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辺境異聞 14 真相
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フーラの筋書きとは――。
辺境伯ヨーグは兄であるウンキを抹殺し、その地位と婚約者ソティーを横取りした。
そして領主の地位を利用して秘密裏に死霊魔術の研究をしてソティーとその娘ヘルギを生け贄にする事で吸血鬼となり、この城に、この土地に君臨している。
ヨーグが吸血鬼になった頃はフーラはまだ幼く、まったく事情を知らない。
父の過去を訝しく思ったフーラは訪問者に調査を依頼し、ヨーグが吸血鬼であるという結論にたどり着かせる。
ところが真相はこうだ。
この城に住むヨーグもフーラも最初からともに吸血鬼であり、事情を知らずに訪れた旅人や様々な理由でやって来た人々を糧にして生きてきた。
しかしそれだけの生活に飽きてきた彼らは訪問者たちをただ食料にするのではなく、賭けの対象にして楽しむことにした。
フーラの書いた筋書き通りに訪問者たちをだませればフーラの勝ち。だまされなければヨーグの勝ち。勝ったほうが先に獲物を選び、血を啜ったあとで自分の僕にできる。
――というものだった。
「この数日間はとっても楽しかったわ。でもあなたがわたしになびかなかったのが残念。人間たちを仲たがいさせて争わせるのがおもしろいのに。……こんなふうに!」
フーラの瞳が鮮血の色に染まり、白い肌がさらに白く――死人の蒼白に染まる。
そして血の色をした唇から日本の鋭い牙が伸びる。
吸血鬼の本性を現したのだ。
赤く光る邪眼が鬼一の瞳を見すえ、心を支配し、虜にしようとする。
禍々しい眼光に縁取られた血のような瞳に、妙な安堵をおぼえる。
赤い唇から覗く牙に惹かれ、屍のような蒼白な肌に頬擦りしたい衝動に駆られた。
常人ならば容易く虜になってしまう甘い誘惑。
だが鬼一法眼は違う。
「阿!」
気合いを入れ、素早く精神を統一。全身に気を廻らせ、惑乱しかけた身心を霊的に浄化。
呪的干渉の影響を極力排除する、密教にある阿字観という瞑想法の一種だ。
「そして今のが吸血鬼の瞳による魅了、誘惑か。再三におよんで使ってきた並の魔術による【魅力】ものより強力だったな」
「……!? 対抗魔術もなしにわたしの【誘惑】をはねのけるだなんて!」
阿字観は〝呪〟であると同時に自己暗示によって自身の精神力を強化する術でもある。
自己暗示というものはフィクションの世界だけの芸当ではない。
たとえば修験道の行者や忍者の使う九字護身法などは心の不安や動揺を打ち消す精神安定の効果があると実証されている。
「これはこれは! ワッシャー島とシーベックを救った英雄という評判は伊達ではない。噂にたがわぬ猛者ではないか」
鬼一法眼の身の上は城に訪れた日の夜に話してある。シーベックの一件もその時に説明済みだ。
「フーラ、その騎士爵は私がもらうぞ。なかなか珍しい獲物だ」
「……そうね。そういうルールですものね、わたしはこちらで我慢するわ」
「天下のウィリデ・ユウリン様をつかまえてずいぶんな言いぐさだね。神の怒りの炎よ・天地を貫け・焼き尽くせ」
突如として虚空より出現した紅蓮の火柱がフーラとヨーグの身体を飲み込んだ。
【紅炎神柱】。指定した空間から天を突くような紅炎の柱を呼び出す。周囲に影響をおよぼさずに対象をピンポイントで狙える空間指定単体攻撃が可能。
ウィリデの圧倒的な魔法――魔術ではなく〝魔法〟――の前にふたりの狡猾で邪な夜魔は瞬く間に消し炭ひとつ残らず焼却された――かのように見えたのだが。
「――ッ!?」
虹色の燐光に包まれた衣類には焦げ跡ひとつ、身体には火傷ひとつ見あたらなかった。
「その七色に輝く光……、エネルギー還元力場……、絶対魔法防御か? …… ああ、そうか。そういえばおまえたちは暗黒神の信徒。暗黒魔術が使えるんだったな」
善なる神々に仕える教徒たちが神聖魔術を使えるように、暗黒神の信徒たちもまた暗黒魔術を使うことができる。
神へと語りかける神聖言語。それは世界そのものの物理法則に直接働きかけるルーン魔術とは異なり、『神』という高次元の存在に働きかけ、その加護を得るもの。
