその場を立ち去った。はたから見たら良い雰囲気のところを邪魔されて気分を害したように見えるだろう。
「……礼は言わないぞ。それと、薬も不要だ。フーラの薬は効いてない」
「ん? 一服盛られたことに気づいていたのか」
「俺は陰陽師でもあり呪禁師の心得もあるからな、多少は鼻も舌が利く」
呪禁師、あるいは呪禁道士。呪術によって病気の原因となる疫神や瘴気を祓う治療などを務めた典薬寮の役人である。
「こっちに来てから色々と薬を試したよ。あれは浮気草、ラブ・ポーションの類だな」
さらにだめ押しの【魅力】。フーラは両手で口を押さえた時にこっそりと魅了の呪文を唱えていた。
薬と魔術。両方をもちいて鬼一を篭絡しようとした。
オリスの根っこの苦みとシロップの甘味で浮気草の香味をごまかそうとしたが、錬金術に通じたウィリデはそれを目ざとく察知して解毒する流れに持ち込んだのだ。
「どうやって抵抗した? 飲んだふりをしてこっそり吐き出したのか?」
「これから吐き出すところだ。……ちょいと失礼」
窓を開けると外にむかって胃の中のものを吐き出した。
意守丹田による解毒法。内力を廻らし薬が五臓六腑に染み込むのを防ぐと同時に薬の無効化に努め、薬効を弱めていたのだ。
もっとも神仙ならざる人の身だ、さすがに完全に無効化することはできなかったので、フーラを魅力的に思えてしまったのは否めない。
「また器用な真似をするねぇ……。だけどいきなりラブ・ポーションぶちかますとは、ずいぶんと惚れられたじゃないか、この色男」
「初対面の男に惚れ薬を盛るような女に好かれても嬉しくないな。とっとと依頼を片づけて王都に帰りたい。さっきの話の続きをしよう、まずボルツェル家の記録におかしなかところが――」
鬼一はフーラの母が死んだ時期の空白と、聞き覚えの無い魔術書のことを説明した。
「で、そっちは倉庫でウンキ伯父さんの肖像画を見たんだっけ。百聞は一見に如かずだ、案内してくれ。あと他に見聞きしたこと情報を交換したいから色々と聞かせて――」
「口で説明するのはめんどうだから移すよ」
「移す?」
「抵抗するなよ~。千の言の葉・一指に宿りて・疾く移れ」
「……ッ!?」
ウィリデの手が法眼のひたいに触れた瞬間、脳に衝撃が走る。一瞬【精神破砕】でもを受けたのかと錯覚したが、ちがった。
ウィリデの見聞きした記憶が、流れ込んでくる。
【記憶転送】。術者の伝えたい記憶を対象に移す魔術で、一瞬にして脳内再生されるため、口頭や文章で伝えるよりも鮮明で素早く正確に内容を理解させることができる。
本来は儀式魔術で、複雑な手順と手間暇を要する、それなりに高度な魔術だが、ウィリデはそれを三節呪文に落とし込んで実行した。
論理的には可能でも、技術的には至難の業、それをごく自然にやってのけた。
ウィリデ・ユウリン。おそるべき使い手であった。
「なんちゅう呪文だ……。それにあんた、ヨーグ・ボルツェル辺境伯の部屋に忍び込んだのか。大胆なことをする」
「フーラの出生にはなにか秘密があって、ヨーグは城内にそれを隠して、だれも触れないように監視の目を光らせていると言っただろう。なら一番怪しいのはヨーグの私室だ。真相を記した日記でも見つかれば一発だと思ったんだけどね」
「アドベンチャーゲームの謎解きや情報集めを無視して一気にクリアしたがるタイプだな」
ヨーグ・ボルツェル辺境伯の生活について、召し使いたちからある程度のことは聞けた。
彼は朝が遅く、自分の部屋から出てくるのは昼と夜の食事の時だけで、30分ほどで食事を済ますとすぐに自室へ戻る。
昼食時、ウィリデはこっそりと侵入をこころみた。
だが部屋にはしっかりと鍵がかけられていた。それも魔術による施錠、扉や箱などの開閉式の物体に鋼の強度を宿す【施錠】の上位魔術である【強固施錠】が。
しかも出入りするたびに合言葉を変えている痕跡がある。
ウィリデの魔力であれば【解錠】や【解呪】で解除できるが、いちど解除したものをもとの状態に戻すのはむずかしい。
開けてしまえば何者かが侵入したとすぐにばれてしまい、疑いの目は部外者であるこちらに向けられるのは明白である。
ヨーグ伯の私室は三階にある。バルコニーから侵入しようとすれば登攀するか空を飛ぶ必要があるが、そちらにも【強固施錠】がかけられていれば意味はない。
どうするか?
