魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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辺境異聞 16 瞬殺

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「んん? 半世紀ほど前? おまえヨーグはどう見ても五十歳よりも上には見えない、当時はまだ子どもだったはずだ。吸血鬼になった時点で老化は止まる、ということは……」
「ふふふ、この私こそが寡兵で蛮族どもの大軍を撃ち破ったと言われる『先代』さ」

 何十年も歳をとらずに生活していれば怪しまれる。頃合いを見て亡くなったことにして、父から家督と名前を継いだ息子としてヨーグはこの地に君臨し続けているのだ。

「では少数の兵で敵を撃ち破ったという話にもいささか語弊がありそうだな」
「そうだな、たしかに少数ではあったが兵ではない。あの蛮族どもを殲滅したのはこの私とフーラのふたりでだ」
「たったふたりで軍隊を殲滅!?」
「この力をもってすれば、鈍重で脆弱な人間を狩ることなぞ稲穂を刈り取るよりも簡単だ」
「あの時の戦いはとても楽しかったわ」

 ウィリデと刃を交わすフーラが話に入ってきた。

「200年もの長い歳月を夜のしじまと共に静かに暮らしていたのに、いきなり合戦の檜舞台に立てたのですもの」
「あの人狼化、ヴリカラコスとか言ったね。あんたはヨーグみたいに獣にはならないのかい」

 光闇の刃を真銀ミスリルの剣で打ち払いながらウィリデが問う。

「わたしの氏族クランはヴリカラコスではないの。ああいう一芸に長けたような闇の賜り物はないのよ。その代わり、いろんなことができるわ」

 フーラが手をかざすと無数の蝙蝠が召喚され、ウィリデに殺到した。これは通常の召喚魔術ではなく、狼や鼠といった動物を呼び出すことのできる吸血鬼固有の特殊能力だ。
 それゆえ【清浄無纏衣イノセント・クローズ】により魔術の使えない状態でも行使できる。

「天の竜よ」

 ウィリデの周囲を颶風が吹きすさび、群がる蝙蝠を吹き飛ばす。

「おい、あぶないぞ! 室内でそんな呪文を使うな」
 風で飛ばされた調度品に打たれた鬼一が抗議の声をあげる。

「だからこうして邸が壊れないように加減してるんじゃないか」

 事実ウィリデは一節詠唱によって手加減をしている。この【千裂竜巻ミューテレイト・トルネード】は本来ならば竜巻の周囲に真空の刃を広範囲にわたって出現させ、範囲内の物体を無差別に切り刻むものなのだ。

「部屋が壊れないレベルで手加減しろ、どうせやつらには魔術が効かないんだからな。――200年も吸血鬼をやっていたのか、ヨーグよりも先輩というわけか」
「ええ、そうよ。とても長い長い刻を過ごしてきたの、退屈で死にそうになるくらいに」
「たかが200年程度でずいぶんと大げさだな」
「たかが、ですって? わずか一世紀足らずで老い衰え寿命を迎える、定命の者からすれば永遠ともいえる時間でしょう?」
「あいにくと俺の故郷には仙人という不老不死の人たちがいてな、なにも人の血を吸って他者の生命力を奪わなくとも、修行をつんで仙人になれば永遠の生を得られるんだ。仙人になれば霞を食べるだけで生きていける」
 
 霞を食べる、というのは天地に満ちる気。マナや霊力をエネルギーとして摂取するということだ。人の血肉どころか動物の肉を食べる必要もない。だが酒を飲んだり、|美味佳肴びみかこうを食す楽しみを捨てることはない。

「吸血鬼というやつはどうしてこう、たかが2、300年生きただけで『人生は退屈だ』とか『永遠の生は苦しみだ』とか言い出すんだろうな。宵っ張りの人生を楽しめよ」
「…………」
「漂泊民といったが200年の間にさぞかし多くの土地を巡り歩いたんだろうな。ワッシャー島の椰子の実や、キャストミントの鯉を食べたことはあるか?」
「ラーマとの間を何度も行き来したわ。わたしたちが口にするのはただひとつ、定命の者の生き血のみ」
「なんだ、ナーロッパから出たことがないのか。そんな引きこもりの上に偏食生活していたら退屈するのは当然だ」
「…………」

 道教の仙人は千年万年と生き続けても退屈するということがない。
 雲に乗って広い大陸を旅してまわる。
 西湖の霧、娥媚山の雲、武陵源の山々、青海の花畑……。いたるところに絶景がある。
 また100年後にでも訪れるとしようか、どう変わっているのか楽しみだ。
 数百年も経てば歴史は移り変わり、王朝は興亡する。
 それにかかわる人々の運命も変転する。
 どの時代にもすぐれた芸術家や学者があらわれて、書画を描き、誌を吟じ、楼閣を建て、音楽を奏でる。
 それらを鑑賞するだけでも飽きない。
 有名な仙人は皇帝や王といった時の権力者をからかったり、妖怪をやっつけたり、古い美酒を飲んだりして楽しむ。
 春は桃や牡丹の花を見て、夏は滝のそばで涼しく過ごし、秋は紅葉を見物し、冬は雪景色を愛でる。
 退屈などと無縁に、永遠の生を大いに楽しむのだ。
 羅公遠という仙人は唐の玄宗皇帝を月へつれていった。いつどこで生まれたか誰も知らないが、容姿は十代の少年のようで、天下を旅して酒と音楽を楽しんでいた。
 などという話がいくらでもある。

