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辺境異聞 20 初めてのドラゴン
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巨大なドラゴンが翼を広げて鬼一とウィリデの頭上を疾空し、大地が舞い上がるかのような猛烈な突風が吹きすさぶ。
「あれが、竜か……」
「竜だな」
「どヴぁきん、どヴぁきん、ならしろすヴぁー♪」
「なんだその呪文は」
「いや、竜を見るとつい……」
竜。
人知を越えた強大な力を持ち、万物の頂点に立つ最強の聖獣にして妖獣、幻獣にして魔獣。
神獣とも謳われる存在を目の当たりにしてさすがの鬼一法眼も驚きを禁じ得ない。
「このあたりは自然も多いいし、まだあんな竜が棲んでるんだねぇ」
「不忍池で狸を見かけたような軽い言いかただな」
「百年くらい前はマカロン近郊でもよく竜を見かけたものだよ。湖には細長い胴の水竜が泳いでいたし、巨大な洞窟の奥には小山のような体躯の地竜が眠っていた。蒸気を吹き出す谷間には真っ赤な鱗の火竜が大きく避けた口から灼熱の炎を吐きあげていた……。今の竜、あの鱗の色から察するに闇竜だね」
「闇竜とはどんな竜なんだ?」
「知性を獲得する前の成竜まではブラックドラゴンとも呼ばれ、老竜まで成長するとダークドラゴンと呼ばれる。特徴は全身を覆う黒い鱗と、その貪欲さだ。竜という種族は総じて金銀財宝といったお宝を巣に溜め込む習性があるが、やつらは特にお宝を好んでかき集める。人にとって価値があるものはやつらにとっても価値があるのか、ときには絶世の美女や美少年といった、生きたお宝をかっさらうこともある。『ドラゴンにさらわれたお姫様』てのはおとぎ話なんかじゃない。また闇竜は暗黒神と関係があると言われ、暗黒魔術も行使できる」
「うわぁ~、悪いモンスターそのものだな」
「だが邪悪というわけではない、気性の荒さや凶暴さでは火竜のほうが遥かに上だしな。――竜は幻獣ゆえ、その巨体の割には大量の食事を必要としないと言われ、なにも食べなくても生きてゆけると唱える学者さえいるが、空腹になると知性を失い凶暴になるとも言われる」
「どっちなんだよ、そりゃ」
「個体による差が大きいのさ。……また人を喰うことをおぼえた竜は人ばかりを食らうというが、食べるために人を襲うことはめったにない。人の姿が神に似ているから畏怖しているのだ。などと主張している学者もいるが、どうだかな。私は単に人を恐れているだけだと思う」
「竜が人を恐れる?」
「そうだ。いくら竜が強いといっても重火器で武装した軍隊や高レベルの魔術師はそれ以上に強い。やつらはそのことを本能や経験で察している。だからあまりにヤンチャが過ぎると痛い目を見るから、直接人に手を出すような真似はしないんだろう」
「それに牛や豚にくらべたら人なんて骨と皮だけだし、俺たちのことは眼中になかったな。幸い腹は減ってなかったようだ」
「……いや、そういうわけでもないようだぞ」
大気を切り裂く咆哮をあげて、漆黒の竜が舞い戻ってきた。その手には哀れな獲物が闇竜の太く鋭い爪から逃れようと必死に暴れていた。
獲物は、大きな獣だった。
鹿ではない、熊ではない、猪でもない。
闇竜が捕えてきたのは獅子の胴に鷲の頭と前脚を持ち、翼を生やした異形の獣。
「グリフォン!」
グリフォン、鷲頭獅子と呼ばれる魔獣を狩ってきたのだ。
グリフォンは人を襲う魔獣ではあるが、その姿は雄々しく、家紋にしている騎士や貴族も多い。その嘴と爪には恐るべき破壊力があり、たとえ金属鎧でも木板のように貫き、切り裂くという。
馬を好んで餌にしているので、辺境の山道で馬車馬や旅の騎士が襲われたという話が数年に一度くらいは噂にのぼる。
書物によれば光る物を好んで集めるため、その巣には金銀宝石の類が多くころがっているとあるが、さだかではない。
ベテランの冒険者であってもグリフォンと一対一で戦って簡単に勝てるとは思えない。そんな強力な魔獣であるグリフォンを獲物として屠った竜の闇色の鱗には傷ひとつついていなかった。
巣に持ち帰って、ゆっくり食べるのかと思って見上げていると、岩山の頂に舞い降りて、やにわに食らいついた。
グリフォンがひときわ激しく暴れて、大量の羽根が飛び散る。
だが、すぐに動かなくなった。
ぞぶり、ぞぶり、ぞぶり――。
そのような咀嚼音が聞こえてくるような気がしてくる。
「グリフォンて鷲の味なのかな、それともライオンの味がするのだろうか」
「さあねぇ、鷲も獅子も肉食で不味いだろうから、いずれにしても美味しくないと思うよ」
「せめて草食獣がまざっていれば美味い部位がありそうだが」
「ならキマイラの山羊の部分は食えるのかね」
弱肉強食という大自然の過酷な姿を目にした文明人ふたりが散文的な会話をしているうちに闇竜はグリフォンをぺろりとたいらげ、飛び去っていった。
腹がくちくなって巣に帰りひと休みするのか、新たな獲物を探しにゆくのか。
遠くにひときわ高く、険しくそびえ立つ山が見えるが、なんとなくそこが闇竜の住処のような気がした。
「食欲旺盛なようだが、成竜なのかな」