幸い部屋自体に魔術的な結界は張られていなかったので、ウィリデは【幽体化】を使って壁を抜けて、室内を物色した。
清潔だった。
あまりにも、清潔だった。
清潔すぎる。
壁にも床にも塵ひとつ落ちていない。
それ自体は不思議ではない、貴族の私室だ。毎日のように使用人たちが念入りに清掃していれば、そういう状態を作り出すことはできる。
そういうレベルではないのだ。居間にも書斎にも寝室にも、全く生活している様子がない。感じられない。
物を、調度品どころか机の上のペンや燭台ひとつかすかに動かした形跡すらない。
異様さを感じつつ書斎を見れば魔術関連、特に死霊術に関する本が数多く並んでいる。
次に多いのは光明神ホルボーグをはじめ善なる神々を信仰する教団が禁書指定している、闇に属する異教の神々や信仰について記された本だった。
思っていた以上に書物の数は多い。
とおりいっぺんの捜査しかできず、短い捜査時間ではフーラの出生に関するものは発見できなかった――。
「もうさ、屋敷の住人すべて誘眠魔術でふか~く眠らせてる間にガサ入れしちゃわないか?」
「だからそういうのはやめなさいっての。まだ一日目だ、また明日にでも調査してみよう」
そのようにしてたがいに情報交換をした、その夜。鬼一は温室の中を覗いてみることにした。
フーラの依頼について調べるというよりかは、純粋にどのような薬草が栽培されているか、興味があったからだ。
マンドレイク、ナイトシェード、ベラドンナ、ロトス、オーキッド・ベル、フライ・アガリック――。
「薬と毒は表裏一体と言うが、またずいぶんと毒性のある草花ばかりだな」
特に多いのがベラドンナだった。美しくも毒々しい紫色の花が視界を埋める。
「…………」
鬼一の見鬼が厭な気配を察した。
地面の下、そう深くない場所からかすかに陰気を感じる。
生命の発する陽の気ではない、死がまとう陰の気だ。
【死体探知魔術】など使わなくても鬼一には見える、感じる、わかる。
死者の放つオーラが。
地面の下に無数の死体が埋まっている。
この温室の草花は人の骸を養分に育てられているのだ。
ウィリデはウィリデで情報収集をしていた。
私は足で情報を稼ぐ。
そう決めて調査と称して城内をくまなく歩きまわった。
四階にある倉庫。
鍵がかけられている。それも【施錠】が、魔術による施錠だ。
「開け」
ヨーグや召し使いたちに見つからなければどこでもご自由に、というフーラの許可は得てある。
彼女に言って鍵をもらってもよかったのだが、ウィリデは伝える手間をはぶいて【解錠】で扉を開けた。
魔術師の基礎教養として多少の鑑定眼はある。まして地下迷宮の調査を趣味のひとつとするウィリデは並の魔術師よりも目利きであった。
高価な美術品が並ぶなか、丹念に捜すとボルツェル一族の肖像画を発見した。
赤ん坊の頃のフーラとソティー、ヘルギの絵もある。
ソティーは30代前半、ヘルギは20歳前くらいに見えた。
また壁にかけられた絵の中にはヨーグによく似た若い男性の絵もあった。
「お姉さんとはいくつ歳が離れてるんだい?」
「……14歳ほどです」
「ふうん、よく似ているねぇ。それにお母さんはずいぶんと若い時分にお姉さんを産んだんだね」
「はい。歳は離れていますが、姉とわたしは双子のように生き写しだったそうです」
「あのヨーグ辺境伯にそっくりな男の人は?」
「ああ、その人は伯父のウンキです。父の兄にあたりますが、わたしが生まれた頃に事故で亡くなられたとか……」
ウィリデは上から下まで城内を見てまわった。
照明が極端に抑えられた城内は全体的に薄暗く、影も見えないほどで窓の外はいまだに嵐でなお暗い。