神聖魔術と暗黒魔術。
ルーンとは異なる神聖語と暗黒語をもちいるこのふたつの魔術は呼び方が異なるだけでおなじ魔術体系に属している。
暗黒魔術は光の神の信者が使用すること自体を悪として禁じられたものだが、暗黒神の信者にはそのような禁忌は存在しない。それゆえ治癒や防御の魔術が中心の神聖魔術よりも多くの攻性呪文が存在する。
「神聖魔術の【清浄無衣】を使っているのか」
【清浄無衣】。
高レベルの僧侶や神官のみが使用できる魔力を完全に遮断する絶対魔術防御呪文。
あらゆる魔術による攻撃を遮断できるが、術者の魔術も同様に遮断される。
障壁は一定時間が経過するか、術者が任意に解くことがきる。
「うふふ、これでお互い魔術は使えないわね」
「そうなると肉弾戦になるわけだが、殴り合いでもはじめるつもりかい? 優雅ではないね」
「あら、最近この国では格闘と剣術も貴族のたしなみにふくまれているのでしょう? 安心して、痛くはしないわ。抵抗しないならね!」
フーラの身が沈み、一足跳びにウィリデへと躍りかかる。
その手には光る刃物が、いや。短剣のように長く鋭い鉤爪が伸びていた。
だがウィリデの白磁のように白くなめらかな喉が血の華を咲かすことはなかった。
春の燕のように華麗かつ俊敏な身のこなしで躱したからだ。
「魔剣よ・我が掌のもとへ・来い」
避けると同時にウィリデの朱唇が呪文を紡ぐ。
するとその手に蒼白に輝く白銀の剣が現れた。
【物品召喚】。
術者がよく知るなじみの物、あるいはあらかじめこの魔術のため呪印を描いていた物品を手元に呼び寄せます召喚魔術の一種。
銀光一閃。
フーラの鉤爪が切断され床に落ちる。とっさに手を引いていなければ手首を斬り落とされていたことだろう。
「おのれ!」
激昂したフーラの口が耳まで裂け、長い犬歯が剥き出しになる。
熾火のように爛々とした真紅の眼には怒りと憎しみが込められ、気の弱い者なら恐怖に卒倒してしまいそうだ。
実際にその瞳には恐怖の魔力が込められていた。
だがウィリデの強い魔力抵抗の前にはなんの効果もない。
「魔術を封じたのがあだになったね。一瞬で滅ぼしてあげたのにさ、こいつで刻まれるのは死に損ないにはさぞかし痛いだろうに」
「…… 真銀!」
鉄をも上回る驚異的な剛性と靭性を兼ね備えた真銀を魔術的な手段で幾度も折り返し、叩き、鍛え抜くことで鋳造した至高の一振り。
それこそがウィリデ秘蔵の逸品。
かつて七つの国を滅ぼし、アリフレテラ大陸を震撼させた魔王ヘルヴスト=ケストリッツァーを討った百の勇者のひとり《双剣闘姫》ヒルダの形見の剣だ。
ウィリデは物品に蓄積された思念や記憶情報を読み取ることで自身に一時的に技能を与える【経験付与《レンド・エクスペリエンス》】によって双剣闘姫と謳われた達人ヒルダの卓越した剣技を操ることが可能なのだ。
それは魔術戦のみならず白兵戦でもウィリデに隙はないという事だった。
「私はおまえらみたいな死にぞこないがきらいなんだ。容赦はしないよ」
「訂正なさい」
「ああ?」
「死にぞこないではなく永遠者だと訂正なさい」
「永遠者だと? おまえら吸血鬼が」
「ええ、そうよ。不死者の頂点、命なき者の王、暗黒の貴族、闇の生をすごし、黄昏に目覚め、夜明けに微睡む、永遠なる者……。それがわたしたち吸血鬼」
「他人の血を吸って生き長らえる偽りの不死者、醜く生き汚い歩く屍、墓場の土の詰まった棺桶をねぐらにしている、出来損ないの死にぞこない。それがおまえらだ。永遠者だって? 不潔な化け物風情が笑わせるなよ」
「……脆弱な定命の者が、よく吠えること」
フーラが腰に差した短杖を抜いてひと振りすると、2メートル近い長さまで伸びた。太さも増して短杖というより棒杖だ。
「なんだい、棒術使いだったのか」
「ただの棒ではないわ。暗く光し・切り裂くのものよ・出よ」
フーラの口からコマンドワードが唱えられると、棒の先端部分から直径方向へ三日月型に光が迸った。
光の粒子は力場によって固く凝縮し、腕の長さほどの光の刃となる。
おなじく反対側の先端からも逆方向に三日月型の刃が出現した。
ただしこちらは漆黒の刃だ。
「捕食者と被食者はどちらが強いのか、わからせてあげる」