「――修行をつんで仙人になれば不老不死となり、霞を食べて生きていける。たった2、300年生きた程度で人生の重さ苦しさに耐えきれないだの、血を啜らなければ生きていけないだの、吸血鬼というのはなんとまあ、陰気でつまらない連中だ、修行が足りん」
「……口の減らない人ね。ヨーグ、遊んでいないでそろそろ片づけてしまいなさいよ。この女、手ごわいの」
「先輩からの注文だ。そろそろ終わりにしようか、騎士爵どの」
「斬妖除魔、降魔霊剣。急々如律令!」

 剣指にした鬼一の人指し指と中指が輝き、手首から1メートル近い光り輝く尖形状の刀身が生成される。

「それは【魔力武器マギカ・ウェポン】の類か? は、なるほど【清浄無纒衣イノセント・クローズ】が防ぐのはあくまで魔術のみ。純粋な魔力の刃ならたしかに我が身に通じよう。だが、あたらなければ意味はない。人の身で獣の動きについてはこれらまい」
「オロロ・シンバラ・アラハバキ・カムイ・ニギヤ・ハヤニ・ナガスネ!」
「悪あがきを……」

 剛毛におおわれた獣の顔にもはっきりとわかる冷笑を浮かべ、ヨーグが突進した。たとえ【加速アクセラレイト】や【倍速ヘイスト】などの速度強化魔術によって驚異的な速さを得たとしても所詮は人間、焼け石に水。
 地力の差が大きすぎて、魔術をもちいてもヨーグの、ヴリカラコスの獣速に追いつくに至らない。
 もう、一歩。いや、三歩ほど足りない。
 魔力の刃が振り落とされるより前に、鉤爪が鬼一の身体を引き裂く。
 一瞬の後におのれの爪が血肉に沈む感触を想像しつつ、鉤爪を振るったヨーグの脳天に鬼一の刃が振り落とされる。

「――ッ!?」

 速い。
 一瞬どころか半瞬の速さで鬼一が動いたのだ。
 とっさに上げた両腕でガードしなければ、頭を断ち割られていただろう。
 鬼一の血肉を吸うはずだった二本の腕は、ヨーグ自身の血の糸を垂らして床に転がり落ちた。

「GUGAGUGAAAaaaッッッ!!」

 痛みと怒り、驚愕の入りまじった雄叫びをあげて喉笛に噛みつく。腕が再生するまで数秒間かかる。だがたとえ鉤爪が失われても鋭い牙が残っているのだ。
 しかしそれよりも速く鬼一の霊力の刃が閃いた。
 脳天切り落ろし、袈裟斬り、右胴、右斬り上げ、切り上げ、左斬り上げ、逆胴、逆袈裟。
 顔面、首、胸への突き。
 一瞬八斬三突。
 どんな流派、どんな剣術であろうと必ずある八つの斬撃と最短距離の一点を貫く刺突を3箇所の急所に放つ。
 八つの斬撃と三つの刺突を〝ほぼ同時に〟受けたヨーグが全身から血を噴き上げる。

「なん……、だと……?」

加速アクセラレイト】や【倍速ヘイスト】の比ではない。
 数倍速の、さらに数倍。
 ヨーグを上回る速度だった
 鬼一が唱えたのは術者に疾風迅雷の速さを授けるアラハバキ神呪。
 アラハバキ。
 荒覇吐、荒吐、荒脛巾などと表記される、おもに関東や東北で信仰されている神。
 その起源には諸説あり、道祖神や塞ノ神、製鉄神や蛇神としての神格を持つ、謎多き異貌の存在。
 そのアラハバキ神には健脚の神としての側面も持っている、鬼一は自身の素早さを劇的に上昇させる術をもちいた。
 すなわち鬼一は単純に【加速アクセラレイト】よりも【倍速ヘイスト】よりも強力な速度強化の術をもちいて勝利したのだ。
 ウィリデのほうを見れば、こちらも終焉を迎えようとしていた。
 ヨーグの敗北に不利と判断したフーラが霧に変じて逃走しようとしていた。
 だが、遅い。
 すぐさまウィリデの追撃を受けるだろう。
 そう思って静観を決め込んでいると、なんとウィリデが膝をついたではないか。
 そのままくずれ落ちるように倒れ伏してしまう。

「おい、どうした!?」
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