城の住人は全体的に少食でヨーグは朝が遅いということで朝食には顔を出さないということをメイドから聞けた。
彼が部屋から出るのは昼と夜の食事の時だけで、それを済ませるとすぐに自室にもどるそうだ。
そのメイドをはじめ召し使いたちはヨーグに完全に服従し、個性も自我も持たないように見える。
四階には倉庫のほかに使われていない礼拝堂といくつかの空き部屋やテラス。
三階にはヨーグの私室と図書室。
二階にはフーラの私室といくつもの客室、談話室。
一階には玄関、ラウンジ、ホール、兵舎、食堂、厨房、召し使らの居住区。
その召し使いたちが利用する食堂兼居間から地下室に降りられる。食糧庫、物置小屋、ワインセラー、もう長いこと使われていない地下牢がある。
浴槽つきの化粧室が各私室と客室にある。
見張り塔は高さにして六階まであり、屋上もあるが普段は使用されていない。
などなど――。
「どうだ、すごいだろう!」
「ああ、すごい」
「いいか、見るのと観察するのは大きなちがいがある。私は各階段の段数までかぞえておぼえたんだからな」
「おお、そりゃすごい! シャーロック・ホームズみたいだ」
「ははは、すごいだろう、すごいだろう!」
「あのう、ウィリデさん。お口に合わないのなら新しく淹れてきますが」
「いや、私が淹れるよ。厨房のなかのものを好きに使ってもいいかい」
「はい、どうぞご自由に」
ウィリデが席をはずしているあいだ、フーラはずっと鬼一に話をねだり続けた。
「外の世界を見てみたい……。わたしはここから出ることなく父の決めただれかと結婚し、年老いてゆくのです」
「ご自分を籠の中の鳥だとでも?」
「ええ、そう。ここは牢獄です」
「たとえ籠の中からでも想像力さえあれば人は自由に羽ばたき、どこにでも飛んで行けます。カディス・アマルフィは座して紙上に数多の物語を、世界を創りました。本を読むこと、書くことは旅をすることとおなじです。人は読書を通じて、それまで知らなかった世界や感情。人生を旅することができるのです。行ったことのない南の島の青さと緑に目を細め、極北の凍った風の匂いを嗅ぎ、身を焦がす恋をする 。名もない男や老女、さすらう犬になる。そのたびに自分の中の世界が広がってゆく。宇宙が誰にも気づかれないうちに広がるように」
「……とても、誌的ですね」
「だから図書室や書店には、本の中には、本を書いたり読んだりする人の頭の中には無限の世界が詰まっている。いろんな時代、いろんな物語、いろんな命。そして死――。籠の中には無限の世界が存在し、穏やかな静寂があり、ゆるやかに流れる時がある」
「わたしに作家になれと?」
「本は嫌いで?」
「いいえ、好きよ。でも他のこともしたいの、ダンスとか」
「舞踏会ならいくらでもひらけるでしょうに」
「父の決めた相手ではなく、いろんな方と踊りたいのよ」
艶然と微笑むフーラ。可憐で切なげな表情にかすかにまざる妖艶な表情。
それがまた、魅力に思えた。
「踊ってくれますか?」
「ええ、いいですよ」
「ワルツはできますか? わたし、まだだれとも踊ったことがないんです」
「ワルツは簡単だ。女性は男性の少し右に立ち、六つのステップを踏むだけですむ」
「音楽はありせんが、お願いします」
手を取り合ってワルツを踊る。
蝋燭の灯りに照らされ、ふたりの影が幾たびも交差する。
「待たせたな!」
「きゃっ」
いつの間に帰ってきたのか、新しく淹れたハーブティーを持ってウィリデがそこにいた。
「おやおや、まぁまぁ、お邪魔しちゃったかな。若いおふたりさん」
「そ、そんなことありません!」