「狩られる者より狩る者のほうが強いんだよ、化け物。おまえたちを倒すのは、いつだって私ら人間だ」
ウィリデの持つ白銀の刃がひるがえり、フーラの持つ光闇の刃が旋回する。
辺境伯ヨーグは兄であるウンキを抹殺し、その地位と婚約者ソティーを横取りした。
そして領主の地位を利用して秘密裏に死霊魔術の研究をしてソティーとその娘ヘルギを生け贄にする事で吸血鬼となり、この城に、この土地に君臨している。
ヨーグが吸血鬼になった頃はフーラはまだ幼く、まったく事情を知らない。
父の過去を訝しく思ったフーラは訪問者に調査を依頼し、ヨーグが吸血鬼であるという結論にたどり着かせる。
ところが真相はこうだ。
この城に住むヨーグもフーラも最初からともに吸血鬼であり、事情を知らずに訪れた旅人や様々な理由でやって来た人々を糧にして生きてきた。
しかしそれだけの生活に飽きてきた彼らは訪問者たちをただ食料にするのではなく、賭けの対象にして楽しむことにした。
フーラの書いた筋書き通りに訪問者たちをだませればフーラの勝ち。だまされなければヨーグの勝ち。勝ったほうが先に獲物を選び、血を啜ったあとで自分の僕にできる。
――というものだった。
「この数日間はとっても楽しかったわ。でもあなたがわたしになびかなかったのが残念。人間たちを仲たがいさせて争わせるのがおもしろいのに。……こんなふうに!」
フーラの瞳が鮮血の色に染まり、白い肌がさらに白く――死人の蒼白に染まる。
そして血の色をした唇から日本の鋭い牙が伸びる。
吸血鬼の本性を現したのだ。
赤く光る邪眼が鬼一の瞳を見すえ、心を支配し、虜にしようとする。
禍々しい眼光に縁取られた血のような瞳に、妙な安堵をおぼえる。
赤い唇から覗く牙に惹かれ、屍のような蒼白な肌に頬擦りしたい衝動に駆られた。
常人ならば容易く虜になってしまう甘い誘惑。
だが鬼一法眼は違う。
「阿!」
気合いを入れ、素早く精神を統一。全身に気を廻らせ、惑乱しかけた身心を霊的に浄化。
呪的干渉の影響を極力排除する、密教にある阿字観という瞑想法の一種だ。
「そして今のが吸血鬼の瞳による魅了、誘惑か。再三におよんで使ってきた並の魔術による【魅力】ものより強力だったな」
「……!? 対抗魔術もなしにわたしの【誘惑】をはねのけるだなんて!」
阿字観は〝呪〟であると同時に自己暗示によって自身の精神力を強化する術でもある。
自己暗示というものはフィクションの世界だけの芸当ではない。
たとえば修験道の行者や忍者の使う九字護身法などは心の不安や動揺を打ち消す精神安定の効果があると実証されている。
「これはこれは! ワッシャー島とシーベックを救った英雄という評判は伊達ではない。噂にたがわぬ猛者ではないか」
鬼一法眼の身の上は城に訪れた日の夜に話してある。シーベックの一件もその時に説明済みだ。
「フーラ、その騎士爵は私がもらうぞ。なかなか珍しい獲物だ」
「……そうね。そういうルールですものね、わたしはこちらで我慢するわ」
「天下のウィリデ・ユウリン様をつかまえてずいぶんな言いぐさだね。神の怒りの炎よ・天地を貫け・焼き尽くせ」
突如として虚空より出現した紅蓮の火柱がフーラとヨーグの身体を飲み込んだ。
【紅炎神柱】。指定した空間から天を突くような紅炎の柱を呼び出す。周囲に影響をおよぼさずに対象をピンポイントで狙える空間指定単体攻撃が可能。
ウィリデの圧倒的な魔法――魔術ではなく〝魔法〟――の前にふたりの狡猾で邪な夜魔は瞬く間に消し炭ひとつ残らず焼却された――かのように見えたのだが。
「――ッ!?」
虹色の燐光に包まれた衣類には焦げ跡ひとつ、身体には火傷ひとつ見あたらなかった。
「その七色に輝く光……、エネルギー還元力場……、絶対魔法防御か? …… ああ、そうか。そういえばおまえたちは暗黒神の信徒。暗黒魔術が使えるんだったな」
善なる神々に仕える教徒たちが神聖魔術を使えるように、暗黒神の信徒たちもまた暗黒魔術を使うことができる。
神へと語りかける神聖言語。それは世界そのものの物理法則に直接働きかけるルーン魔術とは異なり、『神』という高次元の存在に働きかけ、その加護を得るもの。
神聖魔術と暗黒魔術。
ルーンとは異なる神聖語と暗黒語をもちいるこのふたつの魔術は呼び方が異なるだけでおなじ魔術体系に属している。