「いや、あの大きさからするとすでに老竜だろう」
「じいさんになっても食欲旺盛。なるほど、たしかに貪欲だ」
鬼一たちは気の変わった竜に餌だと見なされ、追ってこないうちに、馬車を走らせた。
「あれが、竜か……」
「竜だな」
「どヴぁきん、どヴぁきん、ならしろすヴぁー♪」
「なんだその呪文は」
「いや、竜を見るとつい……」
竜。
人知を越えた強大な力を持ち、万物の頂点に立つ最強の聖獣にして妖獣、幻獣にして魔獣。
神獣とも謳われる存在を目の当たりにしてさすがの鬼一法眼も驚きを禁じ得ない。
「このあたりは自然も多いいし、まだあんな竜が棲んでるんだねぇ」
「不忍池で狸を見かけたような軽い言いかただな」
「百年くらい前はマカロン近郊でもよく竜を見かけたものだよ。湖には細長い胴の水竜が泳いでいたし、巨大な洞窟の奥には小山のような体躯の地竜が眠っていた。蒸気を吹き出す谷間には真っ赤な鱗の火竜が大きく避けた口から灼熱の炎を吐きあげていた……。今の竜、あの鱗の色から察するに闇竜だね」
「闇竜とはどんな竜なんだ?」
「知性を獲得する前の成竜まではブラックドラゴンとも呼ばれ、老竜まで成長するとダークドラゴンと呼ばれる。特徴は全身を覆う黒い鱗と、その貪欲さだ。竜という種族は総じて金銀財宝といったお宝を巣に溜め込む習性があるが、やつらは特にお宝を好んでかき集める。人にとって価値があるものはやつらにとっても価値があるのか、ときには絶世の美女や美少年といった、生きたお宝をかっさらうこともある。『ドラゴンにさらわれたお姫様』てのはおとぎ話なんかじゃない。また闇竜は暗黒神と関係があると言われ、暗黒魔術も行使できる」
「うわぁ~、悪いモンスターそのものだな」
「だが邪悪というわけではない、気性の荒さや凶暴さでは火竜のほうが遥かに上だしな。――竜は幻獣ゆえ、その巨体の割には大量の食事を必要としないと言われ、なにも食べなくても生きてゆけると唱える学者さえいるが、空腹になると知性を失い凶暴になるとも言われる」
「どっちなんだよ、そりゃ」
「個体による差が大きいのさ。……また人を喰うことをおぼえた竜は人ばかりを食らうというが、食べるために人を襲うことはめったにない。人の姿が神に似ているから畏怖しているのだ。などと主張している学者もいるが、どうだかな。私は単に人を恐れているだけだと思う」
「竜が人を恐れる?」
「そうだ。いくら竜が強いといっても重火器で武装した軍隊や高レベルの魔術師はそれ以上に強い。やつらはそのことを本能や経験で察している。だからあまりにヤンチャが過ぎると痛い目を見るから、直接人に手を出すような真似はしないんだろう」
「それに牛や豚にくらべたら人なんて骨と皮だけだし、俺たちのことは眼中になかったな。幸い腹は減ってなかったようだ」
「……いや、そういうわけでもないようだぞ」
大気を切り裂く咆哮をあげて、漆黒の竜が舞い戻ってきた。その手には哀れな獲物が闇竜の太く鋭い爪から逃れようと必死に暴れていた。
獲物は、大きな獣だった。
鹿ではない、熊ではない、猪でもない。
闇竜が捕えてきたのは獅子の胴に鷲の頭と前脚を持ち、翼を生やした異形の獣。
「グリフォン!」
グリフォン、鷲頭獅子と呼ばれる魔獣を狩ってきたのだ。
グリフォンは人を襲う魔獣ではあるが、その姿は雄々しく、家紋にしている騎士や貴族も多い。その嘴と爪には恐るべき破壊力があり、たとえ金属鎧でも木板のように貫き、切り裂くという。
馬を好んで餌にしているので、辺境の山道で馬車馬や旅の騎士が襲われたという話が数年に一度くらいは噂にのぼる。
書物によれば光る物を好んで集めるため、その巣には金銀宝石の類が多くころがっているとあるが、さだかではない。
ベテランの冒険者であってもグリフォンと一対一で戦って簡単に勝てるとは思えない。そんな強力な魔獣であるグリフォンを獲物として屠った竜の闇色の鱗には傷ひとつついていなかった。
巣に持ち帰って、ゆっくり食べるのかと思って見上げていると、岩山の頂に舞い降りて、やにわに食らいついた。
グリフォンがひときわ激しく暴れて、大量の羽根が飛び散る。
だが、すぐに動かなくなった。
ぞぶり、ぞぶり、ぞぶり――。
そのような咀嚼音が聞こえてくるような気がしてくる。
「グリフォンて鷲の味なのかな、それともライオンの味がするのだろうか」
「さあねぇ、鷲も獅子も肉食で不味いだろうから、いずれにしても美味しくないと思うよ」
「せめて草食獣がまざっていれば美味い部位がありそうだが」
「ならキマイラの山羊の部分は食えるのかね」
弱肉強食という大自然の過酷な姿を目にした文明人ふたりが散文的な会話をしているうちに闇竜はグリフォンをぺろりとたいらげ、飛び去っていった。
腹がくちくなって巣に帰りひと休みするのか、新たな獲物を探しにゆくのか。
遠くにひときわ高く、険しくそびえ立つ山が見えるが、なんとなくそこが闇竜の住処のような気がした。
「食欲旺盛なようだが、成竜なのかな」
「いや、あの大きさからするとすでに老竜だろう」
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