「踊って喉が渇いたろう、お茶でも飲みなよ」
ウィリデの注いだ茶を 口にした、その時。
「あ、ごめん。私ってば砂糖とまちがえてシアン化カリウムを入れちゃったみたい。てへぺろ(・ω<)」
「ウボォアーッ!? なんでそんなまちがえようがないものをまちがえるんだよっ。そもそもなんでそんなものが台所に?」
「まぁあわてるな。幸いここにユニコーンの角を砕いて作った万能の解毒薬があるから、飲め。フーラ、あんたもお飲み」
「……いえ、わたしも錬金術をたしなむ身です。薬の用意くらいはあります」
フーラはそう言うとそそくさとその場を立ち去った。はたから見たら良い雰囲気のところを邪魔されて気分を害したように見えるだろう。
「……礼は言わないぞ。それと、薬も不要だ。フーラの薬は効いてない」
「ん? 一服盛られたことに気づいていたのか」
「俺は陰陽師でもあり呪禁師の心得もあるからな、多少は鼻も舌が利く」
呪禁師、あるいは呪禁道士。呪術によって病気の原因となる疫神や瘴気を祓う治療などを務めた典薬寮の役人である。
「こっちに来てから色々と薬を試したよ。あれは浮気草、ラブ・ポーションの類だな」
さらにだめ押しの【魅力】。フーラは両手で口を押さえた時にこっそりと魅了の呪文を唱えていた。
薬と魔術。両方をもちいて鬼一を篭絡しようとした。
オリスの根っこの苦みとシロップの甘味で浮気草の香味をごまかそうとしたが、錬金術に通じたウィリデはそれを目ざとく察知して解毒する流れに持ち込んだのだ。
「どうやって抵抗した? 飲んだふりをしてこっそり吐き出したのか?」
「これから吐き出すところだ。……ちょいと失礼」
窓を開けると外にむかって胃の中のものを吐き出した。
意守丹田による解毒法。内力を廻らし薬が五臓六腑に染み込むのを防ぐと同時に薬の無効化に努め、薬効を弱めていたのだ。
もっとも神仙ならざる人の身だ、さすがに完全に無効化することはできなかったので、フーラを魅力的に思えてしまったのは否めない。
「また器用な真似をするねぇ……。だけどいきなりラブ・ポーションぶちかますとは、ずいぶんと惚れられたじゃないか、この色男」
「初対面の男に惚れ薬を盛るような女に好かれても嬉しくないな。とっとと依頼を片づけて王都に帰りたい。さっきの話の続きをしよう、まずボルツェル家の記録におかしなかところが――」
鬼一はフーラの母が死んだ時期の空白と、聞き覚えの無い魔術書のことを説明した。
「で、そっちは倉庫でウンキ伯父さんの肖像画を見たんだっけ。百聞は一見に如かずだ、案内してくれ。あと他に見聞きしたこと情報を交換したいから色々と聞かせて――」
「口で説明するのはめんどうだから移すよ」
「移す?」
「抵抗するなよ~。千の言の葉・一指に宿りて・疾く移れ」
「……ッ!?」
ウィリデの手が法眼のひたいに触れた瞬間、脳に衝撃が走る。一瞬【精神破砕】でもを受けたのかと錯覚したが、ちがった。
ウィリデの見聞きした記憶が、流れ込んでくる。
【記憶転送】。術者の伝えたい記憶を対象に移す魔術で、一瞬にして脳内再生されるため、口頭や文章で伝えるよりも鮮明で素早く正確に内容を理解させることができる。
本来は儀式魔術で、複雑な手順と手間暇を要する、それなりに高度な魔術だが、ウィリデはそれを三節呪文に落とし込んで実行した。
論理的には可能でも、技術的には至難の業、それをごく自然にやってのけた。
ウィリデ・ユウリン。おそるべき使い手であった。
「なんちゅう呪文だ……。それにあんた、ヨーグ・ボルツェル辺境伯の部屋に忍び込んだのか。大胆なことをする」