暗黒魔術は光の神の信者が使用すること自体を悪として禁じられたものだが、暗黒神の信者にはそのような禁忌は存在しない。それゆえ治癒や防御の魔術が中心の神聖魔術よりも多くの攻性呪文が存在する。
「神聖魔術の【清浄無衣】を使っているのか」
【清浄無衣】。
高レベルの僧侶や神官のみが使用できる魔力を完全に遮断する絶対魔術防御呪文。
あらゆる魔術による攻撃を遮断できるが、術者の魔術も同様に遮断される。
障壁は一定時間が経過するか、術者が任意に解くことがきる。
「うふふ、これでお互い魔術は使えないわね」
「そうなると肉弾戦になるわけだが、殴り合いでもはじめるつもりかい? 優雅ではないね」
「あら、最近この国では格闘と剣術も貴族のたしなみにふくまれているのでしょう? 安心して、痛くはしないわ。抵抗しないならね!」
フーラの身が沈み、一足跳びにウィリデへと躍りかかる。
その手には光る刃物が、いや。短剣のように長く鋭い鉤爪が伸びていた。
だがウィリデの白磁のように白くなめらかな喉が血の華を咲かすことはなかった。
春の燕のように華麗かつ俊敏な身のこなしで躱したからだ。
「魔剣よ・我が掌のもとへ・来い」
避けると同時にウィリデの朱唇が呪文を紡ぐ。
するとその手に蒼白に輝く白銀の剣が現れた。
【物品召喚】。
術者がよく知るなじみの物、あるいはあらかじめこの魔術のため呪印を描いていた物品を手元に呼び寄せます召喚魔術の一種。
銀光一閃。
フーラの鉤爪が切断され床に落ちる。とっさに手を引いていなければ手首を斬り落とされていたことだろう。
「おのれ!」
激昂したフーラの口が耳まで裂け、長い犬歯が剥き出しになる。
熾火のように爛々とした真紅の眼には怒りと憎しみが込められ、気の弱い者なら恐怖に卒倒してしまいそうだ。
実際にその瞳には恐怖の魔力が込められていた。
だがウィリデの強い魔力抵抗の前にはなんの効果もない。
「魔術を封じたのがあだになったね。一瞬で滅ぼしてあげたのにさ、こいつで刻まれるのは死に損ないにはさぞかし痛いだろうに」
「…… 真銀!」
鉄をも上回る驚異的な剛性と靭性を兼ね備えた真銀を魔術的な手段で幾度も折り返し、叩き、鍛え抜くことで鋳造した至高の一振り。
それこそがウィリデ秘蔵の逸品。
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ウィリデは物品に蓄積された思念や記憶情報を読み取ることで自身に一時的に技能を与える【経験付与《レンド・エクスペリエンス》】によって双剣闘姫と謳われた達人ヒルダの卓越した剣技を操ることが可能なのだ。
それは魔術戦のみならず白兵戦でもウィリデに隙はないという事だった。
「私はおまえらみたいな死にぞこないがきらいなんだ。容赦はしないよ」
「訂正なさい」
「ああ?」
「死にぞこないではなく永遠者だと訂正なさい」
「永遠者だと? おまえら吸血鬼が」
「ええ、そうよ。不死者の頂点、命なき者の王、暗黒の貴族、闇の生をすごし、黄昏に目覚め、夜明けに微睡む、永遠なる者……。それがわたしたち吸血鬼」
「他人の血を吸って生き長らえる偽りの不死者、醜く生き汚い歩く屍、墓場の土の詰まった棺桶をねぐらにしている、出来損ないの死にぞこない。それがおまえらだ。永遠者だって? 不潔な化け物風情が笑わせるなよ」
「……脆弱な定命の者が、よく吠えること」
フーラが腰に差した短杖を抜いてひと振りすると、2メートル近い長さまで伸びた。太さも増して短杖というより棒杖だ。
「なんだい、棒術使いだったのか」
「ただの棒ではないわ。暗く光し・切り裂くのものよ・出よ」
フーラの口からコマンドワードが唱えられると、棒の先端部分から直径方向へ三日月型に光が迸った。
光の粒子は力場によって固く凝縮し、腕の長さほどの光の刃となる。
おなじく反対側の先端からも逆方向に三日月型の刃が出現した。
ただしこちらは漆黒の刃だ。
「捕食者と被食者はどちらが強いのか、わからせてあげる」
「狩られる者より狩る者のほうが強いんだよ、化け物。おまえたちを倒すのは、いつだって私ら人間だ」
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