「フーラの出生にはなにか秘密があって、ヨーグは城内にそれを隠して、だれも触れないように監視の目を光らせていると言っただろう。なら一番怪しいのはヨーグの私室だ。真相を記した日記でも見つかれば一発だと思ったんだけどね」
「アドベンチャーゲームの謎解きや情報集めを無視して一気にクリアしたがるタイプだな」
ヨーグ・ボルツェル辺境伯の生活について、召し使いたちからある程度のことは聞けた。
彼は朝が遅く、自分の部屋から出てくるのは昼と夜の食事の時だけで、30分ほどで食事を済ますとすぐに自室へ戻る。
昼食時、ウィリデはこっそりと侵入をこころみた。
だが部屋にはしっかりと鍵がかけられていた。それも魔術による施錠、扉や箱などの開閉式の物体に鋼の強度を宿す【施錠】の上位魔術である【強固施錠】が。
しかも出入りするたびに合言葉を変えている痕跡がある。
ウィリデの魔力であれば【解錠】や【解呪】で解除できるが、いちど解除したものをもとの状態に戻すのはむずかしい。
開けてしまえば何者かが侵入したとすぐにばれてしまい、疑いの目は部外者であるこちらに向けられるのは明白である。
ヨーグ伯の私室は三階にある。バルコニーから侵入しようとすれば登攀するか空を飛ぶ必要があるが、そちらにも【強固施錠】がかけられていれば意味はない。
どうするか?
幸い部屋自体に魔術的な結界は張られていなかったので、ウィリデは【幽体化】を使って壁を抜けて、室内を物色した。
清潔だった。
あまりにも、清潔だった。
清潔すぎる。
壁にも床にも塵ひとつ落ちていない。
それ自体は不思議ではない、貴族の私室だ。毎日のように使用人たちが念入りに清掃していれば、そういう状態を作り出すことはできる。
そういうレベルではないのだ。居間にも書斎にも寝室にも、全く生活している様子がない。感じられない。
物を、調度品どころか机の上のペンや燭台ひとつかすかに動かした形跡すらない。
異様さを感じつつ書斎を見れば魔術関連、特に死霊術に関する本が数多く並んでいる。
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思っていた以上に書物の数は多い。
とおりいっぺんの捜査しかできず、短い捜査時間ではフーラの出生に関するものは発見できなかった――。
「もうさ、屋敷の住人すべて誘眠魔術でふか~く眠らせてる間にガサ入れしちゃわないか?」
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フーラの依頼について調べるというよりかは、純粋にどのような薬草が栽培されているか、興味があったからだ。
マンドレイク、ナイトシェード、ベラドンナ、ロトス、オーキッド・ベル、フライ・アガリック――。
「薬と毒は表裏一体と言うが、またずいぶんと毒性のある草花ばかりだな」
特に多いのがベラドンナだった。美しくも毒々しい紫色の花が視界を埋める。
「…………」
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しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
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最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
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